第17話  抜け始めた髪の毛



 1回めの抗癌剤から十日後ついに髪の毛が抜け始めた。自然にハラハラと抜けるのかと思っていたけど、キュと誰かに引っ張られているような感じだ。

頭皮がピリリと痛む。 自分で引っ張るとスッスッと髪の毛が驚くほど抜ける。

枕にもパラパラと落ちてきていた。髪が抜けるのはわかってはいたけれど、見た時はやはりなんとも言えない気持ちになった。


 美容院で短めのショートにはしてあった。 アメリカの美容院なので、かなり残念な感じのカットであったが、数週間の我慢と思っていた。でも、【その日】は思っているよりも早く来てしまった。


 これからどんどん抜けると思い、自分でベリーショートにまでカットしてしまった。もうすぐほとんど抜けてしまうのだから、髪型は気にしていられない。

 

 なんとアンダーヘアーもぽろぽろ抜ける。 髪の毛だけではなく全身の毛が抜けるそうだ。これは悲しいというよりも不思議な感じがする。

 

 午後から病院で血液検査と腫瘍科で検査があった。 翌日2回めの抗癌剤があるのだった。


 同じ時期に三沢から来たタミーに会った。彼女は同時再建でおなかの自家組織を使って手術をした人だ。

「手術どうだった?」と聞くと「まだお腹が痛くて座れないわ、でも見せてあげる、こんななのよ!」とシャツをめくる。


 お腹に真横に大きな傷跡がある。かなり長い腰から腰までの傷跡だ。しかも上下が平らではなく、あちこちでこぼこしていて(お腹をへこませる手術)という感じではなかった。お腹の脂肪と筋肉を胸に入れてあるのだが、それも均等ではなくて異物があちこちに入っている感じだ。


 正直な気持ちを書くと、こんなに痛そうなら再建したくない。と思った。

こういう再建手術はきっと日本のほうが上手なのだろうと思う。それでも、同時再建ですでに胸があるので羨ましくもあった。


 

 夕方ダウンタウンまで行って、手術後用のブラを2枚、シリコン製の胸を受け取った。

シリコン製のフェイク胸は高価なのだが、これは保険が適用されたので注文できたのだった。 

重みがあり、柔らかくとても自然で嬉しい。今まではブラに綿を詰めたものだったので、軽くて上にずり上がってきたのだった。このシリコンはどっしりと重みがある。ヌーブラをうんと分厚くした感じだ。偽乳首まで付いている。


 ウィッグを買った時のように嬉しかった。コットン製のパッドを買って使っていたのだけど、あまりに軽くて心もとなかったのだ。これは本物のようだ。

日本の乳がんの本を読むと(軽くてずり上がるので、綿と共ににお米などで重みを入れるといいでしょう)なんて書いてある。


 ブラの中にお米とは……それは女性としてあまりにも悲しい。そして、当時は手術後のポケット付きブラジャーも実用的ではあるけれど、デザイン的に美しいものはあまりなかったのだ。少しでも心がウキウキするような綺麗なものが欲しかった。


 そう思いながら手術後用の下着のカタログをみていたら、そのページに髪が一本二本と落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る