第30話
店員が飲み物を持って来た後、十勝はゆっくりと語り始めた。
――瑛ちゃんの運命を変えようとしたあの日。
結夢は前もって早めに家を出て、通学路で瑛ちゃんを探していたそうです。
だけど、何故か瑛ちゃんは見付かりませんでした。
それもその筈、景ちゃんの話によると、別のルートを選んでいたそうですから。
そして事故は同じように起こりました。
ただし今回は死者も出ず。
結夢は納得がいかなかったようですが、自分の行動の些細な変化が回り回って瑛ちゃんの行動を変えたのだろう、と考えたそうです。
学校では私にこっそりその話をしてくれたんですよ。
そしたら急に景ちゃんが結夢を崇め出して。
あの時は私までびっくりしましたよ。
結夢はおじさんにもその話をしたそうです。
ちなみにおじさんは結夢の巻き戻りを第三者として最初に体験した人だそうです。
その時おじさんは結夢の能力を、とても素晴らしいものだと喜んだそうです。
今回も、人助けをしたね、と褒めてくれたそうです。
だけど、おじさんが結夢の能力を見る目は、既に変わっていたんだと思います。
瑛ちゃんの件のだいぶ前に、政府や研究機関から法的な書面を受け取ったそうです。
いくつかの秘密を守らなければならないこと。
初めて知った、結夢のもたらす世界の終焉について。
それを防ぐための研究を日米仏が共同で行うことについて。
場合によっては結夢を監視下に置く必要があるとも書かれていたそう。
おじさんはこのことを深刻に受け止めて、日村さんや森尾ちゃんに泣きついたそうです。
もちろん、これは結夢も知らないこと。事情を知る私に森尾ちゃんが教えてくれました。
おじさんが情緒不安定になっているって。
場合によってはおじさんを政府が拘束する可能性もあるって。
そうならないように、私も協力して欲しいって。
結夢の家に良く上がっていておじさんとも面識のある私なら、何かできるかも。
私もちょっとだけそう思ってました。
だけど、瑛ちゃんのことがあって少し後に、おじさんは自ら命を断ちました。
何の前触れもなく。週末には一緒に結夢と遊びに行く約束もしてたらしいです。
第一発見者はもちろん結夢。
朝起きたら、もう冷たくなっていたそうです。
結夢の力で巻き戻らないように、わざと結夢の就寝後を狙ったんだと思います。
遺書には、「これで夢が覚めますように」とだけ書かれていたって。
結夢はすっごく泣いてました。
何で、何で巻き戻せないの、って。
私の前で、何度も服毒しようとしてました。
多分私が覚えてないだけで、実際に何度か服毒してやり直してたんだと思います。
だって、ずっと言ってたましたから。
夢なら、早く覚めてよ、って――。
そこまで話すと、十勝は一呼吸置いてマキアートをすすった。
井沢は少し圧倒されて、じっとその様子を見ていた。
井沢のアイスココアの氷が、カランッと音を立てた。
しばらくの沈黙が続き、ふと、井沢はさっきから気になっていることを口にした。
「そういえば、景子さんの話にも今の話にも姫野の母親が現れなかったが……」
すると、十勝は目線を下に逸らし、慎重に言葉を選びながら話した。
「おばさん、その……意識不明なんです、ずっと」
――これは結夢のおじさんから聞いた話です。
まず、結夢はかなりの難産だったそうです。
お産自体もすごく時間が掛かり、母子共に体力が限界近かったそうです。
それでも何とか結夢が生まれて、ちゃんと産声が上がったのを聞いて感極まったそうです。
平均よりかなり低めの体重だったそうですが、健康状態に問題もなさそうで。
ですが、結夢のおばさんは違いました。
出産時に大量の出血をしてしまったらしく。
長時間の出産に体力を奪われていた状態での失血で、かなり危険だったそうです。
もちろん即座に輸血がなされましたが、おばさんの意識が戻ることはありませんでした。
……脳死です。
大量の血液が流出し、呼吸も一時的に停止してしまったために脳が酸欠になったそうです。
その状態がおよそ数分。
おばさんの脳は、運悪く、死んでしまいました。
おばさんはドナー登録をしていなくて、おじさんは臓器提供に反対しました。
何故なら、病室に横たわるおばさんが、いつもの寝顔だったからだそうです。
おばさんは死んでなんかいない、いつか、きっと目を覚ます。
そう信じている、と言っていました。
脳死患者の入院はかなりの費用が掛かるそうです。
元々おばさんが倹約家だったそうですが、更に生活を切り詰め、苦しかったそうです。
だけど結夢の力に気付いた後は、今の結夢みたいに、株とかでお金を作ったそうです。
ただし必要以上に稼いだりせず、おばさんのためだけにお金を使ったそうです。
おばさんが意識を戻したら、無駄遣いを怒られないように。
昔と同じ、なるべく質素な生活をしたそうです。
結夢が家を改築したりお手伝いさんを雇ったりしないのも、その影響だと思います。
私に教えてくれたんです。
『お父さんがよく言ってたんだ。
お母さんがいつか意識を戻した時、褒めてもらえるような自分を目指しなさい、って。
私、お母さんの顔は知ってるけど、声すら知らないんだよ?
意識が戻る見込みなんて、ほとんどないんだよ? 奇跡だよ?
でもね、天国からお父さんが見てるから。
お父さんが信じた奇跡、私も信じる。
お母さんが意識を戻すまで、頑張る。
それで、ちゃんと褒めてもらうんだ。
これまでの、全部、ね』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます