第12話『透明なスパイ』

決戦の前日、午後9時。

ブゥゥゥゥゥゥ…、ブゥゥゥゥゥゥ…

スマホのヴァイブレーションが着信を知らせてきたわ。

訓練で疲れた身体を癒やしたい時間だったのに、少し苛つくわ。

一体どこの大馬鹿者かしら。


だけど着信画面に表示された名前を見て、急いで電話に出た。

「パパ?どうしたの、こんな時間に。」

そう、私のパパからだったの。

夜はお互いプライベートを尊重するため、滅多に連絡を取らないわ。

勿論昼間は連絡取り合うけどね。

『急な話しだから不満はあるかも知れんが聞くように。』

まぁ、パパの一声が億単位のお金を動かすからね、仕方ないね。

『財界のパーティーがあるのだが、心優も出席しろ。準備は既に谷垣にさせている。』


「分かったわ。でも、どうして急に?」

こういったパーティーは、予め出席者が決められている場合が多いわ。

パーティーと言う名の会合みたいなものだからね。

その趣旨に合った人達が選ばれて当然というわけ。

勿論変動もあるのだけれど、それは出席者側から提案することが多くて、主催者から要望される、しかも前日という急な話は滅多に無いの。


だってそうでしょう。

財界人は子供と言えども忙しいのよ。

まぁそれ以前に、ライバル会社に揚げ足取られないようにしたりしなきゃいけないとか、逆に距離を縮める絶好の機会と捉える場合とか、色々とあるから準備や段取りも大変よ。


息子や娘と言えども財閥のマスコット的な働きはとても大きいわ。

子供たちが仲良くなれば接近もし易いし、ポロッと情報を漏らす可能性もあるしで、何かと利用されているのが現実。

所謂ハニートラップとか。

だけどね、今回ばかりは異例中の異例よ。

だから直ぐにピンッときた。


『年の近い娘が居るからと、心優の出席を希望する財閥がいるんだ。今はそこの財閥と仕事の関係が深くてな。頼んだぞ。』

「わかったわ。任せて頂戴。」

『うむ。詳しいことは谷垣に聞け。』

そして通話は切れた。相変わらず言いたい事だけ言っているわね。

まぁ、私の日常なんか興味ないか。


通話を切ってから気付いたわ。

芽愛にも電話がかかってきているようね。まさか…。

視線を送ると彼女は不安そうな視線を向けつつ小さく頷いた。やっぱりね。

通話を終えた芽愛が小走りに近寄ってきた。

「こんな急に…。ご主人様はまだしも、私までって…。」

そうね、偶然にしてはおかしいわね。

私は直ぐに緊急収集をかけた。


今の状況を、男性陣に対して簡単に説明する。

「おいおい、それって…。」

流石に馬鹿疾斗でも直ぐに分かるわね。

「そう、明らかに分断工作ね。コレは流石に想定外。」

「それに、敵も財界にコネがあるってことだな。」

「護の言う通りかもね。一応、偶然って可能性もあるけれど、タイミング、状況からして敵の仕業ね。まさかここまで力があるなんて…。ん?」

「どうかしましたか?ご主人様。」

私は人差し指を唇の前に持ってきた。


部屋は時計の秒針を刻む音しか聞こえない。

だけど…。何か…、居る…、感じる!

そう考えれば色々と納得出来るわ。

いくら私と芽愛が財界人だとしても、二人して突然呼ばれるって可能性が低いのよね。

そりゃぁ同じ学校、同じクラスって考えれば一緒に呼ばれるかもしれない。

だけれど、それを知っているのってよほど近い人間か、クラスメイトしかいないでしょ。


それに、索敵と情報収集を担う芽愛とチート級の私を、攻撃系の男子3人と引き裂くという状況を迷わず決行した判断力も気に入らないわ。

つまり相手は、私達の能力を知った上で策を練ってきたと考えるのが妥当ね。

そうなると盗聴かスパイが考えられるけど、ここのセキュリティはかなり高いわよ。

だいたい全員の能力を、各々が把握したのって昨日だったし…。


!?

昨日?そうよ、昨日しかないわ。

あの時の自己紹介を聞いていた、だから直ぐに手をうってきた。

それなら全部つながる。だから…。

「この部屋に能力者が隠れている可能性があるわ。」

そう私が言うと全員に緊張が走った。


疾斗が何か言おうとしたけど、しゃべらないようジェスチャーする。

相変わらず部屋の中は時計の秒針の音だけが聞こえていた。

「芽愛。視認したら確実に分析しなさい。」

「はい!」

「谷垣!」

コンッコンッ

直ぐに扉がノックされる。


「部屋に入ったら直ぐに扉を閉めなさい!不審者よ!」

ガチャッ

有無を言わさず、高齢とは思えないステップで部屋に入ると、目にも止まらぬ速さで扉を閉める谷垣。

彼はこれでも武芸に秀でているわ。

何故そんな人が執事かって?私のボディーガード役だからよ。


「谷垣。信じられないかもしれないけど、相手は見えない可能性があるわ。探りなさい!」

「はっ!」

真剣な表情で部屋中を見渡す彼の目は、今までに見たこと無いほどの鋭さね。


!!


谷垣が突如右の拳を横に振り抜き何かを投げた。

ドスッ!


!?


カツンッ、カツンッ…

小さな鉄球が、明らかに何も無いはずの空間で、何かにぶつかって落ちたわ。

驚く暇も無く谷垣が走り出し鋭く蹴りを入れる!

が、空振り。


だけど何となく感覚で分かる。

私は振り向いて「窓際!」と叫んだ。

ベッドの向こう側で、シルクのシーツがフワフワフワッと左から右へとなびく。

誰かが走っている。

「谷垣!仕留めなさい!産業スパイよ!!」


ドンッ!ドンッ!

壁に何かが突き刺さる。ナイフが2本!

だけど、私達から一番遠い窓が開いているわ。

どうやら逃げられたようね。

「申し訳ございません。」


疾斗が走り窓を覗き込んでいる。

「駄目だ…。真っ暗で余計見えねぇ…。」

「番犬を放ちます。」

そう言うと谷垣は一礼して部屋を出た。

まぁ、無理でしょうね。


「おい、これはどういうことなんだ?」

早速疾斗が何も考えず、思った事を口にした。

「少しは考えなさい。さっきのはスパイよ。」

「でも見えなかったぞ?」

「恐らく…、透明人間なんでしょ。」

「はぁ~?」


「透明になれる能力ってことよ。」

「マジか…。」

「おい、心優。それはつまり昨日の会話とか聞かれていたってことじゃ…。」

「そう。私は逆に考えたの。昨日の会話を聞かれたから、今日の分断作戦を実行したってね。」

「さすが心優タソ~。」

「ここの盗聴セキュリティは完璧よ。世界屈指の盗聴マニアを雇って、そいつらが仕掛ける盗聴を見破る研究もしているからね。だから盗聴の可能性は低い。となるとスパイって考えるのが普通なのだけれど、敵が直接乗り込んで聞いていたとすると、誰かに憑依するか、透明人間かって思いついたの。」

「ほぇ~。おまえ、そんなこと考えていたのかよ。」

「あんたが何も考えなさすぎなのよ!」

「へいへい…。」


「兎に角、こちらの手の内はほとんどバレてしまったと考えていいわ。それに分断工作。これはやっかいよ。」

「どうする?こうなってくると挑戦状は無視する手もある。勿論、事情が許すなら心優の方の用事をキャンセルする方法もあるぞ。」

護の意見は私が作戦を考えるヒントをくれる。

「両方却下よ。まず挑戦状を無視した場合のリスクは昨日のディナーの時に説明した通りよ。そしてパーティー。こっちもキャンセルは無理ね。今後の活動にも影響するし、財界を利用した妨害が更に続くなら、こっちの敵も把握したいの。」


「戦いの方は任せておけよ!何せ俺がいるしよ!」

「ホント疾斗は辞書に載っているかのような馬鹿ね。」

「えっ?俺って有名人?」

「褒めて無いわよ!」

「そうなの?」

「ハァァァァァ…。話を進めるわ。手順は3つ。まずパーティ会場。こっちは女性陣で相手を探り今後の判断材料を得る事。そして早々に切り上げて男性陣に合流する事を最優先する。次に男性陣は遅延作戦を第一目標とする。私達が合流してから本格的に戦うって意味よ。そして3つ目は…。」

「3つ目は?」


「全員ぶっ潰す!」

「………。」

「疾斗、犬が月を見ているような顔をしないの。」

「どこがどうなって全部倒すんだよ…。」

「そうね、言葉が足りなかったわ。馬鹿な疾斗にも分かるように説明してあげるわ。」

「心優タソ端折り過ぎ~。」

「あんた達ねぇ…。まぁ、いいわ。パーティー会場の方は派手な戦闘にはならないと予想しているの。だってそうでしょう。財界人が集まるのよ。下手な事は出来ないわ。出席者に何かが起これば億単位で損失が出る事になる。財界のパーティにコネがあるような奴らが、彼らを敵に回すことはないと思うから。」


「ま、普通に考えたらそうだよな。」

「そ。護の言う通りよ。だから相手を探ったらさっさと退散して、そっちは後回し。財界が舞台なら私に負ける要素は一つも無い。」

「その時は、私も父に協力してもらいます!」

「ありがとう芽愛。でも出来る範囲で構わないわ。親のせいで芽愛との関係がギクシャクするのは嫌だからね。」

「ご主人様…。」


「とりあえず、パーティーを早く切り上げて、直ぐに男子陣と合流するわ。会場からインカネ(Incarnation of evilインカーネイション オブ イビル)まで10分もあれば到着するからね。」

「なるほど。だけど、戦闘の遅延と言っても限度があると思うぞ。向こうが全力でこられたら、流石にこっちも派手にやるしかないだろう。それに敵は俺達全員が集まるまで待つ必要はない。各個撃破すればいいのだからな。」


さすが護ね。

「そうね。でも相手は全員を呼びたい事には変わりないわ。それに先鋒が中堅以降に情報を漏らして自分達の能力の対策をとられることは避けたいと思うのよね。どちらにせよ、遅刻しなさい。そして時間稼ぎをする。」

「おぉ!宮本武蔵っすね!」

「そうよ力音。敵は私達の能力の浄化を行うと言っているわ。つまり、全員始末する必要があると思われるの。だから、結局全員を待たなければならないし、待って私達と会わなければならない。て言うか…。」


私は全員の顔を見渡した。

「待っていて欲しいってのが本音ね。」

「そうだな。敵が分断作戦を取ってきたってことは、全員集まるまで待たないだろうな。」

護の意見は核心を付いているわ。

「ただし…。」

「何?」

「敵は俺達を強いと認識したってことにもなるな。」

私は小さく頷いた。確かにそうね。

「もしくは、心優の持つチート級の能力に脅威を感じたのかもしれん。」


「さすが心優タソ。戦わずして敵を恐れさせるとは!」

「まぁ、時間を止めてナイフで刺せば、勝負は一瞬で終わるわね。」

「心優タソ…。」

「残念ながら、そんな事はしないわ。犯罪者にはなりたくないの。」

「そうだよぉ。俺にもそう言ったからね。」

「分かっているわ。安心しなさい。」


コンコン…

扉をノックする音。谷垣ね。

「谷垣、どうだった?」

扉の向こうから返事が返ってくる。

「申し訳ございません。逃走用の車が準備されていたようです。取り逃がしました。」

「そう。申し訳ないけど、各所出入り口と窓に赤外線センサーを増やして頂戴。」

「かしこまりました。」


谷垣が音もなく居なくなるのが気配で分かる。

「なるほど。目には見えなくても赤外線センサーは通用するというわけだな。」

「そうよ、護。谷垣の鉄球が当たったからね。光すらすり抜けるような能力ならやっかいだけどね。」

私は棚からお香を取り出すと火をつける。

柔らかな煙が徐々に部屋中に充満していく。


「なるほど。」

護は直ぐに気が付いたようね。

「なんだよ、この煙。」

「こんな時にお香ですか?」

皆が不思議がっているのも当然ね。

透明人間がいるかもしれないという不安の中、突然のお香だからね。


「煙の不自然な揺らぎに注目するように。」

「あっ。」

「そういうことか!」

気が付いたようね。これなら透明でも逃げきれない。

「明日はこれで凌ぎましょ。周囲はさっきの侵入を受けて強化されているわ。だから安心して。今日はこれで解散して、明日は連携の最終チェック、午後からは各自準備に入るように。」


「ご主人様。午後には私は一度帰らないといけません。」

「そうね。気を付けなさいよ。」

「ご主人様も…。」

「チャッチャと終わらせて、私達は次のステージに向かう。だからこんなところで躓いていられないわ。」

全員に緊張が漂っているのが分かったわ。


翌朝。

予定通り午前中のトレーニングを終えると、芽愛は一時帰宅をした。

念の為、谷垣に送迎をさせておいたわ。

男達も3人で色々と連携を試していたみたいだし、彼らなりに準備をすすめているようね。

芽愛を先に会場へ送り、急ぎ戻ってきた谷垣が、今度は男共をインカネまで送る事になっている。


私はパパが迎えにくることになっているわ。

化粧からドレスアップまで急いで支度する。

17時には、いつでも出かけられる状態になった。

一応男子陣の部屋に顔だけ出しておく。

「あんた達、頼んだわよ。」


「誰?」

ん?馬鹿疾斗が不思議そうな顔をしていた。

「心優タソ変わり過ぎ~。でも可愛いぉ。」

力音は相変わらずキモいわね。ムキムキマッチョなくせに。

「孫にも衣装…。」

「もう一回言って見なさい!」

「まぁまぁ、冗談だ。似合っているぜ。」

護はお世辞なのか本音なのか分からないわね。


「俺はいつもの心優の方が好きだけどな。」

「はぁ~?」

馬鹿疾斗が、また何か言ってる。本当に馬鹿。

ちょ、ちょっとだけビックリしたじゃない。

まぁ、いいわ。


「必ず行くから。それまでしっかり逃げてなさい。」

そう言い残したところで谷垣が迎えに来た。

軽く手を上げて、一時いっときの別れを告げた。

私は時時雨財閥モードに入る。

さぁ、いざ出陣よ!

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