第19話

 第三者を含む巻き戻りについての残りを扱う。巻き戻りが2度起こった場合も、もちろん死亡した第三者の体感に影響する。まずは、先程扱った次のケースを考える。


●井沢の行動

 就寝; 0時

 起床; 8時

 死亡; 13時


●姫野の行動

 就寝; 前日の23時

 起床; 7時

 観測; 13時

 死亡; 19時


 この場合の体感は既に説明した通りだが、この後に更に2パターンの分岐を考える。まず1パターン目は、巻き戻りの後にもう一度井沢が死亡したケースだ。


●井沢の行動

 就寝; 0時

 夢見; 8時の直前

 ●夢1(井沢視点)

  起床; 8時

  死亡; 13時

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 13時

  死亡; 19時

 起床; 8時

 死亡; 14時


●姫野の行動

 就寝; 前日の23時

 夢見; 7時の直前

 ●夢(姫野視点)

  起床; 7時(夢)

  観測; 13時(夢)

  死亡; 19時(夢)

 起床; 7時

 観測; 14時

 死亡; 18時


 この場合は例外的な処理が生じない。単に再度巻き戻りが生じ、井沢視点では自身と姫野の夢がやはり起床の直前に挿入される。


●井沢視点の現実

 就寝; 0時

 夢見; 8時の直前

 ●夢1(井沢視点)

  起床; 8時

  死亡; 13時

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 13時

  死亡; 19時

 ●夢3(井沢視点)

  起床; 8時

  死亡; 14時

 ●夢4(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 14時

  死亡; 18時

 起床; 8時


●姫野視点の現実

 就寝; 前日の23時

 夢見; 7時の直前

 ●夢1(姫野視点)

  起床; 7時(夢)

  観測; 13時(夢)

  死亡; 19時(夢)

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 14時

  死亡; 18時

 起床; 7時


 ではもう1パターン目、巻き戻りの後に姫野が単体で死亡したケースを考える。


●井沢の行動

 就寝; 0時

 夢見; 8時の直前

 ●夢1(井沢視点)

  起床; 8時

  死亡; 13時

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 13時

  死亡; 19時

 起床; 5時


●姫野の行動

 就寝; 前日の23時

 夢見; 7時の直前

 ●夢(姫野視点)

  起床; 7時(夢)

  観測; 13時(夢)

  死亡; 19時(夢)

 起床; 7時

 観測; 14時

 死亡; 18時


 この場合は、巻き戻りによる記憶の保持が姫野にしか生じない。つまり、例外的に、井沢の夢そのものが、無かったことになる。


●井沢視点の現実

 就寝; 0時

 起床; 8時


●姫野視点の現実

 就寝; 前日の23時

 夢見; 7時の直前

 ●夢1(姫野視点)

  起床; 7時(夢)

  観測; 13時(夢)

  死亡; 19時(夢)

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 14時

  死亡; 18時

 起床; 7時


 この例外処理により、例えば第三者に巻き戻りを体験させてしまった場合でも、姫野が単体で死亡することにより、その体験を忘却させることが可能である。姫野が最初に井沢に出会って暴走した時に言った「あんたは夢を覚えられなくて、当然『夢の中で見た夢』も忘れちゃうわけ」という言葉は、このパターンのことを指していた。そして実際に姫野はこのパターンを用いることで、不幸にも巻き戻りを体験してしまった瑛子を、忘却させたのである。




「――以上で終わりだ。例外処理も含み、あの子の法則は全て説明した。何か質問はあるかね?」


 日村が井沢に問い掛けた。そして、今に至る。


「……これで、本当に、終わりですか? 例外的な処理は、本当に、それだけしかないんですか? ……だとすると、この法則、とんでもなく、『矛盾』、してませんか?」




 まず井沢が注目したのは、第三者を含む場合の一番単純な巻き戻りだった。先程考えた場合と、少しだけ変えて、次の例を考える。


●井沢の行動

 就寝; 0時

 起床; 5時

 死亡; 13時


●姫野の行動

 就寝; 前日の23時

 起床; 7時

 観測; 13時

 死亡; 19時


 変わったのは、井沢の起床時間だ。今度は、姫野の起床時刻より前になっている。先程の原則に従って考えると、両者視点の現実は次のようになる。


●井沢視点の現実

 就寝; 0時

 夢見; 5時の直前

 ●夢1(井沢視点)

  起床; 5時

  死亡; 13時

 ●夢2(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 13時

  死亡; 19時

 起床; 5時


●姫野視点の現実

 就寝; 前日の23時

 夢見; 7時の直前

 ●夢(姫野視点)

  起床; 7時

  観測; 13時

  死亡; 19時

 起床; 7時


「では、5時に起きた僕が、もし6時に姫野を起こした場合はどうなりますか?」


 記憶を持ったまま巻き戻って5時に起床した井沢が、姫野の運命を変えたらどうなるだろうか? 姫野の巻き戻りの原則は、「起床の直前に夢を見る」ということなので、次のように変化する。


●井沢視点の現実

 就寝; 0時

 中略

 夢見; 5時の直前(ここで井沢自身と姫野の夢を見る)

 起床; 5時

 干渉; 6時


●姫野視点の現実

 就寝; 前日の23時

 中略

 夢見; 6時の直前(ここで姫野自身の夢を見る)

 起床; 6時


 いずれにしても、起床の直前に巻き戻りの夢を見る、という結果は変わらない。従って、この現象は「以前の起床まで巻き戻る」というものではなく、あくまで、「全てが夢になり、起床の直前にそれらを見る」というだけなのである。


「これは別に矛盾とは言わないのではないか?」


 日村が井沢に問い質すと、井沢はニヤリと笑って、更に表を変更した。


「単に、姫野の起床時刻が変わるだけでしたら、ね。ですが、もっと大きな問題があるんですよ。次の状況を考えましょう」


●井沢の行動

 就寝; 前日の18時

 起床; 前日の21時

 死亡; 13時


●姫野の行動

 就寝; 前日の23時

 起床; 7時

 観測; 13時

 死亡; 19時


 その表を見て、今まで無表情を貫いていた森尾が、眉間に皺を寄せて低く唸り声を上げた。


「あ、ああ……そういう、ことですか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る