第3話
「科災対1研、井沢、入ります」
一人の若い男が自動ドアの認証キーを解除し、部屋へと足を踏み入れる。ここは科学災害対策本部の特別棟地下にある研究室である。特別棟の地階フロアはさほど大きくないが、この研究室の広さはサッカー場ほどもある。研究員たちはせわしなく動き回り、中には物資運搬用の自動台車に乗り込み移動するものもいる。
「また会えたね。お目覚めの方はいかがかな?」
井沢の夢は井沢の絶命とともに終焉を迎えた。代わりに女の子の夢では、井沢の死を見届けた日村もまた薬で自害した。すなわち、日村もまた夢の一部始終を記憶している。
「信じがたい気分です」
井沢にはもう今朝の夢を疑う余地はなかった。何より、あれは夢ではなく現実だった。今初めて目の当たりにしている筈の光景の既視感、撃たれた時の鋭い痛み、薬を受けた後の意識の混濁。間違いなく現実だと思った。もし女の子が絶命をしていなかったら、自分は単に死んでいた。そう思い返すと、井沢は身震いをした。
「私も最初はそうだった」
入り口で話し込む井沢と日村の下に、研究室の奥から二人の女が向かってきた。一人は短髪の研究員で、もう一人は長い髪が印象的な中学生くらいの子供だった。二人とも、夢で見た姿と寸分違いはなかった。
「初めまして。井沢です」
井沢が簡単に名乗ると、女は淡々と自己紹介を行った。
「初めまして。日村研の次教の森尾です。お話しは伺いました。既にアレは済んでいるということで間違いありませんね?」
井沢は恐る恐る森尾の持ち物を覗くと、そこには書類しかないように見えた。注射器も銃器も今回は持参していないようで安心した。アレというのは巻き戻りの体験のことだろうと理解した。
「……はい」
正直井沢はあまり森尾と話したくはなかったが、夢で見たからとはいえ現実で初対面の相手に失礼なことはできないと思い、ギクシャクとした態度を取ってしまった。
「……?」
そんな様子に森尾はやや違和感を覚えているようだった。日村は二人を眺め、井沢を慰めるような口調でたしなめ、背中をぽんと叩いた。
「それで早速ですが、守秘研究についてお伺いしたいです。どこかお話できる場所はございますか?」
井沢は肝心なことすら聞く前に夢を終わらせてしまった。「せめて守秘研究について聞いてから撃っても良かったのではないか」と森尾を問いただしたい気持ちもあったが、当の本人には夢の記憶がないのだから無意味であることに気付き、井沢は諦めて本題に移ることにした。
「ええ。こちらへどうぞ」
森尾に促され、井沢、日村、女の子の3人は別室へと足を踏み入れた。そこは扉が2重に施錠され、外から見えないどころか音も漏れないように管理されているようだった。
「ここでしたら何を話しても構いません。ここの外は、たとえ研究室内でも、巻き戻しのことは『アレ』と伏せていただきます。研究員は皆知っていますが、どこから盗聴されるか分かりませんので」
森尾がそう告げると、日村は内ポケットからサッと例の紙を取り出した。「夢では手間取っていたのに」と井沢は思ったが、夢と現実で同じミスはしないだろうということに気付いて納得した。
「それでこれが、この子の法則だ。既に夢で見ていると思うが、改めて確認してくれ。それも当然守秘情報なので君に渡すことはできないということに留意してもらう」
法則は夢で見たものと全く同じであった。女の子が死んだら全てが夢になる。女の子は夢を覚えている。女の子の夢で死んだ人も、夢を覚えている。それも自分目線の夢と女の子目線の夢の両方を見ることができる。それ以外の人は夢を覚えていない。それを再確認すると、井沢は日村に紙を戻した。すると日村は急に真面目な顔つきになり、井沢にゆっくりと告げた。
「守秘研究のテーマは、この子をいかにして殺すかだ」
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