第50話『慢心と油断』
スローモーションのように、ゆっくりと状況が変わっていく。
俺の目の前には三角柱の大きな岩が浮遊し、今まさに先端を火月に向けてマッハで飛んでいったところだ。
奴の視線は、当然大きな岩に向けられていった。
その様子をゆっくりと確認した俺は、次々とフェイントを織り交ぜていく。
本命は大きな岩の後ろに隠して飛ばした小さな岩達だ。
形は無規則、向いている方向も無規則。
無規則にしたのには、勿論意味がある。
火月を惑わす為だ。
先端が右を向いていれば、右に飛んでいくと錯覚するだろう。
だが、直ぐに自分に向かって飛んでいると気付くかも知れない。
だけれどそれで良いと判断した。
その一瞬の判断時間が命取りになる。
至近距離かつ大量の小石を飛ばすのだからな。
その本命を至近距離まで運ぶ為の大きな岩であり、それが達成された時点で俺の勝ちが確定する。
その為に、多数のフェイントを織り交ぜなければならないという訳だ。
まずは小手調べとして、あらゆる方向の地面より、氷柱状の岩を無数に繰り出す。
壊されても良い、兎に角途切れることなく攻撃を続けることに意味がある。
ザザザザザザザザッ!!!
火月は目の前の大きな岩を注視しながらも、前後左右から突き刺してくる氷柱状の岩の破壊をしていく。
奴の目が真剣なものになった。
ここから命を賭けた真剣勝負の始まりだ!
地面から無数に飛び出す氷柱状の岩に関しては、奴は無意識レベルで防げているように見える。
俺は近くの柱や壁からも氷柱状の岩を繰り出す。
上からも来ると、流石の火月も防戦一方になっているようだ。
だが油断は禁物だ。
更なる攻撃を追加する。
火月の一挙手一投足を把握している俺は、奴の足の裏の地面だけ地面の波を起こし不安定にさせる。
これで少しでも手元が狂えばラッキーだ。
まだまだ止まらない。
今度は握り拳程度の大きさの岩の雨を降らせる。
地面より滴り昇る雨は、不規則に動きながら火月に向かって飛んでいく。
こいつの硬度は、少し高めにしておいた。
繰り返し破壊されていくが、この硬さが限界だと刷り込ませる狙いもある。
本命は更に硬度を上げている。
限界じゃないかと思うほどだ。
もしも余裕があれば、更に硬度を上げるつもりだ。
防御面を忘れてはならない。
俺の周囲には網の目状に
当然火月にも、
これにも狙いがある。
防御膜と見せかけて、突如襲わせたのだ。
これで火月は、1段目である目の前の三角柱の大きな岩、2段目の地面や柱などから襲ってくる氷柱状の岩の数々、3段目に足の裏の地面を揺らし、4段目の無数の小石の雨、そして5段目である
そして6段目には本命。
合計6段に及ぶ攻撃を仕掛けたのだが、それでも火月は防ぎ切ろうとしているように感じた。
ギミックである1段目の攻撃は、かなり奴に近づいている。
もう少し…、もう少しと手に汗握りながらも、手を緩めることはない。
一体この数秒間に、どれだけの攻防が繰り広げられたのか。
そう思うほど、二人は激しく攻撃と防御を繰り返す。
俺は攻撃に集中しながらも、いつ不意打ち攻撃をされても対応が可能な状況を保つよう心がけていた。
何せ、奴の目が死んでいない。
チラチラと俺の状況を確認している。
何を探っているんだ…。
お互い激しく能力をぶちまけながら、猜疑心に襲われる。
気持ちで負けちゃ駄目だ。
押し切れ!
そう思った瞬間…。
ニヤリッ
火月の表情が変わった。
スローモーションのように感じる空間の中で、笑った。
体に緊張が走る。
電撃のように。
俺は考える間もなく動いた。
スマン…、詩織…。
1段目のギミックを放ってから、何秒後だろうか…?
俺はこの攻防の全てを悟り動いた。
いや、体が勝手に動いていたっていうのが正直な気持ちだ。
駆け出した体は、その1段目の大きな三角柱の岩の影に隠れている。
当然あいつは
敢えて動くことにより、最大限の警戒をさせる。
これが目的だ。
!!!
火月の表情が、何かを察した嫌らしい笑みに変わっている。
奴は勝ちを確信したのかもしれない。
俺は構わず走り続ける。
緊張が更に強まり、
処理が追い付かないほどに。
必要な情報だけを選び出し、導き出した結論を元に、右手に纏わりつく能力の濃度を一気に上げていく。
もう時間がない!
考えている時間も、手段を選んでいる時間もない!
火月はニヤついた表情のまま、火属性能力を発動させた。
やはり…。
あいつは俺の攻撃を完璧に個別対応しながらも、余裕があると感じていた。
それはブラフではなく事実として目の前で対処されていった。
ブワッと炎の球体に包まれると、俺の攻撃の全てを溶かしながら防いでいく。
クソッ!
ここまであっさり防がれると、心が折れそうになる。
だが、ここが踏ん張りどころだ。
あれだけの防御をしているのだから、当然攻撃の手が緩まり…。
そう思ったのは、後から思えば油断だったのかも知れない。
火月が展開している炎の球体から、突如雷が飛んできた。
炎で作られた雷!
これだよなぁ…。
こういう発想なんだよなぁ…。
心優も吹雪も言っていた、強くなるには常識を打ち破らないといけないってことだ。
雷を炎で作るといった発想が、そもそも俺にはなかった。
予測不能。
俺がやっていた小手先のギミックなんかより、よっぽど効果があるだろう。
どう言い訳しようが、相手を褒め称えようが、炎の雷が俺の体を貫いている事実には変わりがない。
しかも火月が放った雷は、1段目の大きなギミックを破壊したばかりか、その後ろに隠していた本命すら一発の雷を分岐し全て粉々にしていた。
なんて野郎だ…。
だがな…。
俺がやられた姿を直接目視しようとしたのは、お前の慢心だったな…。
たった一発の、針のような岩がお前の心臓を貫く。
その一瞬のスキだけを狙っていた。
もしもお前が最後まで炎の防御膜を展開していたならば、俺の負けだっただろう。
スローモーションだった景色が、徐々に戻っていく。
火月は言葉にならない呻き声を上げ、胸を押さえながら吹き出る血と格闘し、悶ながら動かなくなる。
俺は…。
まるでバケツを引っくり返したかのように、腹から流れ出る血や内蔵を押さえていた。
口の中も血まみれになっている事に気がついた時には、視界がボヤケ急激に息苦しくなる。
もう、何がなんだか分からなかった。
きっと倒れたと思う。
苦しいなぁ…。
死ぬのがこんなに苦しいなんて知らなかった…。
やりてぇ事が沢山あったなぁ…。
だけど心優、お前には感謝している。
うだつの上がらない俺の人生に、立派な花を添えてくれたからな。
心優、立ち止まるんじゃねーぞ。
俺なんかのことより、もっと大きな事を成し遂げろ。
お前は仲間想いの、最高の皇帝だったぞ…。
そして戦場には、二つの屍が横たわっていた。
私は心優ちゃん達と分かれて、狙撃手の内海と対峙していた。
彼はエアーガンを構え、そして闇に消える。
バンッ!
銃声が聞こえるのと同時に、私は矢を放つ。
ドンッッッ!
戦闘が開始されてから、この状態が続いていて、現状ではどちらも決め手に欠けている状況ではあるね。
一応、お互い属性攻撃は出していないけれどね。
「お前…。夕美とか言ったな…。何故俺の銃弾の軌道が視える…?」
内海はボソボソと、だけど耳元でハッキリと聞こえる声で訪ねてきた。
「私も遠距離が得意なの。どう対処されたら嫌か、徹底的に研究したからよ。」
「………。」
そう、私は圧縮の能力者との戦いで
それがどうやって行われていたかについて、かなり研究したつもり。
逆に考えれば、対処方法を掻い潜る攻撃が出来れば、十分当てるチャンスはあると思っているの。
私の放つ矢は、銃弾にだって負けてない。
速度も威力も。
それに…。
弓道をやっていたからか、「撃つ」と考えるよりも先に撃つことが出来るの。
そう、文字通り無意識。
まるで手足のように扱う感覚というのかな、そんな風に感じられるぐらいに自然体で扱える自信がある。
だから私は、この
だったら活かさないとね。
発想は単純だけれど、無意識かつ自由に放てる
ただ、その当てる為には工夫がいるだけ。
「物事を難しく考えるのは損だわ。」
そう心優ちゃんは言っていた。
どうやったら当たるんだろう、どうやれば当てることが出来るのだろう、普通はそう考えるよね。
でも彼女は、その場の状況を利用し、相手の特性を理解し、自分のコンディションやアイデアを活用し、臨機応変に対応することこそが大切だと教えてくれた。
型にはめたり、ジンクスを担いだりするのではなく、敢えてルーティンから外して自由な発想で立ち向かう。
でもこれって凄く難しいよね。
スマートになんかやれっこないよ。
自由ってことは、答えなんかもないの。
幾多の試行錯誤からのベターを選択するってことも出来ない。
だからと言って、諦めれば死んじゃう、殺されちゃう。
私はその恐怖を少しだけ知っている。
これは彼にはなくて、私にはあると思われる恐怖という感情。
この感情単体では何の役にも立たないけれど、最大限利用することはできる。
死という恐怖からは、生きるという感情も生まれる。
死にたくないって感情。
これは究極の選択を迫られている時に、迅速かつ単純明快に「生」への最短距離を選んでくれるはず。
私は頑張ることぐらいしか出来なかった。
だけれど心優ちゃんに会えて変わることが出来た。
頑張るだけじゃ駄目だって、結果を貪欲に求めなさいって教えてもらった。
今はそれを活かす時のはず!
少ない彼の言葉の端々から、
勿論ブラフの可能性も残しておく。
言ったことを真に受けては駄目。
言葉の裏には、何か意図があるはずと考えておく。
彼がもしも単純に
「夕美は色々と考えるタイプなんだね…。」
突如内海はそう言ってきた。
焦るな…、焦るな私…。
惑わす戦法だと受け止めるべき。
「そうかな?」
「そうだよ…。」
どうして断言できるの?
私は
あっ…。
私は気が付いてしまった。
彼の
仲間の能力を見ていると、例えば芽愛ちゃんなんかは能力を見分ける能力の他に、透視と言った能力も使えているよね。
「視える」という能力が発展したといういか、分岐したというか、枝分かれしているような状況だよね。
そういった状況から判断してみる。
内海はエアーガンから能力で作った弾丸を発射しているよ。
狙撃手と言った感じかな。
そうなると狙いを定めるには、狙撃対象を観察する必要があるよね。
そう、「観察」。
これが内海のセカンドアビリティのはず。
私の行動を読み、思考を読む。
これって凄くやり辛い相手だと思う。
私の行動を逆手に取ったり、攻撃を回避したりと、それこそ当てる事が難しくなっちゃう。
だけれど、1つだけ大きな欠点もある。
今はそこを突いていく!
徹底的に!
両腕を突き出す。
柱の影から視線を感じた。
そこにいるのね。
迷わず
両手の先から流星群のように飛び出した矢は、まるでシューティングゲームの様。
ゲームと違うところは、それぞれが無規則な軌道を描きつつ、全ての矢の速度も変えているところ。
途中から矢の大きさ、色にも変化をつけていく。
同じ矢が二本とない。
これだけランダムな攻撃ならば、予測も難しいはず。
多少の手応えはあったものの、恐らく敵も防御壁などで身を守っている。
だから本人へはノーダメージだと思っていい程度。
それに、内海は影から影に移動出来るのか、今は違う柱の影から気配を感じていた。
これも厄介だね…。
でも迷っている時間はないよ。
流星の矢に追加で、一瞬で30本程度の矢を作り出し、それを同時かつランダムに打ち込む。
それも休みなく次々と。
ドーム屋外の石の床は、柱などの影の部分だけ粉々に砕けていく。
こういった行為は一見無駄に見えるよね。
だけどちゃーんと意味はあるよ。
そう、相手にプレッシャーを与える事が出来る。
砕け散った瓦礫を見れば、嫌でも恐怖心を煽られるから。
私は彼を追い込んでいると錯覚していた。
そらが油断に繋がるのは、時間の問題だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます