3-4 本来のデッキ


 俺は彼女からの質問攻めを一旦ストップさせ、キッチンへ向かった。

 実は博士の家から「ココア」の素を大量に持ってきていた。

 それをお湯で溶かし、火傷しないように少しミルクも足す。

 甘いものでも飲んだら落ち着くだろう。


「ほら落ち着けよ。これ飲んでいいから。知り合いが海外から手に入れた飲み物で……。」


「飲み物の話じゃなくって! 私は誤魔化されないからね、はっきり目の前で叫んでたじゃない。

確か《リリース》とか言ってたでしょ。ふああああああああああああああ!!」



!?



 びっくりした!

 え? なに?

 何が起こった!?


「なにこれ美味しい! 甘い! やばい! マジやばいんだけど!!」


 急に語彙力を無くした女子高生みたいなことを言い出した。

 そんなにココアうまかったか?


「えー、これなんて言うの? 初めて飲んだ! すごい美味しいね!」


「えっと……外国の飲み物で『ココア』って言うんだよ。」


「ここあっていうの! これ気に入った! どこで売ってるの!?」


 話がココアに飛んだ。

 このままココアトークで終わればいいんだけど。


「そっかぁ、ココア売ってないのか。

この国って海外みたいにお菓子の歴史無いから、甘いものってそんなに食べないんだよね。

甘いハーブティーは好きだけど、これはそれ以上だよ!」


 お。ハーブティーが通じるのか。


「は! 危ない! 買収(?)されるとこだった!

《リリース》について教えてよ!」


「おまえが勝手にテンション上げたんだろ。まったく……」


 俺はリリース召喚というルールを説明した。

 「何故か」覚えていたという事で。


 実はゲームの歴史上、最初期にあった隠れルールだ。

 大量の魔力が体に流れ込み危険なので、誰も使わなくなったらしい。


 現実世界で考えてみると。

 仮にサッカーの「オーバーヘッドキック」を誰も知らないとして、試合で使ってる人がいたら。

 「確かに足を使ってるけど、頭から落ちて最悪死ぬんじゃない?」

 と思われるだろう。そんな感じ。

 そのようなニュアンスの事を、俺は嘘と例えを織り交ぜて説明した。


「ふーん、そういうことか……魔力を逆流させるって事ね。」


「そうだね。危険な行為なんだよ。」


「……うん、わかった! じゃあ今度からここに練習に来るね!」


「はぁ!? ここで!?」


「だって他のところで練習できないじゃん。」


「いや、だからって俺んちって。」


「お願い! ちょっと練習させて! 《リリース》を使ったデッキの動きを試したいの!」


「うっ……!」


 カードゲーマーが弱い言葉。

 「テストプレイさせて」「あのカード入れてみたから回させて」

 これを言われると

 「おう! じゃあ手伝ってやるよ!」

 とどこまでも付き合ってしまう習性があるのだ。


 そしてオリティアは荷物をまとめ、玄関へ行く。


「またココアを飲……練習しに来るから!」


「おいよだれ出てるぞ」


「出てないわ!! じゃあ明日ね!」


「ああ待って。本当に勝手にデッキケース使っちゃってるけど、中のカードどうする?」


 黒いデッキケースは目立つということで、別のケースが必要になった。

 そこで手元にあった、デュエルで手に入れた彼女の赤いケースを使わせてもらっている。

 高級感はあるが黒いケースよりはマシみたいだ。

 ただ中身ごと貰うのは気が引ける。


「中のカードもいらない。

私が炎の巫女の末裔だからって、火属性のカードを使えってお父様が用意したものだもん。」


「ああ、そうなの?」


「私もっとカワイイカードを使いたいの。明日持ってくるね! じゃあね!」


 そう言って夜道を帰っていくオリティア。

 送ってこうか?と言おうと思ったけど、彼女の炎魔法があれば襲われても問題ないな。



◆◆◆



 次の日の放課後。

 宣言通りオリティアは家にやってきた。


「ちわーっす!」


 相変わらずキャラのブレ幅が半端ない。


「おう。来たか。」


 もうめんどくさいから受け入れた。


「じゃあ早速ココアいただきます。」


「あー、はいはい。」


 ココアを飲みながら、他愛のない話をした。

 52期のリーダーの仕事。

 いちいちつっかかってくる同級生。

 エロい目で見てくる先生。

 貴族出身の先輩からの熱いラブコール。

 親の教育が厳しいから、一人前のデュエリストになることを約束して一人暮らししていることも。

 よくあるお嬢様の苦悩みたいのがリアルで聞けて面白かった。


「よし、じゃあデュエルしましょう!」


「そうだな。ここでいいの?」


「別に騒ぐわけじゃないし、これくらい空間あればフィールド召喚もうまくいくと思うわよ。」


「へー、そうなんだ。」


「じゃあ何を賭けましょうか……ココア一年分?」


「それ俺が不利なだけじゃねえかよ。だいたい一日何杯飲む気だよ。」


「えー、じゃあそっちは何を賭けてほしいの?」


「うーんそうだな、じゃあ俺が勝つたびに一枚ずつ脱いでもらうか。」


「はぁ。死ねよ。今から更衣室の件訴えてもいいんだよ。」


「あ、すみませんでした……」


 ちっ、エロ教師トークしてたから下ネタいけると思ったのに。

 まあ男の家に押しかけた手前、セクハラでは訴えないと思いたい。


 こうして、何も賭けずにデュエルだけすることになった。


「「DECK ON!!」」


 部屋の壁際にお互い立ち、デッキケースを掲げてデュエルを開始する。

 部屋の空間が書き換えられ、あたりはローマ時代っぽい遺跡の中になった。


 この時、デュエルをしているプレイヤーは空間の外から見ると「光の玉」になる。

 この光の玉が2つ並んでると、ああデュエルしてるんだなーとわかる。

 観戦したい人はここにデッキケースを掲げると、観戦モードとしてデュエル空間に入ることが出来る。

 光の玉がたくさん集まる様子は街中や学院内でよく見かけた。


 この光の玉の状態、列車の中とか水の中だとどうなるんだろう?

 この光の玉に、このテーブルをくっつけるとどうなるんだろう?

 戻ってきたときにテーブルと融合してケンタウロスみたいになっちゃうんだろうか。

 ……怖いから考えないでおこう。


「俺が先攻か。ドロー!

下級ユニット[スケルトン魔法使い]守備態勢で召喚、ターンエンド!」


[スケルトン魔法使い]

攻撃力0 守備力2,000 スペル枠:魔属性2個


「私のターンドロー! 下級ユニット[輝石の守り手]守備態勢で召喚!」


 胸に輝く石をつけてる、メイドみたいな格好をした天使が現れた。


[輝石の守り手]

攻撃力0 守備力2,000 スペル枠:聖属性1個


「お、聖属性か。」


「そう! 本来の私のデッキはこっち! ターンエンド!」


 聖属性 VS 魔属性。

 相性がいいのか悪いのか。


 その後俺は[スケルトン戦士]を召喚。

 [輝石の守り手]の守備2,000は超えられないのでターン終了。


 オリティアのターン。

 下級ユニット[天使のたまご]を守備態勢召喚。


[天使のたまご]

攻撃力0 守備力1,000


 羽が生えた卵。

 スペル枠が無いようだが、あれはリクルーターか?

 次は俺のターン。


「下級ユニット[スケルトン重戦士]召喚……たまごは怖いから[輝石の守り手]へ攻撃!」


「残念! このたまごちゃんは戦闘を肩代わりできるのです!」


「マジか!」


 スケルトンが小さな天使に襲いかかると、横からタマゴがカットインしてきた。

 タマゴがぐちゃっと割れて重戦士の動きが止まる。意外とグロい。


「たまごは破壊されます。……じゃあ私のターン!

[天使のたまご]スキル発動、破壊された次のターン、攻撃力0のユニットをデッキから召喚!」


 割れたタマゴの中身が、魔法陣を描く。

 [輝石の守り手]が付けている光る石の、集合体みたいなユニットが出てきた。

 やっぱりデッキからユニットを引っ張ってくる系ユニットだったか。


[輝石のゴーレム]

攻撃力0 守備力3,000 スペル枠:聖属性2個


「[輝石のゴーレム]を守備態勢で! そして中級ユニット[戦場を駆ける天使]召喚!

[スケルトン魔法使い]にアタック!」


[戦場を駆ける天使]

攻撃力3,000 守備力2,000 スペル枠:聖属性3個


「スケルトン魔法使いの対抗!

スペルカード《悪魔の道連れ》! お互いのユニットを効果無効化して破壊!」


「スペルカード《ディスペルマジカル》! スペルカードを無条件で無効化!」


「ぐぬぬ無条件つよい……」


 [スケルトン魔法使い]の周りに展開される黒いモヤ。

 プロテクターをつけた美しくも勇ましい天使が、それを星型の魔法で打ち消す。

 そのまま突進して魔法使いを切り裂く。

 そこで相手のターン終了。


「うーん、俺のターンドロー!」


 向こうはスペル持ちがたくさんいる。

 こっちもスペルの準備をしないと。


「中級ユニット[髑髏の魔術師]守備で召喚! そして[スケルトン重戦士]が守り手にアタック!」


「対抗! スペルカード《ジャスティスハンマー》! 守備力1,000以下のユニットを破壊!」


 スケルトン重戦士は攻撃力3,000だが、守備力は1,000しかない。


「おっと! [髑髏の魔術師]のスペル枠で《魔力税》! スペルを無効化……」


「ざんねーん。それも《ディスペルマジカル》。」


「なに!!」


 小さな天使に突撃するデカイ骸骨。

 突如出てきた大きいハンマーにバコン!っと潰された。


「ターンエンドだ……」


「私のターンドロー! [輝石のゴーレム]のスキル発動!

[輝石の守り手]を生贄に、捨て山から《無効化》効果を持ったスペルカードを回収!」


「ふぇ!?」


 あ! 今わかった。

 こいつ【パーミッションデッキ】だ。


 カードゲーム用語「パーミッション」。

 無効化できるカードを主軸にしたコントロールデッキのこと。

 相手の効果を無効化しまくり、自分を有利に進めていく。


 スペルを無効化。

 スキルを無効化。

 何しても許してくれる気がしないのが強いところ。

 その絶望感を乗り越えなければ、俺に勝ちは無い。

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