第19話『少年の新天地と破魔矢の尾行』
さて、最初の関門は突破したわ。
でも次のはちょっとキツイ試練よ。
「では第二の試練よ。」
「………。」
烈生は再び真剣な表情をしたわ。
「家を出なさい。」
「………?」
「母親と決別するのよ。」
「!?」
彼は不安そうな表情をしているわ。まぁ、当然ね。
小学生に家を出ろと言う、私の方が残酷だわ。
「心配しないで。あなたの面倒は、私が責任を持ってみるわ。」
「でも…。」
そう…、あんなに酷い事をされても、母親は母親なのね。
うちのバカ母には、感じない感情ね。
「お母さんが心配なのかしら?」
小さく頷いた。
本当に、根が優しい子なのね。
「分かった。ちゃんと会えるようにもしてあげる。ただし。」
彼は条件付きなことに、更に不安そうな表情をした。
「烈生がもう少し大きくなってからね。それならどうかしら?」
少年は迷っていた。
この歳で、この子は重大な選択を迫られている。
一人でなんか決められない、そんな雰囲気を感じ取ったわ。
私はしゃがんで、烈生の顔を覗き込んだ。
「よく聞いて頂戴。あなたの家庭環境は、ハッキリ言わせてもらうけど異常よ。そこは分かっている?」
彼は小さく頷いた。
「だから、まずは一度リセットするの。そして、烈生も、烈生のお母さんも、じっくりと考える時間が必要なのよ。」
「本当に必要?」
可哀想に…。この子はこんなに母親を必要としているのに…。
「必要よ。まずは、『普通』を体験しなさい。世間一般的な『普通』が、烈生にとって『異常』ならば、元通りになっても構わない。それはあなたが決めなさい。私は誘拐しに来たんじゃないんだから。」
「………。」
「不満かしら?」
彼はちょっとモジモジすると、意を決したかのように話しだした。
「僕ね、本当はお母さんが優しい人だって知っている。お父さんがいなくなって、お母さん一人で仕事して、とても大変だから苛々しているだけだって思っている。」
「それで?」
「だから、僕が働けるようになったら、お母さんを迎えに行きたい。」
「いいわよ。」
優しい子…。
「それと…。」
「ん?」
「お…、お姉ちゃんも傍にいてくれるの?」
顔を赤らめて言った彼を、そっと抱きしめてあげた。
「勿論よ。私は
「
「そう、偉い人のことよ。だから私は沢山の人を導いてあげなくっちゃならないの。烈生もその中の一人よ。だから一緒にいてあげる。その代わり…。」
そっと離れて、烈生の顔を覗き込んだ。
「私と仲間と家族を守れる男になりなさい。頑張っている限り、私はあなたを見放したりしない。約束するわ。」
少年は決意した。
「はい!」
私は立ち上がると、関係各所へ電話する。
谷垣が迎えに来る前に、お抱え弁護士は勿論、省庁から役所まで。
私の意向はトップダウンで伝えられ、実行部署が動く時には結論は出ていた。
車中、児童保護施設から連絡が届く。
母親が烈生と話をしたいらしい。
少し迷ったけれど、彼に決めてもらうことにした。
「うん、話をしたいよ。」
「分かった。」
非通知で彼の母親へと連絡をする。
彼女はここにきて我が子が遠く離れる事が現実だと気が付いたようね。
遅かれ早かれこうなっていたのかもしれないのにね。
でも烈生は強い意志を持って、自分の考えを伝えていた。
「僕ね、もっと強くなってお母さんを迎えに行くから。だから少しだけ待っていて。」
スマホからは、すすり泣く声が聞こえていた。
烈生も泣いていた。
通話を終えた少年の頭を、そっと抱える。
暫く泣かせておいてあげよう。
彼が強くなる為に。
「谷垣!」
私は部屋に戻るなり、執事を呼ぶ。
『御用でしょうか?』
直ぐにドアの向こうから、親の声より聞き慣れた谷垣の声が聞こえる。
「入ってきて頂戴。」
スッと入室する谷垣。
「DVとイジメにあっていた少年を保護したわ。うちで預かることにしたから。法的処理も既に完了よ。後は任せるわ。」
「はっ。」
「あなたも感じている通り、最近起きている不思議な現象にも関係している子よ。」
「………。」
「その件については近々説明するわ。この子については
「かしこまりました。」
「自己紹介して頂戴。」
少年へ促す。
「小林 烈生です。小学6年生、12歳です。よ、よろしくお願いします!」
そう言ってペコリとお辞儀する烈生。
「私はお嬢様の執事、谷垣と申します。以後、何かあれば私に聞いてください。」
谷垣も静かにお辞儀する。私の客人だと認識しているようね。
だけど、これでは不合格よ。
「谷垣。」
「はっ。」
「子供に接するには、少々堅苦しいわね。」
「申し訳ございません。」
「いいのよ。だけど、もう少し優しくしてやって頂戴。」
「はっ。」
「お姉ちゃん!」
私達の会話に烈生が割り込んできた。何かしら?
「僕の為に谷垣さんを怒らないで。」
「………。」
あの家庭環境から、どうやってこんな風に育ったのか、私には理解出来なかった。
「わかったわ。それと、私の名前は心優よ。
「お姉ちゃんじゃダメ?」
そう言って私の顔を覗き込んできた烈生が、少し愛おしく思えたわ。
「それで良いわ。」
「やった。僕ね、本当は兄弟がいたらいいなって思っていたんだ。」
ニシシと笑う無邪気な少年に癒されたわね。
「谷垣、彼にスマホを買って使い方も指導しなさい。それと、今彼がおかれている状況をしっかり把握させておくように。それと、烈生。」
「なに?」
「何か欲しい物はないかしら?」
私はちょっとお姉ちゃんぶってみた。
「無いよ?」
「遠慮しなくていいのよ?」
「だって、今日はいじめっ子達をイジメちゃったし、お姉ちゃんには色々と助けてもらったし…。これってとってもお金もかかることだよね。これ以上我儘言ったら、僕にバチが当たっちゃうよ。」
私は烈生の純真さにノックアウトされそうになったわ。
「んん~………。谷垣!」
「はっ!」
「私はどうしたら良いのかしら?」
「ほほほほっ。」
「笑い事じゃないわ。」
「今は、彼の望むがままでよろしいかと。」
「あらそう…。わかった。でも、スマホは使い慣れておいて。連絡を取り合ったりするのに必要だから。」
「うん、わかった。」
「じゃぁ、谷垣。後はよろしく。烈生には近いうちに私の仲間を紹介するわ。それと、今日は私と一緒に食事するように。」
「はい!」
彼は元気な返事と共に、これから迎える新しい生活を受け入れようとしていた。
谷垣に手を引かれて退室したわ。
扉が閉まると、ドッと疲れが襲ってきた。
はぁ~。
何だか調子が狂っちゃうわね。何故かしら?
まぁ、取り敢えずは一段落ね。
彼の能力は『
爆弾を作り、任意のタイミングで炸裂させることが出来る。その爆弾は本人にしか見えないわ。
大きさは野球ボール程度が、現状では限界のようね。
まぁ、これ以上強力なのは、ちょっと危険よ。注意が必要ね。
後で、人里離れた場所で色々と試してみましょう。その威力をね。
私の
だけれど、烈生をこれ以上訓練するつもりはないわ。
だってそうでしょう。
強力な爆弾が作れるようになってしまったら、一歩間違えるだけで殺人になるわよ。
私は次に、旧黙示録のメンバーである『破魔矢』と呼ばれるメンバーの確保を始めることにした。資料に目を通す。
名前は『
あら、『破魔矢』が示すように弓道部なのね。
ちなみに、弓道は私も多少はたしなんでいるわ。
能力は矢による遠距離攻撃。弓道の矢を撃つ仕草から、やはり透明の矢を放つ事が出来るわ。この透明の矢が何なのかを探る必要もあるわね。
恐らく護と同系統だとは予想しているわ。
『気』なのか『念』なのかは分からないけれど、得体の知れない物体よね。
遠距離攻撃となると、近づくまで厄介なのだけれど、どうやら真っ直ぐにしか飛ばないようね。
おっと。
多少の誘導が出来る可能性がある…と。
なるほど、これは面倒ね。
見えないうえに誘導までされたら、遠距離から
旧黙示録には非協力的だったようだけれど、まずはその理由から探る必要があるようね。
だってそうでしょう。
同じように私達がやっても失敗する可能性が高いことになるわ。
だったら、その断る理由を埋めておく。
そうすれば彼女だって参加しやすいでしょ。
でも資料には、部活が忙しいような雰囲気を感じ取れるわね。
リアルが大切となると、確かに彼女は異能バトルに参加する意志もないと推測される。
だけどね、今起きている異能バトルは、能力者によるただの闘いではないのよ。
この闘いの延長線上に、狐様とかいうふざけた神様とやらが告げた、何か恐ろしい事が待っているらしいの。
それに、能力者として政府に睨まれた以上、望まぬ闘いから逃げることも避けることも、結局は出来なくなる。
アダムの存在もやっかいだしね。
あっちから接触してきたら、一人でいると危ないかもね。
襲撃、拉致、洗脳…。不穏な空気しか感じないわ。
おっと、忘れるところだった。
今は一応上司がいるんだっけ。
SNSで連絡しておきましょうか。
メンバーが参加しているグループに報告しておく。そうすれば手間が省けるしね。
皇帝『報告よ。爆弾魔の少年は確保せり。こちらで保護する。続報を待て。』
後で返事がくるでしょ。忙しいだろうし。
芽愛『おめでとうございます!ご主人様!』
力音『流石心優タソ~』
疾斗『本当に助けたのかよw』
護『状況はどうだ?何か手伝える事があれば言ってくれ』
仲間からは早速返事があったわね。
それも、想像通りの内容よ。バカ疾斗は草生やしている場合じゃないでしょ。
課長『了解した少佐。引き続き頼むぞ』
おっと、総理からも返事がきたわ。あの人、何だかんだこの状況を楽しんでいるでしょ。
皇帝『課長、ちょっと相談があるのだけれど』
課長『うむ』
皇帝『オペ子の手配を頼むわ』
課長『何だそれは?』
皇帝『オペレーター娘よ。政府の助力を扱える情報集収及び発信役。ハッキリ言えば雑用よ』
課長『予算が取れれば段取りしよう』
皇帝『あと、施設も頼むわ。ココでも良いけれど、第三者を巻き込む可能性もあるわ』
課長『承知した。根回しはすすんでいる。後は旧黙示録の壊滅という吉報を待つばかりだ』
皇帝『わかったわ。次は破魔矢攻略よ』
課長『了解した』
皇帝『次回は遠距離戦になるわ。もしも闘いが起きるようなら声を掛けるので、準備だけはしておいて頂戴。後、芽愛。早速偵察にいくわよ』
芽愛『はい!ご主人様~♡』
さてさて。
早速、破魔矢と名付けられている女子高生の偵察にきたわ。
平々凡々な高校のようだけれど、部活動は盛んなようね。放課後なのにあちこちから熱気のこもった声が響いている。
「ご主人様、写真はありますか?」
芽愛が資料を覗き込む。肩と肩がべっとりくっつくほど擦り寄ってきているわ。
「しっかり見ておきなさい。そして見つけたら即、発動条件を探るのよ。」
「かしこまりました~。」
夕暮れが近づく頃、少しずつ部活を終えた生徒が帰宅の途についていく。
いた。
生徒の塊の中に
「芽愛!」
「………。わかりました。発動条件はウィンクです。」
「あらま。物凄く分かりやすい条件ね。」
「ですね。」
まぁ、これなら対処の方法はいくらでもあるわ。
「谷垣、彼女を付かず離れず尾行しなさい。」
「はっ。」
どうやら彼女の友人と思われる女生徒と一緒に帰るようね。
少し移動したところで気が付いたわ。
「谷垣、車を停めて。」
「はっ。」
「歩いて追いかけるわよ。芽愛、ついてきなさい。」
「はい!ご主人様!」
「谷垣は連絡がある迄、近くで待機していて頂戴。」
「かしこまりました。」
ドアを開け車を降りると、尾行する為に近づいていく。
最初は早歩きをし、背後につくとペースを合わせる。
芽愛に耳打ちする。
(会話から、彼女の状況を把握するわよ。)
(はい。)
私達は少しの緊張を維持しながらも、人生で初めての尾行を開始した。
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