第43話『アダムの戦略』

連日ニュースでは、何千人規模という行方不明者が取り上げられているわ。

行方不明者の数字は落ち着いてきたものの、ニュースとして取り扱われる頻度は上がっている。

流石に数が多いわよね。

そのニュースを見てみると、この人達が何処へ消えているのか、何がそうさせているのかが焦点になっているようね。

まぁ、理由が気になるのは当然ね。

その理由によって、解決方法も見えてくるわけだし。


ただしこれらの報道には政府が関与しているはず。

だってそうでしょう。

能力者が裏で糸引いてまーす、なんて事実は現時点では公表出来ないでしょうね。

それこそ悪戯に不安を煽り、最悪パニックにならなっちゃう。

外出には気を付けましょう程度の内容で押さえているのでしょ。


今後政府側がどう動くかは、まったく結論を出せていないわ。

残念ながら、黙示録としても把握出来ていないからね。

つまり、政府として情報を何も得ていないってことよ。


アダムが私達との勝負の為に行っているという部分までは分かっているけれど、その先どうしたいのかは抽象的過ぎて理解出来ていない。

本当に『勝負』が真意なのかすら、この状況では結論付けられないわね。

これでは政府も動きづらい。


だってそうでしょう。

明確な犯行声明が無いんだから。

あんな中二病全開の動画1本では、流石に色んな組織を動かす訳にはいかない。

アダムはなかなかの戦略家ね。

こうしている間にも、行方不明者、つまりアダムの使者は増え続けていることになるから。


それはつまり、敵の陣営が整えられていくのと同義ね。

これだけの人数となると、大多数の能力者は大したことない能力なのは分かっている。

このことは、芽愛との能力者探しで立証されている。

だけど、私達が見つけられなかった強大な力を持った能力者が新たに見つかる可能性はあるわ。

その人が催眠術で操られ、私達の前に敵として現れることもあるでしょう。


それに…。

アダムは能力者に対して催眠術をかけられるということは実証されているわ。

大した能力者でなくても、操ることは可能ということね。

これはこれで大問題よ。


「………さま。」

そうでなくても相手の陣営は強力なのだから。

油断は出来ないし、慢心なんてとんでもない状況。

どうしたら良いかは、その場の臨機応変な対応が求められる。

それに私が応えられるかどうか…。


属性で対抗出来そうだという発見があったのには助かったわ。

というか、アダム側が属性という概念を編み出した可能性があるわね。

能力というと、身体的な能力が一番発揮しやすいと思う。

疾斗の瞬間移動や力音の人智を超えた力。

これらは気付きやすい分、扱いやすい。

何せ自分の体なのだから、直感的に操り易いってことね。

そういった意味では、手強い相手となるはずよ。


「………さま。」

吹雪や不動を見ていると、恐らく最初から持ち合わせている能力自体の脅威度は低いと思う。

だけど、能力者としての器は大きかった。

それに目をつけたアダムは、属性という概念を持ち込んで叩き込んだ。

こうすれば、そもそもの器のデカさが功を奏し、属性の方を主軸に強力な能力者が誕生する。

この結論は、遠からず私も思いついたかも知れない。


それに、護や夕美や烈生のような物理的な能力は、能力粒子アビリティ・パーティクルによって動きを察知されてしまう欠点がある。

バカ疾斗や力音といった身体的な能力は、動きを封じ込まれると対処が難しくなるという欠点がある。

私や芽愛に至っては、攻撃手段すら無かったのよ。

攻撃ということだけ考えれば、谷垣の方が格段に上の状況ね。

これらの弱点を、属性を利用すれば簡単に打ち消すほどの可能性を秘めている。


「………さま。」

ここまでの推論をまとめてみる。

まず重要になってくるのは、やはり能力粒子アビリティ・パーティクルの存在よ。

この原理により、元々得意とする能力以外の特殊攻撃と特殊な状況を生み出せる。

そして属性。

この理論により能力は、飛躍的に攻撃力を増す。

後はこれらを…。


「ご主人様!!」

「ん?」

芽愛が耳元で大きな声で呼んでいたわ。

「もう!さっきから何度も呼んでいました!」

ふくれっ面で怒る芽愛。

ちょっと可愛いと思ってしまったわ。


私達の会話に護が割り込んできた。

「心優。前に言っただろ?一人で背負い込むのは無しだ。それに、考え方を全員で共有しておいた方が、何かあった時もスムーズに意見交換出来ることになるだろう。つまらん事でも、情報は全員で共有した方がいい。」

「分かっているわ。ちょっと考えをまとめていただけよ。」

「30分もか?」

「………。」


時計を見てみると、確かに30分程度経っているわね。

「心優は確かにリーダー的存在だ。お前ならではの思考力、行動力、経済力は、他の誰もが持ち合わせていない。だがな、今回の異能バトルにおいて、その結果への責任は全員で均等だ。わかるな?」

私は少し、肩の荷が降りた感触を得た。

私が勝手に集めた、私が勝手に戦いに挑んだ、私が勝手に…。

こんな理由を付けて、戦いから降りる選択肢もあったはず。

だけど全員、この場に残ってくれた。

だから責任は均等…。

こうやって言ってくれると、過度なプレッシャーから少しでも開放された気がする。


「そうね…。」

そして、リラックス出来た今の状態から、今後の展開を目まぐるしく予想する。

「今考えていたのは、能力粒子の発見と属性の理論の活用よ。これにより、一分野に秀でた能力者から、あらゆる可能性を秘めた能力者へと変わるの。」

皆は真剣な表情で私を見ている。

「だからといって、誰もが同じ強さの能力者とはならないわ。特に、最初から持っている能力は、極自然に扱えることに加え、完成度も高い。他の人が真似しても、それはきっとオリジナルの下位互換程度の力しか発揮出来ないでしょうね。」


「えっ?そうなの?他の人の能力の練習もしようと思ったのに…。」

バカ疾斗が何か言っているわね。

「残念ね。誰かのコピーより、オリジナルを追求しなさい。水で作る刀は親友の真似だったけれど、強度を増すために棒状にした発想は良かったと思うわよ。」

「………。」

おや?ここは素直に喜ぶ場面よ?

何を警戒しているのかしら?


「何を疑っているの?」

「心優が素直に褒めることなんてないからな。どうせ何か裏があるんだろ?」

「やっぱりバカ疾斗だったわ…。今回は素直に喜んでおきなさい。」

「おっ?そうなのか?流石俺様!」

「ハァ~…。」


何というか、疲れるわ。

まぁ、程よい疲れね。

「なので、他の人も真似じゃなくて新しい事を見つけた方が堅実よ。それこそ、アニメや小説やマンガでも読んで勉強しておきなさい。」

「うっほー!それなら僕は得意だお。」

「知識として蓄えておくだけでは駄目よ。実戦投入しないとね。それに、今提案したのは発送の転換が必要って意味よ。現実に囚われていちゃ駄目。ぶっとんだ発想の方が勝率が上がるわ。それが力音には出来るの?」

「うっ…。」

「明日は猛特訓だからね。それと、属性の相性を確かめておきたいの。皆に協力して欲しいわ。」


「相性なんてあるの?」

夕美が不思議そうな顔をしているわね。

「まぁ、一応確認よ。もしも、火属性は水属性に弱いなんて相性が存在するのならば、力音は疾斗に対して圧倒的に不利な状況になるわ。こういった状況が起こり得るなら、敵の属性と私達の属性を考慮して闘う必要性が出てくるし、相性が悪い敵と対峙した場合は、撤退以外の選択肢はなくなるわ。」

「あぁ、なるほど~。」

「そういうことよ、夕美。」


相性についての調査には烈生を中心に行われたわ。

彼は色んな属性や種類の爆弾を作ることに成功していたからね。

「烈生。まずは火属性の爆弾を作りなさい。威力は極小よ。」

「うん、分かった!」

純粋な笑顔からは、私の事を微塵も疑っていないことすら読み取れる。

「疾斗。火属性から確認よ。水の壁を作って威力を確かめなさい。」

「おう!いつでもこいやぁ!」

ノリだけは一人前ね。


烈生が「いくよー!」と元気よく叫ぶと、下手投げでフワリとなげたみたい。

爆散は目に見えないけれど、既に散布済みの能力粒子アビリティ・パーティクルによって把握出来ているわ。

この散布は、練習も兼ねて疾斗も含め全員が行っている。

ん?

「芽愛!もっと粒子を濃くしなさい。それではぼんやりとしか視えないでしょ。」

「は、はい!」


爆弾は放物線を描き、頭上に展開されている水に触れる。

バンッ!

小さな破裂音が部屋に響く。

視ると、あんな小さな爆弾なのに小さな穴が開いていた。

「疾斗、どう?」

「うーん、そうだなぁ…。これちょっとヤバイかも。」

「あらそう。やはり属性は関係するって事ね。」

「そうなるなぁ…。」

「これは仕方のないこと。相性を把握して、全員で周知しましょ。じゃぁ、他にも色々試すから。」

「あいよー。」


烈生に色んな爆弾を作っては投げてもらい、全員分を調査したわ。

結論から言うわ。

フフフ…。流石わたし。

伊達に皇帝を自称していないわ。

私の読み通り、雷属性はちょっと優遇されているわね。

ただし、地属性だけは打ち消される。

不動との戦いの時にも言ったけれど、アースされてしまうのね。

でも地属性が弱点ではないわ。


水には強く、風にも有利ね。

火と光には互角といったところね。

ではどこが有利なのかというと、弱点が無いわ。

ゲームでもこんな感じの設定が多いですものね。


他のをまとめてみると、火は水に弱く風に強い。

水は土に弱く火に強くて、土は水に強くて風に弱く、風は土に強く火に弱い。

つまり、火>水>土>風>火という関係になっているわね。

関係し合わない属性、例えば火と土といった関係は、お互い打ち消し合う状況ね。

でも火で攻撃しているのに、土属性を利用して防がない場合、当然だけども生身の方が耐えられないわ。

だから、弱い属性が強い属性に対して無条件で強いってことではないってことね。

これを知っているだけでも有利に戦えるわ。

つまり、相性が悪い属性を出させないで、こちらから一方的に属性攻撃を行うことにより、ダメージを負わせる事は十分可能ということよ。


怖いくらいにこちらが望んだ展開ね。

だってそうでしょう。

アダム側の策略によって、相性の悪い敵と1対1で闘う羽目になる可能性も、十分ありえるからね。

その時になってから慌てても駄目なのよ。

常に最悪の自体を想定し、対策を練っておく。

これは異能バトルが始まってから、揺るがない部分ではある。


後は特殊な属性に対処する方法ね。

私の雷もそうだけど、芽愛の光も特殊よ。

その他にも吹雪の氷か雪の属性、弾丸の能力を持つ内海の属性は把握すらしていないし、もっと別の属性も考えられるわ。

そういった条件下での戦いも、模擬的に経験し対処方法を考えていく。

これらは全員で行い、共有されていく。


だけど…。

正直に言うわ。

不安は完全に消せない。

嫌な予感しかしない。

既に色んなフラグが乱立している気がする。


でも…。

楽しかった。

共通の目標に向かって協力していく。

こんなどこにでもありふれた状況が新鮮だった。


しかし…。

アダムは待ってくれない。

そんな事は分かっている。

私達の日常を簡単に壊しにくる。

いよいよ本格的に動き出してきたから。


会議室でテレビ会議を開始する。

『少佐。まずはこれを見てくれて。』

てっぺんハゲの課長の顔の後に映し出されたのは、超遠望からのズームイン映像。

大きな建物が映っているわ。

「ここは…。」

都内に住む人なら、誰もが知っているような場所。


『状況を説明しよう。ここでコンサートをやろうとしていた芸能事務所から、無関係者が大量にやってきて困っているという通報が警察にあった。だが、警察が近寄る事も出来ない。まるで透明の壁があるようになっているからだ。』

「なるほど。誰かの能力…って考え方もあるけれど、レポートにも書いた能力粒子アビリティ・パーティクルで形成された可能性もあるわね。何せ建物1周となると、よほどの能力者じゃないと無理だわ。」

『うむ。』


こうなると、複数の能力粒子アビリティ・パーティクルを操れる能力者がいるって事にもなるわ。

それは課長にも伝わったみたいね。

『そして彼らは交渉人を出してきた。』

「交渉人?」

『そうだ。名前を『のぼる』と名乗った。男性で推定30代。ガッチリとした体系からは、体育会系だと思われる。』


課長の説明が始まると、一人の人物が映し出される。

超遠望からの撮影の為、くっきりとしていないけれど雰囲気は伝わるわ。

『伸はアダムの中ではナンバー1だと言った。』

「かなりの上位ね。」

『そうなるな。彼からの基本要求は3つ。食料、衣服、ライフラインだ。』

「堅実ね。生きる為の条件のようなものだもの。」


『我々はこの要求から、長期戦を覚悟している。』

「そうなるかどうかは私達次第よ。それと『基本要求』って事は、その他の要求もしてきたのね?」

『そうだ。流石少佐だな。察しが早くて助かる。臨時要求として、仮設足場を持ってこいと言ってきた。』

「仮設足場…。あの建設現場で使う仮の足場ね…。建物をグルッと囲んで見えなくする為かしら…。」


『詳しい理由は分からないが、我々は彼らの要求を飲んだところだ。何せ、大量の人質がいるからな。足場程度ならば問題ないだろう。』

「状況が状況なだけに仕方ないわね。だけど、問題は大アリよ。」

『ん?』

「まずは、建てられた足場に触れては駄目。むしろ近づいても駄目ね。触れた瞬間、即死するような罠や、触れた途端離れられなくなる罠など、どんな細工をほどこされているか分かったもんじゃないわ。」

『なんと…。』


まだまだ能力の恐ろしさを実感していないようね。

早く手を打たないと、どんどんこっちが不利になっていく状況に、不安は大きくなるばかりだった。

映像に映し出された建物、東京ドームを見ながら対決の時は近いと感じていた。

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