第15話『皇帝の涙』

総合デパートincarnation of evilインカーネーション オブ イビルの屋上では、能力浄化を執行しようとしている組織、黙示録アポカリプスからの使者ミカエルと、孤独な皇帝ロンリーエンペラーを名乗る私が対峙している。


「そろそろ決心がついたか?子供の遊びは終わりだ。」

「能力者の運営も危機管理も有効活用も出来ない大人が導き出した答えが能力浄化だなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ。」

「大人の事情すら察せないから子供だと言っている。」

「可能性を潰すことが大人だと言うなら、一生大人にならなくて良いわ。」


私の言っていることが理想論だと言うことは理解している。

この能力ちから、どうして人類が今更手に入れたのか…。

突然変異なのか、意図的なのか、それすら分かってないからね。

そんな能力者を危険視し、浄化の道を選んだとしても間違いではないとは思う。

だけど、だからこそ協力体制を築くという選択肢もあると思うわ。

能力者が違法アップロード動画なら、分かりやすいかしら?

世界中で削除戦争を仕掛けても勝てないのよ。

まぁ、全てを浄化することは難しいと考えるのが妥当よね。


ミカエルだって遠距離という弱点があるわ。

そこを突かれたら殺されることも十分ありえるでしょ。

そうすれば能力浄化自体が出来なくなる。

黙示録アポカリプスの存在意義自体も消滅するわね。

ただし、ミカエルと同じ能力、つまり能力浄化の使い手が新たに現れたなら、もしくは既に存在していたとしたら、またはその能力を自由に作り出し付与出来るとしたら、私達の勝ち目は永遠にないわね。


そうか。

ということは、孤独な皇帝ロンリーエンペラーの使い手だって、私一人じゃないかもしれないわね。

まぁ、いいわ。

そんな先の事は、この状況を打破してから考えましょ。

いえ、これから起きる事を考えれば、能力の事なんて考える必要がなくなるけど。


「さて、俺は仕事を済ませて帰らせてもらう。お前らの絶望する顔を思い出しながらやる一杯は最高だからな。」

「下品な発想ね。あなたの能力が浄化される側だったこととか、考えた事があるのかしら?」

「無いね。考える必要すらないからな。わからないか?国からお墨付きをもらっているんだぜ?俺は。何に怯える必要があるうていうんだ?」

あらそう。

と、言うことは、浄化人は一人ってことね。


ミカエルの言葉も、確かにそうかもね。

でも…。

「能力は国境を超えるわ。政府なんてバックグラウンドは関係なくなる。強い者が勝つ。ただそれだけよ。」

「まぁ、それは言えるかもなぁ。だけど、世界と戦うとして、どうやって移動する?どうやって情報を得る?そんな事が出来る奴は居ない。」

「いるわ。ここに。時時雨財閥を見くびらないで。」


私は左手を思いっきり開き、顔の前にかざす。

彼は両拳を腰の当たりでグッと握った。

会話をしながら、その瞬間だけを待っていた。

「心優!?ヤメろ!心優!m…。」

孤独な皇帝ロンリーエンペラーを発動。


護だけは気が付いたようね。

(本当に良いの?)

心の中で葛藤があるのは否定しないわ。

それだけ、私が持っている能力の強さ、可能性、影響力を理解しているつもり。

テロリストじゃなくて、私のような可愛い娘に与えられた事は、銀河系規模で幸福だったわね。


さて。

待っている時間はないわ。

一応、もしかしたらという可能性は少なからずあるとは思っている。

気休め程度だけどね。

時間を止めて攻撃する場合、ミカエルのような受動的な攻撃が発動するのかどうか…。

今はそれに掛けよう。


だけど、十中八九うまくいかない。

そんなのわかっている。

相手の能力と自分の能力を冷静に分析すればハッキリと見えてくる。

でも、迷っている時ではない。

覚悟を決めるのよ。

だから今のうちに言っておくわ。




ありがとう、孤独な皇帝ロンリーエンペラー、ありがとう、皆…。




ゆっくり踏み出した歩は、直ぐに力強くなり、ミカエルの目前に到着する。

私は迷うこと無く彼の右腕を掴んだ。

刹那、心の奥の方で何かが崩れ落ちる音がした。


岩やガラスが粉々になるような感触。

とても嫌な感じで、とても気持ち悪い。

まるで心が壊されたような感じね。

鼓動が高まる。急がなくっちゃ。


ミカエルの肘と手首を掴むと、肩を回転させ、拳を彼の顔面に当てる。

彼の腕からも嫌な感触が伝わってきたわ。

これってやっぱり、能力が壊れる感触だよね…。


あーあ…。

短い夢だったなぁ…。


サヨナラ、私の楽しい人生。

オカエリ、私のつまらない人生。


そろそろ苦しくなってきた。

急いでその場を離れ、能力を解除した。




「!?」



「…iゆ!」

時間を止める前の、護の声が虚しく響く。全ては終わってしまったの…。

私とミカエルを含め、全員が私達の異変に気が付く。

息苦しい…。

胸が苦しいよ…。

これが…、これが…、能力を失うってことなの…?


「おぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇ…。」

ミカエルは激しい嘔吐を繰り返している。

そうね、そのぐらい気持ちが悪いわ。

「き…貴様…、正気か…?」


「何が…、どうなっているんだ?」

疾斗が誰かに解説を求める。

「チッ…。」

護の舌打ち。

「まさか…、心優タソ…。」

力音も気が付いたようね。

「ご主人様…。」

芽愛は全てを把握しているみたい。

彼女の能力を持ってすれば、まぁ当然ね。


「芽愛…。心優は何をしたんだ?」

たまりかねた疾斗が芽愛に尋ねた。

「ご…、ご主人様は、孤独な皇帝ロンリーエンペラーと引き換えに…、引き換えに…、ミカエルの能力浄化を浄化させたのです…。」

「力音!トドメを刺しなさい!」

「ウォォォォォ!!!!!」


目を真っ赤に染めた力音がミカエルをふっ飛ばした。

ドンッッッ…

吹っ飛ばされたミカエルは、外壁に激しく叩き付けられ、ぐったりと崩れ落ちた。

「勝負あったわね。」


「何が勝負あっただよ!」

疾斗が物凄い剣幕で近寄ってくる。

胸倉を掴むと怒鳴り散らし始めた。

「俺は馬鹿かもしれねーけど、心優の能力がとんでもねぇ力があるってぐらいのはわかっているつもりだ!それを簡単に手放して良いわけねーだろ!だいたい、俺らを守るのが皇帝だったんじゃないのか?これから俺達、どうすれば良いんだよ?」


疾斗が熱くなる気持ちもわからなくはないわ。

「手を離しなさい。」

彼はゆっくり手を離してくれた。

「でもね、こうするしかないの。」

「どうして…。俺だって自分の能力を捨ててでもこの場を凌ぐぐらいの覚悟はあった…。多分、力音や護さんだって同じ気持ちだったはずだ。」

疾斗が振り返ると、護と力音が小さく頷いてくれた。

全員その覚悟があったんだ…。

ちょっと嬉しかった。


「そうだよ心優タソ。僕の腕力なら、能力無しだってあいつをぶっ飛ばせた。」

「力音のちからは、あんな奴を殴るためのものじゃないよ。私達のメインウェポンなんだから。」

「だけど…、心優タソ…。」


「だいたい、これからどうするんだよ。」

護が訪ねてきた。

「そうね…。最悪引退も考えているわ。」

「おいおい、俺らを集めておいてそりゃぁないだろ。」

「ミカエルの能力だけは、ぶっちゃけ想定外よ…。だけど、これだけは保証する。皆の私生活だけは私がなんとかする。」

「そうじゃなくてよ…。」

「分かっているわ。能力に関することは…、もう…、私には…。」


「じゃぁ、どうして心優が嫌いな自己犠牲なんてことやったのさ!」

「だって仕方ないでしょ!」

疾斗の言葉に胸が詰まる。

「こうでもしないと…、誰かの能力が消えることになるわ…。そうなった時に、あなた達は耐えられるの?下手すると精神が崩壊するわよ?分かっているの?」

「そんな大袈裟な…。」

「大袈裟なんかじゃないわ!」


私は全員の顔をゆっくりと見渡した。

「今は息を吸うのと同じように能力が使える。それが突然無くなるのよ?しかも、誰も持っていない、自分だけの特別な能力ちからが。本当に考えたことがある?能力が消えた自分を。」


誰もがうつむき加減で、私の言葉の意味を考えていた。

「能力が消えた途端、自分は普通の人間に戻ってしまった。何も無かった自分に戻ってしまった。いえ、能力がなければ並以下の人間かもしれないのに、それこそこれからどうすれば良いのか、毎晩自問自答することになるのよ!本当に耐えられるのかって聞いているの!!!」


例えが悪いけど、これは麻薬みたいなものよ。

一度能力の味を知ってしまったら、もう後戻りは出来ないの…。

だから…、だから…。

「だから私が、皆を守ったの…。自己犠牲なんかじゃない…。私は…、皇帝だから…。臣下を守るのも、皇帝の役目だから…。」


視界が歪み、熱い涙が頬を伝った。

直後、手で顔を覆った私が、何か温かい物に包まれた。

「馬鹿野郎…。心優がそこまで覚悟を決めていたなんて…。気が付かなかった俺達こそが大馬鹿野郎だった…。」

疾斗が抱きしめてくれた。

私は溢れる想いと涙で、彼の胸の中で思いっきり泣いた。


ワアアァァァァァァァァァァァ…


孤独な皇帝ロンリーエンペラーが私生活で困る事はない。

我が財団にも効果が大きかったかも知れない。

経済界に能力を持ち込む事はしたくないけど、能力によって攻撃されたら防ぐ事は出来る。

するつもりは無いけど、世界征服だって笑い話じゃなくなるほどの力。

それが消えた。


一瞬で…。


それも自分の身を守るためじゃなく、仲間の為に…。

少し前の私なら、絶対にしなかったと思う。

こうなる前に手を打てなかった自分が悔しい。

私こそ能力を失う意味を、深く考えていなかったかもしれない。

だけど、私が皇帝と名乗ったのは格好良いだけじゃない。

それだけ責任を負うという覚悟だったの…。

でも、もう何もかもおしまい…。

でも、仲間は助けることが出来たよ…。






私が人前で初めて流す涙…。






皇帝の涙…。







その時だった。

心の奥の方から、熱い想いが溢れだす。

苦しい…。熱い…。

「うっ…、ウゥゥ…。」

「どうした?心優?」


自分の身体じゃないみたい…。

頭にカーッと血が登っているのが分かる。

鼓動が早くなり、脳天に心臓があるかのように、頭のてっぺんでドクッドクッと鼓動が響いた。

足に力が入らなくなり、疾斗に身体を預けるような形になった。

「疾斗…、離れて…。」


「大丈夫か!心優!」

「離れて…。何かが…、来る…。」

彼はゆっくりと後退りする。

ドクンッ…、ドクンッ…。


突如、身体の内部から何かが溢れだす。

同時に閃光が身体から放たれた。

ドバッドバッ…

一瞬のことで頭が混乱する。まるで内蔵をぶちまけたような感触だった。

はぁぁぁ…、はぁぁぁ…。

大きく呼吸を繰り返す。

苦しい…。

これが本当の能力浄化の瞬間なの…?

少しずつ鼓動が収まっていく。


いつの間にか大量の汗を流していたみたい。

顎に集まる汗を拭い去る。

「大丈夫か?」

疾斗が片膝を付きながら、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「能力を失うのが、こんなに身体に負担がかかるなんて…。」


「ちちち…、違います…。違います!ご主人様!」

芽愛が口元を手で覆いながら驚いていた。

「何よ。ハッキリ言いなさい。」

やっと気持ちが落ち着いてきたわね。

というより、何だか感覚が研ぎ澄まされてきた感じ。

ん?


振り返ると、機械の基礎にちょこんと座る女の子がいた。

「誰?黙示録アポカリプスの手先?」

全員が注視する。

「あんなダサダサなのと一緒にしないで。」

女の子はスッと立ち上がると、スタスタと近寄ってきたわ。


「あたしはアダムの使者、ブリザードの吹雪よ。」

「ん?ブリザードなの?吹雪なの?」

「吹雪は本名!名前なの!」

「あらそう。ブリザードの方を何とかしようとは思わなかったの?」

「格好良いからよ。」

「それは重要よ!」

「でしょ!?」

「だけど、和訳すると吹雪の吹雪になってしまうわ。」

「仕方ないじゃない。」

「あぁ、能力がブリザード系なのね。」


「心優すげーな。よく分かったな。」

「あんたには一度説明しているでしょ!能力の名前がそのまんまだと敵にバレちゃうって!」

「そうだっけ?」

「犬の方があんたより学習能力があるわ。」


改めて吹雪を見る。

残暑が残るこの時期なのにパーカーを来てるし長ズボンだし、寒さ対策してますってモロに出ているわ。

ショートカットがよく似合う。ゴスロリ着せたら似合いそうね。

「それで?あなたは何をしに来たの?」


彼女はポケットからお菓子を取り出した。

なんとアイスクリームだわ…。

「偵察よ、て・い・さ・つ。」

随分と堂々とした偵察ね。

「それで?収穫はあったかしら?」

残念ながら孤独な皇帝ロンリーエンペラーは無くなったばかり。

偵察の意味はかなり薄くなってしまったわね。


彼女のアイスから湯気のような煙が出ているのが見えた。

つまり、あのアイス、キンキンに冷えていることになるわね。

ブリザード…、吹雪…、なるほどね。

「十分あったわ。能力覚醒なんて噂では聞いていたけど初めてみたもん。」

「能力覚醒…?」

「知らなかったの?」


ここは情報を聞き出しましょ。

それにアダムの使者だと、彼女は名乗ったわ。

そのアダムとやらが何かも探りたいわね。

「吹雪は色々と知っているようね。」

「まぁ、野良能力者は知らなくて当然。」

イラッとするわね。まるで野良犬みたいな言い方。

「いいわ。あなた達がイブ側じゃないってのは分かったし、教えてあげる能力のひ・み・つ」

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