第22話『可憐girl再び』
いよいよ大会の日を迎えたわ。
小規模な大会で団体戦オンリーという、ちょっと変わった条件だけれど、参加者はそれなりにいるようね。
チーム名が書かれたトーナメント表を見る。
私達のチームは夕美の弓道部そのまんま「青月石学院弓道部」と書かれているわ。
ダサいネーミングね。
せめて「ブルームーンストーン」とかにすれば良いのに。
他のチーム名を見ると、中学校から大学といった学生チーム、社会人チーム、地域の弓道会みたいなところもあるわ。
まぁ、事前リサーチによると大したことはないところばかりね。狙い通りよ。
決勝までは合計4戦。
ちなみに、2回戦までは1人四本ずつ、合計12回射撃して、的に当たった本数が多い方が勝ち。準決勝と決勝はそれを二回、つまり1人八本ずつ、合計24回射つわ。
一応決勝で当たりそうなチームを見てみるか。
………。
おい。
なんなのよ、コレ。
私は一つのチーム名に引っかかる。
「可憐Girls」
これは、まさか…。
事前リサーチには無かった名前よね。強引に割り込んできたか、それとも直前になって名前を変えたか。
まぁ、いいわ。
「お、お久しぶりね。」
突如聞きたくも無い声が背後からかけられる。
チラッと後ろを冷たい視線で見る。
「可憐…。あなたも出場していたのね。」
私の内心を読んだのか、少し強気な表情を見せる可憐。
そうか、『
再びトーナメント表を見る振りをして、顔を見せないようにする。
「心優さん。残念ながら今日は勝たせてもらうわ。」
ちっ。何だか自信ありそうね。探ってみようかしら。
「あら、あなた達が優勝するとでも?」
「小さな大会ですけど、結果は残させてもらうわ。」
「ふーん。じゃぁ、準優勝で我慢しておきなさい。」
「そうわいきませんわ。こちらも手練を揃えたのでね。」
やっぱり。自信があるわけだ。
ゆっくりと立ち上がり振り向くと、キリッと可憐を睨む。
そして心の中では最強無敵の電撃姫を連想する。
彼女の表情が一瞬恐怖へと変わったけれど、弓道では負けないという強い意志を感じ取ったわ。
これは強敵ね。
「誰を連れてこようとも結果は変わらないわ。私の無敵伝説に、一つ項目が増えるだけ。」
仲間の元へと戻る。
「いや~、案外観客もいるんだねぇ。」
咲は呑気な事をいいながらも、恐らく緊張しているわね。表情も固いわ。
今のうちに手を打っておきましょ。
「何を今更緊張してんのよ。」
「緊張というか、何だかいつもと違うというか…。」
彼女の練習にも当然立ち会っているの。
まさしくビギナーズラック中で、射てば必中モードよ。
だけどやはり初心者ね。
偶然技術が伴っても、経験というのは補えないわ。あんた達も覚えておきなさい。
ちょっと雰囲気が変わっただけで緊張するってのは、そういうことよ。
「咲。雰囲気に飲まれないで。あなたらしくないわ。的だけに集中すれば良いのよ。自分を見失わなければ、結果が勝手についてくるの。あなたなら出来る。」
彼女は勢いで押していくタイプよ。だから褒めて伸ばす。
「そ、そう?そんじゃぁ、いっちょ、がんばりますかー。」
そうそう、そんな感じでかるーくゆるーくやって頂戴。
とは言え、褒めて伸びるなんてのは、本当はまやかし。
だって、伸びる子は勝手に伸びるからね。
褒めて伸びたとしても、言葉の効力が消えれば元通り、もしくは前より酷くなるわ。
褒め続ければ伸び続けられるですって?
バカじゃないの?
現実を受け入れられないから、そんな甘ったれた事を言うのよ。
人は誰だって成長するチャンスがあるの。
それを一つずつ確認して、一歩ずつ進んでいけば良いだけよ。
自分で自分を褒めなさいよ。
永久機関でしょ。
余談が過ぎたわ。
夕美の方もフォローしておきましょ。
入念な準備は大切よ。
「基本的には夕美もそうよ。廃部だとか、先輩の事とか、それらは後から考えなさい。今は的に集中。一点集中よ。」
「うん、そうだね。私、頑張る!」
「それじゃぁ駄目よ。過去の成績も忘れて、初心を取り戻しなさい。初めて出場した大会の空気、緊張、雰囲気。今はそれを思い出す時よ。」
「………。」
彼女の目を覗き込む。
夕美は過去の自分を思い出しているはずだわ。
その記憶は美化され、さぞ美しい映像でしょうね。
輝いているほど、私の言葉が重くのしかかってくるはずだわ。
だってそうでしょ。
どんな思いで始めて、どんな思いでここまで来たのか。
その内容が濃ければ濃いほど、これからの事を真剣に考えるはず。
そうすれば、今、何をすれば良いか自然と分かってくるものよ。
どうも今日は説教臭くていけないわ。
私もそろそろ試合モードに入りましょうか。
可憐のチームが気になるけれど、決勝まで当たらないのは、むしろラッキーだったかもしれないわね。
何でかって?
簡単よ。偵察出来るでしょ。
そうすれば対応策だって考える余地が出来るわ。
初戦であたったら、こっちの体制を整える時間も、対抗策も練られないじゃない。
大会が開始された。
1回戦は中学生チームよ。
咲と似たり寄ったりの経験程度では、これだけの観客を前に緊張して手元が狂ってくる。
案の定、かなり外してきた。命中率は5割り程度かしら。
私と夕美は当然全射命中。
まぁ、私は当然の結果として、夕美は良い感じで程よい緊張感にも包まれて、慢心も油断もない感じね。
合格点をあげるわ。サンバでも踊って喜びなさい。
それに比べて咲は落第点よ。
最後にようやくギリギリ当てただけ。もう少し手を入れておきましょ。
こういった心理状態のケアや管理はとても重要。
どんなスポーツでも、どんな仕事でもそうかもね。
高い実力をもっていても、ちょっとした精神的なダメージが試合を左右する事だってあるわよ。
「咲。どうしたのよ。」
「いやー、なんかキツイっす。」
「きつくなんかないわ。勝手に自滅しているだけよ。苦しいって勝手に思っているだけ。」
「えー?個人的な問題なの?」
「そうよ。」
「えぇー?なんかさー、こういうのクリアする為のおまじないとかないのー?」
まったく。
自分で乗り越えてこそ成長するのに…。仕方ないわね。
「あるわ。」
「あるの?」
夕美が反応してどうするのよ!
「これでも有名なまじない師とかにも会った事があるし、任せておきなさい。」
まずはハッタリから入るわ。
有名なまじない師なんて、半分ペテン師でしょ。
ペテンだと気が付かないように誘導出来る技術があれば、後は勝手にその人は助かる寸法よ。
効かなければ、信用してくれなかったとか、適当な事を言っておけば良いんだから。
本当にまじないが効いて助かったならラッキーね。
その恩は大切にしておきなさい。
私は立ち上がると、ペタンと座っている咲の目の前に移動する。
そして徐ろに両方のほっぺたを包み、強制的に視線を自分に向ける。
突然の事に驚く表情を見せた咲。
彼女は慌てて、私の手を振りほどこうとする。
「私の目を見なさい。」
「ちょ…、ちょっと待ってよ…。」
「………。」
有無を言わさず続ける。
「あなたは緊張なんかしていない。」
「………。」
今度は咲が黙る。慌てていた素振りも収まっていく。
「三つの忘れ物をしているだけよ。」
「三つ?」
「そうよ。今から教えてあげるから、私の目を見ていなさい。」
ここまでくると暗示の一種ね。
咲の表情は驚愕から恐怖、そして少しずつ期待へと変わっていく。
「まず一つ目。あなたは『会』の時、しっかりと引き切っていないわ。だから矢が失速して当たっていない。」
「………。」
思い当たる節があるような表情をした。
「二つ目。『物見』がしっかり入っていないから、見ている視点が狂って狙いが定まっていない。」
「………。」
これも同じ反応。
まぁ、後ろからじっくり見ていれば分かる程度のことよ。
「三つ目。『残心』が汚いわ。綺麗に見えるように意識しなさい。」
「残心?」
三つ目にだけは反応したわ。予想通りよ。
「そう。当てようと意識するあまり、全体的に姿勢がくずれているの。だからいつものように飛んでくれない。そして残心も崩れるの。」
「………。」
自分が一番重要だと思う事に固執することは、大きくは間違ってないわ。
今回の咲のケースで言えば、射つ瞬間の『離れ』でしょうね。
そこを
だけどね、全体的な流れも同じぐらい重要よ。
射法八節。個人的には当てる為のルーティンだと思っている。
つまり、いつも同じ動作で狙えば確立あがるんじゃね?みたいな考え方よ。
理屈的には、その通りよね。
まぁ、それが難しいから面白いのだけれど、面白いと感じる前の段階の咲にとっては難しい課題なのは理解しているつもり。
だから少しでも彼女が当っていた時のルーティンを思い出させて命中率を上げる。
うまい具合に暗示にかかったか、次の試合で確認しましょ。
次の対戦相手も大したことはないわ。
だからここで調整しておかないと、その先は勝つのが難しくなっちゃう。
準決勝までくれば、そこそこ上手い連中と当たる事になるでしょ。
さて、ペテンにかける最後の仕上げをしましょうか。
「どうかしら?当っていた時の感触が、少しでも思い出せたかしら?」
「う…、うん…。」
自信がなさそうね。だったら強いインパクトで脳裏に刻んでもらいましょ。
顔をゆっくりと近づけていく。
「大丈夫。体が覚えているから…。三つの事をしっかりと意識すれば、ほらっ、調子が良い時のイメージが浮かんでくるでしょ。」
唇と唇の距離がかなり近い。
彼女が違う意味でドキドキしているのが分かる。
高校生と言っても、可愛いものだわ。
「み、心優ちゃん?顔が近いよ。」
もう唇と唇が触れそうな距離。相手の吐息が感じられる距離。
彼女は次に何が起きるのか予測している。
まさか、こんなところで…。
バカね。
するわけないでしょ。
パンッ
顔を離し、突然手を叩く。
広い休憩所に集まっていた他のチームの人達も何事かとこちらを向くほど突然のことだったわ。
人によっては咲の事を平手打ちしたかと思ったかもね。
当の本人は、ドキドキ感から突然開放され、いや、突き放され現実に戻ったようね。
「おまじないは効いたかしら?」
「多分…。うん、前よりいい感じ。さっすがお嬢様ー。」
やれやれ。
手間のかかる先輩だこと。
「本当?私も覚えよっかな?」
またしても夕美が反応したわ。バカな娘ね。
「あんたには無理よ。」
「えー?今の手順でやれば良いんでしょ?」
「でも駄目よ。絶対に効かないわ。」
「?」
「夕美はナンバー2でこそ輝けるタイプよ。あなたの上司には冷静に計画を組み立てられるタイプの人が理想だわ。そんなナンバー2のおまじないなんて誰が信用するのよ。そんな小細工なんかしないで、あなたはいつも通り熱く引っ張っていけば勝手に部下はついてくるし結果も出せるわ。」
「そ、そうかな?」
「そうよ。先輩というトップを失ったあなたは、どうして良いか分からず、我武者羅に突っ走って、勝手に派手に転んだ。それが今の有様よ。」
「ちょっと待ってよ。その理屈からすると、私がトップってことよねー?」
「バカじゃないの?」
咲はどんだけ能天気なのよ!
「夕美がナンバー2タイプなら、咲は先陣を切っていくタイプよ。あなたを良く理解出来る上司がいれば輝けるわね。覚えておきなさい。」
「えー?そうなのー?」
まったく。
「私がトップでしょ、どうみても。今回の計画を立てたのは誰だっけ?その計画を実行出来る能力があったのは誰だっけ?もう。年齢とかで判断しないで頂戴。世の中実力よ、実力。」
「だよね…。私に実力があるなら、今は困ってなかったはずだもんね。」
夕美がションボリする。
「必要以上に自分を卑しめる必要はないわ。自分のポジション、上司や部下、そして仲間と敵ををよく理解し、適正配置してあげれば大概の事は順調にクリアしていけるのよ。」
辛そうな視線を受ける。
「難しくもなんともないのよ。私はこの計画をもってきた時点で、上手くいくという確信をもっていた。だからこそ提案もしたし協力もしているのよ。だから心配なんていらない。必要なのは前進する勇気よ。」
二人は私の言葉を噛み締めていた。
出来ない自分を無理に目指すんじゃなくて、やれる事を確実にこなしていきながらスキルアップをしていけばいいの。
そういった地味な努力はとても大切。
報われない努力があるって?
バカね。報われるまで努力するから成功するんでしょ。
さて、2回戦。
早速咲が外して苛ついたけれど、小声で「三つの忘れ物」と呟いてからは、少しずつ安定してきたわ。
何とかなりそうね。
世話のやけるせんぱいだこと。
二回戦も取り敢えずは勝利したわ。
ここで昼食の時間となる。
頃合いを見計らったかのように芽愛が登場したわ。
「ご主人様!」
重たそうな重箱を抱えて小さい体育館のような広い休憩所にやってきた。
「遅かったわね。」
「いえ、少しでも温かい物をと思いまして、ギリギリ間に合うように来ました。」
「道が混んでいなくて良かったわね。」
「はい!でも、テーブル持ち込もうとしたら運営の人に止められちゃって、本当にギリギリになってしまいまして…。」
「………。あなたにはもっとしっかりとした社会経験が必要そうね。」
勝負事に対して栄養補給は重要よ。だから頼んだのに綱渡りみたいなことして。
後で
まぁ、いいわ。お昼にしましょ。
重箱を開けると、見た目も鮮やかな洋食が次々と並べられていったわ。
肉、野菜、ご飯、パン、スープ…。重箱は外面だけだったようね。
むしろ重箱の意味がないわね。
と言うか、これ何人分作ってきたのよ。
次々と運ばれてくる料理は、確かにそこそこの料理よ。私が言うんだから、下民共から見れば豪華な料理かもね。
だけれど、こういった庶民的な場でこれは駄目ね。
「芽愛、何人分作ってきたのよ。」
「あっ、大丈夫です。私も食べますから。」
「3人が4人になったところで変わらないでしょ!」
「ひ~ごめんなさい…。」
「時と場所を考えなさい。まったく。」
呆れつつも、美味しそうな食事を済ませることにした。
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