第23話『自分を信じなさい』

「芽愛、あなたが作った料理はあるの?」

「はい!これとこれ、後スープも作りました!」

私はどれも味見をするように口に運ぶ。おや?案外美味しいかも。

「美味しいわ。合格点よ。」

「やった。」

そう言って頬を赤らめつつ喜ぶ姿は、まるで恋人に手料理を褒められたかのようね。

………。

まぁ、いいわ。


「うめー!肉なんか口に入れた途端とろける~。」

咲は本当に下品ね。

「本当に美味しいね。でも、高いんじゃ…。」

夕美はこういう細かいところも律儀に考える人。たかが弁当何だから気にしなくていいのよ。

「二人共食べ過ぎには注意して。適量が大切よ。食べすぎて眠たくなったりしたら、それこそ集中出来なくなるわ。それとお金に関しては心配しなくていいのよ。」

「でも…。」

「私は最高の状態を維持する為にしているだけよ。」

芽愛も含め、4人で食事を済ませると、案の定大量の余り物が出ているわ。


「ごちそうさまでした。あの…、美味しくて余ったの勿体無いので、他の人にも振る舞ってもいい?」

「好きにすれば良いわ。」

「ご主人様がそう言うなら私も構いません。」

夕美は近くの老若男女に声をかけて、おすそ分けし始めたわ。

貰った人達の感想も悪くないわ。むしろ良い反応ばかりよ。

いつの間にこんなスキルを手にしたのかしら。


「午後からは厳しい試合になるわ。ここからが本番よ。」

「そうね、私も慢心しないように注意する。」

「まっかせとけーってー!」

咲は美味しいものを食べてご機嫌ね。ほんと単純ね。

13時から始まった3回戦だけれど、今回ばかりは相手が可哀想だったわ。

何せ、咲が1度外した以外、全て的中。24発中23発が的中だし。

ご老人のチームだったけれど、若いもんには敵わんとか言っていたわ。


そんなんじゃ駄目よ。

若い人の目標になるぐらい、グウのねも出ないほど圧倒的大差で勝利しないと。

もし負けたとしても、次は勝てるかどうかわからないぐらいのインパクトは残すべきだわ。

それが大人の威厳。

まぁ、それは別にいいか。

「この勢いのまま決勝も勝ちにいくわ。」

「オーケーオーケー!」

「後1勝だね!」


相手は予想通り可憐のチーム「可憐Girls」が上がってきたわ。

的中率もかなりなものね。油断は出来ないわ。

本来ならば揺さぶりや動揺を誘う場面ではあるけれど、今回ばかりはガチで勝たないと意味がないのよね。

だってそうでしょう。本気マジの勝負ほど人を成長させるものはないわ。

咲はともかく、夕美には私の手足になってもらう人材なの。

こんなところでつまづいてもらっていては困るわ。

一応揺さぶりをかけるつもりもあったけれど、こちらも調子が良いしね。


「余裕そうね、可憐。」

トーナメント表を腰に手を当ててドヤ顔で見る彼女小生意気な小娘に声を掛ける。

「あら、心優さん。お手柔らかに。」

オーホホホホホッとか聞こえてきそうな態度と表情。

そんな奴、現実にはいないけど、何故かムカつくわね。

パパが仕事で絡んでなければ、速攻で潰しにかかるところよ。


まぁ、いいわ。

決勝戦ともなると、かなりの数のギャラリーもいる。

試合開始のアナウンスと共に、徐々に静かになっていき、静寂が弓道場を包んだわ。

風の流れる音しか聞こえないほどの緊張感が包む。

「ここに来てビビらないでよね。こんな経験、大人になれば嫌というほど味わうわよ。」

「年下に言われてもなぁ~。」

咲の言うことも半分合っているわ。

でも、相変わらずの大馬鹿ね。


「バカね。私は既に魑魅魍魎ちみもうりょう蔓延はびこる世界に居るわ。年齢や人で判断しないで頂戴。」

「あー、そうだったねー。わりいわりい。」

「だいたい、三つの忘れ物、覚えている?」

「あー、えーっと、会、物見、離れだっけ?」

「最後は残心よ。」

「そう、そうだった。会、物見、離れ…。うしっ!」

残心だっつーの。

はぁ…。心配ね。

とはいえ、彼女にはノリと勢いで突き進んでもらうしかないわ。


可憐Girlsチームが先に入場する。

私達の青月石学園チームが後に続く。

6人並んで競技することとなる。各チームは前から順番に各々のタイミングで射っていくことになるわ。

一番気になる先頭の咲の1射目…。

スパンッ!

的には当たったわ。三つの忘れ物もちゃんと覚えていたみたい。今回はしっかり意識して射っていたわ。

これなら何とかなりそうね。


真ん中の私の番。

スパンッ!

ど真ん中に的中よ。

撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無してやつよ。

イマイチ当てはまらないですって?

こういうのは「流れ」とか「雰囲気」で感じ取るものなのよ。

覚えておきなさい。

細かい指摘とか揚げ足取りなんてみっともないから辞めなさい。


後ろの夕美も当てた。

隣を見ると、可憐のチームも全員当てていた。

試合が進むにつれて、少しずつ場の雰囲気が張り詰めていくのが分かったわ。

だって、誰も外さないから。

次々と放たれていく矢は、どれもこれも的に吸い込まれていった。


1度に持っていく矢は4本。

なので、4回射ったら一度道場から退場することになるわ。

その度に矢を回収し、再度試合をする。

しかし、規定の8本射ち終わっても全員1本も外さなかった。

会場が少しどよめきつつも盛り上がっていくのが感じ取れる。

面白くなってきた…。

たかが地方の大会で、これほどの接戦が見られるとは…。

どっちが勝つのか…。

そんな会話が休憩室にまで聞こえてくると、流石に夕美と咲にも緊張感が見えてくるようになってしまった。


これはまずいわ。

こうなると、細かい技術よりも精神的に強い方が勝つわ。

「あなた達、この程度で緊張しないで頂戴。」

「え~。だってさー…。」

咲の勢いも消えかけているわね。

「観客の視線が熱いかもしれないけれど、観客なんてゲームで言うところの『村人A』だと思えば良いのよ。」


二人は顔を見合わせい呆気に取られていたけれど、直ぐに吹き出して笑ってくれたわ。

「はははははっ!そりゃぁいいわ。」

「フフッ。そんなもんかもね。」

「そうよ。どうせどっちが勝とうが観客は関係ないのだから。それに、お金取ってるプロの試合でもないんだから、気にすることなんてないのよ。試合をしているのは私達。勝敗を気にするのも私達なの。だから勝ちにこだわりなさい。今が勝負どころよ。」

「そうね。心優ちゃんの言う通り。気持ちで負けた方が簡単に崩れちゃうね。」

夕美は試合経験が豊富なだけあるわ。

それに、この言葉が出ること自体、彼女がどんな修羅場をくぐり抜けてきたか想像出来るわ。

それに敗因をしっかり検討しているのもね。

「よしっ!次も当てちゃうか!」

「その意気よ。」

「頑張ろう!」

何だかんだと3人の意思疎通も出来るようになってきたわ。


運営係より伝令がきたわ。

「ここからは先に外した方が負けとします。各チームの先頭二人の選手が射ち終わってから次の選手の射撃開始とします。」

つまり、進行速度を合わせるってことね。各々勝手に自分のタイミングで射つと、どっちかのチームが早く終わるケースも当然あるわ。

これだと勝敗が分かり辛いので、進行速度を合わせて勝敗を分かり易くするって意味よ。

サッカーで言うところのPK戦みたいなもんよ。


再開された試合は、さっきよりも緊張感でピリピリしていたけれど、私達は良い意味でいつも通りの射撃を繰り返していく。

そして次の4本も相手含めて6人全員が当ててしまう。

調子が良いだけに、向こうが崩れてくれれば楽なのだけれど、長期戦は好ましくないわ。

試合慣れしていない咲がいるからね。

そして次の射撃が始まった。


まるでループ映像を見ているかのように、同じように射ち、同じように的に当っていく。

しかし、3順目の私の番の時にアクシデントが起きた。

弓を引き切り、『会』の状態。狙いを定めているその瞬間。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ………


弱い地震が会場を襲う。

緊急地震速報が鳴らないところをみると、大した揺れではないはず。

私は集中力を切らさないよう、小さく揺れる視界の中で、的を一点集中していく。


!!!


スパンッ!


見事的中よ。

地震ごときで動揺する私ではないわ!


残心を終え、我に返ると、観客は予想以上に動揺が走っていたようね。

「お知らせします…。」

アナウンスが放送され、地震は大したことがないことと、試合を続行することが告げられたわ。

天変地異で勝負がお預けなんて、こんなつまらない結果はないでしょ。


そして次は、可憐と夕美の勝負になる。

この二人はとても似ている射撃を繰り返しているわ。

どちらも当てて当たり前。いつもの自分を出すだけといった雰囲気がそっくりよ。

地震によって可憐の小さな動揺が見て取れた。

夕美の表情は分からないけれど、信用しているわよ。


その夕美はなかなか動作に入らない。入る気配がしない。

可憐が先に射撃体制に入った。

ゆっくりと弓を引き始めたその時。

ププーッ!

少し離れた場所から、車のクラクションの音が静かな弓道場に響いた。

それほど大きな音ではない。

だけれど、地震の後の精神状態には、強く深く音が響くのが感じ取れるわ。

可憐は完全に動揺し、狙う時間もそこそこに射撃してしまった。


カツンッ!


あぁ…。

そんなため息混じりの声が観客から漏れてきた時、可憐は我に返った。

外してしまったのだ。

ざまぁ…、ではなくて、人としての器の大きさの差が出たわね。

地震でも外さなかった私と、たかがクラクションの音で自分を見失った可憐。

まぁ、その程度よ。

後は夕美を信じるだけ…。


彼女の上衣の擦れる音が聞こえる。

やっと射撃体制に入ったようね。

しかし、なかなか弓構えにいかない。気を落ち着かせようとしているのか…、それとも…。

私は小さな声で呟く。


「自分を信じなさい。」


たった一言。もしかしたら聞こえなかったかも知れない。

だけど夕美は弓を引く。

ギリッ…

弓がしなる。


スパンッ!


矢は…、よりによって的の中心を撃ち抜いた!

「おぉぉぉ!!!」

緊張感漂う接戦に終止符を打った射撃は、観客を唸らせるほど見事だったようね。

「勝負あり!勝者、青月石学園チーム!」

即座にアナウンスがかかり、会場からは拍手が巻き起こる。

私達6人は会釈すると、道場より休憩所へと移動していった。


パチパチパチパチッ…

休憩所に入るなり、他の選手から拍手で迎えられたわ。

「いい試合だった!」

「感動した!」

「優勝おめでとう!」

どれもこれもありきたりでヒネリもないわね。

でも、ちょっと気持ちいい…。

べ、別に嬉しく何か無いんだから!


とでも言えばいいのかしら。

まぁ、いいわ。

ここまでは既定路線だったはずよ。

最後ちょっと苦戦したけれど、結果的には良かったわね。

特に、夕美が。


表彰式を終え、大会が終了すると、私は我慢に我慢していた事を済ませることにする。

「あら、準優勝の可憐さん。まだいらしたの?」

露骨に悔しがる彼女の表情は最高ね。

「地震もあったし、私が射つ時にクラクション鳴るし、仕方ないじゃない。」

「プププッ!」

「ちょっと、笑うことないでしょ!」

「その地震の最中、しっかり当てたのは誰だったかしらーぁ?」

「くっ…。」

「出た、『クッころクッ、殺せ』!あの程度で動揺しているようでは、オークに掴まっても当然ね!」


ポカーンとする可憐。

あっ…。

やってしまった。ゆ、油断したわね。私としたことが…。私こそオークに掴まったエルフのようになってしまったわ。

だけれど、平常心を保ち内心関係ない素振りを思い浮かべる。

「心優さん…。」

「なに?」

「今度ゆっくり、今の話の続きをしましょうよ!」


目を輝かせる可憐。

おや?

おやおや?

可憐も漫画とかアニメとか好きな系?

「電撃姫とか名乗ったりして、もしかしてって思っていたのよ!きっと話が合うわ!私の今の一押しはね…。」

「ストーップ!」

「………。」

満面の笑みで押しの話は、今は聞きたくないわ。

周囲の目とか気にしなさいよ。まったく。

そんなんだから、肝心な時に外したのよ。

まぁ、でも、ちょっと興味はある。


「今度プライベートで食事しながらにしましょ。」

「素直に嬉しいわ。学校でもそんな話し出来ないし、ちょっとストレスだったのよ。」

「なるほど。じゃぁ、そっち系の人を呼んでおくわ。相当コアで詳しい人物よ。」

「期待しておくわ。これ、私の連絡先。」

そう言いながら電話番号やSNSのアドレスが書かれた名刺を渡されたわ。

礼儀として、私のサブの予備のアドレスを教えておいた。


「今日は負けちゃったけど、次は勝つから。」

「そんなアニメのようなセリフ、初めて聞いたわ。というか、次はないから。」

「えぇー?」

「弓道は気晴らしでしかやっていないの。」

「………。」

「まっ、条件次第では相手してやってもいいわよ。」

「そうね。お互い忙しいしね。」


何となく可憐は察してくれたようね。

まさしく捕まえたエルフをいたぶるオークのように振る舞うつもりが、予定が狂ってしまったわね。

この鬱憤は、後で芽愛で済ませておきましょ。

着替えを済ませると待っていてくれた芽愛と一緒に、4人でインカネに向かったわ。

面倒だから、咲との約束のバックを買ってあげたの。

まるで子供がオモチャを買ってもらったかのように喜ぶ咲。

まぁ、あんたはあんたなりに精一杯頑張ったご褒美ね。安いものだわ。

彼女はハイテンションで帰っていった。


さて。夕美にはちゃんと話しておかないとね。

「最後、よく当てたわね。」

「う、うん…。」

ちょっと焦る夕美。そうでしょうね。

「てっきり、能力を使うのかと思ったわ。」

私の言葉にドキッとした彼女。

「何でもお見通しなのね。」

「いいのよ。使わなかったじゃない。だけど当てた。だから褒めたのよ。」

「あそこで使ったら、人として負けだと思ったの。」

「そうね。最低ね。」

「………。だから、心優ちゃんの『自分を信じなさい』って言葉が凄く心に響いた。地震でも動揺せず当てていたし、私…、心優ちゃんの事、凄いと思った。」


「素直でいいわ。金持ちのお嬢ちゃんが偉そうにしているだけと思われたくないだけよ。」

「そんなこと思ってないよ。計画性や実行力、どれもこれも大人顔負けだと思った。試合中のフォローも徹底的だったし。」

「私は負けるのが大嫌いなの。圧倒的大差で勝ちたいだけよ。」

「凄かった。本当に凄かった。だから、もしも部員が入らなくても能力については協力する。いえ…、協力させて。」

「駄目よ。約束は守るし、しっかり守ってもらうわ。」

「………。」


あっ、まずい…。

夕美の目が真剣になってきているわ。

あなたは永遠に先輩に恋していればいいのよ!

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