第21話『自分を見つめ直す機会』
「私、もう時間がないから、プランをまとめるわよ。」
「あら~。流石お嬢様。忙しそうね。」
「そうよ。理解してもらえると助かるわ。」
「………。」
咲の冷たい視線が刺さるけれど、構う必要はない。
「改めて自己紹介させてもらうわ。私は時時雨 心優。こっちは麻美澤 芽愛。中二よ。」
「よろしくお願いします。」
芽愛が軽くお辞儀しているわ。一応目上を
「げっ。時時雨って、あの財閥の?」
「そうよ。」
「あぁ、納得。報酬金額のゼロを一個増やしておけば良かった。」
「言葉に気を付けることね。外の黒塗りの車。SPが待機しているわ。外国に売られたくなかったら、私の事を誂ったり深入りしたりしないことね。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ…。」
「冗談…、とでも言うと思っているのかしら?」
「分かった、分かったから。怖い事言わないで。」
「分かってくれたなら良いわ。無益な争いはしたくないの。情報管理には気をつけて頂戴。専門家が監視しているから。」
「ひぃ~~~。」
脅しはこれぐらいで良いかしら。
「まぁ、まぁ。私は平野 夕美。こっちが大森 咲。高3よ。」
「よろしくっ。」
あれだけ脅したのに軽いノリね。まっ、こういう人なんでしょ。
というか、細かいところなんか一々気にしていられないわ。疲れるだけですもの。
「で、最終的なプランは、区の大会で優勝し、その動画を流しつつ再度勧誘する。メンバーは夕美と咲と私。動画撮影はうちのスタッフにでもやらせるわ。編集もしておくからクオリティに問題はないわよ。」
「うげぇ。本格的~。」
「やるなら興味を引くように徹底的にやらないと意味がないわ。それに、このメンバーにも意味があることを忘れないで。」
夕美が頷く。
「私は部長として弓道の王道を、咲はビギナーズラックをアピール、心優ちゃんは…。」
「私は背が低くても弓道に影響がないことでもアピールしましょうか。」
私の言葉に夕美の目が輝くのを見逃さなかったわ。
あぁ。あなたはガチのそっち系なのね。
「だよね!心優ちゃん背が低くて可愛いし!あっ、先輩も背が低くてね…。」
「だから、惚気話は必要ないわ。」
「えぇぇ…。」
調子にノリそうな時は、ビシッと遮っておきましょ。
そこへ咲が割って入ってくる。
「よくぞ言った。夕美は先輩の話をすると長いから。」
「でしょうね。好きな人の話しですもの。」
「まっ、先輩の可愛らしさは、なかなかだったしね。夕美の気持ちは分からんでもないけど、男も知っときなよ~。心優もそう思うでしょ?」
カマをかけてきたわね。どうせセレブ社会に興味があるんでしょ。
「私の知ってる男は、どいつもこいつも器が小さくて興味ないわ。」
「おぉっと。財閥のパーティーとかで知り合うの?」
「そうね。だけど小物臭が酷くて、全然相手にならないわ。」
「へー。言われてみれば、お坊ちゃんってイメージもあるかも。」
「お坊ちゃんでもかまわないの。だけれど、見ている世界が狭いのよ。だから興味もわかない。好きどころか嫌いにすらならないわ。」
「ふーん。」
咲はイメージと違ったのか、興味を解いてくれたわ。面倒だから突っ込まないで欲しいのだけれど、セレブの世界も興味をそそる年頃ね。
「最後に、動画を流す時のセリフもこちらで準備するわ。カンペね。また熱苦しく語って引かれたら、大会での活躍も台無しだわ。心配は無用よ。演出家か作詞家か脚本家か、そんな奴に書かせるから。」
「よ…、よろしくお願いします…。」
申し訳なさそうに夕美が頭を下げてきた。
自覚しているなら、カンペさえあれば大丈夫ね。
「では、一時解散しましょ。咲は明日からでも練習するように。道具や衣装が必要なら言って頂戴。援助するわ。」
「あぁ、それなら部費も多少あるから大丈夫だよ。というか、使うほど部員がいなくて…。てへへ。」
笑いながらも寂しさが漂っている。
「心配ないわ。私が導いてあげる。大船に乗ったつもりで着いてきなさい。」
「ははぁー。」
咲は悪ノリしているわね。
「お願いします!」
夕美は真剣な表情で頭を下げた。
皇帝の私に出来ない事はないということを印象づけないとね。
一旦解散した。
待たせておいた谷垣の運転で
「ご主人様!私も弓道やってみたいです!」
隣の芽愛が、目をキラキラさせてにじり寄ってきたわ。
「そうね、案外いいものよ。今度教えてあげるわ。」
「ありがとうございます!」
凄く嬉しそうな顔をする芽愛。私も思わずニコッとしてしまったわね。
「面倒だから、夕美も咲も呼ぶか。」
「えぇ~…。嫌です!二人っきりが良いです!」
漫画のようにふくれっ面をする芽愛。
フフフ。
何だかおかしい。
「冗談よ。」
「当然ですぅ!」
後日。
そんなわけで、肩慣らしも兼ねて私専用の弓道場へ芽愛と一緒にやってきたわ。
「弓道着、似合いますか?」
芽愛は、初めて着る
まぁ、わからなくはないけれど。
「案外似合っているわ。胸当ても付けておきなさい。大事な部分が吹っ飛ぶわよ。」
「はわわわわぁ…。」
似合っていると言われて顔を赤らめつつ、慌てて黒い胸当てをつける。
「じゃぁまず、私が見本を見せるわよ。『
左手に弓、右手に矢を持ち、軽く礼をしてからすり足で的の前まで移動する。
徐々に緊張感が高まっていくのが分かるわ。
周囲の空気が引き締まっていく。それにつられて、芽愛の存在すら忘れるほど集中力が高まっていった。
射法八節の一番目、
二番目は
三番目は
四番目は
五番目は
六番目は
七番目は
八番目は
スパンッッッ!!
矢は的のほぼ中央に突き刺さる。
「凄い!中心に当たりました!」
「当然よ。一応教えておくけれど、射った後に掛け声は禁止されている場合が多いわ。気を付けなさい。今日は良いけれど。」
「はい!わかりました!」
「じゃぁ、次は芽愛やってみなさい。」
「あの…。」
「なに?」
「すみません…。ご主人様に見とれていて、作法を覚えてないのですが…。」
ププッ
つい軽く吹き出してしまったわ。
「バカね。だけど、正直に答えたから教えてあげる。」
「ありがとうございます!」
「最初にこれだけは注意しておいて欲しいの。」
「はい、なんでしょうか?」
「『
私は芽愛の右頬を上から下へなぞる。
「ココにミミズ腫れが出来るわ。」
芽愛は不安そうな表情をした。
「大丈夫よ。矢は弓より外側にセットするのだから、基本的には弦はぶつからないの。ただし今言ったように、物見をしっかり入れないと、出っ張ったほっぺたに直撃する時があるわよ。」
「わかりました。」
「まぁ、取り敢えず一回射ってみましょうか。」
芽愛を的の前に立たせて、足踏み、胴造りをやらせ、矢をセットさせる。
「さっ、一呼吸置いたら右手で矢を持って…。そう、右手の
あたふたする姿が少し微笑ましいわ。
「そのまま弓と矢を持ち上げて…。ゆっくり…。物見を忘れないで。ほら、肩の力を抜いて。」
ふぅーと息を吐きながら肩の力を抜く芽愛。真剣な表情も可愛らしいわね。
「右手をゆっくりと引いて。矢は口の高さに。ほら、また肩に力が入っているわ。左手は押して、右手は肘で引く感じが理想よ。胸を開いて…。そうそう。ほらっ、物見。」
いざ弓を引くと、意外と力がいる事に気付くわ。手が小刻みに震えているわね。長引かせると疲れて引き戻しちゃう。そうなると、威力が弱まり真っ直ぐどころか、文字通り弓なりに飛んでいき的には当たらなくなっちゃう。
「射つ前に頑張って引きなさい。そう。まずは適当に狙ってみて。狙いと実際がどれだけ違ったか後で確認するのよ。狙いを定めたら、射ちなさい。」
少し迷っていた彼女。集中力が高まると、勢い良く矢を射る。
スパンッ!
矢は的のギリギリ端っこに当たったわ。なかなか筋が良いわね。
「当たりました!」
「ほらほら。残心と言って、射った後の姿勢も評価対象よ。余韻に浸るのよ。」
「つい嬉しくて…。」
「まぁ、いいわ。当れば嬉しいしね。初めてにしては良い射撃だったわ。」
「あ…、ありがとうございます!」
「よしよし。」
彼女の頭を撫でてあげる。嬉しそうに目を細めて喜んでいるわ。
「感想はどうかしら?」
「ご主人様が射てば分かるって仰っていましたが、それが今はとても良く分かります。爽快感、達成感…。あっ、弓道って敵がいませんね。」
「そうね、まさしく自分との闘いよ。」
「あぁ、なるほどです。」
「敵が居ない武道とも言われるらしいわ。」
芽愛は的を見て、自分が当てた矢を確認していた。
「もう一度射たせてください。」
「いいわ。好きにしなさい。」
私は芽愛の後ろの的の前に立ち、彼女にアドバイスしながら自分も射る。
小鳥のさえずりぐらいしか聞こえない弓道場に、何度も矢を射る音が響く。
彼女の矢の弾道が弓なりになり、そろそろ疲れてきたと感じたから休憩することにしたわ。
「弓道はどうかしら?」
「はい!凄く楽しかったです!なのにドン引きされたっていう平野さんの説明って…。」
「そうね、そこが問題だったわね。もう聞く側は変な印象しかもってないでしょう。だからこそ大会での緊張感や爽快感を伝えつつ、適切な説明が必要よ。」
「そうですね。きっと上手く行きます!本当は私が出たかったのですが…。」
「ダメよ。あなたは案外何でも器用にこなしてしまうの。とても素人とは見られないでしょうね。」
「そうでしょうか…?」
「フフッ。自分を見つめ直すことも大切よ。それに、咲の方がインパクトあるわ。」
「それもそうですね。」
クスクスと笑う芽愛。
「ご主人様も自分を見つめ直すことってあるのですか?」
突然の言葉に、思わず考えてしまったわ。
「勿論あるわ。だけれど、ここ最近はそんな余裕はあまりなかったかもしれないわね。」
「出会った頃のご主人様は、とても凛々しくて、だけどギラギラしていて、ちょっと怖いぐらいでした。」
「そうかしら?」
「はい。だけど今はちょっと違います。」
「自分では変わったつもりはないけれど?」
「そうかもしれません。だって、とても自然な笑顔が増えただけですから。」
笑顔…。
意識すらしていなかった。
「多分、ミカエル戦の後からだと思います。」
「自分では認識がないわね。そんなに笑っているかしら?」
「はいぃっ!」
ニッコリ笑った芽愛を見て、最近彼女の笑顔も沢山みている事に気がついた。
そして、もしかしたら仲間が増えた事による安心感か慢心からか、つい気が緩んでいるのかと気が付いた。
「どうやら、気がたるんでいるようね。引き締めるようにするわ。」
すると芽愛はビックリしたような顔の後、私の言葉を否定したわ。
「違います!」
「違う?」
「何と言ったら良いかわかりませんが…、あの、出会った頃よりも、とても身近に感じて、今までよりも強く惹かれます。」
「あら、そう。」
「はい!ご主人様はグイグイ引っ張っていかれるタイプなのですが、以前は置いていかれる人はそのまま放置でした。だけれど今は、少し待ってくれています。それは甘えとかじゃなくて、私はご主人様に必要とされるから待ってもらっていると感じました。だから、とても嬉しいのです。もっとお役に立ちたいと思ったのです。」
当然そんな認識はないわ。
でも芽愛が言うならそうなのかもね。
「ミカエル戦だって、ご主人様があんな風に思っていてくれていたなんて、私達ちっとも気が付いてあげられませんでした…。凄く反省しています。その後の烈生君や夕美さんの件にしても、ご主人様から溢れ出る優しさを強く感じています。」
彼女はぐいっと顔を上げ近づくと、真剣な表情で私を見つめた。
「私は今のご主人様が一番好きです。だから、今のままのご主人様で、私達を導いて欲しいです。」
「変な
「勿論ですっ!だけれど、ご主人様の優しい笑顔は…、その皇帝の微笑みは、誰をも魅了するカリスマの象徴となるはずです!」
あまりにも真剣に、だけれど馬鹿げた事を言う芽愛だったけれど、何だかちょっと愛おしくなってしまったわ。
「ふふふっ…。はははははははははっ。」
「すみません…。変な事を言ってますよね…。」
「いいのよ。ちょっと面白かったわ。」
「でも、でも、男性陣も言っていました。」
「あら。あまり嬉しくないけどね。」
「んん~。でも…、でも…。」
必死に訴えてきたから、ぐいっと頭を引き寄せ、強制的に膝の上に乗せる。膝枕してあげている状態よ。
「分かったから少し落ち着きなさい。」
「すみません…。」
「あなたの言いたい事は理解したわ。それこそ、少し自分を見つめ直して考えてみるわ。」
「はい…。」
皇帝の微笑み…。
笑顔がカリスマの象徴…。
そんな方向性、考えてもみなかったわ。
どうやら自分は、知らないうちに変化をしていたようね。
それが良かったのか悪かったのか、冷静に分析する必要があるわ。
そう考えて自分の膝上を見た途端、何だか馬鹿らしくなっちゃった。
ニヤニヤと私の膝の感触を楽しむ芽愛の顔。
フフフ。
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