第14話

『放課後、屋上で待ってます。 姫野結夢』


 やっぱり記名が大事なのだという十勝の示唆で、姫野は渋々名前を書いた。やはり下駄箱に書き置きのスタンスだ。しかし、屋上は鍵が掛かっていて入れなかった。とはいえ先輩を呼び出してしまっている都合、屋上の入り口のドアの前で姫野は待つことにした。十勝もすぐそばの物陰に隠れた。すると、今度はちゃんと先輩が現れた。女子に広く人気がある、イケメンの男子生徒だ。その顔を見て、姫野の心臓は張り裂けそうなくらいに脈打った。姫野は、熟れたトマトのように真っ赤な顔で、勇気を振り絞って告白した。


「……ん輩! すす好きで……! ……き合って下し……!」


「え? ……あ、ああ。ごめん、部活と受験あるし……」




「いやー、噛んじゃったね! あとムード! さすがに、屋上のつもりが踊り場! じゃダメだったよ!」


「えぅ、ひぐ、うう……」


 二人は安楽死用の薬を飲み、その日をリセットした。


「さあ、Take2行こうか!」


「え? 何度やっても同じだと思うんだけど……」


「そんなことナイナイ! さっきのは雰囲気とか色々失敗しただけ! さあファイト! あ、あといいこと思い付いたから! 朝起きたら……」




『お昼休み、中庭の北側のベンチで待っています。 姫野結夢』


 そもそも放課後は先輩が忙しくて、ちゃんと考える時間を取れないのかもしれないと十勝がアドバイスした。しかし、昼休みは長い。昼休み開始時点からずっと待っている姫野は、とても不安で押し潰されそうだった。そんな姫野の表情を見て、木陰から見守る十勝も「その表情ならグッと来るから行けるよ!」と心でエールを送っていた。昼休みも残り7分というところで、先輩が現れた。


「先輩! お弁当! 作ったんです!」


「え? ごめん、もう食べちゃった。てか何で?」




「ほんっとごめん! そりゃそうなるよね!」


「あう、ぐすっ、えぅ……」


「そもそも付き合う前からお弁当はないわ! 次よ次! さあファイト!」


 二人は安楽死用の薬を飲み、その日をリセットした。


「よおし、Take3行ってみようかあ!」


「ねえ、私もう脈ないこと確信してるんだけど……すごく悲しいんだけど……」


「脈っていうのはね! 告白して初めてできることもあるんだよ!」




 ――ガラッ


「先輩!」


 そもそも先輩を呼び付けることに問題があるのではないか、ということで、休み時間に直接先輩の教室に行くことにした。しかし、教室には当然上級生が沢山いて、下級生の中でも背丈の低い姫野は瞬く間に好奇の視線を浴びた。


「え、えと、あの……ここじゃ……」


「ヒューヒュー! オイオイ何ぞこれぇ!」


「いや! ちげえって!」


「まーじかよ下級生に手を出してんの? うわあ、つれえ!」


「え、あ、いや……」




「せ、先輩に恥をかかせちゃったね……あはは、さ、ファイト……」


「うわああああああああああああああ!!!!」


 二人は安楽死用の薬を飲み、その日をリセットした。




「よし、Take9行くよ!」


「私、これが夢なのか現実なのか不安になってきた……」


「大丈夫だよ、先輩の好み、少しずつ掴んできたじゃない!」




『放課後、西門の外の公園のベンチ(丸太じゃない方です)で会いたいです。 姫野結夢』


 学校と違って、校庭から掛け声などは聞こえてこない。子供もあまり使っていない公園は、神妙な静けさが立ち込めていた。公園の入口に背を向けて、一人の小さな女の子がベンチに腰掛けていた。ジャリ、ジャリ、と砂を踏む足音がベンチに近付いて行き、そして止まった。女の子は、ゴクリと生唾を飲み込み、振り返る。そこには、あの憧れの先輩が困惑したような表情で立っていた。


「髪、切ったんだね」


 先輩がそう話し掛けると、姫野は黙って頷き、勇気を出して告白した。


「私、先輩が好きです! 先輩がショートの方が好きだって聞いて、私、生まれて初めてショートにしました! この気持ちは本当です! どうか、……私と付き合って下さい!」


 短くなった髪が、そよそよと吹く風に揺らいだ。胸元で固く握りしめた両手が、かすかに震えていた。しっかりと先輩を見据える目は涙で潤んでおり、不安でいっぱいの表情と合わさって姫野の心中をありのままに表していた。


 ――静かな間。それはほんの1、2秒に過ぎなかったかもしれないが、姫野にとっては時が止まってしまったかのように感じられた。そして先輩は優しく微笑み返し、真摯に返事を返した。


「ごめん。今は部活と受験があるし、そういうのは考えてないんだ。……あとショートが好きってそれ誰かに嘘吹き込まれたみたいだね」




「ごめんねー。……いっやー、何ていうか先輩の知り合い達から聞いたんだけどねー。……皆口を揃えてショートな筈って行ってたんだけど、これってもしかしてー、……私がショートだからそれに合わせて適当に言われただけかなー、なんてー、……あはは」


「もぅ、えぐ、ごんな、やだ、ぐすっ……」


「恋は、諦めるまで負けないんだから! さあファイト!」


 二人は安楽死用の薬を飲み、その日をリセットした。




 これが合計23回続いた。最終的には十勝の調べで、先輩が実は彼女持ちであるということが判明したために諦めたのだった。失意の姫野を他所に、十勝は翌週の中間試験で暗記科目が好成績だったらしい。

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