第38話『疾斗の友情』

「やめろ!刀真とうま!」

「どうした?疾斗!本気でかかってこい!」

高校の校舎裏。

誰も寄り付かない芸術棟の日陰。


遠くで吹奏楽部が奏でる音楽が聞こえる。

そんな校舎裏で、鋭利な刃物と弾丸が飛び交っていた。


俺は、この状況をどうしたら良いか、わからないでいる。

まさか、こんなことになるなんて、予想もしていなかった。

古い馴染みの友達だちと、能力バトルをしているからだ。


相手にしているのは、雨森あめのもり 刀真とうま

小学生の頃からつるんでは、悪さばかりやってきた幼馴染悪友だ。


だけど最近のこいつは勉強頑張っていて、悪さも喧嘩もしなくなった。

まぁ、それには理由がある。

あいつの親父さんが、病気で倒れたんだ。

どうやら母親が懸命に働いて、親父さんの看病や治療費を捻出しているらしい。


ハッキリは言わねーけど、きっと自分が何とかしなきゃって思ったんだろうな。

こいつは責任感が強い。

こう見えて頼まれごとには弱いところもある。


だから俺は、刀真とつるむのをやめた。

俺のせいで勉強とか成績とかが悪くなっても嫌だし、あいつの時間をくだらない理由で潰すのも嫌だったからだ。

バイトを始めたのも知っていたしな。

少しでも治療費を稼ぐつもりなんだろう。


俺は更にやさぐれた。

だってよ、こんなに長い間つるんでいても、あいつの為に何もしてやれないんだぜ?

自分が物凄く小さく見えた。


一人って案外つまんねーんだな、なんて思った時に心優に会った。

それからの俺は、見てのとおりだ。


だから刀真は、真面目に頑張っているんだと思っていた。

たまに話しをすれば、今まで通りだったし。

あんまり気にしてなかった。

影ながら応援していたつもりだった。


でも俺は、あいつが悩んでいる事を、今日まで気が付けなかった。


そう、突然校舎裏に呼び出されるまでは…。


「疾斗、俺の為に死んでくれ。」

校舎裏に連れてこられて、突然刀真はそう言ってきた。

「はぁ~?」

きっと間抜け面で聞き返したと思う。


「スマンな…。」

真顔で拳を握る刀真。

「おいおい。何がどうなったら、俺が死んでお前が得をするんだ?」

そう思うだろ?


「俺は、とある力があることに気が付いた。」

ん?

「そして、その力で俺の強さを証明すれば、俺達だけの楽園を作ると言った人がいる。」

「お前、頭大丈夫か?勉強のし過ぎで、逝っちまったかぁ?」


「お前にもあるだろう、特別なモノが。」

「!?」

おい、ちょっと待て。

こいつ本当にそうなのかよ!?


と、言うことは…。


「刀真…。お前、まさか…。アダムの使者か…?」

「………。そうだ。」

「アダムがどんな奴かは知らねぇ。だけどな、他人の命と引き換えに、何かをしてやるなんて、悪人の常套文句じゃないか。」

「疾斗にしては珍しく正論だな。」

「茶化すんじゃねーよ。」


「そうだな…。だけどな、もう、あいつにすがるしか残された道は無い。」

「そんなことはないはずだ。分かっているんだろ?」

「時間が無いんだ………。」


刀真は悔しそうな表情をし、少し俯いた。

「俺が納得する答えを導き出した大人は…、あいつ以外にいなかった!」

「!!」

「母親も!先生も!医者も!どいつもこいつも理想論ばかり並べやがって!!!」


唇をグッと噛みしめる刀真。

でも俺は気付いていた。

「きっとそいつらが言った事は理想じゃない…。」

「………。」

刀真の鋭い視線が突き刺さる。

「現実だ。」

「!!」


空気が変わったのが分かった。

残念ながら、このまま議論をしても平行線なのかもしれねーな。

それは向こうも分かっているだろう。


刀真は、ある意味パニックに陥っていたと思う。

親父が倒れるなんて、そうそう無いことだし、家計を支える収入が無くなれば、家族も混乱するし、不憫な生活を強いられることになる。

そこへ甘い言葉で囁かれたら、俺だってどうなるかわからねー。


何も悩みが無い時に「幸せになる壺」を売るなんて冗談のような話しを聞けば笑い飛ばすかもしれないが、最愛の人が病気で生死を彷徨っている時に聞いたら信じてしまうのと同じだ。

刀真は騙されている、もしくは利用されているだけだ。

だから、アイツのことを一番知っている俺がなんとかする。


刀真は俺を睨みながら、ゆっくりと横へ移動する。

そっちには散水栓がある。

俺の事を警戒しながらしゃがみ込んで水を出す。


口元がボロボロの汚ねぇホースから、水が大量に流れ出てくる。

「疾斗。お互いの主張を賭けて、勝負しようではないか。」

「ふん。どうせ俺らは拳でやりあわねーと、わからねー人種なんだ。派手にやろうぜ。」

「誰が拳だと言った?」

「あぁん?」


だよなぁ…。

そうなるよなぁ…。

不自然に水を出してきたが、いったいどんな能力なんだ?


「俺はお前の能力を聞いている。」

「ほぉ?」

だろうなぁ。

俺を殺してこいって言った奴の命令だもんな。

微妙にやりずれーな…。


勿論俺は、刀真を殺すつもりはない。

何とか身動きが取れないぐらいにはさせてもらうが、後の事は心優や仲間達と決めればいい。

俺は頭がわりーからよ。


奴は水がじゃんじゃん流れるホースを左手に持っている。

「さぁ、始めようかぁ!」

「あぁ!!」

すると刀真は、ホースの口元を右手で握る。

そして、水しぶきを派手に撒き散らしながら、ゆっくりとホースの中から何かを引き抜いた。


「おい…。」

刀だった。

よく見ると、水で出来ている。

水を操るってことか?

ホースを投げ捨てた。


いや、もしかしたら俺と同じく物質自体を操れるのかも知れない。

色々と想定しながら警戒しておく。

というか、刀!?

本気で俺を殺そうってか?


「俺は能天気で直感的で、何でも疑いなく突っ込んでいくお前が…、大嫌いだった。」

「そうかよ!」

俺はあいつの事は嫌いじゃない。

嫌いなところなんてない。

そうじゃなきゃ、10年以上一緒につるんだりしないだろ?

でも奴は違ったって言うのかよ…。


刀真の言葉は、少なからず俺に動揺を誘った。


「バカ疾斗!」


どこかで心優の声が聞こえた気がした。


だよな。

そうだよな。

迷ったって仕方ねーよな。


あいつは刀を振り上げ、鋭くダッシュしてくる。

斬ッ!

だが俺は、既に違う場所に移動している。

刀を持ち直し、ゆっくりと振り向く刀真。


「なるほど。喧嘩の時も、お前のスピードが尋常じゃないと思った事が何度かある。そういうことか…。」

「へん。褒めたって、何も出ねーぞ。」

「お前からは何もいらない!」


奴は何も無い地面を蹴り上げる仕草をする。

ヤバイ!

直感的にそう思った。

直ぐに瞬間移動する。


ガガガッ!!!

校舎の外壁に何かが突き刺さる。

俺は第二波の警戒も込めて、更にその何かが突き刺さった外壁まで瞬時に移動する。

「何だこれは…。」

水で出来たビー玉のようなものが、コンクリートの外壁にめり込んでいた。

暫くすると、その水は液状に戻り地面へと垂れていく。


「刀真…。お前、水が操れるのか?」

「相変わらず鈍いな。」

ということは、正解なんだな。

「ふん。」


これは厄介だぞ。

刀で近距離、水の弾で遠距離となると、いくら速く移動しても、俺からの攻撃がやり難いことになる。

どうすりゃぁ良いんだよ…。


考えている時も、容赦なく攻撃をしかけてくる刀真。

この辺は喧嘩慣れしていると感じる場面だ。

相手が動揺したり混乱しているならば、責めない手はない。


振り回す水の刀は、近くの木の枝をスッパリ切り落としている。

水の弾の威力も半端ない。

どの攻撃も1発でもくらえば致命傷になることは、誰にだって理解出来るほどだ。


刀真の一方的な攻撃が続く。

俺は逃げるので精一杯だぜ。


考えろ…。

考えろ…。

考えるんだ…。


ビチャ…。

ん?

どうやら出しっぱなしの水が、小さな水たまりを作っていたようだ。

そこを踏んだ。


そうか!


俺は水たまりに手を突っ込む。

そして、その水たまりから刀を引き抜いた。

「なん…だと…?」


刀真は驚いていた。

そうか、俺が能力散布が出来るってところまでは知らないんだな。

存分に活用してやろうじゃねーか。


俺が水で作った刀は、あいつが手にする刀と瓜二つだ。

まぁ、見本にさせてもらっている。

イメージしやすいからな。


偶然にしては出来過ぎだと思った。

心優との訓練で水を使っていなかったら無理だっただろう。

というか、やっておいて良かったぜ。


だが、慢心はしない。

俺程度の力では、不利な事には変わらない。

アイツの方が、扱いに慣れているだろうからな。


「昔はよぉ、こうやってお互いバット持って喧嘩しに行ったよなぁ。」

「昔の話だ。」

「そうか?意外と最近だぜ?」

「俺にとっては、遠い昔だ。」


あいつは再び刀を構える。

俺も、今完成したばかりの水の刀を構えた。


濃度を高めるんだ。

それが強度を上げることになるはずだ。

指で刀身を叩いてみる。

キンッ…


どうやら硬くはなったようだ。

後はやりあってみなきゃ、わからねーな。

俺の様子を見る刀真。

流石に情報外の行動をすれば警戒するよな。

元々刀真は慎重派だ。

ならば、俺の方からいくぜ。


下からすくい上げるように斬る。

ガキンッ!

金属同士がぶつかるような音が響き、お互いの刀が弾かれる。

どうやら強度は十分なようだ。


「ほぉ。疾斗のクセに、上出来じゃないか。」

「………。」

強度は十分なようだが、その刀を維持するだけでも大変で、反論する余裕なんか全然ねぇ…。


兎に角集中するんだ。

心優にもそう教わったはずだ。

邪念を捨てて、戦いに集中しろ!


一瞬の迷いで、死ぬんだぞ!


死んだら、誰が刀真を止めてやれるんだよ!


あいつは本気で俺を殺そうとしている。

目を見れば分かる。

あれは本気マジの時の目だ。


それに、やると言ったら必ず結果を残してきた。

俺とは違ってな!


ガキンッ!ガキンッ!

刀同士がぶつかる音が何度も響く。


向こうの方が刀の扱いは慣れているが、俺には瞬間移動がある。

いざとなれば距離を取れば良いのだが、こちらからの決め手に欠けているな。


それに…。

俺はあいつが何を考えているのか、手に取るように分かる。

本当はこんなやり方、したくねーんだ。

頭では本気で殺すんだなんて考えているかもしれねーが、心では一生懸命ブレーキをかけてやがる。

それが分かる。


「疾斗!こんなベタな戦いを二人で演じるなんて、ちゃんちゃら可笑しいな!」

額の汗を拭う。

「そうだな!刀真ぁ!」


言われてみればそうかもな。

家族に不幸が起きて、狂ってしまった友人を救う。

少年誌で語り尽くされた話しかもしれねぇ。


だけどよぉ…。

あいつは真剣に、それこそ真剣に考えて、悩んで、相談していたに違いねぇ。

そんで行き着いちまったのがアダムってだけだ。

ちょいと方向修正してやれば、直ぐに気付くはずだ。

自分の目指している方向は間違っていたと。


それによぉ…。

何で俺に一言相談してくれなかったんだよ。

そこだけは納得いかねぇ。

確かに頼りないし、明確な答えは出せなかったかも知れない。

そんでもよ…、相談ぐれーはしてほしかったぜ…。


今なら心優や護さんという、答えを導き出してくれる仲間がいる。

もしかしたら、お前の悩みを解決…、最低でも軽減してくれたかもしれない。

そしたらよ…。


俺らが組んでアダムと戦えたかもしれないってことだろ?


悪さばっかしてた俺らが、日本を救うなんてとんでもストーリーの主人公だったかもしれねーだろ?


最高におもしれーじゃんかよ!


ちくしょう…。


まだ間に合う。

俺はそう思っている。

刀を水平に構える。


そうだ…。

刀である必要は俺にはない。

殺す必要はないからな。

棒でもいいんだ。

板より丸の方が純度を高めやすいはずだ。


イメージしろ…。

直ぐに持っていた刀が棒状になる。

だが、ギンギンに硬くなった感触はあるぜ…。


「………。」

刀真は中段に構える。まるで剣道のようだ。

あいつだって集中力には限度があるはずだ。

グダグダになる前に、1撃で決めてやる。

俺があいつの刀を折ってしまえば勝機が生まれるはずだ。


俺は腹をくくった。


!!


瞬間移動で一気に懐に飛び込む!

構わずあいつは刀を振り下ろす!

俺は刀ごとぶっとばす勢いで、水で出来た棒を力の限り叩き込んだ!


スローモーションのように映像が流れる。

俺の棒と奴の刀が激しくぶつかる。

刹那、細かい霧状の水しぶきが飛び散った。


折る手応えはある!


そう思った瞬間。

奴の刀が一瞬で白くなり、輝くほどギラつく。

まるで、本物の刀のようだった。


ヤバッ…


瞬時にそう思った。

刀を砕ける手応えから、切り落とされる手応えに変わったのが分かったからだ。


このままだと斬られる!


あいつが刀を振り抜けば、俺も斬られる!


後先考えず、更に濃度を上げた。

だが間に合わない。

棒は既に8割ほど斬り込まれている。


考えろ!


この究極の瞬間を乗り切れ!


じゃないと…。


スパッ!


俺が形成した水の棒は…。


無情にも宙に舞っていく…。


俺は…。


刀真に…。


殺されるんだ…。



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