第27話『能力vs科学』

ハァ…、ハァ…。

苦しくて、強制的に呼吸をしてしまう。

この毒薬の撒かれた状況では…、更に酷くなって…。


少しずつ、少しずつ…。再び視界が歪んでいく。

く…、苦しい…。

平衡感覚が狂っていく…。

意図せず視界が下がり、倒れた事を理解する。

体のどの部分が床に触れているかさえ分からない…。


目が霞む。

アークエンジェルがゆっくりと近づいて来るのが分かった。

リュックから何かを取り出す。

ボヤけて良く見えない…。

でも分かる。ナイフか警棒の類い…。


体を動かそうとするれけど、自由に動かせない。


これは…。


流石に…。


ごめんね、お父さん。


そして…。


もう少しでいいから、皆と一緒にいたかった…。


「俺のために死ね!!」











バタンッ!


扉が勢い良く開くのと同時に、室内に強烈な風が吹き荒れる。

ガタガタッと窓が揺れたかと思うと、次々と開いていく。

突風が収まり、状況を把握する。

そこには誰かが立っていた。アークエンジェル?


いいえ…、ちが…、違う…。


「俺のダチへの落とし前、キッチリ払ってもらうぜ!」

疾斗だった。


「疾斗さん!その人、懐にナイフを持っています!」

扉の影から芽愛の声が聞こえる。


「芽愛!もしもの為に解毒剤を準備しているはずだ!探せ!疾斗!そいつからリュックを奪い取れ!」

護がドカドカと入ってきて、私の前に立つ。

疾斗はいつの間にかリュックを奪っている。


そして護が絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールでアークエンジェルを縛り上げ、身動きを封じ込めた。

そこへ大柄の男がやってきた。

「心優タソ傷付けたやつ…、誰?」

既に目を真っ赤に染め上げ、怒りを撒き散らすほど震えている。

護に掴まっているアークエンジェルは恐怖に震え上がっていた。

なまじ能力を知っているだけに、その恐怖は普通の人より何倍も感じたはず。


宙吊りのようになっている彼は、右足のつま先で、左足のかかとを蹴ると、勢い良くナイフを飛び出させた。

細工された靴からの隠しナイフ!

護はアークエンジェルの拘束を解き急ぎ防御壁を展開する。

「ま、間に合わない!」

キンッ!


カラカラン…。

突如床に転がるナイフ。

窓から顔を覗かせたのは、夕美だ。

どうやら情熱的な突撃パッション・ラッシュで撃ち落としたみたい。

「間に合って良かった。」


逃げようとする彼を再び拘束する。

そこへ力音が近づく。

徐ろに頬を引っ叩いた。

バシンッ!!!

首が捻じれんばかりに顔が吹っ飛ぶ。


「力音!解毒剤がどれか聞くんだ!」

護るからの指示に小さく頷く力音。

「聞こえたかい?」

ギロリと真っ赤な目で睨む彼からは、殺意すら感じるだろう。


バシンッ!!

痛みからなのか、恐怖からなのか、細かく震えながら、なかなか喋らないアークエンジェルへ、もう一発ビンタを入れる。

反対側へ顔が吹っ飛ぶ。

彼は既に涙をボロボロと零していた。


「さ…、三角形の…、ビ…、ビンだ…。」

疾斗が直ぐに見つける。

「1個だけあるぞ!」

私は気になり助言した。

「分量…。」

その言葉だけで護は理解してくれた。

「力音!そいつから分量を聞き出せ!」

力音が睨むと、更に大きく震えながら「は、半分だ!」とアークエンジェルが答えた。


バシンッ!

その言葉を無視するかのように三度引っ叩いた。

「ほ…、本当だ…。」

「もしも嘘だったら…。」

ドンッ!!

「オォォエエエェェェェェェェ…。」

アークエンジェルの体がくの字に折れ曲がる。

護の能力で拘束された状態からの腹パンは、相当効いたはず。


「お前が死なない程度に、たっぷりといたぶってやるからな!」

「信じて…くれ…。」

アークエンジェルは苦しそうに、そして嘆願するような目で力音を見上げていた。

ガタガタと奥歯を鳴らしながら、そう答えた。

力音と護の目が合うと、両者は同時に頷いた。


疾斗がリュックから解毒剤と思われる、三角形の形をしたビンを取り出した。

「だ…、だけどよ…。半分ってどうやって計れば…。」

一瞬全員の動きが止まる。

ビンは、正確には三角錐だったからだ。


「体積は計れば求められます…。だけど…、どうやって半分に…。」

芽愛が不安な表情で仲間を見る。

「な、何か量の分かる物に移し替えてみたらどうだお?」

力音の提案ではあったが、その代替品が見当たらない。

私が助言する。

「は…、疾斗…。」

「おう。」

「あ、あなたがやるのよ…。能力で…。」

「何を言って…。」

「テレキ…、ネシス…。」

「何だそれ?」

「物体を、手を使わずに動かすことだ。」

護が補足する。それで合っているわ。

私は小さく頷く。

だけど疾斗は驚愕の表情を浮かべ、視線を外す。

そうね。いきなりやれって言われて出来ることなら、とっくにやっているわよね。




「疾斗…。」




「………。」




「信じてる…。」




「!!」










「私の命…。疾斗に預ける…。」









彼は目を見開くと、全身の毛が逆立つほど緊張しているように見えた。

左の手のひらの上にビンを置き、右手をかざす。

強い眼力からは、今までの疾斗にはなかった、集中力を感じ取れる。

コトッ…。

ビンが小さく揺れた。

コトッコトッ…。

ビンが連続的に揺れ始める。

私は過呼吸のような症状の中、苦しいながらもその様子を見守った。


トンッ

突如ビンが跳ねると空中で静止する。

細かく震えているようにも見える。

まだ安定していないよう…。


そんな不安をかき消すかのように、突如蓋がクルクルクルクルッと激しく周りだし飛んでいく。

「!!」

誰もが驚いた。

今、彼は、手を使わずにビンの蓋を開けてみせたからだ。

勿論、現状では手で開けた方が早かったでしょうね。

だけど、手を使わずに開けたことで、彼の能力が一段階レベルアップしようとしていると、誰の目にも写ったのは間違いない。


その後、まるで目薬から薬液が一滴落ちるように、ビンから上に向かって出てきた。

「す、すごいお…。」

力音が素直に驚いている。

他の仲間も、言葉に出さずとも考えは同じだったと思う。

滴り落ちるという状況は、誰もが目にする光景のはず。

だけど彼は、宙に浮いたビンから、中身の液体を上に一滴持ち上げてみせたのだ。

つまり、滴り登る。

次々と液体が登っていくと、そこには幻想的な空間となった。


「く…、空中に液体が…、液体が浮いています!」

夕美も驚きを声に出した。

明らかに非現実的な状況が繰り広げられているから。

疾斗は既に、滝のように汗をかきながらも、集中力を切らすこと無く作業を続ける。

液体が二つに別れる。

大小の粒が左右の塊を行ったり来たりし始める。

どうやら分量を調整しているみたい。


粒はどんどん細かくなり、それは微調整を意味する。

そこで私は視界が暗くなっていき、呼吸も更に短く激しくなっていく。

「疾斗!急げ!」

護の声も耳の奥の方でうねって聞こえた。

もう…、限界かも…。

その時。

突如口の中が液体で満たされ、私は夢中でソレを飲んだ。


頭のてっぺんがキーンと痛くなる。

が、それは徐々に収まっていったわ。

少しずつ音が聞こえ始め、ゆっくりと目を開く…。

そこには…。







心配そうに見つめる、仲間の顔が並んでいた。





慌ただしかった呼吸が、徐々に落ち着いていく。

それと同時に、私の心も落ち着きを取り戻していく。

失っていた感覚が、少しずつ戻っていくのが分かる。

「ハァ………、ハァ………。」

芽愛が額の汗をハンカチで拭いてくれる。

「大丈夫ですか?ご主人様…。」

今にも泣きそうな顔の彼女に向かって、ぎこちなく笑顔を作りながら小さく頷いた。


「んぐっ…。んっ…。わぁぁぁぁぁああああああああん!」

突如芽愛は大声で泣きながら私の胸に顔を埋める。

「ば…、馬鹿ね…。泣きたいのは、こ…、こっちよ…。」

「ちげーねーや。」

疾斗が汗だくになりながら後ろに倒れる。


「よくやった、疾斗!心優、もう大丈夫そうか?」

「そ、そうね…。多分、大丈夫。」

「そうか…。間に合って良かった…。」

安堵しつつも、今だにアークエンジェルを締め上げている護。


「心優タソ~、心配したお。」

力音もホッとした表情をした。

「心優ちゃん、どこか痛いところとかない?」

夕美も両手を胸の前でギュッと握りながら、不安そうな表情を浮かべていた。

「大丈夫…。護…、課長に報告して頂戴…。アークエンジェルを捕獲したと…。」

「よし、分かった。」

彼はスマホに指を滑らせ始めた。


「お嬢様!」

その時、ようやく召使達を避難させた谷垣が、変わり果てた玄関ホールへ飛び込んでくる。

「谷垣…。もう…、もう大丈夫よ。」

彼はこみ上げるモノをグッと我慢したように見えた。

「皆さん…。」

震える声。

「ありがとうございました…。」

そう言って深々と頭を下げた。

その様子に驚く仲間達。

「谷垣さん。思いは皆同じだと思います。」

そう芽愛が言うと、他の人達も小さく頷いた。


「それよりも!」

寝そべっていた疾斗がムクッと起きる。

「なんでこんな状況になるまで一人で頑張ったのさ!?調子が悪くなった時点で呼んでくれよ!」

私はビクッとした。

「だって…、だって…。」

その時の自分の想いを、どう伝えれば良いか迷ったわ。

だけど、この先もこんな不安を抱えているのも嫌。だからハッキリ言うことにした。


「こ…、今回は能力に関係ないし…。それに…、わ、私を助けたってハイリスク・ローリターンだし…。」

私の瞳からは、今まで経験したことのない程、ボロボロと涙が零れていた。

「ば…、ばっか野郎!!!」

疾斗がこれでもかと大声で怒鳴った。

私はもう、涙が止まらなくなっている。


あれだけ連携が~、とか仲間を~とか、散々言ってきた私自身が、仲間の事を信用していなかったのだから。

だけど、それには理由もある。

「だって!今まで私に近寄ってきた人達は、私じゃなくて財閥目当ての人達ばかりだった!だから…。」

「私は違います!!!」

芽愛が叫ぶ。

「そんな悲しい事、言わないでください!」


グサッときた…。


「でも、お気持ちは少しだけ、わかります。」

似た立場の彼女には、私の気持ちを理解してくれた。

「私達の周りには、お金に群がるハゲタカばかりですから…。だけど、ここにいる仲間は違います。」

「そうだお!僕は皆と一緒にいるだけで、それだけで楽しいお!」

「相変わらず…、グズッ…、キモい発想よ。」

ニコニコと笑う力音。


「心優。もう孤独な皇帝は卒業しろ。お前は、お前が思っている以上に信頼出来る仲間がいる。そりゃぁ、能力という共通点と問題点はある。だけどな、見ろよ。頼もしくて…、面白い奴らが集まったじゃないか。勿論俺も、お前を信じ、そして信じられるよう努力しよう。」

護が私の頭をクシャクシャとした。

あぁ、きっと私は子供のように泣いている…。


「心優ちゃん。これが本当の友達だよ。私も、そう思っている。友達のピンチに駆け付ける。当たり前のことなんだよ。ね?だから今日は友達として、私が一晩中看病してあげる!」

「下心が丸見えよ…。」

涙目で答えた私は、きっと物凄く子供っぽい。

「ん~~~。可愛い!」

「ご、ご主人様を看病するのは、メイドである私の役目です!」

芽愛が直ぐに反論する。

「なら今日から私もメイドする!」

「そんなに簡単になれませんから!ね?谷垣さん?」


急に振られた谷垣は、少し驚いたけれど、直ぐに優しい微笑みを返したわ。

「そうですな。お嬢様に仕えるには、相当な苦労があります。」

苦労話のはずなのに、嬉しそうに話している。

「ですが、やりがいもありますし、結果を出し続けてきたからこそ、私達も本気で仕えているのであります。それに、皆さんに出会って、お嬢様は変わられました。」

「そうかしら?」

「はい。以前にも増して優しくなられました。召使共々、噂になっておりました。そこがまた、お嬢様の大きな魅力になりつつあります。」

そう言って、満面の笑みをする。

ちょ、調子狂うわね…。


そこへ疾斗が割り込んできた。

「俺はさ、心優に敗れて上には上がいるって知った。導いてやるって言われて、ワクワクした。だけど異能バトルを通じて、命を賭けていると分かった。そんな状況なのによ、心優は次々と先を考えていて、実行していって、正直、すげぇって思ったさ。でもさ、一人でやれることには限界があるじゃん?そしたらさ、俺らの出番だって…。そう考えたらさ、気付いたんだ。あいつは一人で悩んでいる、苦しんでいるってな。俺も何もかも頼ってばかりじゃダメだって、それこそ強くならなきゃって考えていたんだ。きっと他の奴らもそうなんだろうなーって思った。うまく言えねーけど、これだけは分かる。」

ジッと私の目を覗き込む。

「難しいことは分からねーけど、皆、お前のことが好きなんだよ。心優の立場とか、看板だとか、そんなこと関係ない。お前自身が大好きなんだよ。」


私は心の底から、カーッと込み上げる、熱い想いに包まれた。


「グズッ…。な…、何よ…。皆して…。」

「ご主人様…。」

芽愛が抱きついてきた。それに任せて、思いっきり抱きつき返して顔を埋めた。

「ありがと…。」

そして思いっきり彼女の胸の中で泣いた。


刹那。

強い光がブワッと広がる。

同時に胸の中が急激に熱くなっていく。


ドンッ!!!


見ない何かが弾けた。

「大丈夫ですか!?」

異様な状況に、芽愛は顔を上げて私の顔を覗き込む。

私は自分の異変に、直感的に気付いた。

そして、孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動させる。


「聞こえるかしら?」

アークエンジェル以外、こちらを振り向く。

「あれ?心優…、息を止めてなくてもいいのか?」

護が直ぐに気が付いた。

「どうやら、また、レベルアップしたみたい。」


分かる…。

今の自分の状況が…。

今や発動条件すらなくなり、孤独な皇帝ロンリー・エンペラー中は音が聞こえなかったけれど、私の近辺限定で音が聞こえる。つまり会話が出来る。

どうやら、見えない能力の空間というか、空気というか、そういうのが自分を中心に散布されて、それが振動し音を伝えているようね。

訓練次第では、もっと範囲を増やせると感じたわ。

「これが…、これがお嬢様の能力…。」

初めて経験する谷垣は、何もかも静止した空間を見上げ、只々驚いていた。


「谷垣。烈生の部屋から、コレと同じ包装紙の飴を処分しておいて頂戴。これに毒が混ぜてあるみたいなの。取扱には注意して。」

「ハッ。」

「それと、皆にお願い。この飴の事は烈生には伏せておいて。彼を…。」

「傷付けたくないんだな。」

護が代弁する。私は小さく頷いた。

「お嬢様。一応医者の診断は受けておいてください。それと、父上には、錯乱したテロリストを、お嬢様のお友達が多勢に無勢で取り押さえて事なきを得たと伝えておきます。」

「ありがと、助かるわ。」


こうして旧アポカリプスは壊滅し、新生アポカリプス誕生となる。

私は他の能力者軍団との本格バトルを予感し、その対策を練ることとなったわ。

でもそれは、私自身が引き金となり、最悪の事態へと発展していってしまうことになろうとは、この時は微塵も思っていなかった。


何故なら…。


アダムは、時は来たと部下を招集し、イブは歴史が動いたと目覚めることとなったから。

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