第40話『力音の愛する皇帝』

あれ?

烈生君の様子がおかしいお?


「烈生!」

心優タソの問いかけにも答えず、真っ直ぐゆっくり出口に向かっていく烈生君は、まるで操られているようにも見えた。

意志がないというか、自我がないというか、兎に角そんな感じだお。


「護!爆弾を持ち出したら全力で封じ込めなさい!」

「分かった!」

護さんが絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールを展開し始めた。

「力音!力尽くで止めなさい!」

「御意!」

僕も至高の破滅モエ・スプレマシーを発動する。


ガシッ!

烈生君を捕まえる。

彼は何にも躊躇せず、誰にも反応せず、ただ何処かへ行こうとしていた。

「催眠術の類ね…。」


心優タソは真顔で、僕と烈生君のところに来た。

そして、おもむろに烈生君のほっぺたを平手打ちした。

僕にご褒美は?じゃなかった。

そんな場合じゃない。

バシンッ!

「烈生!しっかりしなさい!」


彼は、ゆっくりと虚ろな目で心優タソの方を向いた。

アニメで言うところの、ハイライトが消えた目だった。


「あなたは何の為に闘っているの!誰の為に戦うと誓ったの!!しっかりしなさい!!!」

そう心優タソが叫び、ギューッと烈生君を抱きしめた。

彼は何処かへ行こうとしていた足を止めた。


「闘う…。誓う…。」

彼の目に精気が宿る。

「あ…、あれ?お、お姉ちゃん…?」

彼の言葉に心優タソはガバッと顔を上げた。

烈生君の顔を覗き込む。


「自分の名前を言ってみなさい!」

「ぼ…、僕は…。」

まるで寝ぼけていた頭が覚めたように、正気に戻っていくのが僕にも理解出来たよ。

「僕は、小林 烈生…。あれ?僕…、どうしてお姉ちゃんに抱きつかれているの?」


短い時間であったけれど、烈生君は何も覚えていなかった。

「良かったわ…。皆も聞いて頂戴。」

彼女はベッドの方にいる仲間に向かって説明を始めたお。


「さっきの動画は、催眠術が仕込まれていたわ。恐らく最後の方のお経のような部分だと思うけど確信はないよ。私はアレを聞いて胸騒ぎがしたわ。何か感じた人もいるんじゃないかしら?」

「俺も違和感を感じた。」

護さんが同意する。

「実は僕も、意識が遠のいていくというか、そんな感じだったお。」

自分も違和感が感じていたことを伝えた。

他の人もほとんど同意していたね。


「谷垣、あなたはどうだったかしら?」

「わたくしめは何も感じませんでした。」

「やっぱりね。」

「心優タソ、何が『やっぱり』なの?」

「さっきの催眠術は、能力者だけにかかる仕組みなのよ。」

「そんな事が可能なの…?」


「事実そうだったしね。特定の相手にかける事が可能なのかも。アダムの能力が催眠術だとすると…。これはちょっと一筋縄ではいかないわ…。かなり…、いえ、とんでもない強敵となりえるわ。」

心優タソは俯き加減で、そう言ってきた。

「つまり…、どういうことだってばよ…。」

「3つの問題点があるわ。」

「み、3つも?」


僕は単純に驚いた。

催眠術ってだけで、そんなに問題がある?

術にかからなければ問題ないような気がするお。


「まず1つ。今の烈生のように、仲間が術にかかってしまうこと。」

「そうだな。そうなると、こっちの戦力ダウンにもつながっちゃうな。」

疾斗君の意見だけど、確かにそうだね。

「そう。それに同士討ちをしなくてはならない可能性もあるわね。」

「………。」


それだけは避けたいと、誰の顔にも書いてあるお…。

「2つめ。アダムの催眠術が、どうやってかけられているか分かっていないこと。」

僕は、と言うより誰もが心優タソの言葉に疑問を抱いたはず。

「心優ちゃん。さっきの動画だと、最後のお経みたいな変な言葉がそうなんじゃないの?」

「本当にそうかしら?」

夕美ちゃんの言葉に、心優タソは同意しなかった。


「私の予想では、動画自体に問題は無いと思っているわ。デジタル媒体に能力を乗せるって事は、不可能だと思うの。」

「そうだな。能力はあくまでも人体によって操られるからな。」

護さんの言葉だけど、確かにそうだお。


「なので、アダムの場合は『声』が能力の源なのよ。」

「こ、声が?」

「そうなるわ。と言うか、ソレしか無いわ。画面は真っ黒だったしね。一応確認しておきましょうか。」


そう言うと、三度課長に連絡する。

「課長、動画の削除は終わったかしら?」

『うむ。問題ない。政府権限で無理やり削除させた。だが、被害の拡大がどれほどのものか把握していない。』

「直に事件になるはずよ。さっきの動画は、能力者だけにかかる催眠術が仕込まれていたようね。行方不明者が続々出る可能性もあるわ。」

『そ、そんな事が可能なのか?それに…、そんなに能力者が居るのか?少佐、これは確かな情報か?』


「能力と呼んでいいかどうか程度の弱い力の人達は沢山いたのよ。そう言った人も催眠術にかかったとしたら、多数の被害者が出る事になるわ。」

『そ、そうか…。分かった。今のうちから対応を検討しておこう。それと、あまりにも被害が大きくマスコミからの追求も激しくなる場合は、能力について発表することも視野に入れる。君達も覚悟はしておいてくれたまえ。』

「そうね。でも、表舞台には出ないわよ。」

『勿論だ。』


「それと、オペ子に異常はないかしら?」

『うむ。彼女は今も情報収集に勤しんでいる。』

「完全に能力者では無かった訳ね。」

『あぁ…。催眠術にかかっていないからか。』

「そうよ。では、オペ子にさっきの動画をコマ送りで確認させて頂戴。サブリミナル効果があったかどうかの検証よ。」


『なんと…。少佐は画像でも能力を発揮すると予想しているのか?』

「念の為よ。私達の見解では、声が問題なはずよ。」

『うむ…。では声紋解析もさせておこう。』

「頼もしいわ。」

『このぐらいしか手伝えないが…。』

「十分よ。こちらは様子を見つつ、対アダム戦の準備を始めるわ。それと、さっき言ったいたレポートも今晩中に送っておくわ。」

『承知した。すまない、頼りっぱなしで…。検討を祈る。』


電話を切ると、心優タソは短く溜息をついた。

「ということで、声だと仮定して話をすすめると、本当にお経部分が催眠術がかけられていたのかは確定していないわ。アダムの肉声自体に能力が込められていた場合、あいつと会話しただけで術に陥ることになる。その場合、どうやって防いで良いか分からないわね。」

「それは問題です…。声だけだと、能力かどうか見極められる自信がないです…。」

芽愛ちゃんからの言葉だ。

「見極める前に、術のかかった声を聞いてしまう事も考えられるわね…。」

こうなると、テレビやラジオをジャックして、無理やり催眠術入りの音声を無差別に流す方法を取られる可能性もあるお…。


その場合…。

ゴクリ…。

確かに大問題だお…。


「そして3つめの問題点。それは、催眠術にかかった一般人とも戦わなくてはならない可能性があるってことよ。」

「!!」

「そうなった場合は、アダムは彼らを肉壁として機能させるでしょうね。」

「まさか…。」

僕は驚愕した。


そんな事をされたら、僕達は勿論、政府主導の自衛隊や警官、特殊部隊と言った人達も攻撃することが出来なくなる…。

「まったく…。とんでもなくやっかいな相手ね。」


「心優タソ…。これからどうしたら…。」

彼女は両手を腰に当てて宣言した。

「これから、対アダム戦に向けての最終会議を開始する!」

「おぉ~。」


「まず現状の整理から…。」

心優タソは敵の陣営から説明を始めたお。

「アダム陣営は、まずアダムの能力が『催眠術』、ブリザードの吹雪が恐らく『氷』、山の不動が『地』、内海が『銃弾』、疾斗の友達の刀真が『水』、その他にも『火』と『風』が確認されているわ。」

「多いね…。」

夕美ちゃんの素直な感想だ。


「倒した能力者として、『圧縮』ってのもいたわね。まだいる可能性はあるし、これだけ色んな能力があると、個々に対応するのは難しいわ。だから、どんな相手でも対応出来るよう訓練する。」

「俺がやったみたいにか?」

疾斗君からだ。彼はコップに入った水を使って訓練したと聞いたお。


「具体的にはそんな感じね。まずは、これまでで分かった能力の特性についてまとめるわ。」

護さんと疾斗君が来る前に話していた内容かな?


「まずは能力粒子アビリティ・パーティクルから。」

「何だそれは?」

護さんが注意深く質問してきた。

「まず能力は、源となる『何か』が存在するわ。それを能力粒子アビリティ・パーティクルと名付けたの。この粒子を操って、護なら『壁』を展開し、疾斗なら足に粒子を集めて瞬間移動が出来る。何となくでも良いわ。理解出来るかしら?」

「うむ。俺は問題ない。」

「俺は訓練しているしな。ちょっとずつ身近に感じているぜ。」

護さんも疾斗君も大丈夫なようだね。


「そしてこの粒子は、周囲に散布することが出来るの。散布された粒子に触れられることによって、自分以外の能力者の存在を感じ取ったり、相手の能力そのものを認識出来るようになる。」

「私はそれで矢を防がれたようです。」

芽愛ちゃん以外は驚いていたお。

情熱的な突撃パッション・ラッシュは見えないからこそ、その存在感を高める事が出来ていたからね。


「粒子を直接操る系の夕美、護、烈生は、粒子が散布されている状態で、どう闘うか検討する必要があるわ。存在が分かれば対処されやすくなるから。」

「でも…。具体的にどうしたら良いか…。」

夕美ちゃんは、情熱的な突撃パッション・ラッシュが防がれたのが相当ショックだったみたい。

弓道もやっているから、余計に悩ましいかもね。


「何度も言うけれど、枠や型といった常識に囚われちゃ駄目よ。能力なんて何でもアリなんだから。常識をどう打ち破るかで、能力は激変する。」

「おいおい…。吹雪がまったく同じ事を言っていたぞ。」

護さんが驚いていた。


「あらそう…。じゃぁ、間違ってはないわね。例えば夕美や烈生の遠距離系なら、同時に最低3個は操れるようにしなさい。」

「3個も?」

烈生君が純粋な眼差しで心優タソを見上げる。


「そうよ、烈生。2個だと右手と左手で防がれちゃう。けれど、3個なら足で蹴るか逃げるしかない。だけど、大きなスキが出来るはずよ。」

「あぁ…。なるほど…。」

夕美ちゃんは納得した、というか、実感しているかも。

烈生君は「うん、分かった!」と、大雑把に把握だけはしたみたい。


「近距離系だって有利になるわ。相手がどんな能力をどこから出すのか、視覚よりも早く理解出来るようになるから。」

ゴクリ…。

たったコレだけでも、常識では考えられない世界だお…。


「粒子の次は属性ね。」

「属性?」

疾斗君が、相変わらず間抜けな表情で聞き返していた。


「そう、属性。例えば疾斗。あなたが水で刀や棒を作ったのは水よね?それは水属性という事になるわ。」

「それが何か関係あるのか?」

「相性がある可能性があるわ。」

「相性?」

「よくゲームなんかで、水属性は火属性に強いとかいう設定があるでしょ。ソレよ、ソレ。」

「マジで…?」

「まだ可能性の段階だわ。取り敢えず属性は、最低1つは覚えて頂戴。」

「いくつも覚えられるのか?」

「さっき言ったでしょ。常識に囚われちゃ駄目よ。」


「でも、同じ属性が仲間内で被ると、相手の属性と相性が良ければいいですけれど、悪かった場合大打撃になってしまいますね…。」

芽愛ちゃんからの意見だ。

確かにそうだね。


「そうね。じゃぁ、私が独断と偏見で決めるわ。意見があったら言って頂戴。」

「分かったお。」

僕は代表して答えた。


「じゃぁ、まず力音。あなたは火属性を覚えなさい。」

「御意!」

火属性か…。ゲームでは定番だし、アニメでも良いポジションだお。

だけれど、それだけ重要だということにもなるお…。


「疾斗、あなたは水属性ね。」

「おう!特訓もしているしな。その方が助かる。」

「護は地属性ね。」

「了解だ。」

「夕美は風属性よ。」

「はーい。」


「烈生は…。」

心優タソはちょっと迷っているようにも見えたお。

「全部覚えなさい。」

「うん!やってみる!」

僕は驚いた。あまりにも難題だと思ったから。


「心優タソ…。」

「皆の言いたい事は理解しているつもりよ。だけどね、烈生の爆弾という特性上、その爆弾のバリエーションが多ければ多いほど、二次曲線的に有利になるわ。これは烈生にとって1つの試練になるわ…。出来る?」

「僕やるよ!んーん、やらなきゃいけないんだ。」

「………。まずは疾斗から水属性について教わりなさい。」

「はい!疾斗お兄ちゃん、お願いします!」

「おう!任せとけ!」

二人は案外気が合うのか、烈生君もよく懐いているように見えたお。


「ご主人様、私はどうしましょうか?」

「芽愛は光属性よ。」

「?」

「圧縮野郎との戦いで、閃光を起こせた。こうした光関係から初めてみましょ。そこから…、そうね、幻覚や幻影といった撹乱系を試してみましょ。やっているうちに、まだまだ可能性はあると思うわ。」

「分かりました!やってみます!」

「頼んだわよ。」


「ところで、ご主人様はどうするのですか?」

心優タソはニヤリと笑った。


「私はコレよ!」

バチバチバチバチッ!

突如、彼女の周囲に小さな稲妻が炸裂する。

「皇帝らしく、稲妻属性といくわよ!」

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