第32話
「結夢の大人エピソードその2、徹底的に記録を取る!」
十勝は立ち上がり、高らかにそう言い放った。
「ゆっち! それダメって!」
慌てて姫野が十勝を抑えようとするも、平均よりずっと小柄な姫野が必死に十勝の口を塞ごうとしても、十勝の両手に簡単に阻まれてしまった。
「子供の日記? ノンノン! 結夢の記録はまさに科学のレポート! 巻き戻りの記録も、完璧に残しているのです!」
フフン、と鼻息を荒くして語る十勝と、へなへなと座り込む姫野。井沢はそんな2人を見て、仲が良いな、と思った。
「――嫌です」
姫野は、どうしても井沢と十勝に記録を見せたがらなかった。
「プラバシーです。乙女の秘密の日記です。ありえません」
みんなを出し抜くため、と井沢が説得するも、姫野は子供のように首をブンブンと振り、髪をばたつかせていた。
「昔は私にも見せてくれてたんですけどね~、何でだろうな~、4年前のクリスマスに何かあったのかな~?」
と十勝がもったいぶって言うと、姫野がびっくりして
「ええ!? 何でゆっち知ってるの!?」
と叫び声にも似た大声を上げた。
「――画像の日付」
と十勝が呟くと、姫野は表情を固くして青ざめてしまった。井沢は全く何のことか分からずに十勝を見やると、十勝は
「結夢、さっさと記録見せないと、画像のことバラすわよ」
と言い放った。姫野は絶望した顔で弱々しく
「いつ……見たのよ……」
と問うと、十勝はブイサインをして
「海の時」
と告げた。
「これは……レポートと言えるかは別として、確かに詳細に取られているな」
姫野が渋々差し出した記録には、巻き戻りに関する細部の観察まで記述されていた。
「しかし、複数回巻き戻った場合もどうしてこんなに書けるんだ? 書いても書いても巻き戻るたびに白紙になるんだから、覚え切れないだろう?」
と井沢が首を傾げると、俯いている姫野に代わって十勝が誇らしげに答えた。
「甘いですよ井沢さん。法則2をお忘れですか? 巻き戻りに際し、結夢は『夢を覚えている』んです。これは、夢の中で記憶した一切を、『忘れずに持ち越す』ということです。勉強内容だって何だって、忘れずにいられるのがこの法則の真骨頂なんですよ!」
――姫野の記録。法則の例外に関する記述のみ抜粋し、現在から見た時刻表期に改めた上で纏める。
12年前の7月21日1回目。20時過ぎに愛犬のポチが老衰で死んじゃった。助けたい。マンションから飛び降りて巻き戻した。怖かった。
12年前の7月21日2回目。20時頃にまたポチが死んじゃった。次こそは助ける。怖かったけど、もう一度だけ巻き戻した。
12年前の7月21日3回目。また助からなかった。今度は18時頃。2回目も気になったけど、ポチが怯えるような仕草を見せるようになった。たぶんポチも覚えてる。怖いけど、飛び降りて巻き戻した。痛いからもう巻き戻したくないけど、ポチがいない明日の方が怖い。
12年前の7月21日4回目。何か変わるかもしれないと思って、ポチが亡くなる前に飛び降りた。どうしようもなく怖かった。
12年前の7月21日5回目。ポチの怯えた様子がなくなった。だけど20時過ぎに死んじゃった。幸せそうだった。そんなポチを見るのが辛くて、また飛び降りた。
12年前の7月21日6回目。やっぱりポチは覚えている。不安そうにそわそわして、最期の時間を今か今かと恐れているみたい。そしてやっぱり20時頃に死んじゃった。私は勇気を出して、もう一度飛び降りた。
12年前の7月21日7回目。私は、ポチの顔を見ずに真っ先に飛び降りた。地面にぶつかる衝撃は、夢でもとても痛い。怖い。だけど、ポチにそんな怖さを与えちゃいけないと思った。
12年前の7月21日8回目。ポチの怯えた様子がなくなった。やっぱりこうすると、ポチは覚えてないみたい。ポチといっぱい遊んで、いっぱい笑って、いっぱい泣いた。20時半にポチは亡くなった。ポチの最期は、とっても幸せそうだった。これでいいんだって思った。怯えながらじゃなくて、せめて一番の時間を過ごして欲しかったから。
私の長い7月21日は、これで終わり。ポチ、今までありがとね。
10年前の2月10日1回目。ゆっちが学校を休んだ。通学中の交通事故らしい。2週間位掛かるらしい。きっと痛かったと思う。ゆっちに痛い思いをさせないために、私は飛び降りて巻き戻した。
10年前の2月10日2回目。家を早く出て、ゆっちの通学路を回った。7時半頃に大きな音がしたので見てみたら、ちょうど事故が起きた。ゆっちが苦しそうにしていた。車のナンバーは○○-○○○○だった。私はすぐに学校に駆け込んで、飛び降りた。次は絶対に助ける。
10年前の2月10日3回目。私は現場に先回りした。ゆっちに会って登校グループの他の子達に断り、ゆっちと違うルートで登校した。勝手に集団登校を破ったことがバレて、先生に怒られた。ゆっちも何だか私を不信な目で見てた。事故が起きるから、と説明したのだけどゆっちの登校グループの他の子の話だと、どうやら事故は起きなかったみたい。事故自体が勝手になくなるみたいなこともあるんだ。それなら先生に怒られないように変えたいから、私は飛び降りて巻き戻した。
10年前の2月10日4回目。ゆっちが学校を休んだ。飛び降りて巻き戻した。
10年前の2月10日5回目。ゆっちが学校を休んだ。飛び降りて巻き戻した。怖い。
10年前の2月10日6回目。ゆっちが学校を休んだ。飛び降りて巻き戻した。痛いのはもう嫌だ。
10年前の2月10日7回目。もう飛び降りたくないから、また先回りしてゆっちに声を掛けた。先生に怒られるのは怖いけど、何度も飛び降りる方が怖い。ゆっちと別のルートで登校した。するとゆっちの登校グループの他の子が休んだ。交通事故で。その子はかなりの重症らしい。車を運転していた人は即死だったらしい。私は怖くなって、もう一度飛び降りた。
10年前の2月10日8回目。3回目に事故が起きなかったのは多分運転手さんが覚えていたからで、4回目に事故が起きたのは運転手さんが覚えていなかったからだと思った。私は待ち伏せして、事故を目撃した。苦しそうにしているゆっちに心の中で謝って、学校に駆け込み飛び降りた。
10年前の2月10日9回目。普通に登校した。事故は起きなかった。元気なゆっちを見て、これでいいんだって思った。ゆっちは私が守るんだ。
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