第16話『アダムの使者とアポカリプスの黒幕』

アダムの使者と名乗る吹雪は、私の周囲を回りながら観察しているみたいね。

「何よ。」

「ふーん。細かい事は、あたしにはわからないけど、色々凄いや。」

「早く言いなさいよ。」

「はぁ?」

「能力の秘密とやらよ。」


彼女は思い出したかのように歩くのをやめた。

「そうだたったね。」

アイスを食べ終わると、持ち手の棒を包みに入れてポケットに押し込んだ。

「能力者の登場は、登山途中の遭難から始まった。見ず知らずの男女二人が山で遭難し、一匹の狐様に会った。」

「狐?」


「そう。イブ側の証言がないから確かめようもないけどね。そして狐様は二人に告げた。まぁ、有り体に言えば、神様から御言葉を頂いたそうよ。」

「何それ。」

「信じられないのも当然ね。定番のお伽話の方が良く出来ていると思うほど幼稚な内容よ。」

「そうね…。まぁ、いいわ。」

「そこで告げられたのは三つ。一つ目は世界が終焉に向かっていること。二つ目はその為に二人に特別な力を付与したこと。三つ目は、その力を使って同士を集め、その終焉とやらを防ぐこと。」

「定番過ぎて面白みに欠けるわね。」


「だよねー。昭和の漫画じゃあるまいし。だけどさ、マジなんだよね。コレ。」

私は素直には信じなかった。可能性の一つだと認識したわ。

吹雪が言うように、イブ側も同じことを言わない限りね。

「それで?あんた達が集められたってこと?」

「まぁ、そうなるよね。だけどさ、アダムって最初に会ったっきり、一度も会ってないんだよね。だから彼がどんな能力者なのかも知らないし、どうやって仲間を集めているのかも知らない。」

「ちょっと待ってよ。」


おかしな点があるわね。

「その流れだと、アダムとイブは協力する事が前提よね?」

「後から考えればそうだよな。だけどさ、冷静に考えてみなよ。」

「あぁ…、そういうことね…。」

「そう、信じられなかったのよ。遭難中に見た夢かなんかだと思っていたみたい。」

「まっとうな人ほど、信じられないでしょうね。」

「そういうこと。だけどアダムは気が付いてしまった。自分の能力に…。だから狐様の言うように能力者を集めだしたってわけ。」


「ふーん。で?イブ側は?」

「一度だけ遭遇したわ。正確にはイブの代理と名乗る男ね。そして警告してきた。能力者を集めるのを辞めよと。」

「あれま。どうしてかしら?」

「詳しくは語らなかった。だけど、云いたいことは分かる。だって考えてもみてよ。能力者が10人いたら、どんな事が出来るかね。」

「なるほど。イブ側は危険視したんだ。」


「まっ、そういうこと。」

「それが能力者の始まり。で、能力自体の事なんだけど、精神力に依存するんだよね。」

「訓練じゃないの?」

「違うわ。まぁ、自信を持つってのも精神力とするなら、間違いではないかもね。」

「あらそう。同じ能力を持った人もいるのかしら?」

「能力の種類については、分かって無いことも多いよ。その殆どが説明の付かない、科学的に証明出来ないものばかりだし。まだまだ調査中ってのが本音。あぁ、だけど、影響力の少ない能力者は、同じタイプの人間がいるのは確認済み。」


「それはこちらも把握しているわ。」

芽愛と能力者探しをした時に、同じ能力者がいたことはあったんだよね。

だけど力の強い能力を持った人達は、今のところ全員違うタイプだわ。

「ふーん。あんたらもそれなりに動いているんだね。」

「座して待つのは性に合わないの。」

「なるほどねー。さて、最後にこっちからしっつもーーーん。」


吹雪は突然右手を高々と上げたわ。

「アダムに入りなさい。」

「断るわ。」

「はっ?即答?」

「考える必要すらないわね。」

「今の話を聞いていなかったの?」

「聞いていたわ。」

「イブを探して同調するっていうの?」

「違うわ。」

「じゃぁ、野良を続けるっていうの?そんな事に価値がある?」

「それも違うわ。」

「………。」


「私は、この子達を率いて…。」

私は後ろで静かに会話を聞いていた仲間を見渡した。

「新生『黙示録アポカリプス』を名乗るわ!」

「はぁーーーーーー?」

「おいおい!?」

「心優タソ格好良いぃぃぃぃぃ!!」

「ご主人様…。」


ポカーンと口を開ける吹雪。間抜け面が最高ね。

「あ…、あんた馬鹿じゃないの?なんで壊滅寸前のそんな組織に…。」

「格好良いからよ。」

「あ…、あ…、あんたねぇ!」

「勿論、今の話しが本当なら、世界の破滅とやらにも立ち向かうわ。その時はアダムも従ってもらうほどの組織を作って、お誘いするわ。」

「ふざけないで!」

「ふざけてなんか無いわよ。それに、誰かに属するなんて絶対に嫌。私は皇帝なの!能力はないけどね。」


「救えない馬鹿ね!能力は覚醒したって言ったでしょ!だから誘っているのに!」

「ん?」

そこで再び振り返り芽愛を見たわ。

彼女は両手を胸の前で握りながら、何度も頷いていた。


あら?そういうこと?

私が精神的に成長したってこと?

だから一度消滅した能力が、覚醒して再び手に入れたってこと?


ふーーーーーーーん。



ふーーーーーーーーーーーーーーーん。



ニヤリッ

左手を目一杯広げ、顔の前でかざす。

孤独な皇帝ロンリーエンペラー!」

時間が制止したなかで、私に触れていない仲間までもが、この空間の中で動けているわ。

何となく分かったの。

確証はなかったけど、上手くいったわね。

今の私は時間を止められるだけじゃない。任意の人達までも自在に孤独な皇帝ロンリーエンペラーの中に取り込める。


私は手で付いてくるようにサインを出すと、屋内に続いている扉をくぐった。

途中、短く呼吸をし能力を維持する。

そして谷垣の車の近くまで行くと能力を解除し、全員でプライベートハウス調教部屋へと帰っていった。


車中。

座るのと同時に、ある人物にメールで指示を出す。

黙示録アポカリプスを名乗るって本気か?」

護が訪ねてきた。

「半分正解。」

「どんな意図があるか聞かせてもらおうか。」

彼だけは後先考えているわよね。


「さっきのミカエルの話にしろ、吹雪の話にしろ、私達が今後どうしたら良いかの、色々なヒントがあったわ。」

ここで整理しましょう。

「まず狐様とかいうふざけた神様が、最初の能力者であるアダムとイブを生み出した。二人は世界の終焉に向けて、本来なら協力して能力者を集め立ち向かうはずだった。」

「心優タソ、イブの存在が気になるお。」

「そうね、力音。だけど静観を決めているようだし、向こうから出てくるまではどうしようもないかもね。」


今言った通り、イブは能力自体を問題視して活動はしていないと思われるわ。

だけどアダムは積極的に能力者を集めている。

政府はイブ側…、というか、考え方が同じだったようね。

まぁ、イブと政府とでは立ち位置が違うから、浄化などという強引な作戦に出たけれど、ミカエルが能力を失った今、政府からは手を出せなくなった。

「そこが私の狙い目。」


「おいおい、政府の後ろ盾をつけようって言うのか?」

「そうよ。」

護の質問に答えた。

「でもよぉ、心優は自分で政府の後ろ盾なんか関係ないって言ったじゃないか。」

疾斗の言うことも合っているわ。

「事情が変わったわ。アダムとイブという組織を政府が追っていたのなら、彼らの使い道が出てきたってことよ。最初は野良能力者狩りしているだけかと思っていたからね。だから、今の情勢を裏まで読んで、今後の方針を立てないといけないわ。それに、私は最初に言ったはずよ。」


「ご主人様は、能力者の居場所を確立すると仰っていました。」

「芽愛の言うとおり。ここで政府に恩を売っておいて損はないわ。むしろ好都合よ。」

「そうかぁ?裏切られそうだけど。」

本当に疾斗は馬鹿ね。

「疾斗。この戦いが終わったら俺達はどんな扱いを受けるか考えたことがあるかい?」

珍しく護が疾斗に突っ込んだ。だけどこれは重要なことよ。


「だからさ、捨てられるんじゃないかって思ったんだよ。」

「いや、それは無理だ。俺達は能力者だぜ?どうやって手をくだすんだ?」

「能力者の中に、裏切り者を作っておくとか?」

「それはない。」

「どうして断言出来るのさ。」

「いいか。俺達のリーダーは誰だ?唯一俺達全員を敵に回しても攻撃手段があるのは誰だ?」


ふーん。護はそう考えていたんだね。

「心優のことか?」

「そうだ。彼女が政府に媚びて、何を得られる?総理大臣にでもなるように見えるか?」

「あぁ…。」

「そういうことだ。心優が望むものを日本政府は提供出来ない。交渉にならないんだ。だから絶対に裏切らない。」

「護さん、すげーっすね。」


いや、あんたが馬鹿なのよ。

「護が言ったことは合っているわ。だから政府は、不要になったからと言って私達を捨てられない。つまり、居場所を作るしか無いのよ。ついでに言えば、アダム側、イブ側のどちらかについた場合、例え戦いが無事終わっても結局政府に目をつけられるでしょうね。」

「なるほどなー。」


ブゥゥゥゥゥゥゥ…

タイミング良くメールが来たわ。

乗り込んだ時に送ったメールの返信ね。

本文を読むと、直ぐに谷垣に命令した。

「谷垣!行き先変更よ!」

「はっ!」

「首相官邸へ!」


「!?」

「おいおい、いきなり乗り込むのかよ。」

車に乗り込んで、直ぐに探偵へメールを送っておいたわ。

首相のスケジュールを調べるようにね。

「探偵からのメールを見ると、首相のスケジュールはかなり過密よ。ほんの僅かなタイミングを逃したら、会うことさえ難しいわ。」

「いや、その理屈はわかるんだが…。」

「それにね、そろそろミカエルから結果が首相に届いていると思うのよね。考える時間を与えないで、一気に勝負したいの。」


「おい待て。いつ総理大臣が首謀者だと分かった?そんなヒントは無かったと思うが?」

護の突っ込みだけはまともね。

「そうね。だけど、能力者などというテロ組織よりも恐ろしい集団を、首相が把握していないとは考えにくいのよね。誰が統率していたとしてもね。」

「あぁ、なるほど。それは一理あるな。」


「だからてっぺんを落とす。私達の要求をトップダウンさせる。その方が早いでしょ。」

「心優様。首相官邸前です。」

「ありがとう、谷垣。ここで良いわ。悪いけど、近くで待機していて頂戴。」

「かしこまりました。」

彼は私がこんな所にきても、一切の私情を挟まないし、尋ねることもないわ。


周囲には警備の警官が沢山居るわ。ここで降りて突然消えるのは得策ではないわね。

車内に居るうちに能力を発動させ、堂々と正門をくぐる。

鋭く呼吸をし、繰り返し能力を発動していくわ。

一瞬見えるかもしれないけど、夜だったことが幸いし、幻覚と思っても仕方のない状況ね。


後は堂々と建物の中へと入っていく。

内部の監視カメラの位置を確認しながら、死角を探しては能力を解除し進んでいくわ。

これが、孤独な皇帝ロンリーエンペラーの恐ろしいところよ。

このまま首相を殺したら…、各国の大統領を殺したら…。

想像しただけでも恐ろしいことよね。

私がこの能力を得た事を、世界中の人々は祝日を作って祝福するべきだわ。


いよいよ首相の執務室前に辿り着く。

ノブを回したけれど、中から鍵がかかっているようね。

私は孤独な皇帝ロンリーエンペラーを発動し、力音に扉を破壊させる。

中にはSPが二人と豪華な机に座る、テレビで見たことのある首相が座っていたわ。

髪は両脇以外残っていないわね。日本の首相としては珍しく顎鬚がある。

白髪が妙に似合っているわ。鋭い目付きも首相とは言い難い風貌ね。


護が俺に任せろと一言告げると、絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールを発動させたわ。

彼の防御壁は訓練を積み重ねる度に大きくなったの。

普通ならば硬度が増していくと思いきや、彼の壁は形を自由に作れるわ。


だから、その半透明の壁を伸ばしSPをグルグル巻きにすることも出来る。

芽愛が直ぐに透視をし、ポケットや上着の中にある装備品を疾斗に告げると、彼は一瞬でSPと首相をめぐり剥ぎとっていった。

私は首相を椅子ごと机から話し、彼と机の間に移動し、そのまま机に腰掛けた。

この机に緊急用のボタンがあっても不思議じゃないからね。


能力を解除する。

「!?」

「初めまして、新垣総理大臣。」

新垣首相は直ぐにSPを見たが、不自然な格好で床に倒れたのを確認すると、直ぐに何が起きたのかを理解したようね。

「早かったな。」

「あら?まるで私達が来ることが分かっていたみたいね。」

「そうじゃなきゃ、こんな時間にSPを部屋に入れたりしない。」


そういう事ね。

「それにしても、若いな…。ん…?君は…、もしかして…。」

「時時雨 心優よ。」

「あぁ、やっぱり。何処かで見たことがあったと思ったんだ。それで?時時雨財閥のお嬢様の要件は?」

「話が早いわね。勿論、交渉に来たわ。」

「ほぉ?望みは何だ?金か?地位か?」


「馬鹿ね。私は両方共持っているわ。」

これから私達の地位を確立する為の、大切な交渉が始まろうとしていた。

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