第17話『課長と少佐』
「………。」
予想しない回答に、新垣首相は口を開けポカンとした。
「要求は…、私達を
「………。」
予想通り、首相は即答しなかったわ。
「勿論、こちらとしても異能バトルごっこをしたいわけじゃないわ。アダムとイブ…。首相も知ってるわよね?」
彼のまゆがピクッと動いたのを見逃さなかったわ。
「そこまで知っているのか…。どっちの手先だ?」
「どちらでも無いわ。さっきアダム側からの勧誘を断ったばかりよ。」
「なるほど。それで、政府を乗っ取ろうと考えたわけか。」
「違うわ。」
首相は、不思議そうな表情を見せた。
「私達が興味があるのは能力だけ。国のことは首相に任せるわ。」
「そ…、そうか…。」
彼はホッとした表情を見せたわ。
総理大臣として、1億人以上の生命、財産を預かる立場だってことは自覚しているようね。
私みたいな若輩者に務まるポジションではないし、興味もないわ。
「能力者を探し組織を拡大しつつ、アダムとイブの監視をするわ。そして、世界の終焉とやらを防ぐ。それが終わったら解散。どう?」
彼は都合が良すぎる条件に、素直に首を縦に振れられない様子ね。
「その代わり、予算と情報を頂戴。」
彼はやっと腑に落ちたのか、納得の表情をしたわ。
「なるほど。心優ちゃんは賢いなぁ。」
「馬鹿にしないで!」
「おっと。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。双方の要望を叶えつつ交渉をしてきた。これは大人でも早々出来る事じゃぁない。」
「そうかしら?パパは常にwin-winの交渉を心掛けよと教えてくれたわ。」
「流石時時雨さんだ。」
「一つ確認しておくわ。
彼は手を顎に当てて語りだした。
「勿論一部の人間しか知らない、非公開な組織となっている。」
「じゃぁ、公開出来る組織として組み込んで頂戴。」
「それは無理だ。」
「そうね、能力者としては無理ね。一般人としてでもいいわ。」
「いやいや…。」
首を横に振る首相。
「子供じゃ無理ってことね…、じゃぁ、例えば公安9課みたいな感じでどうかしら?知らないか…。首相直属特殊捜査隊とか何とか。」
「おぉ!心優タソ、それ格好良い!」
力音が反応したわね。私が知っている神マンガから、一例として抜粋させてもらったわ。
「公安…、9課…、だと…?」
あれ?首相が何やら真剣な表情ね。
「ならば、私直属という組織にすれば、私が課長という事になるな?」
あー、そういうことね。彼もこのマンガを知っているようね。
そう言えば、マンガの中の課長と名前が似ているわ。
名前だけじゃないわね。風貌も似ている。
顎鬚とかコスプレの域よ。
「少佐と呼ばれるには身長も、身体能力も足りないけれど…、能力だけはチート級よ。」
少佐という言葉に、彼は激しく反応したわ。
「チート級?」
「そう。無敵って意味よ。だって、能力を消す能力者すら倒したのだから。」
「確かに…。私も耳を疑ったよ、少佐。」
あら、随分のノリノリね。よほどあのマンガが好きなのね。
「では、公安9課の案で良いかしら?課長。」
彼は即答せず、一呼吸置いてから告げた。
「君達の条件は理解した。この案件を知る仲間を十分説得出来る内容だ。」
「じゃぁ…。」
「ただし!旧
なるほど。それもそうね。
まだ大天使を含め、4大天使のうちの二人、ボマーの少年と、戦いに参加しなかった人。合計3人が生き残っているわ。
「残り3人ね?」
「そうだ。」
「居場所などの情報は提供してくれるのでしょうね?」
「勿論だ。日本中から探せなどという時間の無駄はさせまい。」
「助かるわ。」
「その3人の能力を教えてもらっても良いかしら?」
「うむ。君達が倒したのは『能力を消す能力』と、『透明人間』だったな。残りは、『爆弾魔』と『破魔矢』、そして『能力を研究する科学者』が大天使となっている。」
以前にミカエルから噂は聞いていたけど、本当に科学者が大天使だったのね。
「科学者って人は、能力も使えるの?」
「いや、能力は持っていない。何せ能力について私達は知らなすぎた。だから科学者に調査・管理させつつ組織を作ったという訳だ。」
なるほどね。まぁ、気持ちは分からなくもないけれど、役人らしい考え方ね。
「だいたい分かったわ。」
「その机の右側一番上の引き出しに、
「分かっているわ。私を誰だと思っているの?常日頃からコンプライアンスは徹底しているわ。」
「うむ。そうだったな。」
私は引き出しからメンバーリストを取り出す。
中には物騒な物も入っていたけど、見なかったことにしてあげるわ。
リストに目を通すと、住所氏名は勿論、誕生日や血液型、そして能力についてなど細かく書かれていた。
これがあれば探すのは容易ね。
「確かに受け取ったわ。課長。」
「作戦の成功を祈る。少佐。」
「『課長』になれて浮かれているのも今のうちよ。もう直ぐ予算審議があるでしょ。組織作ってしっかり予算をぶんどってきなさい。」
突然現実に戻され、新垣首相はうんざりした表情を見せたわ。
感情表現が豊富で、何となく憎めない人柄ね。
まぁ、これも無意識に身についた出世術なのかしら。
「じゃぁ、私達は帰るわ。これは私の携帯番号よ。」
机の上にあったペンとメモに番号を書いておく。
「一応、無料メッセンジャーのアドレスも記載しておいたわ。」
会話出来ないケースもあるかもね。
「わかった。SPを一人付ける。出口まで送らせよう。」
「助かるわ。」
そして私達は首相官邸を出た。
SPの鋭い視線が最後まで刺さっていたけれど、残念ながら恐怖を感じない。
いえ、既に感覚が麻痺してきているのかもね。
そう思いながら谷垣を呼び寄せ、今度こそ
再び車中。
「屋上での戦いを、もう一度詳しく聞きたいのだけれど。説明してもらえるかしら?」
私の問に、疾斗と力音が護に視線を送ったわ。
まぁ、そうなるわね。
「はぁ…。いいだろう。俺も説明はあまり得意ではないのだけれどな。」
「いいわ。今後の参考にしたいだけだから。」
「勉強熱心だな。」
「知識を得て活かす。当たり前の事をしているだけよ。」
「わかった。屋上に現れたのは、ミカエルと透明人間だけだった。だが俺達はどこかに残り二人が隠れているかもしれないという猜疑心を持った。」
「最初からその作戦を軸に攻めてきたなら、相手もかなりのやり手だったわね。」
「そうだな。だから目の前の二人にだけ注意するだけではダメな状況だったが、透明人間になって攻撃され始めても、一向に他の二人は現れなかった。そこで、兎に角透明人間を何とかしようとやっきになったんだが、見えないばかりか、必要最低限の照明しかない屋上では痕跡すら負うのが難してくてな…。」
「まぁ、苦戦するわね。」
「だが、攻撃力自体は蹴ったり殴ったり程度だったから、そのうち恐怖だとは思わなくなってな…。」
続きを疾斗が話す。
「その時思い出したんだ。心優は煙の出るお香だっけ?あれを焚いて透明人間がいるかどうかを探ったよな。だから煙の代わりになるような物を探したら消火器があってさ…。」
「疾斗にしては着眼点がいいわね。」
「一言多いぞ…。」
「まぁまぁ、落ち着け。それで敵の動きが分かってきたのだが、そのせいで相手も相当焦ったようでな。ナイフを持ちだして暴れ出したんだ。運良く大きな怪我は無かった、というか、瞬間移動の疾斗を襲ってくれたからな。敵を引き付け撹乱するには好都合だった。そこで力音の怪力で一撃さ。」
「なるほどね。」
二人の長所が上手く噛み合ったわね。こちらの情報を探っておきながら、敵は上手くそれを利用出来なかった。
何というか、作戦もなければ対策も練ってなかったようね…。
むしろ、練っても作戦実行出来る状況じゃなかったのかも。
「吹っ飛ばされた透明人間が姿を表すと、ミカエルが拳で軽く殴ったんだ。そしたら透明人間が叫びだした。『能力が消えた』ってな。」
「まぁ、ミカエルからすれば、自分が負ける訳がないって自負があったようね。じゃなければ作戦や対策を練ってきたでしょ。だけどそれが無かったわ。」
「そうだな。奴は、俺らを弱らせる事が出来れば十分って認識だったようだ。それで爆弾魔を呼んだ。」
「どうして最初から呼ばなかったのかしら?」
「あぁ…、それはたぶん、爆弾魔が子供だったから、透明人間と連携を取るとか出来なかったからじゃないかな。」
「お粗末な話ね。」
「まぁ、後から考えればそうなるな。だが、これが手に負えない。容赦も無いし、後先考え無い手当たり次第の攻撃だったからな。もしも透明人間がいたら、一緒に吹っ飛ばされていたと確信出来るほどだ。」
「子供だけに、そうなるわね。」
「恐怖からか、無造作に爆弾を投げつけてきた。俺の防御壁では防ぎきれなかった。」
その時だけ護は、悔しそうな表情を見せた。
「何を言っているの。護も含めて全員がスキルアップの可能性を残している。私はそう考えているわ。生きていれば、そのチャンスは必ずある。」
「だな。後悔する前にやることは沢山あるようだ。で、爆弾魔は散々攻撃してこちらが弱ったらさっさと帰っていったってわけさ。」
「まず、子供をそんな所に連れていくことすら問題があるわね。」
「能力者として覚醒してしまった子供たちの処遇は、今後の課題になるだろうな。」
「そうね、護。まぁ、ネット規制みたいなのと同じで、何をやってもイタチごっこかもしれないけれどね。」
妙に納得した顔の護は、それ以上の事は言わなかった。
「今日はお疲れ様。色々とあったけれど、ようやく第一歩を進めただけよ。これからが肝心だから。」
「えー、まだ一歩だけなのかよ…。」
疾斗のバカ面も最近は飽きてきたわね。
「まぁ、車中で聞いた戦いからは進歩も見られたし、結果的に満足のいく戦闘だったと思うわ。ただし、力音は落第点よ。」
「えぇ~。心優タソ厳しすぎぃ。」
「だって、あなた透明人間ぶっ飛ばした以外、何をしたのよ?ん?ん?」
「えーと…。」
「罰として、ご褒美は無しよ。」
「えぇ~…、そんなぁ…。」
「一晩
「皆、ごめんよぉ…。」
「まぁ力音の場合、私がいないと本領発揮出来ないのは欠点でもあるわね。」
「でも、心優タソが来てくれれば120%の力がだせるお。」
「『だせるお』じゃ、無いわよ。普段から100%出せるように、今後の課題よ。」
「わかったよぉ…。」
「ところで、心優達の敵はどんな能力者だったんだ?」
護からの質問ね。
あぁ、そうね。情報は共有しておいた方が良いわね。
「読心術だったわよ。そいつとボディーガードで攻撃をしかけてくる予定だったみたいね。」
「だったみたいって…。まさか攻撃させなかったのか?」
「先手を打ったわ。余裕よ。私と芽愛の能力についてもバレなかったし、ついでに情報も仕入れてきたわ。おまけで脅しもかけておいた。十分でしょ。」
「さ…、流石だな…。」
まったく苦戦しなかった私達に驚く必要はないわ。
「情報自体は背後関係程度だったから割愛するわ。もう既に手は打てたしね。」
「でさぁ、今後どうする予定なんだ?」
今度は疾斗から。
「一人ずつ炙りだして…。」
「ぶっ潰すのか?」
「仲間にするわ。」
「マジで?」
「やられたから不満?」
「いや…。あのガキ、恐怖のままに攻撃してきたんだぞ?戦力になるかどうか微妙だと思ってさ。」
あら、意外と考えたわね。人並みだけど。
「馬鹿ね。だからこそ仲間にすれば心強いのよ。それにね、仲間にしたからと言って本人の意志を無視して戦場に引っ張りだすつもりはないわ。だから、どちらかというと保護ね。」
「あぁ、なるほどな。」
「それにね、課長からの情報によると、家庭環境や学校生活もよろしくないわね。ここも気になるわ。」
「やっかいだな。」
「そうね。だけど、だからこそ突破口があると思うの。」
「そぉかぁ?放置が良いような気がするけどな。」
「ダメよ。」
「どうして?」
「犯罪意識が低い子供が爆弾魔…。考えてみなさい。」
「あっ…。」
本当に疾斗は救いようの無い馬鹿ね。
それに、私達の価値を高める為の方向性も見えると思うの。
まぁ、やるからには徹底的にやるわ。
そして私達は、まずは爆弾処理から始めることとなった。
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