第52話『英雄になった父と子』
「久々に戦場を思い出したぞ、小僧。」
伸さんは、悪魔のように薄ら笑いをしながら、爆煙の中から現れた。
バケモノだ…。
直感的に、そう思った。
「残念ながら、爆弾は俺には通用しない。」
通用しない?
能力によって、封じ込める術を知っているってこと?
いや、ちょっと待てよ…。
彼はさっき、『戦場を思い出した』って言っていた。
リアル爆弾処理のような経験が、能力によって具現化され、能力で作られた爆弾も能力で処理出来てしまう可能性が出てきたよ。
あれ?
これって…、まさか…。
絶望的な相性なんじゃ…。
待って、待って。
ネガティブに考えちゃ駄目だよ。
可能性の1つとして考えるんだ。
ブラフの可能性としてね。
現に彼はダメージを負っているし、むしろ結構効いているようにも見えるよ。
爆弾が「効かない」んじゃなくて、「効きづらい」として受け止めよう。
まだまだやり方はあるはず。
だけれど同じやり方じゃ駄目だ。
常に変化を求める限り、チャンスはある。
僕はもう、逃げたりしない。
立ち向かうんだ。
助けてくれる人がいる、助けたい人がいる。
そして勝ったら、色んな事を学びたいんだ。
最後にお母さんのところに行って、幸せに暮らすんだ。
なんだか僕の方が死亡フラグを立てているように見えて、ちょっと可笑しかった。
フフッ…
「小僧。この状況で笑顔が出るなら、素質があるぞ?」
「人殺しの素質なんていらないよ。」
「持っていれば、何にも恐れる必要はないだろ?」
「気に入らなければ殺してしまえという発想自体が気持ち悪いです。」
「何を言う。それが許される社会をアダムが作ろうとしているではないか。強いものが弱いものを淘汰する事が当たり前の社会。これなら殺人は、日常茶飯事で許される出来事。ならば必須の素質となるだろう。」
「そんな社会が繁栄、存続しなかった歴史なら知っている。」
「子供でも分かる理論だと思ったが…。難しかったか?むしろ単純明快だろ?」
「違うよ。子供でも破綻している理論だと分かるって言っているよ。」
「小賢しいガキが言いそうなセリフだ。お前の考えの中に、「能力」という一番重要な要素が欠けているだろう。」
確かに、能力者だけが集まった場合、現在の社会制度は当てはめられないかも知れない。
だって、強烈な力を持った人が現れる度に、社会がひっくり返ってしまうから。
だけど、だからと言って…。
「殺人が許容される限り、絶対に繁栄しないよ。」
僕らの
お姉ちゃんは、強烈な力を持ちつつも、共存共同共栄を常に意識していたと思う。
だからこそ皆が着いていけたし、信頼や信用が生まれていったんだ。
とは言え、それはお姉ちゃんが皇帝として君臨しているからこそ出来るんだよね。
つまりそれは、アダムにも強烈な力があるという裏付けでもあると思った。
確かめてみよう…。
「そんなにアダムが怖いの?」
ピクッと表情に反応があったよ。
やっぱりそうなんだ。
伸さんのような屈強な戦士ですら、従わざるを得ないんだ…。
そんな彼を分析してみると、今までの戦いや風貌からは、接近戦が得意のように見える。
力音さんよりも体格が良く背も高い。
言動も攻撃的で、木刀を準備している辺りからも近接戦闘を好むはず。
だけれど伸さんの能力は、「手首が伸びる」なんだ。
つまりアウトレンジからの攻撃ということになるよ。
敵がこちらの動向を探っている今がチャンス。
守りじゃなくて攻めに出るんだ。
それと同時に、反撃に備えておく。
例えば、手首が伸びて来た時に、伸びる速度が速いのか、曲がるのか、硬いのかとかね。
属性攻撃にも注意しなければならない。
ちょっと気になるのは、さっきの攻撃で属性的な防御を行っていなさそうな点だよ。
どの攻撃もくらっていたし、属性攻撃を防いだ形成もみられない。
爆弾攻撃されると感づいていながら、属性防御を忘れるはずがないし、咄嗟の防御をする時に、得意な属性防御をすると思うのだよね。
ただし、属性には相性があるから、相性が悪かった時の被害を軽減させるために、敢えてしなかったという可能性もあるね。
そうだとしたら、よほど戦闘慣れしていることにもなるけれど…。
兎に角警戒だけはしておこう。
「アダムが怖いだと?」
「僕にはそう見えるけれど?」
「小僧、確実に殺される戦いをする気になるか?強いとか弱いとか、勝てるとか負けるとかの問題ではない。やれば死ぬ、それだけのことだ。」
「………。」
確実に殺される…?
確実…?
絶対に勝てないってことだよね…。
そんなこと…、ありえるの…?
駄目だ駄目だ。
またネガティブに考えているよ。
それは対峙した時に考えるんだ。
今は目の前の伸さんに集中しなくちゃ。
「さて、小僧。そろそろ勝負をつけようか。覚悟は良いか?」
「僕は…、お前を倒して、アダムの野望も防いでみせる!」
「もう少し現実味のある将来を目指すんだったな!」
その言葉と同時に、伸さんの左腕が勢い良く伸びてきた。
直ぐに爆弾を貼り付けて、即爆発させる。
ドンッ!
!?
伸さんの左腕は爆風で跳ね上がりながらも、まるで鞭のようにしなりながら方向転換し襲ってきた。
この程度なら、予測の範囲内だ!
直ぐに氷の防御膜を展開すると、彼の手はその上を滑った。
チャンス!
伸び切った手に対して、フジツボのように爆弾を次々と貼り付けていく。
彼は急ぎ手を引っ込めるけれど、それじゃぁ逆効果だよ!
無数の爆弾も一緒に本体へ持っていってしまうから!
斬ッ!!!
「えっ!?」
伸さんは自分の左手首を切り捨てると同時に、爆弾が炸裂し、彼の切り離された左手が粉々になった。
ドンッッッ!!!
爆煙の中から、何かが吹っ飛んできて、僕の腹部を突き破る勢いで突き立てられる。
見るまでもなく、伸びてきたのは彼の右手、そして手に持つ木刀だった。
ぐふっ…っ…。
目が霞み、頭がクラクラしたかと思うと、一気に吐き気をもよおす。
止められない嘔吐が終わった瞬間、今度は右手で首を握られ、そのまま一気に引き寄せられていく。
伸さんの顔が近づくと同時に、左手首から能力によって手が再生され、握り拳を作ると、そのまま拳を振り下ろしてくる!
ガッッッッ!!
グシャッという嫌な音と共に、耳はキーンとし、視界がボヤけ、今自分がどうなっているかという感覚すら失っていく。
自分の顔の付近に、指向性爆弾を仕掛け爆発させたけれど、手応えがない。
ということは、多分腕を伸ばし遠ざけたんだ。
手当たり次第に爆弾を撒き散らすけれど、効いてないよね…。
流石に…。
もう…。
駄目かも…。
「フハハハハッ!予定通りの結果だったな。」
「………。」
うねりながら伸さんの声が聞こえる。
「お前と俺には、決定的な差がある。それは経験だ。今更それを知ったところで、どうしようもないがな。」
彼は僕の首を掴みながら左腕を伸ばし、木刀で突き刺す丁度良い距離と高さに持ち上げる。
「さらばだ!」
斬ッ!!!
ごめんね…、お姉ちゃん…、お母さん…。
僕は温かい物に包まれた感覚に陥っていた。
死ぬのって…、温かいんだ…。
「ぐおぉぉぉぉおぉおおおおおお!!!」
突如、伸さんの悲痛な叫びが聞こえた。
「しっかりしなさい!」
徐々に意識がハッキリしてくると、誰かが覗き込んでいるのが分かった。
「ここは最終戦場ではありませぬぞ!」
「………。」
「私の弟子を名乗るなら、もっとしっかりしてもらわぬと困りますな。」
「………。」
んぐっ…、ぐすんっ………。
僕は思わず涙を零しちゃった…。
「泣いている時間はありませぬ。」
掠れた声で、彼の名前を呼んだ。
「谷垣さん………。」
どうして彼がここにいるのかは不明だけれど、僕を助けてくれた。
それだけで嬉しかった。
力が…、勇気が…、湧いてくる。
再び戦うという意志が、蘇ってくる。
「僕…、まだやれるよ!」
「当たり前ですぞ!二人でお嬢様を助けに行くのです!」
「はいっ!」
うずくまっている伸さんを見た。
彼の左腕は肩から無くなっていた。
「くそっ!貴様…………、まさか………、東洋の悪魔………。」
伸さんは谷垣さんの事を知っているようで、悪魔と呼んだ。
「そう呼ばれていたことも、あったかも知れませぬな。ん?お主はもしかして、ラッキーボーイか?」
「そっ、その名で呼ぶな!」
ラッキーボーイ…?
「とある戦場で戦況が悪化し始めた時、我らの外人傭兵部隊が
「………。」
「あの時死んでいれば英雄になれたのに、生き残ってラッキーの称号を得てしまった。」
でもそれって、本当にラッキーってことであって、伸さんが「呼ぶな」という意味にはならないんじゃ…。
「確かに命を繋いだことはラッキーと言えたし、事実仲間は無事だったこともラッキーとも言える戦況だった。しかし、もしも死んでいたら英雄と呼ばれ伝説となっただろう。彼はその偉大なる称号を得る事に失敗した。そして、ラッキーという一言で片付けられてしまう彼の実績は、不当なものであっただろう。」
あぁ、そうか…。
本当は実力で窮地を凌いだんだ。
決してラッキーなんかじゃない、伸さんの実力があってこそ成し遂げた成果だったんだ。
それだと、確かにラッキーなんて言葉で片付けられて欲しくないかも。
「だけど、今回ばかりはアンラッキーですな。」
「フンッ…。死に損ないの死神が…。」
「心地よい言葉ですな!」
戦況は一変したと思った。
殺される寸前から、取り敢えず殺されない状況へと。
だけれど、不利なことには変わらないと感じていた。
それは谷垣さんの顔を見れば分かるよ。
彼も悲痛な表情は隠しきれていなかったから。
伸さんは片腕を失ったけれど、傷口を能力で塞いで止血すると同時に、ますます殺意が高まっているように見える。
この逆境で、更に戦意が高まるなんて、狂っているとしか思えない。
それに加え、こちらの戦力となると…。
確かに谷垣さんは、
だけれど、これは異能バトルなんだ…。
パンチがどうのとかキックがどうのとか、そんな次元じゃなくて銃もナイフも無意味な戦い。
僕はというと、体をまともに動かすことは厳しい。
ならば…。
(谷垣さん…。僕を彼のところへ連れていってください。)
小声で伝えると、チラッと僕を見た後、小さく軽く頷いた。
(とっておきの爆弾があります…。それを使うには彼に触れてなければいけないのです。)
再び小さく頷く谷垣さん。
「さて、アンラッキーボーイよ。我らの礎となれ!」
「ふざけるなっ!」
突如、僕を抱っこしたまま疾風のように駆け抜ける谷垣さん。
敵との距離を確認しつつ、一気に能力の濃度を上げ、両手に全ての力を集める。
周囲の情報を
この爆弾は、それほどまでにも密度を高める必要があるんだ。
それだけに威力はかなりのものとなるよ!
それこそ、僕達の勝利は確実になる!
伸さんは木刀を片手で振る仕草をする。
剣圧ならぬ、能力による圧力が襲ってきた。
まるで刃物だけが吹っ飛んでくるように感じる。
谷垣さんは、その仕草だけで能力の方向を見切り、華麗に交わしながら突き進む。
(僕と彼が接触出来たら、直ぐに逃げてください。)
谷垣さんは必死に敵の攻撃を掻い潜りながら、僕の小声を聞いていた。
(今までありがとうございました…。)
(!!)
(本当のお父さんに出会えて…、良かった。)
伸さんの攻撃が谷垣さんの腕を掠める。
それこそ歯を食いしばりながら、谷垣さんはついに伸さんの直ぐ側までやってきた。
僕は迷わず爆弾生成に入る。
こうなったら、もう止められない。
全てを飲み込む、特異点を作るんだ!
ブラックホール爆弾を!
谷垣さんは、僕を抱っこしながらも鋭い足払いを仕掛け、そのまの勢いで一回転し、回し蹴りを顎に入れる。
伸さんは意識が飛びそうになりながらふらつくと、適当に振り上げた木刀が谷垣さんを襲う。
ガッッッ!!!
腹部から胸部にかけてパックリと割れる谷垣さんの体…。
予測不能な不意打ちだからこそ、谷垣さんに当ってしまった。
大量の血が吹き出る…。
「烈生!迷わずいけ!」
「でも…!早く逃げて!」
「馬鹿野郎!息子を置いて逃げる父親がおるか!!!」
「!!」
「息子との人生!楽しかったですぞ!!!」
「ぼ…、僕も楽しかった!!!」
ありがとう…、本当にありがとう…。
「僕達は英雄になる!!!」
そしてさようなら…。
僕の家族達…。
「ウワァァァァァァァアァアアアアアアアア!!!!」
凄まじい力が濃縮され、3人を包み込む。
ボゥゥゥゥウウウウン………
その力が更に圧縮され小さくなっていき…
静かに消えた。
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