第10話  退院 初めて胸の傷を見る。



驚くことに、乳房全切除から3日目に退院できることになった。自力で歩けて食事ができたら、もう入院の必要はないそうだ。日本では考えられないと思う。ちなみに出産のときも翌日退院させられて体力のない私はフラフラだった。


退院時に固く巻いた包帯の上からコットンの柔らかいブラをして、手術前に買っておいたかぶるタイプのワンピースをなんとか着た。左腕は痛くて全く上がらない。 


最初の日は吐き気がひどく足にまいて自動で膨らむサーキュレーションも辛かったがなによりも2時間おきに起こされるので、家に早く帰りたかった。ただ、帰るのは家ではなくホテルだ。入院直前にワイキキにあるホテルから基地の中の長期ステイの施設へ移ることが出来た。ここはキッチンも付いているので闘病にはこちらのほうがうんと良い。


胸にはがっちり広い包帯が巻いてある。さらしのようだ。 胸の下からチューブが2本出ている。ここの先にプラスチックの容器がついていて、体液が貯まるようになっている。これを毎日記録して中身を捨てる。


夫が食事の用意から薬、息子の世話と全部してくれていた。軍からは特別休暇のような扱いだった。帰った日の夕食にご飯を炊いてくれて味噌汁を作ってくれてことは忘れられない。やはり私のソウルフードだ。あっという間に元気になる。


そして息子に勉強を教えたり、夜はルーンスケープというオンラインゲームを一緒にやっていた。 コンピューターの中のキャラクターだが、親子一緒に冒険をしていた。手術や入院の間に親子の絆が強くなっている感じがした。いろいろな話をしたのだと思う。夫はどう説明したのだろうか?


私はベッドでテレビを見たりして過ごす。うつらうつらしては、はっと目が覚める。夜まとめて眠れなかった。

Oxycodone(オクシコディーン)という強い痛み止めを4,5時間おきに飲んでいた。麻薬として売買される薬だ。1日5回位だったが朝が一番痛く2錠飲んだ時は全身がしびれてうまく息ができなかったので1錠にしていた。


翌々日、病院ではじめて傷の検査をする。包帯をとって傷痕を見た。


もちろん、そこには乳房はなかった。左胸が切り取られ縫い合わされていた。


切除したのだから、ないに決まっている。胸がなくなるのはわかっていた、わかってはいたけれど、実際に目にするとすごい衝撃だった。あるべきところにあるものが、ない。


傷跡はまっすぐに切れているだけかと思ったら、傷の上と下がすごく腫れている。特に上の部分の皮膚がボコボコだ。真っ赤になっている傷はまだ痛む。縫い目もざくざくという感じに縫ってあり、あまりにもひどい。乳房のあった場所からチューブが2本ぶら下がっている。その2つの穴もすごく痛い。


一面に塗られた黄色の消毒剤、赤い傷跡、内出血の青い色。



自分の傷跡を見られない人もいるという。辛いけれど、目をつぶる訳にはいかない。しっかり見つめて、病気と向きあおうと思った。


それにしても、こんなにも凹凸があり縫い目も汚いのは想定外だった。ショックを受けたまま、ぶら下がっている体液排出用のチューブ2本を抜いたのだが、これがものすごい激痛だった。今まで経験したことのない痛みだった。


歯を抜くよりも、出産よりも痛かった。


抜いた瞬間ギャーッと叫んで汗が吹き出す。ぐったりして大泣きした。長い針金を体内から抜き出すような感じか。2本めが本当に辛かった。もう一回あの痛みを経験するのかと思うと倒れそうだった。


なぜこれほど痛かったのか後からわかった。ばい菌感染をしていたのだ。指先でさえ傷口に菌が入ると赤くなりズキズキして痛むのに、かなり大きめの胸の穴2つだ。そこから長いチューブを引き出すのだから、痛いはずであった。 


そして、その夜高熱がでた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る