5-3 ジャーナリスト
「まさかリクシンが水属性を使うとはなー。」
実践テストの終了後。
俺とアイヌマは次の講義場所へ向かっていた。
確かに、模擬戦やトレーニングでアイヌマに見せたのは、ほぼスケルトンだった。
「たまには違うデッキも使いたくならない?」
「えー、俺は一つのデッキしか考えらんねーわ。デッキ変えると忘れない?」
「あー、あるある。回し方忘れるやつな。」
「回し? 使い方ってことか。そうそう、ここで何を出せばいいんだっけ!って。」
「そ、そう使い方。これを組んだときの俺は何を血迷ってこのカードを入れたんだって――」
「……リクシンくん。」
おっと!!
びっくりした。
いつの間に目の前にいたんだこのちっこい女子は。
新聞部は本当に現れた。
「えっと、何?」
「……さっきのデュエル……相手のデッキ切れ狙ってたんでしょ?
……その……珍しいデッキだよね。」
「え!? 何だ見てたのか。いやーそんなことないしょ。相手のオクシートさんも気がついてたし~。」
多くのカードゲームは、デッキが無くなってしまうとその時点で負けが決まる。
このVLDも同じく、デッキを切らせてしまうとその場で負けになるルールが存在する。
俺の使ったデッキはいわゆる【デッキデス】というジャンルになる。
相手へ攻撃したりせず、とにかくデッキを捨てさせたりしてデッキ切れ判定勝ちを狙うデッキ。
普通は最初に相手のデッキを削った時点で気がつくだろ。
「リクシン。俺は気が付かなかった。」
「おいアイヌマ冗談だろ」
「……最後のターン……相手がユニットを出せば《栄養満点間欠泉》で終わってた……。」
そう。
スペルで攻撃を無効化し、ユニット分ドローさせてデッキアウト勝ち。
それが前のターンに相手が対抗してきたせいで一枚ズレた。
あと一枚考慮してなかった。
これがデュエル現場に度々現れる【妖怪・一枚足りな~い】である。
「あいつ、最後デッキ五枚って言ってたよな。……ほんとだ! お前卑怯くせーな!」
「おい気づかないやつに言われたくないわ」
「……やっぱり……話を聞かせて……。」
俺は後ろ振り返ってダッシュで逃げる。
「あ……。」
「あいつプライベートのこと聞かれたくないんだってさ。じゃあな!」
アイヌマはゆっくり俺の後を追ったようだった。
◆◆◆
講義終了、放課後。
「……話を……。」
トイレに逃げ込み、しばらくして出ると。
「……話……。」
帰りに商店街で買い出し中。
「……お願い、ちょっとだけ……。」
しつこい。
どこまでも追ってくる。
カワイイ子に付きまとわれるなんて嫌いじゃないけど限度がある。
テキトーに答えて追い払ったほうがいいか?
「はあ、もう何なんだよ。何でそこまで俺なんだよ。」
「……ウチのカンなんだけど……絶対情報持ってると思って。」
「何の」
「……『赤石』盗難事件について。」
おっと。
なかなか鋭いじゃないの。
だから話したくなかったんだよ。
「……リクシン・ニシオ。年齢19歳。……国籍不明。学歴不明。なのに編入を許された。
……『黒の魔術団』ケースを持っていて……凄腕デュエリストだと噂あり。
編入初日にオリティア・レッドマイン様と……デュエルをする。
結果は最上級ユニット同士をぶつけ合い勝利……。」
「よく調べてますなぁ。」
こいつ、本当に新聞部か?
記者に向いてないんじゃないだろうか。
ぼそぼそと喋ってすっげー聞き取りづらい。
新聞に書き起こす時「……」ばっかりになるんじゃねーか?
それともtwitter上だと饒舌なオタクみたいに、記事の上だと変貌するのか?
「……で、《リリース》? って何?」
あー。
それな。
来ると思ったわ。
「何って、あ! もしかしてオクバ?オトバ?とかいう男に情報流したのお前か!!」
「……そうかも。」
「そうかもって、お前なぁ。」
「……そんなことよりも、《リリース》……。」
「だから――――」
ん? 待てよ。
情報を流す。
情報を持ってる。
新聞部員。
こいつは……
「そうか、ちょっと待て。」
「……え! 何その四角い……薄いカードケース?」
俺はポケットから「スマホ」を取り出し、少しだけ操作した。
そして相手をじっと見つめる。
「……何?」
「わかったよ。そんなに言うなら話してやる。」
「……え、やったあ。」
「ただし! 条件がある。それを受け入れられるなら、だ。」
「……じょ、条件?」
「そうだなー、ここじゃ人目につく。俺について来い。」
俺は手招きをしながら彼女に背を向け、商店街の出口に向かった。
彼女はついてくる。
「……どこに行くの?」
「そりゃあ、俺んちだよ。」
「……リクシン君の家……まさか!!」
はっ!として貧乳新聞部は胸をガードする。
なぜお前がそこを守る。
「大丈夫だ、それはない。」
「……でも、スクープのためならしょうがない。
……危険を承知で飛び込む。……それが私のジャーナリズム!」
なんか言ってるけど連れ込んで大丈夫かこいつ。
◆◆◆
商店街から自宅は、学院敷地内を通れば若干ショートカットできる。
途中怖気づいて逃げるかと思いきや、この子は俺んちまでついてきた。
「ほら、ここの二階だ。」
部屋の前まで案内する。
鍵を挿して開けようと思ったら……回しても手応えがない。
鍵が開いてる。
……まあ、だろうな。
「ほら、入れよ」
「……お……おじゃましまーす……。」
時刻はすでに夕方。
あたりは薄暗く、部屋の中も暗い。
先に新聞部のタタミ・ワンルークを家に上げさせた。
彼女は恐る恐るキッチンの奥、居間まで向かった。
「ふーん。あなたが新聞部ね。」
「っひゃああああああ!!」
ガタガタバンッ!!
タタミは驚いて転び、居間の椅子をひっくり返した。
入り口から見えない死角に、オリティア・レッドマイン様が立っていた。
「おうおう大丈夫か。そんなに脅かすなって。」
「知らないわよ。勝手に転んだんじゃない。」
「……な、なんでオリさまレdr%em#i~en@m!?!?!?」
びっくりしすぎてカミカミで何言ってるかわからない。
「俺が呼んだんだよ。」
「……へ?」
「さあ、取引してもらうわよ!」
「……へぇ……へぇぇぇえ!?」
◆◆◆
テーブルに向かい合うように座る、俺とタタミ。
オリティアは座らずにテーブルに片手をつけ、腰に手を当てタタミをじーっと見る。
俺はテーブルに肘をついて手を組み、碇ゲンドウスタイル。
タタミは手を膝の上に置き、縮こまってる。
取り調べみたいだ。
「さあ、今回の事件におけるあなたの情報を吐きなさい。」
「君は優秀な新聞記者だと聞く。何か掴んでるんだろう?」
すこしノリノリで尋問する。
「……何も……凄腕の召喚術師だとしか……」
「ええ? 何? しっかり喋って!」
おお、この女こえーな。
「……と、取引って言ってましたよね! ……あれはどういう……。」
「あーわかった。ごめんごめん。真面目に話すから。」
そう言って俺は台所に立つ。
代わりにオリティアが椅子に座る。
「ごめんね、実はずっと情報がなくて困ってたの。」
「……情報? ……事件のですか?」
「あー、タメ口でいいわよ。タメ口で。マスター! ココアー!」
「今用意してるー。」
そう来ると思い、すでにヤカンに水を入れて温め始めている。
「それじゃあワケを話すわね。
実は私達、独自に『赤石』を盗んだ犯人を追ってるの。」
「……独自に?」
「そう。
たまたま偶然、犯人と同じ手口が出来そうな魔法アイテムを見つけたの。
でも警察に知らせたら疑われたり入手経路を説明しないといけないでしょ?
そのアイテムを作ってるのが、ちょっと危険なマッドサイエンティストで。
ほら、私がそんな人と知り合いなのまずいでしょ。」
「……はあ。」
「そのマッドサイエンティストはリクシンと知り合いで。
私はリクシン伝いに会うことが出来たってワケ。
なぜ知り合いかって言うと、彼、実は記憶喪失でその博士に保護されたんだって。」
「……へぇー。」
「その博士の発明の中に……」
「ふぁああああああああああ!!!」
!?
うわああびっくりした!
またこの反応か!
俺がココアをタタミにそっと出してあげて、彼女が一口飲んだ。
そしたらこれだよ。
「……え! なにこれ美味しい!! ヤバイ! ……やばいですねこれ!!」
ジャーナリストすら語彙力を奪われる美味しさ。
ってか反応良すぎるし、ヤバイもの入れたんじゃないか? あのマッドサイエンティストは。
「でしょ! 美味しいよねこれ!『ココア』っていう海外の飲み物なの!
今情報を全部吐けば、ココアを毎日飲ませてあげるわよ~。」
「ぐっ……それは……悩みます……。」
「おい買収されんな」
とにかく、俺達は犯人を追っててその犯行手段の手がかりを見つけた。
しかし犯人像は全く見えてこなく、途方に暮れていた。
そこで新聞部のタタミからの情報を、事件解決の突破口にしたい。
少しでも早く犯人を捕まえたいことを伝えた。
もちろんタダではなく。
現在こっちが持っている情報をすべて渡す。
この事件が解決されたら、他のメディアには一切出ない。
独自スクープとして報道していい。
あと、ココアも飲ませてあげる。
以上の交換条件を提示した。
「……他言、相談は?」
「もちろん禁止。あなた一人との取引よ。」
「……うーん。」
悩むか。
確かに、ちょっとフェイクも入れてるし胡散臭いとは思う。
でも解決の糸口がまったく見つからない今、藁にもすがる思いだ。
まだこのタタミ・ワンルークを信頼しているわけではない。
しかし俺を付きまとう執念と、俺のデッキテーマを見抜いた力。
そこに賭けたい。
「……危険を承知で飛び込む。……いいよ、その話、乗ってあげる。」
「やったあ! よろしくね! タタミさん!」
「……あと……。」
「あと?」
「……オリティア様がこんな人だったって記事も。」
「え!! それは駄目!!」
「……前からウワサはあったんだよね。……先輩に暴言を吐いたとか。
……テンション上がるとユニットのオリジナル技名叫んだりとか。」
「ああああ!! やめて!!」
―――――……
「放て!! 《プロミネンス・ブレス》!!」
―――――……
「ああ。俺との戦いでも言ってたな。あれオリジナルだったんだwww」
「ちょっと!! ……うあああああああ///////」
誰にでも、中二病は発症する。
こうして口下手な新聞部、タタミ・ワンルークが仲間になった。
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