第18話『純粋なボマーの試練』

「まぁ、酷いものね…。」

私は爆弾魔の少年の調査記録を仲間に渡した。

「彼の名は、小林 烈生レオ、小学6年生ね。家族は母親のみで、父親とは離婚後会っていないと思われるわ。」

「おいおい…、これって…。」

疾斗でも気が付くレベルの酷い状況に置かれている。

「ぶっちゃけ…、今この子が自殺しましたって報告を受けても驚かないほどの内容よ。」

そう、調査記録には家庭では母親に見捨てられている状況に加え、学校での酷いイジメも記載されているわ。


調査員の私的コメントとして、『この年にして何もかもに絶望してる節がアリ』、『人間不信の可能性アリ』、更には『精神的に壊れる寸前と予想』とまで書かれているの。

彼の行動を少し調査しただけの探偵に、ここまで書かせるってのは相当な事態よ。

私はこの報告書を一読しただけで、直ぐに決断した。

「彼を根底から救うわ。」


全員が注目した。

「その心意気は評価するし応援もしたいが、本当に可能なのか?」

護の心配も当然ね。それほどまでにも酷い状況よ。

「善行だとか偽善だとかって議論ではなく、一番問題なのは、この子も能力者ということよ。」


「つまり、ど、どういうことだってばよぉ。」

力音の不安そうな予感。それは的中していると思うわ。

「つまり、彼の精神が崩壊した場合、多くの死人が出る可能性があるってことよ。これが彼を救う第一の理由。」

「他にも理由があるのぉ?」

「助けてあげたいじゃない。」

「ほぇ?」

「理由なんて、それで十分じゃない?」


何だかポカーンとする仲間達。私、おかしなこと言ったかしら?

「心優の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったぞ?」

疾斗は思った事を直ぐに言葉にするわね。何だか馬鹿にされているようでムカつくわ。

「ダメかしら?」

「いや?良いと思うぜ!」

彼に賛同されると、何故か間違っているように思ってしまうのは偏見ね。


まぁ、いいわ。

「芽愛、探りに行くわよ。」

「はい!」

彼女は嬉しそうに返事をした。


しかし、実際に彼を見た私達は絶望した。

幼くして受けた虐待とも言える親からの仕打ち、そして集団によるイジメ。

想像以上だった。

しかも、能力の発動条件が最悪ね。

『恐怖』

これが発動条件。マジで死人が出るわ。

最悪の可能性が現実味を帯びてしまったわね。


尾行していると、少年は道端で野たれ死んだ猫を発見する。

すると彼は、猫に手を合わせ涙を流して悲しんだ。

私は居た堪れなくなり、烈生に近づく。

そして彼の隣でしゃがみ、同じように手を合わせた。


「ありがとう、お姉ちゃん…。」

「いいえ。」

「この猫ちゃんには、いつも給食の残りをあげていたんだ。」

「あら…。どうして死んでしまったのかしら?」

彼は急に暗い顔をする。

「きっとあいつらがイジメたんだ…。」

「あいつら?」


彼は一瞬悔しそうな表情をし、そして悲しい顔をした。

「い…、いつも僕を虐める奴らがいるんだ…。僕がこの猫ちゃんを可愛がっていたから、きっとあいつらが…。」

小学生がそこまでする?とも思ったけど、最近のニュースを見ていると、あながちありそうだと思ってしまった。

世の中物騒になったものね。


「君は仕返しをしないの?」

烈生はギュッと口を結ぶ。

言葉を飲み込んだ印象を受けたわ。私は直ぐにピンッときた。

「誰かを傷付ける…、いえ、殺してしまうんじゃないかと思っているのね?」

少年はギョッとした表情をし、恐怖の眼差しで私を見てきたわ。


「あっ…、あぁ…。僕が殺される…、ミカエルさんに殺される…。」

そして恐怖で震えだした。

「ミカエル?私が倒したけど?」

「!?」

「そして、今度は私がアポカリプスの指揮を取るわ。」

「えっ?でも…。」

「そうね、まだ大天使がいるわね。」

少年は小さく頷いたわ。色々と把握はしているようね。


「でも心配ないわ。そいつも私が倒すから。」

「でもあの人、変な薬作っていたよ。」

「教えてくれてありがと。でもね、全然問題ないわ。私、無敵だから。」

少年は私の事を頭のおかしい人のような目で見ているわね。

まぁ、女子中学生JCがこんな事を行っても現実味がないのは当然ね。しかも可愛いし。

「疑っているわね?」

ははは…、と苦笑いした烈生。正直でいいわ。

「じゃぁ、見せてあげる。私の実力を!」

バッ!


立ち上がるのと同時に、心優エンペラーのポーズを取る。

孤独な皇帝ロンリーエンペラー!!」

…………。

烈生は静かに、キョロキョロしながら立ち上がった。

音のない世界。

時の止まった世界。

走っていた車も、歩いていた人々も、飛んでいた鳥も、全てが一瞬で動きを止めた。

「す…、すげぇ…。」

そして時を動かす。


止まっていた車が動き出し、風を肌で感じる。

「どうかしら?」

その言葉と同時に再び能力を発動し、烈生の後ろに回り込み能力を解除したわ。

「私の実力。」

耳元で囁いてあげた。

彼は飛び上がるほど驚き、目を見開きながら振り返った。

「おねーちゃん、すげーや…。」

その言葉が終わらないうちに、再び能力を使って背後に回る。

「ミカエルを倒したって話も、大天使を倒すって話も、嘘じゃないって信じてもらえたかしら?」

烈生はランドセルが激しく上下するほど大きく頷いたわ。

子供って無邪気でいいわね。


「私はあなたを助けたいと考えているの。でもね、その為にはいくつかの試練を乗り越えてもらわなくっちゃならないわ。」

「えっ…。」

不安がる彼を見ていると、本当に助けてあげたいと思っている自分に気付くわね。

こんな感情、何時以来かしら。

むしろ、生まれて初めてかもね。

ただし私は、必要以上に助けるつもりも、追い込むつもりはない。

乗り越えられないなら、現状のまま保護するだけに留めるつもりよ。

だってそうでしょう。

1から100まで面倒をみる義理はないわ。

それに、何もかも私が面倒を見たら、それは彼にとって一番成長しない選択肢だと思うの。

彼の努力に応じて、私も答えるつもり。


「どう?」

「………。」

少年は悩んでいた。悩まなければならない状況だとも言えるわね。

幸せなら笑い飛ばせば良いだけよ。

「僕…、やるよ。試練。」

そう言って向けられた視線は、真剣そのものだったわ。

なんだ、いっちょ前に勇気を持っているじゃない。


「では第一の試練。」

ゴクリ…。烈生の覚悟を秘めた視線を受け止める。

「まずはいじめっ子を撃退しなさい。」

その言葉を聞いた彼は、もう泣きそうになっていた。

「どうしたの?あなたは今までの生活で満足?それとも、変えたいの?」

「でも…。」

そうね、これは烈生一人では厳しい条件よ。

「私が、少しだけ手伝ってあげるわ。それなら出来るでしょ。」

「少しなの?」

「そうよ。不満かしら。あなたにとっては、大きなチャンスだと思うけど?私の実力、忘れたの?」


彼は思い出した。

時間を止められるという能力の存在を。

彼の目に力が宿る。

そうよ、今、変わらなければ、一生変われないわ。

変わろうと決意しなければ、何も変われないのよ。

チャンスなんて二度も来ないのだから。

「やる…。」

そう短く言った彼は、震えていた。武者震い…、ではないわね。よく頑張ったわ。

「じゃぁ、作戦を教えてあげる。」

そう言ってプランを説明したわ。


「ぼ…、僕に出来るかなぁ…。」

「出来るかどうかじゃなくて、やるかやらないかの問題よ。」

「わ、分かった。」

「最後に確認。これが一番重要よ。爆弾の爆発タイミングは、自分で操作出来るのよね?」

「うん、大丈夫だよ。」

「怖がって爆発させたら、私はあなたを許さない。絶対によ。」

「………。うん。」

「私はね、あなたを犯罪者にする為に協力するんじゃないの。強くなる為に来たの。そこはしっかり理解してよね。」

「うん、分かった。」

「約束。」

彼は真剣な表情で頷いてくれた。


なんでこんな事しているのだろう。

ふと、そんな言葉が頭をよぎったわ。柄じゃないのよね。

豚を蹴飛ばしている方が、私らしいわ。

だけどね、私だって許せない事の一つや二つはある。

イジメ、ダメ、ゼッタイ。


さて、作戦は明日実行することで一旦別れることにしたわ。

彼には一晩イメージトレーニングするよう伝えあるの。

突発的に作戦を実行しても良かったのだけれど、出来れば彼が自分の力で乗り越えて欲しいと思ったからよ。

そして翌日。


今日は制服ではなく、ちょっと工夫をした服装できたわ。

どんな服装かって?

後のお楽しみにとっておきなさい。

彼は小さなアザを作って帰ってきた。今日もやられたのね。

「これは仕返しじゃないわ。復習でもないわ。あなたが今までの自分を卒業する試練よ。」

烈生は静かに頷いた。


いじめっ子は3人。リーダー格がいて、取り巻きが二人ってところね。

彼らの帰りのルートかつ、人気ひとけの少ない場所で待ち伏せを行う。

直ぐに3人はやってきたわ。

「おい、カスがいるぞ。」

真ん中にいた、あからさまにリーダーぶっている少年がニヤニヤしながら指を刺しているわ。

私がいることを無視し、烈生を囲む3人。

なによ。

ちょっと頭にきたわ。

「糞ガキども。」


突然の私の声に、3人が振り返る。

その瞬間に能力を発動し、彼らの背後に回る。

「どこを見ている。」

ビクッとなった彼らは、素早く振り返る。

「お前…。」

驚く彼らは、瞬間移動でもしたのか?と聞きたそうな顔をしているわ。滑稽ね。

「我は猫神の使い。昨日お前達が殺した猫の化身。」

思わず、もっとノリノリで言ってしまいそうなセリフね。

私の冗談のようなセリフに、3人共驚くと同時にお互いが顔を見合わす。


「こいつ…、本物か…?」

「まさか、そんなはずは…。」

「でも、格好が猫っぽいぞ…。」

コソコソと対応を協議しているようね。丸聞こえよ。

それに、今日の服装は猫パーカー。ちょっと雰囲気を出してみたわ。

そのおかげで、本来なら萌えを楽しんだりする服装も、ある意味コスプレ的な意味を持って相手を惑わせているわね。

まぁ、その相手が小学生ってのが残念よ。


「我は、我の肉体を滅ぼしたお前達に呪いをかけた。これから一生呪われる事になるだろう。」

呪いという微妙なキーワードにしたのにも意味があるわ。

あまりにも現実的過ぎると、これから起きる偶発的な現象によって、本当に精神崩壊してしまう可能性があると考えたのよ。

「やべーよ、やべーよ。」

そう言いっている少年達は、なんだか微笑ましいわね

さて、脅すのはこのぐらいにして、そろそろ本題といきましょうか。

視線を烈生に向けると、彼も小さく頷いた。

作戦実行よ。


「それと、我を助けてくれていた少年を虐めるお主らに制裁を下す。」

三人は今にも逃げ出しそうになる。

直ぐに能力を発動し、彼らの背後に回る。

「逃げても無駄だ。」

少年達は、追い込まれているように見えたわ。


「制裁を下すのは、我を助けてくれた少年だ。」

そう言うとリーダー格が、怯えながらもそれなら何とかなるといったオーラを醸し出してきた。

「やれるもんなら、やっ、やってみろよ!」

「よし。では少年には特別な力を授けよう。」

「ひ、ひきょーだぞ!」

「3人がかりでイジメておいて…。」

ギロッと睨む。3人ともオロオロとし始めた。

能力を使って、一瞬で烈生の所に向かう。

そして一瞬消えたかのように演出したわ。


烈生とイジメ3人組が対峙する。

ここからは彼の演出次第よ。

彼は手に何かを持っているようにしているわ。勿論超小型の爆弾。

大きさはビー玉ぐらいね。

それを徐ろに落とす仕草をする。地面と接触するのと同時に小さな小さな爆発を起こした。

ドフッ…。

小さな砂煙を上げて地面が少しだけへこんだ。


そして再び何かを持っている仕草をする。

今度はピンポン玉ぐらいの大きさね。

再び落としたわ。

ドンッ!

今度は小さな衝撃を伴う爆発。近くで聞くと、ちょっと驚くほどの衝撃。

「おい…、やめろ…。」

そして今度は少し重たそうな、そうね、野球のボールぐらいの物を持っている仕草をしたわ。


それを持ってゆっくりと走り出す。

「やめろーーーー!」

そう言いながら逃げようとするイジメっ子達。

私は能力を発動し烈生ごと孤独な皇帝ロンリーエンペラーの中に取り込む。

3人をそっと倒し、彼はリーダーの上に馬なりになる。そして爆弾を口の中にねじ込んだところで能力解除よ。


!?


一瞬何が起きたか分からない3人。

そして状況を把握した瞬間、リーダーは爆弾を咥えながら泣き叫んだわ。

何を言っているのか理解出来ない喚き声をあげている。

烈生は更に爆弾をねじ込む。

「俺と猫ちゃんが受けた苦しみ、地獄で反省しろよ。」

そう言うとワンワンと泣き始めちゃった。

そして…。


ジョワワ……。

あらら。お漏らしまでしちゃった。

震えて怯える子分達は何も出来ないようね。情けないわ。

「このまま顔面吹っ飛ばしてやろうか?」

烈生の言葉でリーダーは失神しちゃったわね。そろそろ終わりよ。


「おい、お前ら。」

子分二人が飛び上がるほど驚いている。

「俺らの写真撮れよ。こいつがションベンちびってるのも写せよ。」

二人は震えていたわ。そんな写真撮ったら、このリーダーに何を言われるかわからないものね。

「おい、どうした?」

何時もは弱々しい烈生からは想像出来ない威圧感。そうでしょうね。私達能力者特有の、絶対なる自信がそうさせているわね。

迷っている子分に向かって、ピンポン玉程度の爆弾を投げつけたわ。


ドンッ…

その爆発音と共に、二人は慌ててスマホを取り出す。

そして流れるように写真を撮りまくっていたわ。

「よし。その写真を、いつも俺をイジメて報告している仲間内に送れ。」

「………。」

二人は口をあんぐりと開け、そんな事をしたらどうなるかを想像したわね。

「5…、4…、3…。」

烈生がカウントダウンしながら手を挙げて、爆弾を投げる振りをする。

子分達は泣き震えながら急いでスマホを操作していた。

「送った…、送ったから…。」


馬乗り状態から立ち上がり、彼は徐ろにリーダーのズボンをパンツごとずりおろした。

「おい、これも写真撮って送っとけ。」

「で…、でも…。」

「女子もいるし…。」

「何か言った?」

怒りの形相で烈生が睨む。もう彼には逆らえない。そんな空気が支配した時、私は再び4人の前に現れることにしたわ。これ以上は危ないわ。

烈生が暴走したら危ないって意味よ。


「そこまでよ。」

そう言って自分のスマホを取り出し、この無様なリーダーの写真を撮る。

「これは我が預かる。」

そして烈生に視線を送り、撤収のサインを送る。

「じゃぁな、お前ら。明日から烈生さんと呼べよ。」

背後から小さく「はい…。」とだけ聞こえた。


少し離れた所で、足を止める。

烈生も止まり、私を見上げた。

「どんな気分かしら?」

彼は視線を一度外してから答えたわ。

「最悪です…。二度とやりたくないです…。」

私はニッコリ微笑んで答えたわ。

「第一の試練は合格よ。」

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