眠り姫の夢が終わる時

するめいか英明

姫野と法則

第1話

『以下に、検体の有する法則についてまとめる。』


『法則1:検体が絶命した時、その日の出来事が全て検体の夢となる。』


『法則2:これに際し、検体は記憶を持ち越した状態で目覚め直す。』


 井沢は日村に差し出された紙をいぶかしげに眺めていたが、冒頭からまるで意味を把握することが出来ず、眉間に皺を寄せた。


「何ですか? これ」


 紙を指差して首を傾げる井沢に対し、日村は脇の女の子を手で促して淡々と説明を始めた。


「検体っていうのはこの子のことだ。何、科災対1研出身の君にとっては簡単なことだよ。この子が今日ここで死亡したとしよう。するとこの子は今日の朝に戻って、目が覚めるんだ。死亡したのが夢だったかのようにね。」


 日村の説明は大雑把で要領を得なかったが、何となくの意味を井沢は理解した。しかしながら、現実味を全く感じることはなく、紙に書かれた漫画の設定のような文章に再び目を戻した。


『法則3:検体の夢の中で亡くなった者は、検体の夢における検体の記憶と自分自身の記憶の両方を持ち越した状態で目覚め直す。』


『法則4:それ以外の者は、検体の夢における一切の記憶を持ち越すことは出来ず、従って巻き戻りに気付くことが出来ない。』


 井沢は最後まで読むと、日村の脇にいる女の子を一瞥した。井沢にはこの紙に書かれていることは全くの絵空事にしか思えなかったが、大真面目な顔をしている日村を前に鼻で笑うようなことは出来ず、言葉を選びながら自分の考えを口にした。


「日村先生。書いてある内容は理解しました。要するに、例えば僕が今ここで死んで、その直後にこの子も亡くなったとしましょう。すると実は今日の出来事が全て僕の夢に過ぎず、何事もなかったかのように僕が今朝に戻って目覚める、ということですよね?」


 日村は頷きつつも、少し訂正を加える。


「ああ、ただ少し違うのは、目覚め直した君はこの子の今日の記憶も一緒に持っているということだ。それに加え、何事もなかったかのようにともいかないだろうな。何せ君は夢の中とはいえ、一度死を経験しているのだから」


 日村の返答は相変わらず真面目であった。駆け出しの研究員である井沢にとって、時空研究の第一人者である日村は雲の上の存在であり、日村研への採用はまたとない機会であった。ここで日村の機嫌を損ねてしまっては出世への近道を逸してしまうかもしれないと思いつつ、井沢は全く意図の分からない冗談を読まされたことに不満を覚え、日村を問いたださずにはいられなかった。


「これはどういう冗……!?」


 井沢が言葉を終える前に、銃声が鳴り響いた。井沢の胸に鋭い痛みが走る。井沢を銃弾で射抜いたのは、日村の後ろに立つ、先程森尾と名乗っていた女だった。辺りに立ち込める火薬の匂いに、検体と称された女の子が鼻をつまむ。横たわる井沢は森尾の接近に気付くも、抵抗する間もなく注射を打たれた。森尾から説明を受けていた、安楽死の薬であった。胸の痛みはすぐに失せ、井沢は静かに息を引き取った。


――


(最悪の目覚めだな)


 心の中で率直な感想を述べながら、井沢は目を覚ました。そして先程の夢を反芻する。自身が撃たれ、安楽死の薬で殺される夢。そして、女の子の夢。井沢と出会い、井沢の死を平然と眺め、日村も同じ薬で自害するのを確認し、最後に女の子も続いて自害する。井沢は、確かに2つの夢を見ていた。

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