第51話『死への実感』

次から次へと、色々な物の影に移動しながら狙撃をしてくる内海。

私は彼を追い込んでいると錯覚していた。

事実、私の放つ幾多の矢は、影を突き刺し、床の石のタイルを派手に粉々に砕いている。

あらゆる影のある場所が破壊され、見た目には私が有利に見えた。


だけど残念ながら、内海本人へのダメージはほぼないと思われるよ。

影から狙撃されるという恐怖に怯える私の方が、精神的なダメージを蓄積していたかもしれない。

それでも攻撃の手を止めること無く、私が100本の矢を放つ間に、内海は1撃の狙撃をしてくる。

リロードの時間なのだと理解していた。


そう安易に結論付けたのも、油断した要員の1つだったかも。


激しい狙撃戦が慢性的に続いているなか、徐々に蓄積されていった緊張と油断と恐怖が最高潮に達した瞬間、状況が一気に動いた。


バババッ!!!


緊張が弾けた。

心の一部も弾けてしまった。

焦りと不安が一瞬で体を包んでいく。


3方向!?


銃声は3発ほぼ同時に聞こえた。

能力粒子アビリティ・パーティクルから無意識に、そして強制的に送られてくる情報により、体が勝手に反応していく。

今まで封印していた風属性で、強烈な旋風を体の周囲に巻き起こした。


グワッ!


もちろん銃弾が強風程度で弾き返せるとは思っていないよ。

巻き起こした風は空気によるものじゃない、能力粒子アビリティ・パーティクルを巻き起こしたの。

その感覚は、まるで手で触っているかのように3つの銃弾の方向を変えていく!

そう!

銃弾も能力によるものならば、能力で作られた風で動かせないはずがない!


そう確信し、慢心していたんだと思う。

弾き返した銃弾の行方を確認した瞬間…。


スチャッ!


背後からの強烈なプレッシャーは、今、私が死と隣り合わせにいることを告げようとしていた。

ほんの一瞬。

瞬きするよりも短い時間。

内海が私の背後の影から出現し銃口を向けるまでの、本当に短い瞬間。


影からのプレッシャーを察知すると同時に、無数の矢が内海に向かって出現していた。


彼は引き金を引けなかった。

引くよりも前に、矢の存在を察知してしまったからだ。

引いた瞬間、矢が襲ってくる。

銃弾が届く前に、矢が襲ってくる。


そう悟った内海は、死を恐れた。

恐れたが故に、引き金を引けなかった。

本当に数秒間の駆け引きが、状況を作っていく。


ハァ…、ハァ…


もうどちらも動けない。

そう確定したと感じた瞬間に、緊張の糸が切れた。

お互いに。


「撃ちなさいよ。私も撃つから。」

「………。」

私はこの時、死を覚悟していることに気が付いた。

あんなに避けようとしていた死。

あんなに恐怖していた死。


それを今、気が付かないうちに受け入れている。

そう思うと、案外気が楽になっていると思ったよ。

そっか…。

こちら側に来ちゃえば、案外怖くないのかもね。


でも…。


皆…、ごめんね…。


私…、先に…、バイバイするね…。


「さぁ!撃ちなさい!」

「う…、撃ったら僕も死ぬ…。」

「そうね。」

「死ぬのは…、嫌だ…。」


相変わらずボソボソと話す内海。

その声は、震えていた。

「こんな戦いに身を投じていながら、死ぬのが怖い?」

「………。怖い…。」

「そうね…。私も怖かった。」

「………。」

「でもっ!」


私は能力粒子アビリティ・パーティクルの濃度を上げていく。

周囲の状況が、刻一刻と伝わっていくる感覚。

その微妙な変化に、流石の内海も気が付いたようね。


「夕美…。お前…、何をした…。」

「能力によって、あなたの一挙手一投足が把握出来るようにしたの。呼吸、心拍数、そして流れる汗まで。」

「………。」

「もう引き返せられないの。わかる?最後の勝負よ。」


「嫌だ…。」

まるで駄々をこねる子供のように嫌がる彼は、見た目よりも随分と幼く見えた。

「どうして?アダムと共に、命をかけて戦うんじゃないの?」

「そんな約束していない!」

「じゃぁ、あなたは何の為に闘っているの…?」


理由が思いつかなかった。

死ぬのは嫌だというのは理解出来る。

けれど、アダムは関係ない…?


「ぼ…、僕はいじめられていたんだ…。」

「そいつらを見返したいの?」

「………。そんな事しない…。復習されるから…。」

「あなたバカじゃないの?その能力ちからがあれば、容易にねじ伏せられるでしょ?」


内海は影から上半身を出してきた。

改めて銃口が向いていると、心臓がギュッと締め付けられる。

ただ、私が向けている100の矢も相当な威圧感だけど。


「夕美も虐めていた奴らと同じ…。」

「………?」

「戦いからは憎しみしか…、生まれない…。」

「この場で銃をぶっ放す奴に言われたくないね。」

「………。アダム………。」


彼はアダムとの出会いを語りだした。

「僕が最初に目覚めた能力は、影に潜める方だったんだ。」

彼は銃口を向けながら俯く。

「これは、逃げるのに凄く良かった。絶対に見つからないし、捕まらない。彼と出会った時も、潜んでいた時だった。僕が隠れていた影に向かって、話しかけてきたんだ。」


「………。」

私は静かに彼の言葉を待つ。

「『俺について来れば、誰かに襲われる恐怖から開放してやる。』って。」

「自分で戦おうとは思わなかったの?」

我慢できずに訪ねた。

「強い人は…、いや、普通の人は、皆同じことを言う。弱くなった時がないから、わからないんだ…。」


ドキッとした。

確かにそうかも知れない。

けれど…。

だけど…。


「変わることは出来る!」

「そんなの…。」

「やってみなくちゃ分からないでしょ!」

「でも…。」

「小さな一歩でいいの。そこから全てが動き出すよ!」


「………。」

彼は小さくなりながら、新しいこと、変化することを拒むように、私の言葉を跳ね返そうとしていた。

「一歩踏み出さなくてもいいの。踏み出そうと足を挙げるだけでもいいよ。その変わろうとする決意が、自分や周りの人に伝わって、それは直ぐに勇気に変わる。だけど…。」

彼は私の言葉を、拒否し続ける表情をしていた。


「足を挙げることすらしなかったら、攻撃してくる奴らも変わらないし、助けられることもない。」

「………。」

「今からでも間に合うよ!」


その言葉に、内海は顔を上げた。

「………。無理だよ…。」

「そう思っているうちは、絶対に無理だよね。」

顔を背ける内海。

「私が…、私達が、導いてあげる!」


彼は驚く表情を見せて、そして静かに俯いた。

「親も…、先生も…、そう言いながら、結局何も変わらなかった。」

「私達は違う!!!」

つい大きな声で反論してしまった。

驚いた彼は、口をポカンと開けて驚いていた。

今攻撃すれば、簡単に倒せるほどに。


「私達はね、色んな悩みを抱えた人達が集まったの。リアルな悩みから、それこそ笑っちゃうものまで。私の悩みは、他人が聞いたら興味も沸かないものだった。けれど、乗り越えられた。それは、変わろうって努力したから。小さな一歩を勇気を振り絞って踏み出したから。それが分かる私達なら、あなたのことも救ってあげられる。」


彼は…。真剣な表情で私の瞳を覗き込んでいる。

まるで、信用できる大人かどうか確認する子供のように。

そして何かを察し、そっと目を閉じた。


「僕は救われない。」

「どうして!?」

「結局アダムに殺されるから。」

「!!!」


彼がアダムから受ける恐怖の底が見えなかった。

その時点で、説得すること自体無意味だったと気付くべきだったかもしれない。

でも私は拘った。

拘ってしまった。

だって彼は…、救えるから…。


「そっちも!私達ならやれる!絶対に!!!」

「無理だよ。」

「どうして諦めるの…?」

「諦め…、じゃない。無理なんだ。」

「………。」

「逆立ちしろと命じられれば、無意識にしてしまうような奴を相手に…。どうやっても勝てるわけがない。」


「………。」

私は何かを言おうとして…、言葉が出なかった。

そう、改めてマインドコントロールの恐ろしさを再確認してしまったから。

言葉を聞いただけで、その通りに動いてしまう?

耳を塞げば良いってことはないと考えるべきよね。

そんな単純なこと、誰かが試しているはずですもの…。

じゃぁ…、どうやって…。


心優ちゃん…、あなたには勝利のビジョンが見えているの…?


でもね…。

そんなことを不安に思うことなんてない。

私達は大小の色んな事を乗り切ってきたじゃない。


やれば出来る!

やらなければ出来ない!


「それでも私達が勝つ!」

「絶対に勝てない!」

「頑張ることだけは誰にも負けない!勝つまで諦めないんだから!」

「………。」

「そして、あなたも救ってみせる!うん!」


私は自然と笑顔になった。

久しぶりの爽やかな笑顔だったと思う。

頑張ることしか知らなかった私が勝ち取った弓道部存続は、自分の可能性を一気に広げてくれた。


だから…。


きっと…。






バァァァァァァァァァ…ン………






夢や希望が広がった瞬間。

私の体を銃弾が貫通していく。


「ど…、どうして…。」

「夕美は素敵な女性だから…。アダムに殺されるぐらいなら、僕が…!!!」

「これじゃぁ…。」


涙が零れた…。


「あなたを救ってやれないじゃない…。」

「!!!」

「駄目だと思ったら逃げなさい…。それも…、自己防衛…、だから…。」


ゲホォッ…

目の前が真っ赤になったと感じた瞬間、映像が途切れ真っ暗になった。


一人残された内海は…。

「ウワァァァァァァァアァアアアアアアアア!!!!」






バァァァァァァァァァ…ン………





自分が犯した取り返しのつかない誤ちに気付き…。

自ら命を絶った…。


銃声は、静かに響き渡っていた。











「坊や。お家に帰ったらどうだい?ママが心配しているぞ?ん?」

目の前の屈強な小父おじさんは、しゃがみながら言ってきた。

「あなたがエデンの園ではNo.1と聞きました。その御方が、僕のような小学生に怯えているのですか?」

挑発してみる。

これで相手の正確やパターンを掴むんだ。


「おい、小僧。大人を誂っちゃぁ、いけないな。」

グッと立ち上がると、とてつもなく大きく見える。

180…、190cmぐらいあるかも。

そう感じるだけで恐怖心が芽生えるけれど、今は肉弾戦をする時じゃない。


能力バトルなんだ。


異能バトル!


僕にもチャンスはあると、強く強く念じた。

気持ちで負けちゃったら、勝てる試合も勝てないってお姉ちゃんも言っていた。

今はそれを強く感じるよ。


この人は、僕の挑発に乗ってこなかった。

言葉に怒りは感じられたものの、特に意に介してないと思う。

これはこちらもじっくり仕掛けないといけない。

安直な攻撃は、大きく足元を救われるはずだよ。


「我が名は『のぼる』。お前に恨みはないが、仕留めさせてもらう。」

伸さんは、背中に背負っていた木刀を手にする。

「僕は『烈生』…。」

「名乗る必要はない。」

僕の言葉を遮り、木刀を構える伸さん。


「とても失礼な人です。」

「これから死にゆく小僧の名など、知りたくもないし、知る必要もない。しかしながら、殺される相手の名は、知っておくべきだろう。」

「まるで死亡フラグですね。」

「今時の小僧は、口だけは達者だな。」

「年を取って、言葉遊びすらお忘れですか?」


伸さんは、これ以上挑発には乗ってこなかった。

僕の警戒度は、どんどん上がっていく。

能力粒子アビリティ・パーティクルの濃度をガンガン上げていくよ。

隠す必要も無いし、彼からの能力粒子アビリティ・パーティクルも、身近で強く感じているから。


「参る!」


斬ッッッ!!!


短い戦いの合図。

刹那、目では追えないほどの斬撃が襲いかかる。

だけれど僕には見えている。

勿論能力粒子アビリティ・パーティクルによって。


ボンッ!!


お腹の辺りで作られたばかりの爆弾を即爆発させる。

指向性爆弾で、自分に被害がかからないようにしているよ。

その爆発の威力で、軽い僕の体は簡単に、だけれど凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。

移動したその直後、能力で塗り固められた木刀が通り過ぎた。


彼は僕を試したんだと思う。

どの程度やれるのか、それをこの一振りで見極め、確実に仕留めるつもりだったはずだよ。

だけどね、それはとてもリアルで古典的な考え方に捕らわれている証拠でもある。

だって、これは能力による戦いなのだから。


僕はありったけの一瞬で彼の体に纏わりつかせながら、彼を包むほどの爆弾を作り、伸さんを閉じ込める。

細かい爆弾が、彼を包んでいる大きな爆弾のなかで積まれていく。


ゴォォォォオンッ!


伸さんは木刀で爆弾の内側から切りつけたけれど、敢えて柔軟性のある外装にしてある爆弾は衝撃を吸収した!

その一振りの間に、大きな爆弾の中には細かい爆弾が隙間なく積み上げられていた。

「ごめんなさい!」


ドドォォォォオオオオオオン!!!


間一髪入れず、全ての爆弾が炸裂する!


大きな爆弾の中には、フラッシュグレネード、スタングレネード、催涙ガス、そして通常爆弾や破片爆弾など、ありとあらゆる種類に加え、火、水、風、土といった各種属性を加えた爆弾まで、自分が作れるほぼ全ての種類のものが詰め込まれていた。

それが一気に、一度で爆発する。

大きな爆弾は、威力が外に向かうのではなく、内側に向かうよう調整してある。


これだけの攻撃力ならば、最低でも致命傷を与えられる。

もしも生きていたならだけど…。


これは異能バトル。

だから、小手先の様子見はいらない。

反撃は常に即死級が返ってくるのだから。

最初から全力でいかないと、こっちの全力を出す間もなく倒されることも、大いにあるよ。

そこが、喧嘩やスポーツとは違うところだと、常々お姉ちゃんは話していた。


グワッ!!!


!?


大きな爆弾の中から、突如、槍が吹っ飛んでくる!


能力粒子アビリティ・パーティクルから伝わる情報を得て、無意識に槍の下部に爆弾を作り出し、迷わず爆発させる。


ドンッッッ!


槍は方向を少しだけ上昇させ、僕の左耳を掠めて飛んでいった。

危なかった…。

もしも気付くのが一瞬でも遅れれば、槍は心臓を貫いていたはず…。


爆風が収まった煙の中から、伸が現れる。

ダメージはあるものの、致命傷ではないと判断した。


なんて人だ…。


僕は心に宿る、暗い影を実感し始めていた。


『死』という暗い影を…。


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