姫野と秘め事
第31話
「さあて! 始めるわよ!」
姫野は元気よく掛け声を上げた。
「はーい」
気乗りのしていなさそうな返事をする十勝。
「はあ……」
気乗りのしていなさそうな溜息をつく井沢。
「シャキッとして下さい! シャキッと! 私達でみんなのド肝を抜いてやるんです!」
3人は姫野の家のリビングに集まっていた。
――ことの発端は、井澤が坂道姉妹の証言を日村と森尾に報告しようとしたことである。
「一応姫野のプライバシーに関することだから確認するけど、いいか?」
もちろん、簡易の報告の後には坂道姉妹に実際に証言し直してもらい、証拠画像を記録することになる。それを政府の第三機関に依頼して翻訳させ、翻訳の証明書を付した上でアメリカとフランスの政府及び該当研究機関に送付する。
「ありえません」
姫野はどうしても坂道姉妹に好き勝手証言されるわけにはいかなかった。
「結夢~、何で私も~?」
不満いっぱいの表情で文句を言う十勝。それに対し姫野は
「1人でも多い方が、何か思い付けるかもしれないでしょ! ゆっちは私の夢を利用することに関しては変に頭が回るんだから!」
とたしなめた。
これは姫野の法則を洗い直すための集い。
井沢の見付けた矛盾と、坂道姉妹の証言によって、これまで信じられていた姫野の法則に綻びが出ている。それを3人で修正し、勝手に実験して確証を得ることで、坂道姉妹の証言を報告しないという作戦だ。
「でも、僕の前では絶対に死なせないからな」
井沢は姫野が実験することに反対である。巻き戻りができるとはいえ、死は死だ。知人の死を黙って見過ごすつもりはない。
「わお、一度は言われたいセリフですね! ひゅーひゅー!」
ここぞとばかりに囃し立てる十勝に姫野は顔を真っ赤にして怒り、長い1日は始まった。
「はい、ではまずこれまでのルールを確認しましょう。井沢さん」
姫野に促され、井沢は姫野と十勝の前にプリントを配布した。
「はい。どうぞ。こちらは守秘義務のある情報を、昨晩遅くに来た姫野の指示で僕が書き出したものです。この集いが終わったら業務用シュレッダーに掛けますので持ち帰ったり撮影したりメモを取ったりしないで下さい」
そこには、井沢が最初に日村から見せられた書類とほとんど同じ内容が記載されていた。
『以下に、姫野結夢の有する法則についてまとめる。』
『法則1:姫野が死亡すると、その日の出来事が全て姫野の夢となる。』
『法則2:これに際し、姫野は記憶を持ち越した状態で目覚め直す。』
『法則3:姫野の夢の中で亡くなった者は、姫野の夢における姫野の記憶と自分自身の記憶の両方を持ち越した状態で目覚め直す。』
『法則4:それ以外の者は、姫野の夢における一切の記憶を持ち越すことは出来ず、従って巻き戻りに気付くことが出来ない。』
『補足1:巻き戻りによって失われる記憶は、本人の最後の起床から姫野の死亡までに得た記憶である。最後の起床以前の記憶、例えば夢などは忘却の対象外である。』
『補足2:巻き戻りによる記憶の持ち越しは、実際は起きる直前に夢として挿入される。』
『補足3:法則4の例外として、巻き戻りによる記憶の持ち越しで生じた夢は、再度の巻き戻りにおける忘却の対象となる』
上からじーっと真面目に読み進めていた十勝だったが、全部読み終わったところで
「これくらい知ってますよー」
と不平を口にした。すると井沢が
「あくまで確認のためです。そしてここに書き加えたり修正を入れたりしたいので」
と補足した。
「私は矛盾っていうのをちゃんとは聞いていないんですけど、要するに補足3の部分がおかしいって話でしたよね?」
と姫野が井沢に問い掛けると、井沢は
「平たく言うと、そうだな。この例外則をそのまま適用すると、姫野と第三者の間で、異なる世界が観測されてしまう」
と返した。更に姫野が
「景子瑛子の証言も、巻き戻りの上書きで忘れた筈の夢を覚えている、って感じでしたので、やはりこの補足3がおかしいのかもしれませんね」
と言うと、井沢はそれに同意して補足3に下線を引いた。十勝も慌ててそれに倣った。
「補足3が認識された経緯、つまり各国研究機関で認められた経緯は分かるのか?」
と井沢は姫野に問い掛けた。日村研に行けば当時のデータや報告書がある筈だが、今回は日村と森尾に内緒での調査なので、当時を知る姫野が頼りだ。
「えーっと」
姫野はじっと見つめる井沢の視線から顔を逸らし、少し考える仕草をして答えた。
「補足3自体は私が自分で実験して見付けたもので、私の法則の研究が始まってから日村と香織に口頭で説明をした感じです。その内容は後にアメリカの研究所で実験させられた時の結果とも合致したので、正しいものと認められました」
聞く話によると、姫野は今までにアメリカやフランスの研究機関へ実験に行かされたことが何度かあるらしい。もちろん姫野は英語もフランス語も話せないので、付き添いには森尾が付いた。森尾はアメリカとフランスのいくつかの研究機関に所属した経歴があり、英語もフランス語も堪能らしい。
「自分で実験って……その記録とかはあるのか?」
と井沢が訝しげに問い質すと、姫野は少し困った顔になり、口をモゴモゴとさせながら答えた。
「記録、ってほどのものは……ないような……あるような……」
すると、急に十勝が顔を上げて目を光らせた。そのニヤけた口元を見て、姫野は顔から血の気が引くのを感じた。
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