11-2 親子の決闘


「ターンエン……みんな!!」


 闘技場のような足場以外、見渡す限り空。俺達の後ろに壁すら無い。

 デュエル空間にいたのは思った通り、オリティアだった。

 そしてフィールドの向こうにいる対戦相手が……?


「おやおや。君たちはオリティアの友達かい?」


 渋い声。

 黒い手袋、首まで隠れる黒いスーツの上に、濃い灰色のコートを着ている。

 着ているものが黒尽くめなせいで、オールバックの真っ赤な髪が目立つ。

 そのおかげで若く見えるが、この人が噂の。


「オシマ・レッドマイン様。」


 クラウがつぶやく。

 このラスボス感漂う人物が、オリティア・レッドマインの父親か。


「みんな! どうやってここまで!」


「オリティア! 一人で戦うのはよせ! まずは話し合う約束だったろ!!」


 すでにデュエルが始まっている。

 腰には黒いデッキケースを装備している。

 それを使っているということは、何かしらの条件をつけて挑んだということだ。

 デュエルは最終手段、負ける可能性だってありえるというのに。


「そうだオリティア。一度ゆっくり話し合おう。

お友達も来てくれたことだ、デュエルを無効試合にしてくれないか?」


「何言ってるのよ! デュエルを解除した瞬間、私達を拘束する癖に!

あなたは目的のためなら手段を選ばない、邪魔をするなら娘だって手にかけるはずよ!」


 冷静に話す父と、ヒステリック気味に叫ぶ娘。

 ここだけ見ると娘が言いがかりをつけて暴れているだけに見える。

 しかしここは日本の常識は通じない。

 デュエルを解除したら本当に殺されかねない。


 ただ何故だか、対戦相手のお父さんはどこか余裕そうな表情をしている。

 デュエルは娘が劣勢なのか?


 対戦相手のシールドライフは残り10,000。

 場には高級そうな鎧を装備している、竜人型騎士ユニットが一体。


[ハイドラゴン・ナイト]

攻撃力5,000 守備力4,000 スペル枠:火属性1個


 オリティアのシールドライフは20,000。

 すでに手札補充効果の強い上級ユニット[お菓子の天使 オリナ]がいる。

 もう一体、捨て山からスペルカードを回収できる[輝石のゴーレム]も守備体勢だ。


 ライフ的にも場のユニット数的にも、オリティアの方が優勢に見える。

 まさかこのままでは負けてしまうから話し合おうって考えてるんじゃないだろうな。


「さあ、お父様のターンよ!」


「そうか、仕方ない。私のターン、ドロー。」


 ん!? 胸ポケットからカードが出てきた。

 よく見たらコートの胸部分にデッキケースが装着されている。

 あのコートも魔法アイテムなんだろうか。


「そこまで言うなら付き合ってあげよう。どこまで強くなったのか見せてみなさい。

手札から上級サモンカード使用!」


 ついに相手も上級ユニットが。

 オリティアの父さんに風が集まり、コートがマントのようにはためく。


「上級ユニット[ハイドラゴン・タイラント]!!」


 地面に大きな魔法陣が描かれ、この天空闘技場が崩れ落ちそうな大きさの人型ドラゴンが召喚された。

 自分の身長と同じくらいの剣を持つが、引き締まった体をしている赤いドラゴンだ。


[ハイドラゴン・タイラント]

攻撃力7,000 守備力6,000 スペル枠:火属性2個


「[ハイドラゴン・タイラント]のスキル発動! バトルフェイズ、相手のユニット全てに攻撃出来る!」


 巨大な竜人が巨大な剣を斜めに振り上げる。

 俺らは嫌な予感がして身を屈めた。



ブォン!!



 頭の上を剣が横切った気がした。

 剣の軌道以上に、広範囲の空間をぶった切られたように感じる。

 別に幻影だし観戦者なので当たっても問題ないが、心臓が保たない。


「対抗! スペルカード《キュアオーブ》!! ターン中ユニット一体が受ける攻撃を無効化する!」


 オリティアの場を確認すると、[輝石のゴーレム]は真っ二つだがお菓子の天使が生きている。

 スペルカードは天使に適用されたようだ。


「やはり持っていたか。いいだろう、このまま[ハイドラゴン・ナイト]は何もせずに終了だ。」


 ハイドラゴン・ナイトはもしかしたら攻撃力アップスペルを使ってきたかもしれない。

 しかし「ターン中の攻撃全てを無効化する」ことでうまく回避できたみたいだ。

 的確に対抗スペルを使う、いいぞオリティア。


「私のターンドロー! 甘く見ないで、私だって成長したの!

みんなと一緒に学院生活を送って、いろんな世界を見てきたわ。

お父様の言いなりになっていたら、こんな世界知らないまま過ごしていたかもしれない!」


 オリティアが父親を睨みつける。

 俺らから見ると父親と戦っているだけだが、彼女にとっては大きな何かと戦っているのかもしれない。

 家系のしがらみや親との確執、周囲からの期待など色々あったんだろう。

 俺は今まで一緒に過ごしてきて、彼女の役に立てたのだろうか。


「手札の上級サモンカードを使用し、上級ユニット召喚!

[虹を架ける天使・エシラ]!!」


 地面に魔法陣が描かれるが、上空から姿をあらわす男性型天使。

 何故か上半身裸だ。

 もちろん空には虹がかかってる。


[虹を架ける天使・エシラ]

攻撃力5,000 守備力5,000 スペル枠:マルチ属性2個


「……あれは何? ……マルチ属性って。」


「あれはどの属性のスペルも使いこなせる枠なんだよ。

あの天使の魔力は、虹みたいに変化するんじゃないか?」


 この世界のデッキは、基本的には一色、同じ属性で統一されるのがほとんど。

 俺が以前作った「水魔」属性デッキのような形はあまり好まれていない。


 だがここで現実世界の知識で考えてみたらどうだ。

 このゲーム、召喚につかうマナ(魔力)に色がない。

 つまり複数色ユニットを使用する事での事故は少ないと思われる。

 さらに複数属性スペル枠持ちユニットも存在する。

 オリティアが使う【パーミッション】デッキに聖属性スペルしか入っていないのはもったいない。

 いつも二人で、デッキ内にどこまで他属性スペルを入れられるか話し合っていた。


「虹を架ける天使の、マルチ属性スペル枠2個使用!

魔属性重スペルカード《怨念の足枷》を発動!

相手ユニット全ての攻撃力を、次のターン終了時まで半減させる!」


 虹を架ける天使が呪文を唱えると、空にかかる虹が紫になった。

 そして天使が魔属性スペルを放つと、相手の場は紫の霧のような悪霊が飛び交った。


「よし、魔属性の特徴である攻撃力ダウンをうまく使った!」


「……聖属性ユニットは攻撃力が小さいからね。……うまい。」


 魔属性使いの俺とタタミはちょっと嬉しくなる。


「攻撃力は切り上げだから、[ハイドラゴン・ナイト]の攻撃力は4,000に!

私の[お菓子の天使 オリナ]でアタック!」


「うむ、いい手だ。だがこれはどうだ? 対抗、スペルカード《ファイアウォール》。

攻撃してきたユニットを破壊する。」


「もちろん無効化よ。お菓子の天使のスペル枠で《ディスペルマジカル》!」


「ではこうしよう。[ハイドラゴン・ナイト]の対抗、スペルカード《インターセプト》。

[ハイドラゴン・ナイト]が替わりに攻撃を受けよう。」


「それは……いえ、何か企んでるわね。対抗、《ディスペルマジカル》!」


「いいのかい? そんなにスペルを使って。」


「うるさい! あんたの好きにさせたくないの!」


 感情だけでカードを使うのは危険だ。

 だけど今回の場合は、確実に相手に考えがあるだろう。

 危険なところは止めといて正解だ。


 怨霊が飛び交ってる相手の場に、お菓子の天使が星型のビームを放つ。

 弱体化している巨大な竜人は炎の壁を張るが、ビームが貫通して撃ち抜かれてしまった。

 その後[虹を架ける天使・エシラ]が[ハイドラゴン・ナイト]へ攻撃。

 特に対抗も無くやられてしまう。

 相手のライフは7,000になった。


「よし、相手の場がガラ空きになった!」


「いえリク君、あのお方がこれで終わるわけがありません。

確実に何かしてきますよ。」


 確かにクラウの言うとおりだ。

 オリティアが恐れていた凄腕デュエリストのお父様。

 まだ最上級ユニットも出てないし、手は残されているだろう。

 何よりも表情に余裕があるのが不気味だ。


「本当に強くなったなオリティア。複数の属性を使うというアイディア。

それを補うユニットの選定。普通の人なら諦める手を使いこなすとはな。」


 オシマ・レッドマインが一瞬笑った。

 普通の人ならってどういう意味だ。

 褒めてるのか、あざ笑っているのか。わからない。


「それに免じて一つだけ、お前が気になっていることを教えてあげよう。

そのケース、黒の魔術団ケースの改良を行っているのは、間違いなく私だ。」


「!!」


 わかってた。改めて言われなくても。

 ただオリティアも驚いた顔を見せたとおり、本人の口からあっさり聞けるとは思わなかった。

 現に今、強制デュエルで被害を被ってるのにそれを認めるとは。


「ん? そのケースからは少し違う魔力を感じるが……まあいい。

それを作った張本人が、強制デュエルの対策をしていないと思うかい?」


 !?

 しまった!

 そうだよ、逆に使われたときの対策をしてないはずがない。

 そんな危険なもの、野放しにしているのも対策をしているからだ。

 何でそこに気が付かなかった。


「まずい、オリティア、気をつけろ!」


「え、何よ、気をつけろって……」


「ははは、大丈夫だよ。デュエルの誓約は私にも破れない。

そう。つまり負けなければいいのだ。」


 オシマ・レッドマインがそう言いながらドローする。

 そして手札を一枚頭上に掲げた。

 掲げただけ。

 なのに、ピリっとした空気がデュエル空間に張りつめた。


「まさかこのカードを使うことになるとはな。

手札のサモンカード……

"伝説級"サモンカードを使用。」


 フィールドが荒れる。台風のような風が巻き起こる。

 なんて言った?

 伝説級!?

 最上級よりさらに上があったのか!

 ラスボスみたいな人だと思ってたが、本当にオリジナルカードみたいのを使うとは。


「伝説級ユニット召喚。[竜神 マグレッド=エンド]!!」



バゴオォォォォッッ!!



 激しい爆発音。一瞬対戦相手が爆発したのかと思った。

 吹き荒れる風のなか爆発音のした方を見ると、オシマの上に巨大なユニットが存在した。

 人型、竜族っていうのはわかる。

 しかし全体的に赤とオレンジで光っていて、翼も装備も華やかで、説明が出来ない。

 存在の輪郭を意識できない。

 なんかこう、ぶわーーっとした感じ。シークレットレアみたいな。

 それだけ迫力に圧倒されてしまう。


「……で、伝説……。」


「私、聞いたこともありません……。」


 タタミとクラウも圧倒されている。

 対峙しているオリティアは大丈夫か?


「オリティア!」


「はっ!」


 オリティアも圧倒されていたようだが、俺の声で目つきが戻った。

 どんな相手でも諦めちゃいけない、というのを覚えてくれていたようだ。

 だがオシマ・レッドマインがその希望すら打ち砕く。


「安心してくれオリティア。れっきとしたVLD正式カードだ。

一般には出回っていないがな。」


[竜神 マグレッド=エンド]

攻撃力15,000 守備力15,000 スペル枠:火属性6個、マルチ属性2個


「このユニットのスキルを説明しておこう。このユニットは、

『スキル・スペルが発動された時、何度でも無効化出来る。』

『また、相手の攻撃も無効化出来る。』

『さらに効果の目標に選択されず、破壊、拘束もされない。』

というスキルを持っている。」


「はあああ!? 何だよその能力! チートすぎるだろ!!」


 ありえない。

 いくらラスボス戦だとしても、「ぼくのかんがえた最強のカード」を出されても。

 これはもうゲームにならない。


「……オリティア、彼は誰だい? ボーイフレンドか?」


「ボ、ボーイフレンドじゃないわよ! はぐらかさないで!

そんなユニット使っていいの? デュエリストなのに正々堂々戦わないの!?」


「そのケースを使っておいて正々堂々とは……」


 確かにお父様の言うとおりだが。

 そのチートカードは反則だろ。

 お父様は考え事をしている表情をしていたが、急に何かわかったかのように喋りだした。


「そうか、そのケース。不思議な彼の魔力。少し分かってきたよ。

バックに賢者が付いていると見た。いや、魔女か?」


 え、どんだけ察しがいいんだよ。

 前触れ無く確信を突かれ、全員ポーカーフェイスを取れていなかったと思う。


「だ、だったら何よ!」


「そうか。やはり私の計画が気に入らないか。

うん、私は用事ができたよ。早く終わらせよう。」


 オシマ・レッドマインが手を前に出した。

 その動作だけで神が動く。

 [竜神 マグレッド=エンド]が[お菓子の天使 オリナ]を攻撃する。


「きゃあああ!!」


「オリティア!」


 何をされたわからない。

 とにかく激しい光と爆風に包まれた。

 いつの間にか[お菓子の天使 オリナ]は消え去り、シールドも二枚消えている。

 オリティアのシールドライフは残り10,000だ。


「私のターンは終わりだ、オリティア。」

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