第3話  告知



翌朝 シャワーの後に鏡で見てみると、左胸は一面真っ青に内出血していた。


まだズキズキと痛む。もしも悪性だったらこんな癌の真ん中に針を刺して広がったりしないんだろうか?と心配になる。 


検査結果を聞く予約は午後だった。ホテルを出る時

「きっと大丈夫。なんでもない、なんでもありませんように」と祈った。


待合室で名前を呼ばれて、夫と息子も一緒に病室へ連れて行こうとした。するとナースはちょっと困った顔になり


「……息子さんはここで待ってたほうが良いわ」と言った。 


夫の顔色が変わった。この一言で、もう乳がんが決定したようなものだ。


「待っていられる?大丈夫だよね?」

「うん、ゲームボーイ持ってきたから」


振り向くと息子はもうゲームに夢中で足がぶらぶら揺れていた。


ドアを開けると長い廊下に緑色で進路のテープが貼ってあった。

まるで死刑台への道標のようだ。迎えに来た看護師は死神に見える。

トボトボと後ろをついて歩きながら、どんよりと嫌な空気の部屋に入っていく。


医者は書類を見ながらすぐに


「残念ですが、乳がんです。3箇所あります。 1番大きい腫瘍は4センチを超えています。リンパ腺にも転移している可能性があります」と言った。


胸の塊は大きな脂肪ではなく、大きな癌だったのだ。4センチを超えている?医者が小豆大の癌を触診で発見できなかったはずだ。ガンはもうになっていた。


あまりのショックで頭が真っ白になり、半分以上何を言っているのか聞き取れなかった。 実際に知らない単語もあった。

キモセラピーもします。と言われた。なんだろうと思ったら抗癌剤の化学治療の事だった。


乳房を切り取る手術をする。


形成手術は後からできる。


抗癌剤をする。


放射線治療をする。


おおまかに覚えているのはこれくらいで、いろいろ説明をしていたが、ぼんやりとこの人は何を言っているんだろうか?と考えていた。


この時のことは、あまり良く覚えていない。頭のなかで、ブレストキャンサーという言葉がグルグル回っていた。サージュリー?ってなんだっけ?手術?胸を切り取ってしまうってどういうこと?どういうこと?


「やっぱり癌だった。そうじゃないと信じたかったのに、ねえどうしよう、これからどうしたらいいの」とやっと現実を受け止めて、廊下で号泣した。

夫もボロボロと涙を流して泣いている。


「治療するんだよ、だいじょうぶ、絶対にだいじょうぶだから。先生を信じよう」

 

息子が待っている待合室に戻る前に、夫も私も涙を拭いた。深呼吸をしてからドアを開け


「ごめんね!待たせたね!」と思いっきり笑う。


「長いよ!ママもダッドも一緒に行っちゃって!」とふくれる息子に


「ごめん、ごめん。じゃあこれからどこか行こうか? 水族館好きでしょう?」


「わ~やった~!」


ゲーム機をぱたんと閉じて、椅子からぴょんと飛び降りた。床に足さえついていないのだ。まだこんなに小さいのだ。


まだ何も知らない息子をワイキキの小さい水族館に連れて行った。喜ぶ息子の顔を見て涙がでる。


「見てみて~きれいだねえ!ダディ~ルック!」次々に水槽を走りながら見て回る。手をつなぐとハッとするほど手が小さい。そんなもみじのような手を握って涙がでる。


かわいい子供を残して死ねないと思う。一日中助かるのかどうかばかり考えていた。


すごく元気で具合も悪くないのに、そんな恐ろしい病気にかかっているとは。

生き残ることができるなら同じ病気で苦しんでいる人のために何かをしたいと思った。


 絶望の淵からでも人は立ち直れるのだと信じたかった。


 告知の日、この時が一番つらく苦しい日だと思っていた。


 でもそれはまだ始まりにすぎなかったのだ。

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