第10話  退院 初めて胸の傷を見る。

手術翌日 2日目


 朝はジュースとスープの朝食だったがとても食べられなかった。 

眠気と吐き気が同時に襲ってくる。起き上がるどころか、横を向くだけでも吐き気が襲ってくる。


 胸にはきつく晒のように包帯が巻いてあった。痛くて、熱い。

ものすごく分厚く重い焼けた石版が乗せられているような感じだ。


 そっと触ってみると、感触も石のようにカチカチだった。


 午前中、夫と息子が来てくれた。 小さいぬいぐるみを持って。

嬉しくて、元気が出てくる。家族の愛情が一番の回復薬だ。病院の中で売っている小さいぬいぐるみを手術や入院の度に買ってきてくれるようになった。


 吐き気もだいぶ止まってきたのでランチを食べてみる。

ランチと言ってもクリアビーフコンソメ、ゼリーを一口、グレープジュース一杯。力が湧いてきた。アイスティーにお砂糖を入れてもらって飲む。ものすごく回復していくのを感じた。食事の力はすごい。


 それ以来すっと立ちあがれるようになり、トイレにも歩いていける。

昨夜とは全く違う。1日でこれほど回復するものだろうか? 食事の大切さを改めて知る。夕食もチキンコンソメやゼリーそれからパイナップルジュース。完食出来た。


 「固形のもの食べられそう?」と聞かれたので「はい、もう食べられそうです」と言うと、なんと牛肉が出てきたので驚いた。すごくアメリカらしいと思った。


 硬いご飯3口、肉1切れ、グリーンビーンズ2本パン一口を食べられた。看護師は食べたものを記録しながら


 「食べられるから明日は退院ね」といった。


 驚くことに、乳房全切除から3日目に退院できることになった。自力で歩けて食事ができたら、もう入院の必要はないそうだ。


 包帯の上からコットンの柔らかいブラをして、手術前に買っておいたかぶるタイプのワンピースをなんとか着た。左腕は全く上がらない。 


 最初の日は吐き気がひどく足にまいて自動で膨らむサーキュレーションも嫌だった。なによりも2時間おきに起こされるので、家に早く帰りたかった。ただ、帰るのは家ではなくホテルだ。入院直前にワイキキにあるホテルから基地の中の長期ステイの施設へ移ることが出来た。ここはキッチンも付いているので闘病にはこちらのほうがうんと良い。


 胸にはがっちり広い包帯が巻いてある。さらしのようだ。 

胸の下からチューブが2本出ている。ここの先にプラスチックの容器がつていて、体液が貯まるようになっている。これを毎日記録して中身を捨てる。


 夫が食事の用意から薬、息子の世話と全部してくれていた。特別休暇のような扱いだった。

帰った日の夕食にご飯を炊いてくれて味噌汁を作ってくれてことは忘れられない。やはり私のソウルフードだ。あっという間に元気になる。


 そして息子に勉強を教えたり、夜はルーンスケープというオンラインゲームを一緒にやっていた。 コンピューターの中のキャラクターだが、親子一緒に冒険をしていた。手術や入院の間に親子の絆が強くなっている感じがした。いろいろな話をしたのだと思う。夫はどう説明したのだろうか?


 私はベッドでテレビを見たりして過ごす。うつらうつらしては、はっと目が覚める。夜まとめて眠れなかった。

Oxycodone(オクシコディーン)という強い痛み止めを4,5時間おきに飲んでいた。1日5回位だったが朝が一番痛く2錠飲んだ時は全身がしびれてうまく息ができなかったので1錠にしていた。かなり強い薬なのだろうと思う。


 翌々日、病院ではじめて傷の検査をする。


 包帯をとって傷痕を見た。


 もちろんそこには左胸はなかった。


 傷跡はまっすぐに切れているだけかと思ったら、傷の上と下がすごく腫れている。特に上の部分の皮膚がボコボコだ。真っ赤になっている傷はまだ痛む。下のチューブ用の2つの穴も痛い。


 一面に塗られた黄色の消毒剤、赤い傷跡、内出血の青い色。


 胸がなくなるのはわかっていたけれど、実際に目にするとすごい衝撃だった。あるべきところにあるものが、ない。


 自分の傷跡を見られない人もいるという。 辛いけれど、目をつぶる訳にはいかない。しっかり見つめて、病気と向きあおうと思った。


 それにしても、こんなにも凹凸があり縫い目も汚いのは想定外だった。


 胸のあった場所の下からぶら下がっている体液排出用のチューブ2本を抜いたのだが、これがものすごい激痛だった。今まで経験したことのない痛みだった。


 歯を抜くよりも、出産よりも痛かった。


 抜いた瞬間ギャーッと叫んで汗が吹き出す。ぐったりして大泣きした。長い針金を体内から抜き出すような感じか。2本めが本当に辛かった。もう一回あの痛みを経験するのかと思うと倒れそうだった。


 なぜこれほど痛かったのか後からわかった。ばい菌感染をしていたのだ。指先でさえ傷口に菌が入ると赤くなりズキズキして痛むのに、かなり大きめの胸の穴2つだ。そこから長いチューブを引き出すのだから、痛いはずであった。 


 そして、その夜高熱がでた。 

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