姫野とわがまま
第6話
「いい? 私が見る夢に皆が抱いてる幻想はぜーんぶ嘘。夢に意味なんてないの。普通の人が見る普通の夢と同じ。変に特別扱いしないでって言ってるでしょ。
夢はあくまで夢よ。私が現実を夢にしているんじゃなくて、そういう夢を見たってだけ。現実が夢になるわけないじゃない。それこそ夢の見過ぎよ。逆に現実が私の夢を観測するだの影響を与えるだの、ありえるわけないじゃない。
それと、日村、30点! 話が回りくどいのよ。それと、周りの顔色をうかがい過ぎ。あんたここの室長でしょ! ここで一番偉いのに、どーして部下の香織にへこへこしているのよ! ああ香織ってのは森尾のことね。井沢って言ったわね、あんたも覚えときなさい。
いい? まずチームの連携っていうのは何よりリーダーのカリスマ性が必要なの! 日村がしっかり皆を引っ張る役じゃないと、まとまりがなくなっちゃうでしょ。別に普段からそうしろって言っても急には無理だと思うけど、今日は新入りがいるのよ。そういう時こそ、普段以上に気を付けてピシッとしなさいよピシッと。そんなんじゃ新入りに舐められちゃうわよ。
そして何より減点なのが、なーんで私のことを真っ先に紹介しないの! 夢でも現実でも、あなた一度も私のことを紹介してないわよ! おかしいんじゃない? 普通初対面の人同士が会ったら、共通の知り合いが紹介を促すでしょ? なーんで私を無視して話を進めていくわけ? これじゃ私のフルネームが『検体』さんになっちゃうじゃない! 検が苗字かしら? それはまだ分かるとして体ってどんな名前よ! 名は体を表す、とかオヤジギャグ考えてるんじゃないでしょうね!
そもそも! その紙! いい加減私のこと検体って書いたの使うのやめてって言ってるでしょ! 守秘が何だ政府が何だって言ってるけど、私は実験道具でもなければ一人のごく普通の女の子よ! はいすいませんじゃないわよ! さっき言われたこともう忘れたの? あんたはここの室長なんだから部下に責任を押し付けるなり何なり、もっと毅然としなさいよ!
次、香織! あんたは60点よ! 何よそのぶっきらぼうな態度! 社会人としてもっと社交的になる努力したらどうなの? なーにが『日村研の次教の森尾です』よ。苗字と役職言えばいいの? もっとさ、話を広げられるようなさ、あるじゃない。どうせ『クールな私かっこいい』とか思ってるんでしょ。無口クールキャラはかぶってるからパクらなくていいじゃない。はいすいませんじゃないわよ! あんたさっきの日村の真似してるだけでしょ!
あと次教ってのは2番手なんでしょ? 副社長が社長よりえばってどうするのよ。何? いやどう見てもえばってるわよ! どこの口がえばってないなんて言えるのよ。もっと粛々とリーダーを立てるように振る舞いなさい。え? 何きっぱり断ってるのよ! 『嫌です』じゃないわよ『嫌です』じゃ。2番手がチームのことを思いやらないでどうするのよ。チームが活躍するためにはリーダーが役割を全うすることが大前提。それをサポートするのが2番手の役目でしょ! え? 次教っていうのはそういうものじゃないの? えと、そう。まあいいわ。
そんなことよりあの映像何よ! 二度と私のことル・ターミナスとか呼ばせるんじゃないってあれほど言ったでしょ? 自分でやれって……私は英語もフランス語もしゃべれないわよ……。あんたがアメリカとフランスに連絡を取ってるんだから、あの映像今すぐ作り直すように言いなさい。それと映像の中の私、デフォルメするならするでもっと似せなさいよ! あれじゃただのガキじゃないの! どう見ても悪意を感じるわ。キャラデザもやり直すように言いなさい。テンションもおかしいでしょ、アメリカのホームドラマのつもりなの? 責任者誰? 分かった、あのボブとかいう、……あーもう、あいつ思い出したら腹が立ってきた。
最後に、井沢は0点! 何故あんたは私に挨拶をしない! 夢でも現実でも、香織にだけ会釈して私はガンスルーってどういうことなのよ! 権力の犬? しっぽあるの? あんたもどうせ私のこと中学生の女の子とか思ってたんでしょ。とんでもないわよ、私はこれでも立派な大学生よ。……何ですって! あんた初対面の女の子相手によくそんなこと言えるわね。身長はほとんど155cmなのよ? さすがに小学6年生の平均よりはあるわよ! どうも社会性がないのは見た目だけじゃなくて頭の中もみたいね。あんた社会に出て何年目なの? 大学生の私でも分かるようなマナー、これまで全く学んでこなかったの?
見た目といえば、どう考えてもありえないでしょその格好! 完全に浮いてるじゃない。私服なの? あんた社会を舐めてるんじゃない? 研究者は服装が大事じゃないっていうのは、研究者本人の意見でしょ。周りはあんたが研究者だからって甘い目で見てるわけじゃないわよ。率直に言ってダサい。夢の中でも思ったからダサいって目で伝えてあげたのに、どうして現実でも同じ服なのよ! あんたそれしか持ってないの? 今日はこれって決めてた? そんなの関係ないわよ。あんたの好き嫌いで決めるんじゃなくて、あんたの服見る人の気持ちになって考えなさいよ。初対面でこんなヨレヨレの服見せられたらどう考えても印象最悪でしょ? これだから『男の研究者は……』って言われるのよ。男らしい見た目、とか理系らしい言い回し、とか、社会人にはどうでもいい上っ面なことばっかり。個性をアピールしたいんなら服装じゃなくて研究で結果を出しなさい! 香織を見なさいよ。仕事で周りに認められてこそのかっこよさでしょ?
何? さっきまで私が黙ってたのは夢と現実で同じことを二度も言いたくないからよ。いい? 私はね、そもそもそんなにしゃべるのが好きじゃないの。本当は余計なこと言わずにいたいのに、あんた達がどうしようもないからこうして教えてあげてるんじゃない。ああ、ちなみに研究の話をしてもしあんたが協力しなさそうだったら、今ここで薬を飲むことになっていたのよ。香織が持って来た注射器とは別に、自分でいつでも飲めるように薬を持ち歩いてるの。薬を飲めば目が醒めるでしょ。そうすれば今度は私だけ夢を覚えてるじゃない? あんたは夢を覚えられなくて、当然『夢の中で見た夢』も忘れちゃうわけ。だから一番最初の巻き戻りについても完全に忘れられるから、あんたは何も知らない状態でまたここに来るのよ。そしたら私が予め日村と香織に伝えておくことで、あんたには本来の研究とは別にダミーの研究を教えてそれをやらせる手筈になってたわけ。まあ今すぐ薬を飲んであげてもいいんだけど、勘弁してあげるわ。良かったわねー、無事にダミーじゃない研究をさせてもらえて。
って話を逸らしてるんじゃないわよ! 一番大事なことはね、さっさと私に自己紹介しなさいってことよ! 日村も香織も気が回らないから、あんたに挨拶されたら自己紹介しようと思ってたのに、ずっとスルーだったとかありえないじゃない。私は検体でもル・ターミナスでもなく、親からもらった『姫野結夢』って名前があるのよ! ひ、め、の、ゆ、め! いい名前でしょ? あんたも検体とか言い出したら本気で怒るからね!」
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