第41話『夕美の想像力』

アダムからの挑戦状が届いた翌日のことでした。

心優ちゃんのプライベートハウスにある会議室に全員が集まったよ。

烈生君は、フカフカの椅子のせいで顔しか見えてないのが、可愛いね。


「課長、始めて頂戴。」

『うむ。今日は緊急TV会議に集まってくれたのは、今何が起きているのかを聞いてもらって対応策を一緒に考えて欲しいからだ。』

そう、昨日のアダムの声明の影響が少しずつ出ているの。


大きなモニターには、いつもテレビで見る首相と、その背後には公安9課の情報担当である理絵さんが映っていた。

理絵さんは肩より少し長いストレートの黒髪に、黒縁メガネをかけていて、OLを絵に書いたような見た目でした。


『まず、少佐の言った通り、行方不明者が急増している。』

「どのくらいなの?」

『昨夜だけで千人を超えた。』

「そ、そんなに…?」

芽愛ちゃんが、思わず驚きの声をあげる。

確かに異常な数字だよね。


『既に一部のマスコミが嗅ぎつけているが、政府から情報規制をかけている。だがしかし、それも長くは続かないだろう。人数が多すぎる。』

「そうね。これから更に増えると予想しているわ。でも、それだけの人数が、どこに集結しているのかも気になるわね。」

相変わらず心優ちゃんは核心をついてくる。

集結場所がアダムの居場所の可能性も高いよね。


『残念ながら場所の特定にはいたっていない。だが、ヒントはある。』

「あら。随分仕事が早いんじゃないの?」

『例の声明の声紋分析が完了している。不思議なことに、耳では聞こえないがデジタルで拾える声があった。その内容を伝える。』

「頼むわ。」


コホンッ

咳払いの後、課長さんはアダムの隠されたメッセージを読み上げた。

『この声が聞こえる、同士達よ。


 今、イメージしている場所へ集合せよ。


 繰り返す、我の元へ集結せよ。


 時は来た。


 我々の世界を共に築こう。


 エデンの園を共に歩もう。


 同士の力を、我は欲している。


 その代償として、己の実力に応じた地位を与えよう。


 強い者は更に上の地位を与えよう。


 力こそが全ての世界へようこそ。


 我が導こう


 ラスト ヘブンへ』


『以上が内容だが、残念ながら場所が特定出来なかった。』


心優ちゃんはニヤニヤしていた。

「ちょっと興味があるわ。『ラスト ヘブン最後の天国』にね。」

『冗談は勘弁していただきたい。』

「分かっているわよ。」


「中二病全開だお。」

「そうね。いい趣味しているわ。でも、強敵よ。」

「文章からは強敵だとは思えないお。」

「力音もそろそろ先を読むようにした方が良いわ。」

「どういうこと?」


力音さん以外の人だって理解出来ないよ。

勿論私も、分かるわけがない。

まるで自分が最強だと夢見る男の子が書くような文章だもん。

「『強い能力者かどうかは、常識を打ち破れるかどうか』ってのは吹雪の言葉だったわね。」

「そうだな。」

護さんが答える。

「それはつまり、想像力とも言えると思うのよね。」

「あぁ…、なるほどな…。」

彼は何か気付いたみたい。

いったい何のことなの?


「中二病で妄想全開の人ほど、常識を簡単に打ち破ってくるわ。日常的にね。後はその妄想に能力を近づけるだけ。」

「そんな馬鹿な…。」

疾斗君が呆れている。

まぁ、気持ちはわからなくもないけれど、能力粒子アビリティ・パーティクルだって心優ちゃんの妄想から発覚したし、教科書通りの戦いが通用しなかった私達はちょっとだけ実感出来るかも。


『うむ。我々も少佐からのレポートを拝読して、正直驚愕している。だが、私には少し理解出来てしまった。想像力が能力者としての力量を示すという結果にな。』

首相さんは、今でもマンガを読むみたいだし、その空想の世界を現実に変えてしまう能力という仕組みが、素直に共感出来たみたいだね。

私も理解は出来ても、納得は出来なかった。

でも、それで良いと心優ちゃんは言うの。


「話は簡単よ。アダムの想像力よりも、私達が上をいけばいいのよ。」

「妄想で心優タソに勝つには、相当な人じゃないと無理だね。」

「でも油断は出来ないわ。アダムの素性すら分かっていないのだから。」

「御意!」

『御意』って即答出来るのって、1つの才能だよね…。


「状況が状況なだけに、まぁ、場所は直に分かるでしょ。」

『そうなるな。どこかの建物に千人単位で集結すれば目立つからな。』

「そうね。だけど、1つだけ朗報があるわ。」

『聞かせてもうらおう。』

「うちのメンバーの一人が術にかかったけれど、その催眠術を解除することは出来たわ。」

『なんと!』

「つまり、多くの人は救うことが出来る。」

『全員じゃないと?』


心優ちゃんは、少し悲しそうな顔をした。

「残念ながら、術にかかっていなくてもアダムに付く側の人もいるってことよ。」

『あぁ…。なるほど…。』

「そうした人の方がやっかいだわ。」

『そうだな…。この件については、超法規的措置も検討している。』

「あらそう。」


超法規的措置という言葉に、彼女は無関心のように見えた。

けれど、無関心の理由を理解してしまった。


相手を殺してしまっても罪に問わないという意味だと分かってしまったから。


「まさか課長は、だから本気で殺してこいって言うわけじゃぁないわよね?」

『勿論だ。勘違いしないで欲しい。確保し更生する。それこそが法治国家であると言えるはずだ。』

「そうね。もちろんハードルが上がることは理解しているわ。だけど、もしも殺してでも止めなければならない時は、そっちで勝手にやって頂戴。私達は殺人集団じゃないの。」

「承知した。警察はともかく、自衛隊や特殊部隊が動いた場合は、そこも視野に入る。理解しておいてくれたまえ。」

「わかったわ。」


政府は能力者を抹殺したがっている可能性があると思ってしまった。

どさくさに紛れて、私達も…。

そう思った時、まるで私の心を読んでいたかのように心優ちゃんが補足してくれた。

「課長。言っておくけれど、私達に銃を向けるなら日本の未来賭けてかかってきなさい。」

『よしてくれ少佐…。その言葉が脅しじゃないということも含めて理解しているつもりだ。』


そうだよね。

私達が、例えば他の国に渡り、能力を売り込んだとしたら…。

世界はその国を中心にして回るほどの意味を持っているかも。

敵対する国の主導者は次々と消え、軍隊も武器も意味をもたず、それはある意味平和なのかもね…。

なんて、無駄な思慮を巡らせてしまった。


それに心優ちゃんは、日本経済の一翼を担う、経済界で決して無視できない存在、時時雨財閥の一人娘。

彼女に何かあった場合、それが政府絡みなんて直ぐにバレちゃうと思う。

そうなった時、彼女のお父さん、つまり財閥の社長はどう動くかしらね…。

良い結果にはならないでしょうね。

それこそ、言葉遊びではなく、天文学的数字の損失を、長い未来の間、日本は背負うことになるでしょうね。


そういう意味では、黙示録アポカリプスという組織自体が、日本の強みであり、弱点でもある。

そのリーダーが心優ちゃんだったというのは、もはや運命としか言いようがない。

彼女を超える適任者はいないからね。

まさしく皇帝エンペラーだと思ってしまった。


「課長。場所が特定でき次第、こちらにも連絡を頂戴。怪しい段階でもよ。」

『分かった。必ず連絡させよう。』

「それと、出来るだけ時間稼ぎはして欲しいわ。」

『その意図は?』

「昨日提出したレポートにもあるように、能力についていくつか分かったことがあるわ。それを全員に理解してもらい習得してもらう。その為の時間が欲しいの。」

『うむ。報告書にもあったように、敵もその辺は周知しているという見解だったな。』

「そうよ。」


『承知した。情報についてはマスコミ発表よりも先に届けることを約束しよう。』

「課長、素早い情報伝達が鍵を握っているわ。」

『勿論理解している。では、頼んだぞ、少佐。もはや君達は日本の未来を握っていると言っても過言ではない存在だ。どうか…、どうか日本を…。』

総理大臣という日本の最高権力者が、深々と頭を下げていた。

『日本を救ってくれ…。』

心優ちゃんは、今までに見たこともない程の真剣な表情で答えた。

「任せない!私を誰だと思っているの!」

そして映像が切れる。


自分がかなり緊張している事に気が付いたよ。

いつの間にか、日本の未来を背負うとか、想像もしていなかったし、覚悟すら出来ていない。

だけど自分よりも年下のはずの心優ちゃんは、キリッとした表情で私達を見渡す。

その姿は、まるで自分にはこの戦いを勝利する為のビジョンが、ハッキリと見えているとでも言いたげだった。


「聞いた通りよ。どこまで私達を信用しているかは分からないけれど、最後の言葉だけは本音だったわ。」

「よくわかるなー。」

疾斗君が関心していた。

「自分で何とか出来る状況ならば、最後の言葉は必要ないからね。」

「あぁ、なるほどね…。」

私も納得しちゃった。


「さて、これからの段取りだけれど、まずは全員このアジトに住むこと。」

「そうだな。この前みたいに各個撃破を仕掛けられたら辛いからな。」

護さんの意見だね。

確かにそうかも。

「登下校については、グループを組んで極力仲間といる時間を増やしましょ。」

「おぉ~!」

早速力音さんが喜んでいた。

同じ趣味の心優ちゃんと長くいられるのが、単純に嬉しそうに見える。


「遊びじゃないのよ!」

「わ、分かっているよぉ。」

早速釘を刺されてる。

「元々一人暮らしの護や力音と、ここに住んでいる烈生は良いとして、芽愛と疾斗と夕美には家族の同意が必要ね。」


「ご主人様、私のところは問題ありません。むしろ帰ってこなくて良いから、良好な関係を作ってこいと父からは言われています。」

芽愛ちゃんからだ。

財閥同士ってのもあるしね。

時時雨財閥との接点が増えるなら、それはイコールでビジネスチャンスも増えることになるということかもね。


「あぁ、俺んちも問題ねぇ。」

疾斗君からね。

「でも、暫くは友達の家にいると伝えておいて頂戴。」

「必要ないぞ?」

「駄目よ。ケジメよ、ケジメ。」

「へいへい。」


「問題は夕美のところね。」

「うーん。相談してみる。」

「弓道の合宿とでも言ってみなさいよ。」

「まぁ、そのへんが無難かなぁ。」

「バックアップはするわ。何か必要なら言って頂戴。」

「うん、ありがとうね。」


心優ちゃんはいつも私の家族の事まで気にしてくれている。

凄く助かるし、凄く嬉しい。

マンガやアニメのように、長期間家に帰らなくても問題ないわけないからね。

誰だって心配するし、そういった気遣いをしなかったせいで皆との関係が崩れるのだけは避けたいかな。

だから気にしてくれて助かるよ。


谷垣さんが運転する小型のバスに揺られて、全員の家をまわることになったよ。

必要な物、例えば服や貴重品なんかを取りに帰るの。

それと同時に家族への説明なんかもしておく。


アジトに戻ってきたのは、夕方近くだった。

荷物整理の後は夕食を済ませ、その後は全員でトレーニング方法なんかについて色々と試してみることになったよ。


「まずは能力粒子アビリティ・パーティクル散布の方法からね。」

すると、病室で感じたような、まるで心優ちゃんを身近に感じる空気のような物に触れている気がした。

「能力というのは、結局この粒子をどう操るかにかかっているわ。で、それが何なのかってことなんだけど、恐らく人によって感じ方が違うはず。後はイメージが大切よ。自分が能力を発動する時の状況を、よく思い出して。それは空気なのか煙なのか水なのか…。」


私は矢を出現させる。

この矢は自分にしか見えない。

目の前に持ってきて間近で見てみることにする。

本物の矢は当然硬いのだけれど、能力で作られた矢は、何かモヤッとした物のような気がした。

霧…?

いや、煙の方が近いかも。


「取り敢えずでいいわ。イメージ出来た物体で、その力を周囲にばらまくの。」

うーん。

では言葉通り、取り敢えず煙をイメージしてみる。

さっき作った矢は、ユラユラと揺れだしそのまま煙の状態になる。

手の平の上には煙が雲のように浮いているよ。


私は新しい自分を見つけたような気がして、ちょっと嬉しかった。

「もしも何か出来たら、色んな形を作ってみなさい。」

心優ちゃんからのアドバイスを素直に聞くことにする。

迷ったり疑ったりしちゃ駄目。

どんどん空想の世界を広げるの。


私は、手の平の雲のような煙を、大好きなクマのぬいぐるみの形のイメージを送り込んでみた。

すると、あっという間に同じ形になる。

何だか楽しくなってきた。


今度は、いっつもエサだけ貰ってさっさと帰っちゃう野良猫ちゃんを思い浮かべる。

白地に黒の大きな斑点が顔になって、あだ名は猫なのにパンダちゃん。

パンダちゃんを思い浮かべると、クマのぬいぐるみから、猫の形にフワッと変わった。

いつもノシノシと歩くパンダちゃんを想像しただけで、煙で出来た猫が手の平で同じ動作をしていく。


「フフフ…。」

思わず笑みがこぼれたよ。

そのパンダちゃんを、トレーニングルームいっぱいの大きさに広げ、そのままの勢いで部屋中に煙を拡散していく。


「あら?もう夕美は習得したの?」

「そうみたい!ニシシッ。」


これが能力の源、これが本当の能力…。

これなら…。

確かに想像力が豊富な人ほど何でも可能にしてしまう。

『強い能力者かどうかは、常識をどううちやぶるかで決まる。』

この言葉を、ようやく受け入れられることが出来たと同時に、これからやることが一気に増えたと実感する夜となった。

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