第48話『矛と盾』
目の前には、腕組をして待ち構えていた不動がいる。
彼は僕との再戦を心待ちにしていたように見えた。
「力音とやら、今度は誰にも邪魔される事無く勝負をつけようじゃないか。」
「ストーカー?男には興味ないお?」
軽く煽ってみたけれど、慣れないことはするもんじゃないね。
だって彼はノーダメージっぽい。
僕はどちらかと言うと小細工はしない方がいい。
性に合ってないんだよ。
とりあえず、勝負が始まる前に、冷静にこの戦いを分析しておく。
まずは彼の能力から。
「動かない」と言うのが能力だ。
これだけ聞けば、無視すれば済む相手でもあるよね。
だけれど、避けられない状況をアダムによって作られた。
そして「動かない」という能力の反動から、「硬い」というサブ効果が備わっている。
僕はこれらを、
ただし、速度に関しては僕の方が有利なようだ。
彼は防御力を得る替わりに、スピードは捨てているようなものだから。
そして属性。
彼はどうみても土属性。
それは心優タソの電撃攻撃が、まったく通用しなかった事からも確定している。
地面にアースされているから、電撃が効かなかったってことだね。
僕は火属性を重点的に…、いや、火属性のみ鍛えてきた。
属性の相性は、『水は火に強い』という原理で図式にまとめると『火>水>土>風>火』となっているから、火と土では相性の良し悪しはない。
体格は似ている。
リアルな力勝負なら僕に少しだけ軍配が上がるかもしれない程度。
つまり誤差の範疇。
もしも彼が格闘技系を学んでいたなら、それは僕が不利な事を意味している。
体は鍛えてきたけれど、格闘技系は最近かじった程度だし。
この勝負を例えるなら、僕が最強の矛なら、彼は最強の盾となる。
『矛盾』の語源にもなった状況とも言えた。
最強の攻撃力と最強の防御力との戦い。
こうやって考えると、どっちに転ぶかは予想すら立てるのが難しいかもね。
だけど、これだけは言える。
負ける訳にはいかない。
何としてでも心優タソや仲間達と合流するんだ。
そしてアダムの暴走を止める!
でも…。
何というか、個人的にはアダムに固執してないんだよね。
とんでもない事をしようとしているのは理解しているつもりだお。
だけど、上手く言えないけれど、アニメかマンガを読んでいる気分なんだ、多分。
観客視点で、第三者思考な状態。
そのせいでリアルに感じられない。
それでも僕は気が付いている。
まるで二次元に迷い込んだかのような感触が、最高に興奮するけれど、最高に危険な思考だということに。
だって、自分の命がかかっているんだから。
画面の中のキャラクターが死ぬんじゃないんだ。
自分が死ぬんだ。
第三者目線で考えていては、簡単に死を受け入れてしまう可能性すらある。
気を付けなくっちゃ…。
自分の為にも、仲間の為にも、そして心優タソが悲しむことだけはしないって決めているんだ。
僕を根本から救ってくれた彼女の為に。
「この不動。動かざること山のごとしを体現してみせる。もしも動かす事が出来たなら、それはもうお前に勝てない事を意味する。」
「そんな不利な状況なんかで戦う訳ないでしょ。」
「………。」
彼は前回の状況での再戦を望んでいるように見えた。
「動かない」って事に関しては、最も自信を持っているんだと思う。
僕はその状況で戦わず、「硬い」って方だけに集中して崩して戦いたい。
それに、彼の属性攻撃の土属性から予測すると、土を撒き散らし目眩ましをしたり、地響きで足場を悪くしたり、岩があればそれで攻撃してきたりと、どれもこれも物理的な方法になると思う。
だけど僕は火を扱う事に特化させてきた。
火は熱いという先入観を利用したフェイントや、熱量を利用した戦い方が取れる。
物理的というよりは精神的、潜在的な感覚として熱いという感覚を利用する方法を取る事が出来る。
熱さは精神的にもダメージを与えられるってことだね。
痛いだけじゃない。
彼は苛ついている様子が見て取れる。
力勝負をしたいのだろうというのも、言動からも理解出来るお。
でも、よく観察してみると、自分の有利な条件で戦いたいというよりは、単純に力勝負がしたいようにも見えた。
拘りってやつだね。
まぁ、僕には関係ないし、苛ついて雑に闘ってくれた方が、増々有利になることは明白。
まずは
「力音…。お前は自分の限界に挑戦したくないのか?力勝負とは、男のロマンだろ?」
「いや?別に?」
「………。」
露骨に呆れた顔をする不動。
「ならば問おう!どうすれば力勝負に応じてくれるのかを!」
「無いよ?」
「………。」
今度は露骨に苛ついていた。
ちょっと単純すぎやしないですかねぇ…。
「仕方あるまい。強引にでも力勝負をさせてもらう。」
「どうかな?」
僕は集中力を高める。
疾斗君が訓練でやっていたように、自分の属性の物質があれば楽に再現出来るし、補充も可能なのは解明済みだ。
だけど、『火』の場合はそうもいかない。
燃やすということは、案外非現実的だよね。
極端な例では火事ということだし、身近な例ではコンロの火程度。
まぁ、どちらも現実的ではないね。
ライターという選択肢もあるけれど、屋外だと風に吹かれて中々着火しないなんて場合を想定すると、使い勝手が悪い。
確実な方法を確立しておく必要があったってこと。
行き着いた結論は、ゼロから火を作る。
火のエネルギーとなる酸素は空中に豊富にある。
媒体は
つまり紙や木材といった火が起こる土台の代わりに使ってみた。
後は着火装置。
これも
なるほどって思った。
アニメで極自然に火を起こせる場面の程度には再現出来るようになったから。
やはり原理をしっておくってのは、戦いにも、アニメを見る時にも役に立つ。
「ウォォォォォォォオオオオオオオオ!!!」
僕は叫びながら右手人差し指を立てた手首を左手で握り、苦しそうに叫んでみる。
不動は腰を落として警戒する。
ポッ…
人差し指の先には、小さなロウソク程度の火がともる。
「………。お主、その小さな火で何をしようと言うのだ?」
「ハァ…、ハァ…。やって、みなくちゃ…、わからない…、だろう?」
僕は苦しそうな演技をしている。
彼にはようやく使えるようになった火属性攻撃だと認識させておく。
不動がニヤッと笑った瞬間…。
僕は大きく仰け反りながら息を思いっきり吸い込み、そして盛大に吹き出した。
ブォォォォォオオオオォォオオオオ!!!
まるで火炎放射の如く、灼熱の炎が不動を襲う。
彼は床の石のタイルを1枚浮かすと盾のようにしたけれど、タイルはそのままに自身は逃げる。
ドンッ!!!
タイルは炎に触れた途端、粉々に砕けて撃ち抜かれたいた。
もしも彼が盾を過信していたなら、丸焦げになって勝負はついていたかも知れないほど。
「なるほど。貴様には貴様の戦い方があるということか。」
「当然でしょ。」
不動は次々に石のタイルを空中に浮かす。
それらを幾重にも重ねていき、見た目にも強固な盾を前面に浮かせていた。
なるほどね。
さっきの攻撃で僕の攻撃力を見積もって、それに耐えうる盾を作ったってことだ。
多分能力によって更に強度は増しているだろう。
そして、右足を大きく上げて地面を強打する。
ドンッ!!!
!?
予想以上に砕かれた石のタイルが粉々になると、それらが弾丸のようにぶっ飛んできた!
これはヤバイお!!
速度も威力もあるお!!
一瞬でそこまで読み取れたのは
考えるよりも先に行動に移した。
僕は右拳に炎を纏わせると、そのまま右上から左下へ振り下ろす!
ブォォオオオン!
右手の炎が空間ごと燃やし尽くした。
炎に触れてなくても高温で蒸発する。
飛んできたタイルの破片達は、一瞬にして燃えきってしまう。
「それがお主の本気か!」
不動がニヤリと笑うと同時に、彼の前面に浮遊する盾が更に強化されていく。
「それはどうかな?」
一生に一度は言ってみたいセリフ、トップ10に入る言葉を告げる。
「なにぃ…?」
間一髪入れず、左拳にも炎を纏わせる。
僕の周囲は熱気で空間が揺らいでいたお。
驚く不動に目もくれず、彼が作り上げた盾を、握った両拳を思いっきり振り上げてから、勢い良く振り下ろし殴りつける。
ドッッッ!!!
簡単に砕くことに成功する。
握りを解き、渾身の右ストレートを放つ。
「この瞬間を待っていた!」
!?
不動は僕の拳を握り、そのまま床のタイルを集結させ炎を押さえ込む。
僕の拳ごと包んでいく…。
しまった!
これでは酸素の供給が出来ない。
こうなっては仕方ないお…。
僕は左手も高々と上げて、力勝負を誘う。
「最初からこうすれば良かったのだ。俺を動かしてみろ!力音!」
「そういう熱苦しいのは流行らないお?」
冗談を言いながらも一気にギアを上げていく。
両腕に能力を集中させ、濃度をガンガン上げていく。
だけど手だけに集中しすぎては駄目だ。
手を支える体や足にも注意し、バランスを取っていく。
不動の方は、「動かない」こと自体が能力だからか、まったく動かせないと思うほど安定していた。
「どうした力音?その程度か?」
相手の挑発には乗らない。
こういう時は、冷静に対処しなくてはならない。
物理攻撃が不可能なら、精神攻撃をしかけるお。
「不動ともあろう者が、アダムなんかに加担しやがって…。」
映画やアニメで言いそうなセリフをチョイスしてみた。
彼は一瞬顔が曇ると、僕はほんの少しだけ押し返す事に成功した。
やはり精神攻撃は有効だ。
「あいつは俺の価値を見出した、唯一の人物だからだ。」
そう彼は言った。
価値を見出した?
それって能力のことだよね?
「こんな限定的な場面でしか通用しない能力、全然怖く無いお!」
「そんなの関係ない!!!」
突然の大声の反論と同時に、彼の能力濃度が上がったのが分かった。
不動は言葉を続けた。
「俺の父はクソ野郎で両親は早々に離婚し、母は一人で育ててくれた。」
僕は静かに話を聞く。
「家は貧乏で、働きながら夜間学校へ行った。」
「………。」
「だが就活は全滅、結局アルバイトや派遣社員で食いつないできた。」
更に不動の力が強まる。
「その間、誰も手を差し伸べてはくれなかった。親戚も友人も役所も!」
僕の方が押されようとしていた。
動かないはずの不動が前進しようとしているお…。
こればヤバイ…。
「結局悪いのは社会だ!貧困の差は広がるばかりで、不幸にして貧乏になった奴にはチャンスすらない!だが!アダムは違った!」
グググッ…。
このままでは…。
「あいつは俺にチャンスをくれた!社会を根本的に変えると言った!」
「そうかな?ただ不動を利用しているようにしか聞こえないけど?」
僕の言葉に不動は怒りの形相を見せる。
「貴様は裕福だから理解出来ないんだ!」
「そんなことはない!」
体に力が巡る。
「僕はオタクで社会からはハミ出し者だった。それこそ誰の協力者も共感者もいなかった。親からも見放され、コミュ力もないし就活は絶望的だった。」
「そうだろう!悪いのは社会だ!」
「それは違う!」
不動が押そうとしていた力を相殺する。
「僕は変わったんだ!変わろうと努力し続ける限り見放さないと言ってくれた人がいた!」
「そんな幸運は誰にも来ない!」
「いいや違う!変わろうとする努力こそ重要なんだ!その姿にこそ共感してくれるし、協力しようと手を差し伸べてくれるんだ!君は努力したのかい?」
「したさ!働きながら夜間学校で…。」
「家庭の事情で同じ境遇の人は沢山いたでしょ?」
「………。」
「その前の、義務教育期間中に努力はしたかい?貧乏からのし上がるには勉強頑張るしかないじゃん。したの?努力を…。」
僕の力を辛うじて押さえている不動。
「高校や働きだしてからも、何か努力したの?不遇に流されて、嘆き、憎むだけだったんでしょ?全部社会なんて目に見えない奴のせいにして、責任もソレに押し付けて、結局自分から変わろうと努力しなかった。それだけの話しでしょ。」
「貴様…。」
「お涙頂戴で同情して欲しいの?」
「お前からは俺と同じ匂いがした!だから…。」
「だから共感して貰えると思ったの?どうせグレて暴れてただけなんでしょ。その時間が勿体無いし、無駄だったし、そこから普通になったからって誰も褒めてなんかくれないよ?誰かに酷い迷惑かけないで普通に生活している人が当たり前の世の中なんだから。」
「力音!!!」
彼に再び力が宿る。
「甘ったれるな不動!!!」
僕も押し返す。
「結局お前は恵まれていただけだ!」
「その恵は、変わろうと努力したから巡ってきたんだ!」
「!!!」
「全て他人のせいにして何もしなかった不動に巡ってくるわけないだろ!!!」
「ふ…、ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
ドンッッッ!!!
突如不動の能力濃度が上がる。
こ…、これは…。
まさか…。
「俺にチャンスを恵んでくれたのはアダムだけだ!俺はあいつの指示に従う!!!」
「犯罪者に加担するような奴を、僕は絶対に許さない!!!」
ドドンッッッッッ!!!
更にギアが上がったのがわかった…。
「ウオオォォォォォォオォォォォオオオオオオ!!!!!」
「お前は、またアダムのせいにして犯罪を犯そうとしているだけだ!!!」
「五月蝿い!煩い!うるさい!!!全部ぶっ壊してやる!!!!」
不動の能力の濃度は、明らかに限界を超えていた。
僕も形振り構わず濃度をあげていく…。
だけど…。
これは…、もう…。
不動の能力が暴走している!
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