姫野と終焉
第36話
「――以上が新しい法則の案となります」
井沢は日村が貸し切ったとある研究施設の地下2階にて、日村と森尾と姫野の前で姫野の案を報告した。
これまで姫野が証言した巻き戻りのデータと、十勝が新たに提示した過去の実験に関する証言と、日村研で厳重に管理されている巻き戻りデータ全てと照合しても矛盾のない案として、井沢が書類にまとめたものだ。
坂道姉妹の証言も加えればさらに説得力を増すが、姫野の要望に従い伏せることとなった。それでも十分過ぎるほど、全てのデータと整合的な法則案だった。
「素晴らしいよ、まさかこの短期間で代替案が出るとは」
日村が褒め称えると、森尾は訝しげな表情で姫野を見て、
「結夢が、この案を……?」
と呟いた。姫野はバツが悪そうに顔を背け、井沢はそれを見て首を傾げていた。
――姫野結夢の法則。
これまでは「誰視点でどんな認識になるか」という整理がなされていたが、改めて1つの流れに纏めた方が、より簡潔に記述される。
それに伴い、「姫野の夢になる」という表現を、「時間が巻き戻り、その上で姫野が夢を見る」という表現に改める。
以下に詳細を述べる。
法則1:
まず、姫野が絶命した時、時間が巻き戻る。どれくらい巻き戻るかは、姫野が最後に起床してから絶命するまでの間に死亡が観測された生物達の、最後の起床時間に依存する。
具体的には、姫野の最後の起床から絶命までの間に死亡が観測された生物(姫野含む)の最後の起床時間のうち、最も時刻の早い時点まで巻き戻る。
例えば姫野のみが死亡した場合は、姫野の最後の起床時間まで巻き戻る。
もし姫野以外にも死亡した生物がいる場合は、それらの生物の最後の起床時間と、姫野の最後の起床時間のうち、最も時刻が早い時点まで巻き戻る。
以下、「姫野の最後の起床から絶命までの間に死亡が観測された生物」のことを略して「体験者」と呼ぶことにする。
法則2:
この巻き戻りに際し、全ての生物はいったん「巻き戻った出来事」を忘れ、体験者のみ巻き戻り後の最初の起床の直前に、巻き戻った出来事を夢として見る。この夢は完全に記憶され、通常は忘れることはない。
以前の法則との大きな相違点は、全ての生物が同じ時点まで巻き戻った上で、その時点から見て最初の起床の直前に夢を見るとしたこと。
例えば以下の状況を考える。
前日23時:姫野の就寝
0時:井沢の起床
8時:姫野の起床
13時:姫野の昼寝開始
14時:姫野の起床
15時:井沢の死亡、そして姫野が観測
16時:姫野の死亡
以前の法則だと、井沢視点で0時の直前に巻き戻って夢を見ることまでは良いが、その後に姫野視点で姫野が夢を見るタイミングが明確にされていなかった。(そしてそれが、矛盾を生じさせた原因の1つでもある)
しかし今回の法則は誰視点か、を考えずに巻き戻りの時点を1つに統一したことで、それが明確になった。巻き戻り後の流れは以下の通りである。
0時直前:井沢が夢を2つ見る
●井沢の見る井沢視点の夢
0時:井沢の起床
15時:井沢の死亡
●井沢の見る姫野視点の夢
8時:姫野の起床
13時:姫野の昼寝開始
14時:姫野の起床
15時:井沢の死亡、そして姫野が観測
16時:姫野の死亡
0時:井沢の起床
8時の直前:姫野が夢を1つ見る
●姫野の見る姫野視点の夢
8時:姫野の起床
13時:姫野の昼寝開始
14時:姫野の起床
15時:井沢の死亡、そして姫野が観測
16時:姫野の死亡
8時:姫野の起床
つまり、この場合は姫野視点だと夢を見る時点が「最後の起床の直前」ではなくなり、見る夢の内容も「最後の起床から絶命まで」ではなくなる。
例外:
法則2は、巻き戻りが複数回重なる場合に、幾つかの条件の下で例外を持つ。
1.姫野が絶命する。(つまり巻き戻りが生じる状況)
2.姫野の最後の起床直前に、姫野が巻き戻りの夢を見ている。(つまり巻き戻りが1度目ではない状況)
3.その夢の中で絶命した第三者(直前の巻き戻りにおける体験者)がいる。
4.その第三者は、新たな巻き戻りにおける体験者でない。
上記の条件1~4が全て満たされている時、該当する第三者は、直前の巻き戻りの記憶を失う。
その忘却のタイミングは、新たな巻き戻りの時刻である。
つまり、姫野の巻き戻りは2通りの忘却を与える。
1つは、巻き戻った出来事の忘却。巻き戻った出来事を、体験者以外は夢に見ることが出来ず、知覚することが出来ない。
忘却と言っても、これは覚えていたものを忘れるのではなく、そもそも夢に見ないので認識できないということである。
もう1つは、体験者として記憶した巻き戻りの出来事の忘却。複数回の巻き戻りがあった時、最後の巻き戻りの体験者以外は直前の巻き戻りの記憶を忘却してしまう。
これはまさに、覚えていたことを忘却することになる。
日村や森尾には知らせていないが、坂道姉妹の証言も、以下のように正当化出来る。
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