第37話『能力粒子』
勢い良く病室の扉が開く。
私の視界に映ったのは、ベッドに座り顔にアザを付けた芽愛と、同じくシーツに包まれた夕美の姿だった。
!!!
この時私は、既に錯乱していたと思う。
芽愛に近寄り顔と顔を近づける。
「誰が…。」
「ご主人様…?」
明らかに殴られてつけられたアザは、芽愛の可愛い顔を汚染している。
私は怒りが爆発してしまった。
「誰が芽愛を傷付けたのよ!!!」
「ご…、ご主人様!落ち着いてください!」
「今からそいつをぶっ飛ばしに行くわ!谷垣!!」
「ハッ!」
「出発よ!」
「して、どちらへ?」
「………。」
二人の具体的な戦闘状況をまだ聞いていなかった。
アダムの使者が、その後どうなったか確認し忘れている事に気が付いたわ。
その時、必死に腕を隠す夕美にも気が付いた。
「夕美…。あなた腕を…。」
「だ、大丈夫だから!ね?私は軽症だし!」
ズカズカと夕美に近づくと、強引にシーツをめくる。
「み、心優ちゃん?」
痛々しい包帯が目に飛び込むと、何もかもが考えられないほどブチ切れてしまった。
「谷垣!」
「ハッ!」
「首相官邸に向かうわ!あいつならアダムの奴らの収監先を知っているはずよ!」
「………。」
だけど谷垣は深く礼をしながら動かなかった。
見かねるように力音がドアの前に立ち塞がる。
「心優タソ。場所を聞くだけならSNSで十分だお。それに、今は会わない方がいいよ。」
「力音!そこをどきなさい!」
「どかないよ。」
私は怒りで視界が揺らぐほどブチ切れていた。
邪魔をする者は、例え力音でも強引に通させてもらう。
そんな気持ちは揺るがない。
ゆっくり歩き出す。
力音が両手で両肩を押さえて止めようとしたわ。
だけれど、私の歩は止められない。
ゆっくり、少しずつ前進していく。
このまま力音を押し返し、アダムの使者の元に行く。
それしか考えられな時、誰かに抱きつかれた。
「お姉ちゃん!」
烈生…。
「悪いけど、話なら後で聞くわ。」
「芽愛お姉ちゃんと夕美お姉ちゃんをいじめた人を見つけたら、殺しちゃうの?」
殺す?
私が?
「………。」
少しずつ冷静になっていく。
「今のお姉ちゃんは、誰かを殺しちゃいそうだよ。だから僕も行くのを止める!」
私は振り返った。
心配そうに芽愛と夕美が見つめていた。
あぁ…。
また私は皆に余計な心配をかけたわね…。
ハァァァァァ…。
「烈生。もう大丈夫。お姉ちゃんは行かないわ。」
そして抱きついていた彼の頭をゆっくり撫でる。
心が落ち着いていくのが分かった。
「もう、心優タソは…。ビックリしたお。」
「迷惑かけたわ、力音。」
「いいんだお。その為に仲間ってのはいるんだから。アニメだってそうじゃないか。」
「そうね…。」
アニメの世界は、現実には有り得ないと思っていたわ。
それは魔法や超能力、亜人達…。
それだけじゃない。
涙を誘うほどの友情や愛もそう。
現実には有り得ない。
でも違った。
今もこうして私は守られている。
愛されている。
「ごめんなさい。」
全員に向かってペコリと謝る。
「ご主人様…。私達の為に、あんなに怒ってくれたご主人様が嬉しいです。」
「芽愛…。」
「そうだよ、心優ちゃん。あんな風に怒るなんて思わなかった。ちょっと怖かったもん。」
「夕美…。」
今度は急に寂しさに襲われた。
もしかしたら、大切な人を失ってしまっていたかも知れない恐怖。
今までの大切なものは、せいぜいお金で買える程度だった。
けれど今は違う。
命はお金で買えない…。
どんなに願っても、神様は命をくれない。
世の中は、奪われることで回っている。
だから…。
最悪の事態を想像してしまうと、恐怖で心が締め付けられる。
「ご主人様…。生きて帰ってきたご褒美に、ギュッてしてください。」
芽愛は寂しさの中にも優しい笑顔で両手を伸ばしてきた。
愛おしくて、愛おしくて、私は涙を撒き散らしながら彼女に抱きついた。
「おかえり…。」
「ただいま…。」
「あ~!私にもハグして~!」
夕美も左手を伸ばしてきた。右手は負傷している。
小走りに近づくと、勢い良く抱きついた。
「おかえり…。」
「うん、ただいま…。」
止まらない涙と格闘していると、夕美は優しく背中を撫でてくれた。
「心優ちゃんがいつも言っている事が、凄く実感出来る戦いだった。私達はもっと強くならないといけないってね。」
「うん…。」
「さっ、その為の準備をしよ!」
「………。そうね。」
夕美から離れて涙を拭く。
振り返ると、全員優しい笑顔をしていた。
なによ、もう。
私が導くと言いながら、導かれているのは私の方じゃない…。
短く溜息をついて、取り乱した自分を恥じたわ。
こんなんじゃいけない。
私だって強くならなきゃ。
「取り敢えず、芽愛と夕美の戦闘内容を教えて頂戴。」
二人は視線を合わせると、苦笑いをしながら説明してくれたわ。
なるほど。
お世辞にも完璧にいったって訳ではないわね。
「能力散布については、まだ検証しなくちゃならない事が沢山あるけれど、芽愛が起こした目眩ましも、その一例のようね。」
「つまり、どういうことでしょう?」
芽愛は不思議そうな顔をしている。
「つまり、能力というのは見えない力なの。芽愛はその力を『目』で扱う。だから透視や能力の見分けが可能なのよ。」
「そんなもんなのでしょうか?」
「そうよ。これはほぼ間違いないわ。力音なら筋力、烈生ならソレを爆弾に、夕美は矢に変換しているの。」
「ちょっと…、想像出来ません。」
「実感出来るまで訓練が必要ね。」
「僕はちょっと分かる気がするお。」
力音が説明する。
「腕力を振るう為に腕に能力を集めるし、脚力が欲しければ足にって感じ。」
「そうね。それで合っているわ。だけど能力は、もっと広範囲に広げる事が可能よ。」
私は能力散布を始め、部屋中に広める。
「分かる人がいるかしら?」
「あっ…。」
芽愛が何かに気付いたようね。
「ご主人様を身近に感じます。包まれているような…。」
「部屋中に能力を散布しているわ。これは誰にでも出来るはずよ。圧縮の能力者も、こうして夕美の矢の軌道を把握していたことになるわ。」
「………。」
不思議な感覚に、全員が戸惑っているようね。
「能力というは、結局のところコレを自分の得意な方法で扱っている事になる。」
「私はどうやったのでしょうか?」
芽愛が起こした閃光のことね。
「あなたは『目』、つまり視力に関わる方法なら、スムーズに能力が扱えるはずよ。だから『閃光が起きたように感じさせた』事が出来たのね。もしかしたら幻覚かもしれないわ。」
「はぁ…。」
間抜けた顔も可愛いわね。
「これからは、全員に能力散布を覚えてもらうことになるわね。それと、この状態の中で戦う事を前提に訓練しないといけないわ。特に夕美と烈生。」
「うん、そうだね。」
「僕も頑張る!」
「遠距離系は辛い状況ね。でも打破する方法はあるはず。それに、こうして散布することによって、敵味方の位置情報が把握出来るし、その他の使い方もあるかも知れないわ。」
「心優タソ、重大な問題があるお。」
力音が真剣な表情で私を見てきた。
重大…?
何かしら?
「『能力散布』というのは、いくらなんでも格好悪いお。」
「!?」
迂闊だったわ。
私は手の平で顔を覆う。
最重要事項じゃない。
『能力散布』に名前をつけるなんて…。
「ご主人様?ここは笑うところでしょうか?」
芽愛が、どう反応して良いか困っているわね。
「ここは、全員で真剣に考えるところよ。」
「何をです?」
「名前をよ!」
「………。」
「閃いたお!」
力音が笑顔で私に視線を送ってきた。
これは期待出来そうね。
「ミノフスキー粒…。」
「却下よ!却下!」
「えー。どうしてさー?似たようなものじゃない?」
「発想は良いしグラッときたけれど、流石にアウトよ!ア・ウ・ト!」
「妙なところは拘るよね。」
「コンプライアンスは厳守よ!」
「えー…。」
「とはいえ、ここは無難に英訳しましょうか。」
「御意。」
力音は自分で考えるのを諦めたようね。
「でも心優ちゃん。前に能力の自己紹介にならない名前が良いって言ってたじゃん?」
夕美の指摘ね。
「今回は事情が違うわ。アダム側も使ってきたって事は、この事象は広く知れ渡っている、又は、自力で会得した人達には把握されている事になるわ。だから、敢えて知らせて、敵に警戒させる事が可能になるわね。」
「あぁ…、なるほどね。」
「そういうこと。ということで、名前は
「おぉ、格好良い!」
力音が気に入ってくれたみたいだね。
「『各員、
「まだ使えませんけどね。」
芽愛が苦笑いしている。
「大丈夫、直ぐに出来るようになるわ。おっと…。」
スマホが着信を知らせてきたわ。
かけてきたのは…。
「課長、丁度良かったわ。報告することがあるの。」
『うむ。こちらも伝えておくべき情報がある。その為にSNSではなく電話にした。』
ピッ
スピーカー通話状態にしたわ。
『まず、少佐の方から報告を頼む。』
「盗聴とか、大丈夫なんでしょうね?」
『心配するな。完璧な盗聴防止処置を施してある。』
「あらそう。まずは…。」
私はアダムからの挑戦状の内容と、私達の戦闘と、芽愛達の戦闘の内容を伝えた。
『なるほど。怪我人が出たのはこちらも把握しているが、大事に至らなくて良かった。』
「そうね。迅速な処置をありがと。」
『当たり前のことをしたまでだ。それに、そういった輩が一般人を攻撃した時の、パニック状態なども懸念している。だから難しいことかも知れないが、勝利し続けてもらないたい。その為のバックアップは全力でさせてもらう。』
課長の言っている事は、誇張ではないわね。
芽愛達を救出にいったのは、恐らくSATだし、この病院自体、政府お抱えよね。
ココを利用させて貰えるだけでも、彼の誠意が伝わってくるわ。
本来なら要人がこっそり使うところだから。
「そちらの情報は?」
『悪い知らせだ。』
胸騒ぎがした。
『アダムの能力者が殺された。』
「なんですって?」
『信じられない事に、体の内部から焼かれているような状態だ。』
「能力については、属性があるんじゃないかという懸念も出ているわ。」
『属性とは?』
「今回出会った中に、土属性、つまり土にまつわる能力者がいたの。焼かれたって事は火属性の能力者の可能性が高いわ。火を扱う事が出来る能力って事になる。」
『な…、なるほど。』
「それも含めて、色々と検討事項があるわ。近々分かっているだけでもレポートを提出しておくわ。特殊部隊にも準備が必要でしょ。」
『そうは言うが…。突然火を吐かれたとすると、どの温度まで対応すれば良いかなどを考えるに、準備が無駄になる可能性もあるほどの内容だ。』
「万全の準備をするには、時間が足りていないわ。だけど、一人でも助かる可能性が高まる準備は出来るはずよ。」
『少佐の言う通りだ。分かった。早目に伝えてもらえると助かる。』
「了解したわ。」
通話が切れる。
「そういうことだから、手が空いている人から順番に教えるわ。」
「まずは僕達からだね。」
力音は烈生にニッコリ微笑む。
「うん、分かった!」
「それと、一つ現実的な準備をしましょうか。」
私はスマホの電話帳を開く。
相手を見つけ出し連絡をとる。受付を通じ、会議中だと知らされたが直ぐに呼び出したわ。
『これはこれは心優様。いつもお世話に…。』
「挨拶はいいの。あなたの所で腕時計型の情報端末を作っていたわよね?」
『はい!ただ…。大手に押されて…。このままですと、情けない話しですが撤退ということも…。』
「私がこれから言う機能をつけた製品を作りなさい。」
『しかし、予算が…。』
「まずは話を聞いて頂戴。つけたい機能は、時計とスマホアプリ連動、カメラとGPSよ。他のくだらない機能は一切いらないわ。」
担当者は一瞬考えた。
『防犯グッズ化ですか?』
「あら、いい線いっているわ。何万台売れれば開発費の元が取れそうかしら?」
『ほぼ開発済みの機能なので…。10万台も売れれば御の字だと予想します。』
「そんなもんね。なら全部我が社で買い取る。」
『!?』
「で、こっちの販売ルートで捌くわ。だから安心して作って頂戴。」
『ありがとうございます!』
「ただし、条件があるわ。」
『何でも言ってください!』
「大至急、試作品を10台よこして。デザインは暫定、連動させたいアプリはこっちから提供する。これで良いかしら?」
『承知いたしました。』
「追って連絡するわ。」
通話を切る。
「いきなり商談ですか?」
芽愛が気になるようね。
「違うわ。緊急アプリはスマホを利用する必要があるけれど、学校や職場だと仕えない場合も多いわ。だから、腕時計型にして常時持ち歩けるようにしたいの。」
「その為だけに…?」
「そうよ。命より安いもんでしょ。」
「10万台も売れる勝算はあるのですか?」
「都内の小学校にでも配るわ。」
「………。」
「谷垣!」
「ハッ!」
「今の件、お父様に適当に伝えておいて頂戴。」
「かしこまりました。」
この商品が、無料配布から色んな意見が集まり洗練され、大ヒットになるのは別の話しね。
むしろ私は、連絡が取れない二人の安否を確認するべきだった。
疾斗も同時刻に襲われていたのだから。
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