第48話 おなかに浮かんだピンクリボンの痣。そして希望へ
家に帰り自分のベッドでぐっすりと寝た。少し退院が早すぎたかもしれない。夜から具合が悪くなる。今回も耳鳴りと言うか頭の奥で血液が流れるようなゴウゴウという音がする。時々痛み止めのロクサセットを飲み、昏々と眠る。
退院するといつも夫が「君のソウルフードだよ」と白いご飯を炊いてくれて、みそ汁を作ってくれる。ごはんと具の入っていないみそ汁は体中にしみ込むようだった。
数日間は少し食べて、深く眠ったかと思うと、眠れなかったりした。頭が痛くずっとドーンドーンと鳴っている。
お腹の手術なので重いものは3週間持てない、仕事も4から6週間後、そして1ヶ月は安静にと書いてあった。またこうやって寝たきりでなにもできずに夏休みが終わってしまうのだ。
「ごめんね」と息子に言うと「大丈夫だよママ!」と笑う。息子も強くなった。
数日後傷口を見てみた。左右に1つずつ、それからおへそのすぐ下と恥骨の上に4つの穴が開いている。それぞれガーゼが貼ってある。お腹は青あざと治りかけの黄色のあざで色とりどりのすごい色になっている。3日目から強い薬をやめ普通の痛み止めにした。シャワーはまだだけど体を拭けた。
検査の結果大きな卵巣の腫瘍はガンではなかった。良かったという気持ちと同時に、何か取り返しの付かないことをしてしまったのではないかと悲しみが襲ってきた。
「取ってしまわなくても良かったのかも」
胸を失った。再建は何回も失敗した。その上、子宮と卵巣も失った。
やはり女ではなくなった気がした。生きるために決心したことが正しかったのかと悩んで大声で泣いてしまった。一体何回泣いたのだろう。これから何回も後悔して泣くのだろうか?
号泣していたその時にあるものを発見した。
ピンクリボンのアザがお腹にくっきりと浮かんでいた。
乳がん撲滅のマークがこんな所に。多分それはチューブが丸くあたって、それが赤くなっていただけなのだと思う。
それでも私にはそれは(生きろ)という印に見えた。
神様からの贈り物だと思えた。
すぐに夫に見せた。
「これは、すごい…」と夫の目も潤んでいる。
「これは、メッセージだよね。生きろっていうメッセージだよね。ううん、神様からのプレゼントだよね」
「きっとそうだよ、がんばったね」
夫のハグは暖かく、傷ついた体も心も溶けていった。
これで、もう大丈夫だ。私は正しい事をしたんだ。もうこれで大丈夫なんだと確信したのだった。
絶対に良くなる。これからは家族と楽しく長い人生を送るのだ。
何度も何度も泣いた。泣くたびに布団にくるまって泣いた。私を包み込む温かい布団は子宮で、涙が羊水だ。泣くだけ泣いて布団を出たら生まれ変われる。
何度泣いても良いのだと思う。何度も何度も生まれ変われば良いと思う。
また立ち上がって歩けるのなら、転んでも座り込んでも良いのだ。
私は家族の支えがなければここまで来られなかった。愛情と笑いに癒やされて、また立ちあがれることが出来たのだ。
夫はどんな時もそばに居てくれた。ユーモアを忘れず励まし続けてくれた。夫がいなければ、この全ての治療は出来なかった。
そして息子は私の生きる力そのものだった。
生まれた時に「この子のためなら死ねる」と思ったものだが、愛する子供のために(生きる)ことはもっと大事なことだと学んだ。
生きる意味を見つけた。絶対によくなろうと思った。
乳がんは私にいろいろなことを教えてくれた。 特にめそめそ泣いてばかりだった私を強い戦士に変えてくれた。
これからもずっとファイターでいようと思った。
でもこれからの道はきっと明るく楽しい道が続いているのだ。
そこを3人で手を繋いでゆっくりと笑いながら歩いて行こうと思う。
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