第27話
――4年前、坂道家。続き。
お手洗いを済ませた瑛子は、再び眠りにつきました。私も眠気は十分に残っていたので、そのまま意識をもやの中に沈めていきました。次目覚めるときはいつもの朝。そう信じて疑いませんでした。
「ひっ!」
しかし、次の目覚めもまた、深い夜闇の中でした。私を起こしたのは、瑛子のか細い悲鳴でした。
「景子……? 私……? 生きてる……?」
当の瑛子はというと、寝ぼけたようなことを口走っていました。私はゲンコツを用意しましたが、ふと瑛子の異変に気付きました。
「わ、わた、し……生き、てる……?」
顔を見ることは出来ませんでしたが、嗚咽で震える声を聴くだけで、瑛子が泣いていることに気が付きました。更に抱き付いてきた瑛子をむげに扱うのは流石にかわいそうだと思ったので、ゲンコツを与えた上で私は話を聞いてあげることにしました。
「瑛子は3つも夢を見るの?」
私は瑛子の話を最後まで聞き遂げ、瑛子にそう問い掛けました。
「ん……分かんない」
話している内にだいぶ落ち着いた瑛子は、私に抱き付いたまま目元をこすっていました。3つの夢の概略は、このような流れでした。
―――まずホラー映画の夢。寝る前に見たホラー映画をそのまま再現したような夢だったそうです。恐怖に怯えながら主人公になりきって夢を進んでいくと、ふとした拍子にびっくりして起きた、と思い込んだそうです。
というのも、実際には起きていなくて、2つ目の夢が始まったからです。
――2つ目の夢は、ベッドから起きるところから始まりました。「ひっ」という悲鳴を出してしまい、それを聞いて起きた私が瑛子にゲンコツを与えたそうです。
この辺はさすがに瑛子の作り話ではないかと疑いましたが、瑛子がどうしても認めないので、ひとまず置いておくことにしました。作り話でないにしても、さっき現実に起きたことを、夢とごっちゃに混同している可能性が高い、と思いました。
さて、2つ目の夢の続きですが、あまりに1つ目の夢が怖かったせいか、瑛子は眠れないと私に訴え始めました。以前も似たようなことが何度かあったため、私は瑛子を放っておいたそうです。
私が次に起きるまで、瑛子はずっと布団にくるまって起きていたようで、結局一睡もせずに過ごしたそうです。眠れなかったというより、眠るのが怖くて起きていたのでしょうね。
寝不足の瑛子と家を出て学校へ向かうと、途中で瑛子が忘れ物に気付きました。ホラー映画を見ている途中でずっと握っていた三叉架を、テレビのある居間に置いていったそうです。三叉架はシ・ルヴィ教のシンボルの1つで、護法の力を宿すと言われているものです。
ただでさえ寝不足で足元のおぼつかない瑛子を往復させるわけにもいかないので、私は瑛子を先に行かせ、三叉架を取りに戻ったそうです。
その直後、瑛子は車に轢かれ、意識を失いました。ここで2つ目の夢が終わったそうです。
――3つ目の夢は、何故か主の夢だったそうです。2つ目の夢同様に目が覚めたところから始まり、自分が主になっていたと。何とも羨ましい話です。
ただし夢を見ている瑛子自身は自分が瑛子であったことを忘れ、ただ主になりきって行動していたようです。私だったら色々と部屋を漁ったりしたいところですが。
そして、夢の中の主は大きなクマのぬいぐるみと一緒に寝ていたそうです。
「――寝てないわよ!」
そこで、姫野が景子の話を遮った。見るからに、息を荒げている。
「すみません。しかし瑛子の見た夢の話ですので……」
申し訳なさそうに景子が言うと、姫野は真っ赤な顔で瑛子を睨み、
「ほんとにそんな夢見たの!?」
と詰問した。すると瑛子はにやけながら、
「え~? そこはもう私の覚えてないところだからな~? どうだったかな~? まさかシュに~、そんなかわいい趣味があったかなんて~、覚えてないな~?」
となじった。井沢と十勝は2人を眺め、形勢逆転だ、と思った。
「とにかく、私はプー助を抱いて寝たりはしません!」
と姫野は言い放った。
――そして主は顔を洗い、お父様に挨拶をし、2人で朝食をお食べになったそうです。するとお父様が
「結夢、昨日はあの後ちゃんと眠れたか?」
と意地悪そうな顔で言いました。主が黙って朝食に集中していると、更にお父様が
「いやー、まさか自分の娘がなー、この歳になって、ホラー映画を見たからって1人でトイレに(もがもが)」
――回想を続ける景子の口を覆ったのは、顔をリンゴのように火照らせた姫野の手だった。
「3つ目の夢はどうせ関係ないんでしょ! もういいじゃないの!」
と姫野が全力で抗議すると、景子は
「いえ、もう少し後が大事なのです」
と言った。姫野が我に返り周囲を見渡すと、瑛子、十勝、そして井沢がじーっと憐れむような目で姫野を見ていた。姫野はしばらく硬直した後、やかんのように沸騰した。
「何よ!!!! 夢の話でしょ!!!! それに何で夢を覚えてるのよ!!!!」
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