第28話

「では気を取り直して」




 ――4年前、姫野家。更に続き。


「いやー、まさか自分の娘がなー、この歳になって、ホラー映画を見たからって1人でトイレに行けないって泣きつくとは思わなかったなー」


 とお父様が言うと


「「泣きついてないわよ!!」」


 と主は言いました。




 ――景子のセリフと、姫野のツッコミが見事に重なった。


「姫野、邪魔をしないでくれないか?」


 と井沢が言うと、十勝もうんうんと頷いて


「結夢、人の話は黙って最後まで聞くのが筋ってもんだよ~?」


 と続いた。瑛子は床に仰向けで転がりながらゲラゲラとお腹を抱えて笑っていた。


「そもそも! こんな雑談をしている場合? 留守の教会に誰か来たらどうするの?」


 と姫野が反論すると、景子が表情を変えず


「先程瑛子が申しましたように、礼拝日は明日なので基本的に誰も来ませんので」


 といなした。更にダメ押しにと、十勝が


「あ、ごめーん! 私まだアンケ全然書き終わってない! 待たせて申し訳ないから、じゃんじゃん雑談続けて! お願い!」


 とゴネ始めた。景子は目を輝かせて、


「仕方ありませんね」


 と同意した。誰かの溜息が部屋に響いた。




 ――4年前、姫野家。もっと続き。


「いってきまーす」


 お父様は主に挨拶をし、早々に家を出て行きました。


「いってらっしゃーい……」


 主は何故かムスッとしながらも、お父様に返事を返し、朝食の片付けをしました。


 その後は1人で静かになった家の中で、やたらと咳き込んでみたり音を立ててみたり、お手洗いに行く時にキョロキョロと辺りをうかがったり鏡を見る前にやたらと後ろを伺ったり、それはもう何かを警戒しているようで、まるでホラー映画を見た翌日の女の子を彷彿とさせました。




 ――ガタガタ。


「んー! んー!」


 姫野がジタバタと暴れるも、十勝に抑えられながら口を塞がれている。


「結夢が邪魔するせいでさっきから全然進まないでしょ、静かにしててね? あ、そうだ、井沢さん睡眠薬持ってませんか?」


 と十勝がとんでもないことを言うので、井沢はびっくりして


「い、いや……」


 と間の抜けた返事をした。相変わらず顔を真っ赤にした姫野は目に涙を浮かべており、井沢は少しだけ背徳感を覚えた。しかしこれは大事な研究のため、姫野の自由のため、と心を鬼にする事に決めた。


「んー!」




 ――4年前、姫野家。完結編。


 主は重いまぶたをこすりながら、制服に着替えました。恐る恐る手鏡を見て、怯えた表情をキリッとしたいつもの主の表情に変え、玄関を出ました。


 やや早足で学校への道程を急ぐと、途中で大きな交差点に差し掛かりました。交差点の対角には瑛子が見えましたが、主が軽く手を上げても瑛子はボーっとして気付くこともありませんでした。仕方ないので主は手を下ろし、信号を眺めていました。


 瑛子が見ている夢に、瑛子自身が第三者として登場して、しかも瑛子に挨拶をしようとする、というのも不思議な話だと思います。まさに、この夢において瑛子の心理は、完全に主と一体化していたのでしょう。羨ましい限りです。


 そして、事故は起きました。


 ふと落雷のような音が聞こえ、主が目をやると車が壁に突っ込んで煙を上げている光景が目に入りました。


 信号が変わり、主が駆け寄ると、既に辺りは人が集まり出していました。


「運転手はまだ息があるぞ!」

「救急車! 救急車を呼べ!」

「おい、大丈夫か!」

「こんな小さな子が……」


 そんな人々の声が主の耳に届いていましたが、主はただ、呆然と立ち尽くしていました。


 ただ、目の前には瑛子のぐったりと姿が。


 即死だったのでしょう。


 主は目を逸らさず、じっと瑛子を見据え。


 そして何かをポーチから取り出して飲み込みました。




 ――以上で3つ目の夢が終わったそうです。


 私は瑛子がここまで詳細に夢を覚えて語ったことも驚きでしたが、そもそも夢なのに細部まで作り込まれたストーリーがあることや、2つの夢が視点を変えて関わってくること等、にわかに信じることが出来ませんでした。


 ただ泣き続ける瑛子を安心させようと、黙って聞いていました。


 異変は、その後に起きました。


 突然、瑛子が泣き止んだのです。




「あ……れ……?」


 私の腕の中でキョトンとする瑛子を眺めていると、瑛子はキョロキョロと辺りを見回していました。


「私、何で泣いてるんだ? 景子? 何やってんの?」


 瑛子は、自分が話したことを全て、忘れていたのです。


 まるで、前の晩に見た映画のように。


 自分が夢を見たということさえ。


 自分が夢の話をしたことさえ。




「さ、行くわよ。いつまでも寝ぼけてないの」


 朝が来て、私達はいつも通り学校へ行こうとしました。


「ん~、やっぱ眠い~」


 瑛子はあまり眠れなかったせいもあり、少しふらついていました。


 そこで私は瑛子の2つ目の夢を思い出し、何気なく聞いてみました。


「……瑛子、三叉架は?」




 三叉架は、居間に置いてありました。昨日、映画を見ている時に置きっ放しだったのです。


 私は嫌な予感がして、瑛子を言いくるめ、いつもと違う道を通りました。


 そして、事故は起きました。


 車が交差点から飛び出し、壁に突っ込んだのです。


 いつもと同じ道を通っていたら、2人とも轢かれていたかもしれません。

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