第20話
●井沢の行動
就寝; 前日の18時
起床; 前日の21時
死亡; 13時
●姫野の行動
就寝; 前日の23時
起床; 7時
観測; 13時
死亡; 19時
真剣な眼差しで表を見つめる森尾と、自信満々にペンを回す井沢。その両者を眺め、日村は1人だけ論点を見失っていた。時空研究については第一人者である日村も、こういったパズルのような思考実験はあまり得意としていなかった。
「すまない、私にも教えてくれないか?」
それを聞き、井沢が新たに表を書き加えていった。
「まずこのケースで、単純に巻き戻りを考えてみましょう」
●井沢視点の現実
就寝; 前日の18時
夢見; 前日の21時の直前
●夢1(井沢視点)
起床; 前日の21時
死亡; 13時
●夢2(姫野視点)
起床; 7時
観測; 13時
死亡; 19時
起床; 前日の21時
●姫野視点の現実
就寝; 前日の23時
夢見; 7時の直前
●夢(姫野視点)
起床; 7時
観測; 13時
死亡; 19時
起床; 7時
「すると僕視点では前日の21時まで巻き戻って起床します。この時点で、姫野はまだ就寝していないです」
その表を見て、日村は「うむ」と頷いた。そして、「それだけではまだ何も矛盾しないだろう?」という疑念を表情に露わにしていた。更に井沢は続けて表を書き換えた。
「では前日の21時に目覚めた僕が、巻き戻りの記憶を持っている影響で、前日の22時に姫野と会話をするということを思い立ったとしましょう。そして更に、10時に姫野が単体で死亡したとします」
●井沢の行動
就寝; 前日の18時
夢見; 前日の21時の直前
起床; 前日の21時
会話; 前日の22時(巻き戻りの記憶をきっかけとする変化)
●姫野の行動
会話; 前日の22時
就寝; 前日の23時
夢見; 7時の直前
起床; 7時
死亡; 10時
「なるほど、運命が変わってしまったわけか。ただ運命の変化は、第三者の干渉による起床時間の変化でも同様のことがあったわけだし、矛盾というわけではないだろう。運命の変化と言っても、我々は変化した後の現実しか観測できないのだから。実験データに整合性がなくなるわけではない」
日村がそう呟き、井沢が「ええ」と返した。
「ただ、起床時間の変化と、会話の挿入とでは、大きな違いがあります。起床時間の変化は、言ってしまえば、『起きる夢を見たけど、現実とは起床時間がずれていた』というだけです。日村先生が仰るように、夢は実験データに影響を与えません。しかし、今回は就寝前の運命の変化なので、ちょっとしたバグを起こすことが出来ます」
そう言うと、井沢は更に表を加筆した。
「今回は姫野単体での死亡なので、僕は記憶を引き継がずに巻き戻ってしまいます」
●井沢視点の現実
就寝; 前日の18時
起床; 前日の21時
●姫野視点の現実
会話; 前日の22時
就寝; 前日の23時
夢見; 7時の直前(夢を2つ見る)
起床; 7時
「さて、巻き戻りの前では僕は夢の記憶を持っていた影響で『前日の22時に話し掛ける』ということを思い付きましたが、2度目の巻き戻りで夢の記憶を失ってしまったため、僕は最初と同じ行動をしてしまい、前日の22時に話し掛けるという行為を思い付かないわけです」
そうして記された表は、確かに矛盾していた。井沢は前日の22時に姫野と会話しない運命にあるのに、姫野視点の現実では前日の22時に姫野と会話したことになってしまう。
「要するに、僕の最後の起床時間が、姫野の就寝時間より前であった場合、僕の死を姫野が観測させて2度巻き戻りさせることで、簡単に法則を破綻させてしまうことが出来るのです」
その後も3人は議論を続けた。問題は、表に書いたような行動を実行した場合、どのような現実が生じるか、だ。現状で分かっている法則に当てはめると、井沢の言う通り矛盾が生じてしまう。裏を返せば、まだ3人の知らない例外的な法則がある、ということになる。その例外的な法則が、もしかしたら、姫野の「絶対的な死」かもしれないのだ。
「考えるより、実験してみる方が手っ取り早くないでしょうか?」
と森尾が案を出したが、それは日村に却下された。
「もしこの法則の例外として、結果的に『あの子もまた夢を忘れて前日の21時まで戻ってしまう』といったリセット系だったらどうするのかね。誰一人夢を覚えていないとしたら、永遠に同じパターンを繰り返すことになり、それは未来の消滅と変わらないだろう」
井沢は日村の指摘も確かだとは思ったが、そういうことまで疑い始めるときりがないと反論した。
「日村先生の発想は杞憂ですよ。例えば『これまで例外がないと思っていた法則にも実は例外があって、気が付かないうちに無限ループに陥ってしまう』という可能性を危惧しては何も実験できないでしょう? それと同じようなものじゃないですか。とはいえ、森尾さんの意見にも反対です。安易に実験として姫野を死亡させるなんて、できません」
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