第24話
「姫野……?」
姫野と井沢は、そのまま講義室に2人で残っていた。姫野の爆発を受けて、井沢は正直に全てを告白した。井沢が姫野の法則に重大な矛盾を見付けたこと、それを受けて3国の意見が割れていること、場合によっては姫野が日本を離れさせられたり、自由を制限されたりする可能性があること。
『いや、一生幸せにする、みたいなことを言った覚えはないのだが……ただ姫野が自由でいられる間は、姫野に幸せな毎日を送らせてあげたい、って言っただけで……』
それを聞き、姫野は顔を真っ赤にして更に爆発した。森尾に騙されただのそそのかされただの、井沢も紛らわしいだのおこがましいだの逆効果だの、それは凄まじいものだった。
そして全て言い切った後、姫野は息を荒げて黙り込んだ。隣りに座っている井沢から顔を分かりやすく背け、目を閉じてツーンとしている。
「あの、姫野……姫野さん? その……いや、すまなかった」
自分が不器用に振る舞ったため、幸せに過ごさせるどころか変に気を揉ませてしまったようで、井沢は素直に謝罪した。自分が知らない間にこれほどまで姫野に心配させていたことや、姫野のためと思い重要な報告を怠っていたことも、改めて申し訳ないと思っていた。井沢が座りながら隣でしばらく頭を下げていると、姫野がチラリを片目で井沢を見やり、そしておずおずと話し始めた。
「……いいんです。こっちが勝手に嫌われたとか思い込んだだけですから。ただ、これからは変な気を回したり、隠し事をしたりしないで下さい」
――土曜日。姫野は井沢を連れて、とある教会を訪れた。
「お邪魔します」
姫野が中に入ると、そこには2人のシスターと1人の女の子がいた。姫野に続き、井沢も中に入った。
「お邪魔します。以前お会いした、井沢です」
すると真っ先に、私服の女の子が2人の元に駆け寄ってきた。
「結夢ー! おはよ! 井沢さんもおはようございます!」
その子は姫野と仲良しの、十勝であった。井沢は不思議そうな顔で姫野を見ると、姫野は目を逸らしながら、小声で弁明した。
「だって、私この2人苦手だから……」
それを聞きながら、十勝は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに「うんうん」と頷いていた。どうやら苦手な2人に会うために、クッション役として十勝を姫野が呼んだようだった。
更に奥から、シスターの1人が3人の元へとゆっくり歩いてきた。坂道景子。以前と同じ、黒地のダルティマカ風ワンピースを着ていて、手には本と小さな金具を持っていた。恐らく、以前話していたシ・ルヴィ教のおまじないの道具かシンボルか何かだろう、と井沢は思った。
「主、お会いできて光栄です。まさか足を運んでいただけるとは。知らせを受けた時は、感激で祈りが止まりませんでした」
景子は姫野の足元にかしずき、手を合わせて祈りを始めた。それを見て姫野は大げさに溜息をつき、景子を諭した。
「いいから。今日は2人に話があって来たの。あれ瑛子よね? とりあえず向こうに行きましょう」
そして4人は静まり返った教会の中を進み、瑛子のいる一番奥まで歩いていった。
「よー。うちは礼拝が日曜だから、今日は多分誰も来ないぞ。気兼ねなくくつろげよー」
瑛子は長机の上で、だらしなく横たわっていた。冷房もなく暑いからか、景子と同じワンピースをパタパタと扇ぎ、風を入れていた。
「瑛子、あんた相変わらずダメ人間ね……」
姫野が呆れてそう言うと、瑛子は力のこもっていない声で「うるさいなー」とだけ返した。その直後、バッと身を起こし、姫野の両肩をガシッと掴んで大声を出した。
「そうだ、シュの家、冷房あるでしょ! 金持ちでしょ! 行こう!」
そして十勝と景子はそれに賛同し、瞬く間に流れが出来た。
「え? え?」
姫野が困惑しているうちに、十勝と景子が姫野の手を引き、一行は教会を後にした。
「いやいや、ちょっと待ってって!」
――姫野の家。井沢にとっては初めての訪問だが、一度だけ、夢で見たことがある。姫野に初めて会った時の、巻き戻りの夢。初めてのリアルな死を体験した井沢にとってあまり良い思い出ではなかったが、初めて足を踏み入れた女の子の家ということもあり、何となく印象には残っていた。
「変わらないね~、結夢の家!」
開口一番、十勝がうずうずとしながら感想を述べた。早く上がりたくて仕方ないといった表情だった。
「主の住まいに招待していただけるなんて、恐縮です」
そして景子が道路に跪き、手を合わせて祈りを捧げ始めた。口元がニヤけ、こちらも嬉しそうである。
「シュの家、地味だな……。本当にお金持ちなのかよー。本当に冷房あるのかよー」
更に瑛子が不満を漏らし、道路の砂利をぶらぶらと蹴った。そして早く中に入って暑い外気から脱したいという気持ちが逸っているのか、門の柵を手で掴みカラカラと音を立てた。
「……」
井沢はというと、瑛子の言葉に少し引っ掛かりを覚えていた。姫野が自身の能力を用いてFXで儲けているという話を聞いた時も思ったことだが、夢で見た姫野の家はさほど豪邸という程ではなく、ごく普通にありふれた家であった。瑛子の言う通り、改めて見る外観も、夢で見た内装も、お金持ちの家という雰囲気ではなかった。
「何で……景子瑛子に話を聞くだけなのに、私の家に来ちゃったのよ……」
そしてただ1人、浮かない表情の姫野がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます