第60話『世界へ―』

「申し訳ないけれど、プレゼンを1週間伸ばさして頂戴。」

『承知いたしました。こちらは問題ありません。』

「その代わり、とびっきりのプレゼンをご覧あれ。」

『楽しみにさせていただきます。でわ…』


スマホの通話を切る。

キーボードの着いているタブレットを開き、プレゼン資料をチェックし訂正箇所を書き込んでいく。

「あらっ!素敵なアクセサリーですぅ!新作?」

「そうよ。芽愛に褒めてもらえると自信がつくわ。でもね、ちょっと修正したい部分が見つかっちゃって…」

「相変わらず忙しいね。」

「いいのよ。自分で望んで飛び込んだんだから。」

私は時時雨財閥系列の、アクセサリー会社の企画部に所属しているわ。


そう、あれから3年が経ち、高2なったわ。

私は成長が止まったかのように変化がないけれど、芽愛は少し大人びたかも。

同じぐらいの背丈だったのに、彼女の方が少し高くなったわ。

………

悔しくなんかないわよ。

まぁ、見た目はあの時のまんまで、すっかり社会人が板についてきちゃった感じ。


ガコンッ!

突然バスが小さく跳ねる。

「お嬢様。舗装状況が悪いようです。気を付けてくだされ。」

「いいのよ、谷垣。この道路にこのバスだからね。仕方ないわ。」

30人程度乗れる大型バスに、10人程度が乗っている。

窓の外では、夏真っ盛りの光景が広がっている。

今日は夏休み最初の週末。


「すげー田舎だな。人、住んでんのか~?」

「田舎もいいもんだぞ。」

大学生になって、すっかり大人びた疾斗が、親友の刀真と窓の外を除いていた。

「バケモノとか妖怪とか出て来そうだぜ。」

「妖怪が出そうな田舎に、思いを馳せるのも一興よ。」

「そんなもんかねー…」

彼は、私の言葉にはあまり興味はなさそうだった。


「りー君、あーんして~」

「可憐ちゃん、恥ずかしいよぉ…」

力音と可憐は、まだ恋人同士ね。

よくもまぁ、3年もあの状態が保てたものね。

学会に発表出来るレベルだわ。

力音はボディービルダー並に体を鍛えている以外は、大して変わってないわ。

中身もそのまんまだし。

可憐も大学生になって、見た目だけはすっかり大人の仲間入りね。


「ほらほら、烈生君、あそこ見てみてよ!」

「夕美お姉ちゃん、苦しいよ…」

烈生を、大きく成長した胸で押しつぶすかのように、夕美が窓を覗き込んでいたわ。

「夕美!いいかげんにしないと、本当に窒息しちゃうわよ!」

彼女はすっかりショタに目覚めてしまって、巻き添えをくらっている烈生には本当に申し訳ないわ。

まぁ、彼の純粋さに惹かれないのは真逆とも言っていい疾斗ぐらいだと思うけどね。


夕美も大学生になって、また弓道をやっている。

彼女もすっかり大人っぽくなっちゃったわ。

烈生は中学2年生になって、背もぐんと伸びて抜かされちゃった。

ちょっとイケメンの風貌も出てきたし、夕美が唾を付けているのも分からなくはないわね。


そうだった。

「新作アクセサリーの試供品があるから、芽愛と夕美にあげるわ。後、吹雪にもね。」

私はバックから絶賛プレゼン中の、アクセサリーを3人に渡す。

「ありがとうございます~♡」

純粋に喜ぶ芽愛。

「えっ!?本当にいいの?」

驚きながらも受け取ってくれた夕美。

「わ、私はいいよ…。似合わないし…」

吹雪は照れているようね。

「いいから。ほら、着けてみて。」

ペンダントを強引に付けてあげる。

「胸元にキラリと光ってて…、とても似合っているわ。」

「…………。あ、ありがと…………」

吹雪も相変わらずね。


二人っきりの時は、かなり慣れてくれたのだけどね。

能力と一緒に、自信も失っちゃった印象よ。

彼女も同じ高校に通っているけれど、特進コースの私達とは違って普通コース。

背伸びはしたくないんだって。


「でもこれ…、高いんじゃないの?」

吹雪が心配そうに訪ねてきた。

「売り出しは…、だいたい30万円ぐらいね。安いものよ。」

「えぇー?」


「気にしなくていいわ。そのアクセサリーのブランドは私が立ち上げたプロジェクトなの。だから問題もないわ。その代わり、時々気が向いたらで良いから、着けて出かけなさい。宣伝してくれたらそれで十分よ。」

4人でスタートした新ブランド「心優」は、今じゃ年間売上2億を突破。

まだまだ伸びるわよ。

今度は世界に打って出るから。


「お嬢様。そろそろ会場です。」

「わかったわ。」

タブレットの電源を切りバックに仕舞う。

バスは広い駐車場に到着した。

場違いなほど豪華なバスは、ものすごく目立っているようだけれど、気にする必要はない。

今日は護の陶芸家としてのデビュー日なの。

このぐらい盛大に迎えてあげないとね。

ちなみに1週間後には、今日の打ち上げと称して、全員で海外旅行に行く予定よ。


早速彼の元へと向かっていく。

少し落ち着いた感じになっていた護。

「護っ!」

「おぉ!心優!来てくれたのか!」

彼は大人の渋さが出てきて、いい感じにイケメンになったわ。

私が後10歳年を取っていたなら、狙ってもいいレベルよ。

フフフ…、詩織は大物を釣ったわね。

走っていくと、20点近い作品が並べられていた。

私は早速注文の品を要求すると同時に、谷垣を呼んだ。

「谷垣!」

「ハッ!」


彼は呼ばれる事が分かっていたかのように、背後で待機していたようね。

綿の手袋を装着すると、直ぐに1品を手にし鑑定を始めた。

護は固唾を飲みこみ、真剣な表情で見守っているわね。

谷垣は、こう見えても陶芸品の鑑定では少し名が知られているわ。


「お嬢様…」

「まどろっこしいのは必要ないわ。ハッキリ言って頂戴。」

「ハッ…。まだまだ荒削りなところがありますが、3年という年月を考慮すれば、この先かなり楽しみな作品であります。私も一つ買わせてください。」

「そう。良かった。」

彼が買うというなら、それは既に一つのステータスよ。


ニシシーと笑う私と、ホッと胸を撫で下ろす護。

「谷垣さんに評価してもらえたなら、かなり自信もつきました。ありがとうございます。」

「いえいえ、身内だからと言って無駄に持ち上げてもいません。このまま頑張ってくだされ。」

「ウスっ!」


「護、例のブツは?」

「あぁ…、ここにあるけど…。本当にコレでいいのかぁ?こういっちゃぁ何だが、かなり酷いぞ?最近作ったやつの方が…」

「いいのいいの。ソレが欲しいの。護が一番最初に作ったやつ。」

「お前も変わってるなぁ…」


早速受け取る。

素人から見ても酷い出来かも知れない。

だけどこれは、私達が生きているからこそ生まれた作品。

私達の、命がけの努力の結晶。


「谷垣。」

「ハッ。」

彼は何も言わず、チタン合金製の外装で内部は特殊素材で作られた衝撃吸収材の詰まったケースに、護の作品を丁寧に収める。

「このケースなら、戦車で撃たれても踏まれても中身は大丈夫よ。」

「大袈裟だろ…」


「この品のお礼が必要ね。」

「いらねーよ、そんなもん。今の俺の状況こそが、これ以上ないほどのプレゼントだ。」

「そうはいかないわ。」

「師匠!」

私が呼ぶと、護の師匠がゆっくりと登場する。

腕には1歳半になった、護と詩織の子供である聡志さとしが抱かれていたわ。


そう言えば我が家には、弟の勇気ゆうきが誕生しているわ。

奇しくも聡志と同じ学年になったわね。

だから私も自由にやりながら、財閥への関与も深めているところよ。

勇気は絶賛英才教育中。


「これはこれは…。お嬢様、お久しゅう。」

「護が世話になっているわね。」

「滅相もないわい。こやつはまだまだ成長する、近年稀にみる有望株じゃ。」

そう言うと、抱かれていた聡志が「ジージ、ジージ」と師匠を呼ぶ。

彼は目を細めて相手をしていたわ。


「すっかりメロメロね。」

「そう言うな。年寄りには、何よりの薬じゃわい。」

「それで師匠、あなたの向かいの山、1千万で売りなさい。」

「………。ちと高すぎじゃが…?」

「安いものよ。護。その山は、さっきの器の代金よ。受け取りなさい。」

「はぁ~?」

「聞こえなかった?あなたの山よ。山の代金のお釣りで、釜と作業場でも作りなさい。」

「おいおい、ちょっと待ってくれ…」

「その代わり!」

護の反論を遮るようにする。


「あなたの作品は、一番に私に見せること。いいわね。」

「あぁ…、もう…。好きにしてくれ。」

「じゃぁ、好きにさせてもらうわ。詩織、聞いたわね。」

「はいっ!」

「護のこと、しっかりサポートしなさい。」

彼女は少し涙ぐんでいたかもしれない。


お節介かもしれない。

だけれど私はやめないわ。

自分の立場を最大限活用するの。

力音がやりたいスポーツジムだって、介入するつもりよ。

勿論、他の仲間だって…

道楽だって笑われたっていい。

これこそお嬢様だからこそ許される我儘だし、一生関わっていく権利も欲しい…、のかも知れない。

何でもいいわ。


そんな時だった。

「エクスキューズ・ミー。あなたが時時雨 心優デスネ?」

突然外国人の青年に話しかけられた。

まぁ、こんな見た目だし…、あれ?私の名前を知っていたわね。

あぁそうか、この前の雑誌のインタビューでも見たのかしら?


「何の用かしら?」

この外国人…、どこかで見た気がするわね…。

見た目は20歳ぐらい、短髪で青い瞳が私を捉えている。

「噂に違わぬ、美しい女性ひとだ…。」

そう言って私の銀髪に触れようとする。

咄嗟にその手をはらう。

「無礼者!谷垣!」


谷垣は既に私達の間に立ち塞がる。

「お引き取り願いましょうか…」

彼の凄みの効いた視線は、気の弱い人なら失禁するレベルよ。

すると、外国人の背後より筋肉ムキムキの2メール級の大男3人が谷垣の前に躍り出てきた。

「おいおい、いい度胸じゃねーか!」

「心優タソには指一本触れさせないお!」

疾斗につられて刀真と、力音も躍り出る。

護も頭に巻いていたタオルを取ってコキコキと指を鳴らしながらやってきた。


「下がるのだ、SP達。」

SP…?

私服警官Security Police

それでピンッとて、外国人青年の正体が分かったわ。

なんでこいつが…。

私は悪い予感がしていた。


「申し訳ないけれど、全員バスに一時移動よ。悪いけれど、護も来て頂戴。」

仲間達は一度バスに戻る。

そこにさっきの外国人一行も乗り込んできた。

「ここならイイネ。話しやすい。」

「それで?アメリカ大統領の息子が、何の用事かしら?」

私の言葉に全員が言葉を失う。


「あぁ、気が付いていたんだネ。それなら話も速いデスネ。」

「時間は有限よ。さっさと済ませて頂戴。」

「いやいや、心優サンにとっては、無限でしょう。」

「………。」


警戒度が跳ね上がる。

谷垣もSPと睨み合っていた。

バスという空間が、一気に不利になったと感じていた。




彼が言った『時間が無限』という言葉の意味は…




それは時間が止められる孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの事を指しているから…




「残念ね。『今は』有限よ。」

敢えてそう答えた。

つまり、能力は失われたと伝えたつもり。

「それも勿論把握済みデスネ。だけれど僕は、『封印を解く能力』が使えます。」

何なのよ、その局地的かつ、この状況を最悪に導く為だけの能力は…

「断るわ。」

「WHY?このままでは、いずれ全員ミナゴロシになるのに?」


彼の言葉は、最悪の状況を確定させた。

つまり…

「狐!近くにいるのでしょ!出て来なさい!!!」

私の言葉と同時に、1羽のフクロウが、バスの中へと飛んできた。

SPや仲間達が驚く間もなく、私の前の座席の上に止まる。


「クソ狐!どういうこと!?説明しなさい!!!」

フクロウはまんまるの目を私に向けている。

「どうして我がいると分かった?」

「どうせ姿を変えれば、私達の前に再び現れてもいいのだろう?ぐらいの考えで私の望みを叶えたのでしょ!」

そう、「二度と私の前に姿を現すな」と願った。

それは「狐の姿で」と解釈することも可能ではあるわ。


「ふむ、そんなところだ。」

「言葉遊びは、もう沢山なの。」

「残念ながらそうもいかなくなった。」

「どういうこと?」

「3年前の突然変異は、アダムだけでは無かったということだ。」

「世界規模だとでも言うつもり?」

「そうだな。」

「………。」


私は絶望した。

「あんな辛い思いを、もう一回やれとでも言うつもり?」

「だが、やらなければ…」

やられる…

私は、現状が気になった。


「あなた…、確かマイケルね。」

「YES!」

大統領の息子だというのは確定ね。

「それで?どんな状況なの?」


「かなり押し込まれている。表面上はアメリカとロシアとの第二次冷戦状態。だけれど実際には、数に任せてアメリカ国内に多数の工作員が送り込まれ、要人が次々に襲われている。このままでは防ぎきれないことは明白。そこで、長く親交のある新垣首相に相談したら、君達の話が出たのさ。」

「それほど追い込まれているってことね。」

「………」


マイケルは答えなかった。

もうアメリカ単独ではどうしようもないところまできている、そう青い瞳が語ってきていた。

「ハァァァァァ………」

深い溜息が漏れる。

「少し時間を頂戴。」


マイケルは小さく頷くと、SPを伴いバスを降りた。

谷垣が扉を締める。

「ど…、どうなさいます?」

芽愛が心配そうな表情で、私の顔を覗き込んできた。

どの仲間も、どういう答えでも受け取るという意志が読み取れた。






私は重大な決意をしようとしている。


異能の世界に再び戻るとしても、


どこかで能力者に殺されるであろう世界に踏みとどまるとしても、


どちらにせよ…











「ろくな事には、ならないわよ?」











「おしっ!いっちょ、やってやろーじゃねーか!」

「おい、疾斗。まだ結論は…」

現在の問題が、どれほど重要なことか理解している刀真が、早とちりの疾斗を制止しようとした。

「もう答えは出ているんだろ?やらないよりはやる方が、俺達らしいだろ!」

彼の言葉は、仲間達の頬を緩めた。


「まっ、疾斗の言うことも一理ある。」

護がニヤリと笑う。

「僕は心優タソに一生付いていく。」

「りー君がやるなら、私も頑張るっ!」

力音と可憐が賛同してしまう。


「僕もお姉ちゃんを守ると誓ってる!」

「もちろん私もお供いたします。」

烈生と谷垣が視線を交わし微笑んだ。


「そうね、心優ちゃんには返しきれない貸しもあるし、それに私達にしかやれないことでしょ。」

夕美が立ち上がりながら答えた。


「私も…、やる。」

吹雪がポケットに手を入れながら答える。

俯き加減だったけれど、その視線は真剣そのものだった。


「勿論私もやります!」

芽愛が大きく手を上げる。

そしてグッと手の平を握った。

「今度は心優を泣かせないから!」


「皆…。」

私はそれでも少し迷っていたかもしれない。

だけど…




皆の温かい表情からは―




沢山の勇気を貰っていた―




「新生黙示録アポカリプス結成を、ここに宣言するわ!!!」




こうして再び異能の世界に飛び込んだ私達―




この後に見た世界の終焉は―




気が向いたら話すことにするわ―




ろくでもない世界に輝いた―




救世主達の活躍をね―



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孤独な皇帝 しーた @sheeta

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