第37話

 法則1:


 姫野が絶命した時、時間が巻き戻る。具体的には、姫野の最後の起床から絶命までの間に死亡が観測された生物(姫野含む)の最後の起床時間のうち、最も時刻の早い時点まで巻き戻る。



 法則2:


 この巻き戻りに際し、全ての生物はいったん「巻き戻った出来事」を忘れ、体験者のみ巻き戻り後の最初の起床の直前に、巻き戻った出来事を夢として見る。この夢は完全に記憶され、通常は忘れることはない。



 例外:


 法則2は、巻き戻りが複数回重なる場合に、幾つかの条件の下で例外を持つ。


 1.姫野が絶命する。(つまり巻き戻りが生じる状況)


 2.姫野の最後の起床直前に、姫野が巻き戻りの夢を見ている。(つまり巻き戻りが1度目ではない状況)


 3.その夢の中で絶命した第三者(直前の巻き戻りにおける体験者)がいる。


 4.その第三者は、新たな巻き戻りにおける体験者でない。


 上記の条件1~4が全て満たされている時、該当する第三者は、直前の巻き戻りの記憶を失う。


 その忘却のタイミングは、新たな巻き戻りの時刻である。




 坂道姉妹のケースを振り返る。まずは姫野と坂道姉妹の証言に基づき、巻き戻り前の状況を確認する。



 前日の21時~23時:坂道姉妹と姫野が各々の家のテレビでホラー映画を見る。

 前日の23時半頃:坂道姉妹の就寝

 0時頃:姫野の就寝

 1時頃:姫野の起床(お手洗いに行くために父親を起こす)

  数分後:姫野の就寝

 深夜:坂道姉妹の起床(瑛子がお手洗いに行くために景子を起こす)

  数分後:坂道姉妹の就寝

 深夜:坂道姉妹の起床(瑛子が映画の怖い夢を見て飛び起き、景子がゲンコツをする)

  数分後:景子の就寝(瑛子は怖くて眠れず)

 5時頃:姫野の起床(姫野が映画の怖い夢を見て飛び起き、その後寝付けず)

 7時半:瑛子が交通事故で絶命し、姫野がそれを目撃する

  その直後:姫野の服毒



 これにまず1回目の巻き戻りを適用する。体験者は姫野と瑛子の2人で、起床時刻が早いのがどちらかは双方の報告から直接は分からないが、後に述べるように結果的には上の表の通り、瑛子の起床の方が先である。



 前日の21時~23時:坂道姉妹と姫野が各々の家のテレビでホラー映画を見る。

 前日の23時半頃:坂道姉妹の就寝

 0時頃:姫野の就寝

 1時頃:姫野の起床(お手洗いに行くために父親を起こす)

  数分後:姫野の就寝

 深夜:坂道姉妹の起床(瑛子がお手洗いに行くために景子を起こす)

  数分後:坂道姉妹の就寝

 深夜:瑛子の夢(ここが巻き戻り時点)

  ●映画の怖い夢、瑛子の巻き戻りの夢、姫野の巻き戻りの夢

  直後:坂道姉妹の起床(飛び起きた瑛子に景子がゲンコツをする)

  その後:瑛子の異変に気付いた景子も起きている。(巻き戻り前との違い)

 5時頃:姫野の夢

  ●映画の怖い夢、姫野の巻き戻りの夢

  直後:姫野の起床

  直後:姫野の服毒(瑛子に巻き戻りを忘れさせるため)



 すると2回目の巻き戻りが生じる。今度の体験者は姫野1人であるため、巻き戻り時点は姫野の起床時刻の直前である5時頃になる。



 前日の21時~23時:坂道姉妹と姫野が各々の家のテレビでホラー映画を見る。

 前日の23時半頃:坂道姉妹の就寝

 0時頃:姫野の就寝

 1時頃:姫野の起床(お手洗いに行くために父親を起こす)

  数分後:姫野の就寝

 深夜:坂道姉妹の起床(瑛子がお手洗いに行くために景子を起こす)

  数分後:坂道姉妹の就寝

 深夜:瑛子の夢(1回目の巻き戻り時点)

  ●映画の怖い夢、瑛子の巻き戻りの夢、姫野の巻き戻りの夢

  直後:坂道姉妹の起床(飛び起きた瑛子に景子がゲンコツをする)

  その後:瑛子の異変に気付いた景子も起きている。(巻き戻り前との違い)

 5時頃:姫野の夢(2回目の巻き戻り時点)

  ●映画の怖い夢、姫野の巻き戻りの夢×2

  直後:姫野の起床、瑛子の忘却(景子は瑛子の話を覚えている)

 7時15分:景子が瑛子の夢を信じ、通学路の変更を提案する

 7時20分:瑛子を助けるために姫野が先回りをするも、瑛子が見付からず



 以上のようになる。これは坂道姉妹の報告と合致している。もし瑛子の起床時刻が姫野の起床時刻である5時頃より後であった場合は、2回目の巻き戻りで瑛子が夢の記憶を失ってしまうため、このような結果にはならなかった。


 つまり、瑛子の起床時刻が5時頃より前であったため、姫野の起床までのタイムラグの間に景子へ情報が伝達してしまい、今回のようなケースとなった。



 ちなみにこれらの整合性を考えたのは十勝だが、姫野によって巻き戻され、姫野の手柄として井沢に伝わっている。十勝は姫野の様子からその可能性を察知していた。


「駅前のケーキ屋さんでイチゴのショートね」


 とだけ書かれたメールが姫野宛てに十勝から送られ、姫野は文句1つ言わずに快諾したという。


 これまでも何度か、十勝は姫野に利用されている。十勝は成績が優秀で、単に頭が良いだけでなく、悪巧みの類にも長けていた。特に姫野の能力を利用した企みに関しては、姫野が一目置くほどである。


 もちろん、十勝も姫野の能力の恩恵を何度も利用しているので、お互い様であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る