第39話『護の見た革命という名の戦争の始まり』

俺が駆け付けた時は、疾斗と、敵と思われる少年が同時に切りかかっている時だった。

心優と芽愛が襲われ、力音と夕美が応援に駆け付けたことは、緊急アプリの会話ログから分かっていた。


だが、疾斗だけは返事がない。

胸騒ぎがした。

俺は少し休憩をもらうと告げ、店を抜け出してきた。

詩織の寂しそうな表情を見るのが辛かったが…。


タクシーを利用し疾斗の通う高校へ急いで来てみれば、偶然裏口に連れてこられていた。

父兄なら正門じゃないだろうという運転手の機転だったが、これが助かった。

不穏な空気を感じ、さっそく人気の無い方へ向かってみたところだ。


そこで疾斗達を発見した。


水で作ったと思われる武器を激しく撃ち合う二人。

疾斗が棒状なのに対して、敵は刀の様に鋭利だ。

ぶつかった瞬間、刀の方は白く輝き鋭さを増したように感じた。


マズイッ!


直ぐに絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールを展開するが間に合わない。

案の定、刀は疾斗の持つ棒を斬っていく。

二人はそのまま振り抜いた…。


「疾斗…。」


兎に角、防御壁で疾斗を隔離する。

追撃を避ける為だ。

俺はこの時点で撤退する為のルートを確認する。


「グワァァァァァァァアアアアアアア!!!」


だが…。


倒れたのは敵の方だった。


疾斗も片膝を付く。

急ぎ彼の元へ駆け付けた。

「大丈夫か?」

「ハァ…、ハァ…。ま…、護さん…。」

苦しそうだったがニヤッと笑う。

無事だと伝えたいのだろう。


「油断するな!」

疾斗は倒れた敵の姿を追った。

「そっちじゃない。」

俺は忠告する。


そう、新手の登場だということを。

状況判断から新手だと勝手に認識した。

あながち間違っていないだろう。


「ふーん。結構やるじゃん?」


彼女は、まだ暑さの残るこの季節に似つかない厚手の格好をしている。

フードを目深に被り、長袖長ズボンだ。

そしてアイスクリームをポケットから出す。

冷気が漂うそのアイスを、おもむろに咥えしゃぶり始める。


「強い能力者かどうかは、常識を打ち破れるかどうかよ。」

「ほぉ?お前にはそれが出来ると?」

「うふふ…。試してみる?」


可愛らしい顔をしつつ不敵な笑顔を見せる彼女は、以前に一度出会っている。

ブリザードの吹雪だ。

アダムの使者として、一番最初に出会った人物。


俺の推測では、かなりの使い手だと思っている。

最初に出会った場面では、敵となりえる、それも二つの部隊同士の戦いに、単独で偵察に来た吹雪。

これだけでも彼女の能力が高い事が推測される。


考えてみろ。

その二つの敵と対峙しても、その危機を乗り切れると上層部から判断されている、又は本人が判断しているから堂々と偵察にきたのだ。

危険と判断したのなら、それこそ隠れて偵察するだろう。


俺は緊張感を持って彼女と対峙している。

そして、少しでも疾斗の体力回復をさせ、いざとなれば2対1で時間を稼ぐ。

そう、俺は緊急アプリを既に起動させている。

直に仲間達が駆けつけるはずだ。


「お兄さん、怖い顔してどーしたの?冗談よ、冗談。」

「………。」

俺は彼女の言葉を真に受けるつもりはない。

突然襲ってきても対処出来るよう、準備をすすめている。


絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールは、この校舎裏に張り巡らせた。

この倒れている敵の少年に、吹雪が触れることすら出来ない。

クモの巣状に展開した俺の能力から、逃れる術はないはずだ。


「ふーん。お兄さん、良い筋しているよ。ウチに来ない?幹部に推薦してあげるよ?」

「遠慮しよう。」

「あらら…、即答?勿体無い…。『能力者達の楽園』は最高よ?」

「楽園…、だと…?」


非常にきな臭いキーワードだ。

「そうよ。私達能力者を頂点とした社会を構築する。もう直ぐアダムから発表があるよ。まっ、それを聞いて気が変わったら、いつでも私を訪ねてきなよ。」

「………。」

「と、いうことで退散。」


彼女の目が一瞬光ったような気がした。

危険を感じ、俺と疾斗の周囲に重厚な防御壁を展開する。


ザザザザザッ!!!


刹那、頭上より何かが降り注いだ。

「なんだこれは…。」

まるで氷柱ツララのようなものが何百本と降ってきたのだ。


あっという間に、俺達の周囲を除いて絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールが破壊されていた。

緊張はマックスとなり、警戒度を高める。


すると、倒れていた敵の少年が、少し浮いたような気がした。

よく見ると、何か半透明で作られた板状の物に乗せられているような感じだ。

「よっと。」

彼女も、同じ様な何かに乗る。

まるで氷で作られたスケボーみたいだ。

パッと見は、吹雪自身が浮いているように見える。


「じゃぁ~ねぇ~!渋メンのお兄さん!」

気の抜けた挨拶が済むと、スケボーに乗った吹雪と少年がスッと滑り出し、そのままフワッと空中に浮かびながら直進していく。

スピードを上げると、まるで有名なタイムマシンの車のようにブワッと消えた。


「何なんだ…、アレは…。」

俺達は、只々驚愕した。

吹雪が名前の通り、雪か、それに関連する能力を得意としているのは間違いない。

だが、飛んだり滑ったり消えたりというのは、とてもじゃないが想像出来ない。

特に消えるというのは脅威以外の何者でもない。


その彼女は言っていた。

『強い能力者かどうかは、常識を打ち破れるかどうかよ』と。

アダムの使者を侮ってはいけないと、強く肝に銘じることにする。

色々とやることが増えそうだ。


さて、何はともあれ、当面の危機は去ったか。

緊張を少し解く。

「護さん…、ありがとうございました。」

「なに。仲間だろ。それより疾斗。こういう時の為の緊急アプリなんだぞ。しっかり活用しろ。」

「あっ…。すんません。」

「おっと、俺も作動させていたんだった。」


スマホを取り出し画面を覗く。

『護!状況はどうなの!?』

心優が必死に訴えているようだった。

「取り敢えず敵は去った。大丈夫だ。疾斗が一人倒したが、吹雪とかいう少女が連れ去っていってしまった。」

『吹雪が…?そう…。取り敢えず集合しましょう。今回のまとめをして、私達は急いで次の段階へ登らないといけないわ。』

「あぁ。俺もそう思っていた。」


緊急アプリが示す場所へと向かう。

今日は戻れないかも知れないと、店には伝えておいた。

俺が心優から何かを頼まれていると店長は聞いているからか、特に何も言ってはこなかった。


到着したのは病院だった。

指示された病室へ案内され入る。

普通の病院とは違うなと感じる。

室内では、ベッドに腰掛ける芽愛と夕美の姿があった。

怪我を負っているのは一目瞭然だ。

「お、おい…。大丈夫なのか?」


俺の言葉に全員が振り返る。

「命に関わる怪我ではないわ。」

「そうか…。」

「来て早々に悪いけれど、そっちの状況も報告して頂戴。」

疾斗と視線を交わし、まずは彼から事の経緯を話す。


なるほど…。

倒れていた少年は親友だったのか。

さぞ、辛かっただろう。

想像出来るか?

昨日までバカ話ししてゲラゲラ笑いあっていた奴が、殺しに来るんだぞ?


流石にいつもの陽気な疾斗ではなかった。

俺は彼の肩にポンッと手を置く。

「よく頑張ったな。」

「こんな思いは二度としたくねぇ…。」

「残念だが、彼は生きている。いずれ…。」

「分かっているさ。」

疾斗は寂しそうな笑顔で答えた。


「疾斗。どうやって最後切り抜けたのよ。」

「あぁ…。俺の武器はあいつの刀によって斬られたんだ。だけど、斬られた破片を孤高の流星アルーフ・メテオで瞬時に飛ばしてぶつけたんだ。俺自身が斬られるより先に攻撃するには、それしか思いつかなかった…。」

「バカ疾斗にしては上出来ね。」

「そう言うなよ…。必死だったんだぜ?」

「分かっているわ。上出来と言ったでしょ?」

「バカって言った。」

「それはあなたの代名詞みたいなモノよ。」

「………。」


「それにしても、ブリザードの吹雪とかいう女。どういう仕組で消えたと思う?」

俺はずっと疑問だったことを心優に訪ねた。

「そうね…。」

視線を一度外し、少し考える素振りを見せた。

「想像でしかないけれど、理屈は分かっているわ。」

「何!?もう理解したって言うのか?」


「難しくはないのよ。むしろ起こった現象に対して難しく考えてしまうところを変えないと、能力が起こせる事象を理解するのは難しいわ。」

「な、なるほど。」

「まずはスケボー。これは護が壁を作り、夕美が矢を作れるのと同じ原理ね。」

「うむ。そこは問題ない。」

彼女は小さく頷く。


「そしてそれに乗って滑ったわね。」

「それも想像出来る範疇だ。」

「ブリザード…。そこから連想するに、氷のスケボーでまさしく滑ったようね。」

「地面をか?」

「地面だけじゃないわ。空中にも浮いたのだから、まさしく空気を滑ったのね。そして消えた。」

「そうだ…。そこが問題だ。」


「まぁ、彼女が最初に現れた時、どこからどうやってやってきたのかは気になっていたのよね。どう考えても階段から来たようには思えなかったし。」

「だな。」

「移動に関しては、空中移動出来ると確定したわね。そして消えた原理だけれど、恐らく細かい氷の破片を周辺に展開し、鏡のようにしたのかも。もしくは風景と同化したか…。まぁ、そんなところよ。」


「おいおい。そんな簡単に言っているが…。」

「さっき言ったでしょ。難しく考えるのを辞めるところから理解が始まるのよ。」

「………。」


「どにらにせよ、今回の三つの戦いでいくつかのキーワードが出てきたわ。」

全員が心優に注目した。

「まず一つ目は『能力者達の楽園』。これを圧縮の能力者は『ヘブン天国』と言っていたわね。そして二つ目が『ヘブンズ・ドアー天国への扉』。これは予想でしかないけれど、能力者達の楽園に行くための『キー』のような物、又は条件ってところね。」

「あいつらは本当に能力者による征服を狙っていると思うか?」


心優は顎に手を当てて悩んでいた。

「そこはちょっと疑問があるのよね。いくら能力者が異常な力を持っているとはいえ、銃で撃たれても、刃物で刺されても、基本的には死ぬのよ。今ここにミサイルでも撃ち込めば、私達は全滅に近い損害を受けるはずよ。」


確かにそうだ。

元が人間である限り、死が常につきまとう。

つまり、不老不死や無敵のような存在ではないのだ。

なのに社会を再構築するなんて、国家を敵に回すような事をすれば、自衛隊や警察、そして特殊部隊が徹底的に捜査し排除してくるだろう。


それに、俺達の存在が国際的にバレた場合、これはもっとも悲惨な最期が待ち受けているだろう。

行方不明という名の拉致から、徹底的に人体実験を受けると予想する。

その屈辱に耐えきれず…、なんて事は用意に想像出来る。

どう転んでも、最終的には殺されるだろうな。


心優の回答には、この辺の事情も含まれているだろう。

という事は…。


「アダム陣営は、国家又は世界を相手にしても戦える条件が整っていると見ていいわね。」

「そうなるな。」

どうやら心優は、俺と同じような答えを導き出していたようだ。

「そう言えば心優。吹雪はもう直ぐアダムから発表があると言って…。」


突如心優のスマホが鳴る。

画面を覗くと、急いで電話に出た。

外部スピーカーにしたようだ。

『少佐、聞こえるか?』

この人はどこまで課長と少佐という状況を続けるつもりなのだろう…。

ちなみに首相だぞ…。


「感度良好よ、課長。」

心優も心優で、いつもノリノリだ…。

『アダムと名乗る人物からの声明が、動画サイトに投稿されている。本物かどうか見極めて欲しい。』

「わかったわ。アドレスをオペ子から送らせて頂戴。」

『承知した。偽物なら良いのだが…。』

彼の言葉からは、アダムの声明の内容が良くない事が推測される。

「取り敢えず見てみるわ。」

『頼む。』


そこで通話が途切れる。

数秒後にはSNSを通じてアドレスが来たようだ。

「皆こっちに来て。」

彼女は芽愛と夕美のベッドの間に移動し、仲間をそこに集めた。

一番背の低い烈生にも見れるように、心優はしゃがんでスマホに動画を表示させた。


再生ボタンをタップする。

画面は真っ黒だ。

『世界各地の同士達に告ぐ。』

音声だけが聞こえ始めた。

『私はアダム。この狂った世界を再構築する使徒として、この世に生を受けた者。


 我は告げる。


 特別な者だけが入る事が許される、究極の国家を設立すると宣言する。


 その名はエデン。


 力ある者が上に立ち、力なき者を従える事が許された世界とする。


 特別な者である君達は、世界を相手にして戦うことになるだろう。


 さぁ、私の声を聞いて目覚めた者達よ。


 私の元に集結せよ!


 そして、世界で一番小さいが、


 世界で一番強力な国家を設立する為に、


 その身を捧げよ!


 さぁ、ヘブンズ・ドアーを開けるのだ。


 共に歩もうではないか!


 エデンの園を!』


そして、何やらお経のような言葉が続く。

日本語ではない…。

ん?

何か違和感を覚えると同時に、突然心優はスマホを高々と持ち上げ、そして床に叩き付けた。


ガッシャーン!


「谷垣!」

呼ばれた谷垣さんは、分かっているかのように同型のスマホを心優に差し出す。

どうやら予備のスマホだ。

どうして壊したんだ?


そして直ぐに電話をかけた。

「課長!今直ぐ動画を削除させて!!そう!今すぐに!!!大変な事になるわよ!!!」

『理由を…。』

理由を問いたかった課長だが、心優は言葉を遮り叫んだ!

「この動画は催眠術の類よ!早くしないと術にかかった人達が…。」


その時だった。

「僕…。行かなきゃ…。」

「烈生?」

「僕…。エデンに行かなきゃ…。」

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