第10話『黙示録からの挑戦状』

まもるがアンコを練り回している間に、芽愛めいと疾斗はやとを呼んでおいたわ。

もう少し時間がかかりそうね。ちょっと暇だわ。

私は店内をゆっくりとうろつき始めた。

そう言えば、さっきのケーキ屋とコーヒー店のコラボは上手くいく。

予感じゃなくて確信よ。


コラボと言えば、この餡処屋もやっているわ。

私が発見した革命的なコラボね。

隣に店を構える茶屋は、偶然隣に配置したのではなくて狙っているの。そうコラボ先だから。

私は全店の商品を購入して食べてみて、それぞれの味を把握しているわ。

そしてどうやったら、この閑散としたデパ地下を盛り上げる事が出来るか考えてみた。


地上階のフロアは、下民共が群がるように買い物に来る。

だけど地下階はまったく売れなかったわ。

先のフロア担当、帰ってこられない地方への出張左遷しちゃったさせたけど、そいつが高級品ばかり揃えていたの。

ただ高いだけで味見も何もしていなかったみたいね。

だから商品アピールの仕方もわからないし客も混乱していたわ。


丁度、管理運営に興味と愛着があった私にとって、このデパート

『Incarnation of evil』に欠陥があってはならないの。完璧じゃないと嫌なのよ。

だから総支配人にデパ地下を暫く任せてもらうことを告げた。

最初は、ある程度軌道に乗ることが出来たら、後はフロア担当に任せるつもりだったわ。

だけどこいつがとんでもなく使えない奴だったの。


まず、基本的な販売方針が狂っていたわ。

金持ちを何だと思っているのかしら?って感じ。

歩く財布と思っていたのかもね。でも、実際はそうじゃないわ。

彼ら金持ちだって人間、そいつらの感性に触れなければ見向きもされない。

当たり前でしょ。下民共よりも目が肥えているのだから。


それに金持ちをターゲットにするなら、ただ美味しいだけじゃ駄目ね。

彼らは付加価値を求めているの。そうね、例えて言うならばハイセンスな自分を演じたいの。

具体的には、謙虚に庶民アピール、美味しいだけじゃなく見た目も綺麗、隠れた名店、とまぁ、こんな感じなのが代表的だわ。


だから私は全部取り込んだの。有名人も来る総合デパートのデパ地下にね。

だけどそれだけじゃ今度は下民共がついてこられないわ。

客層を増やす為に半分は高額商品から、ちょっとだけ高い商品に交代。

そうなると今度は庶民対策が必要ね。


これには苦労したわ。だって、下民共の買い物心情なんて分からないもの。

そんな時に発見したのがコラボ商品よ。

この『餡処 美幸』と隣の『茶屋 一茶』の目玉商品同士が最高の相性だったの。

個々の美味しさは、そうね、70~80点ぐらい。美味しいけど値段相応、時々食べたいけど後を引く美味しさには一歩届かない感じね。


だけど、お茶とまんじゅうを一緒に食べると、これが100点どころか1万点をくれてやってもいいぐらい美味しくなるわ。

10人に試させたけど、誰もがお世辞抜きで美味しいと言った。これで勝つる、そう思った私は自ら試食販売員となってアピールしたわ。

今となっては、良い社会経験にもなったわね。


私は有名人を使った宣伝が大嫌い。

勿論、効果的な戦略だというのは理解しているわ。

だけどね、売れる商品は勝手に売れるのよ。

昔の口コミ、今のSNSによってね。

そしてそれは証明されたわ。見てご覧なさい。あの長蛇の列を。


ブゥゥゥゥ…、ブゥゥゥゥ…

ポケットに入れてあるスマホが、着信を振動で伝えてきた。

「遅い。」

『申し訳ございません、ご主人様。今、疾斗さんと一緒です。』

「餡処 美幸に集合。新しいメンバーを紹介するわ。」

『承知いたしました。』


直ぐに二人はやってきたわ。

「すげー人だな。」

疾斗が人混みに対して、少しうんざりしているようね。

「あれ?ここってテレビで見たことあるぞ?」

気付いたようね。何度かテレビで紹介されているわ。

「そうね。」

「だからかぁ。すげぇ人気なんだな。」

「違うわ。」


「えっ?だってテレビで…。」

「人気が出てから紹介されただけで、テレビで紹介されても影響は無いわ。」

「マジで?」

「バカにしないで。」

「馬鹿にしてなんかないさ。素直にすげーって思っただけだ。」

「そう。」

今日は感動の涙で枕を濡らして寝るといいわ。


くだらない話をしていると、護が作業場から出てきた。

「丁度いいわ。護!」

彼は私の声に気付くと直ぐにやってきた。

「どう?やっていけそうかしら?」

「あぁ。というか、是非やらせてくれ。」

彼の後ろから店長である美幸もやってきた。


「いい人を連れてきてくれたわ。筋がいいし、商品を作る心構えが気に入ったよ。」

「あらそう。じゃぁ、暫くよろしく頼むわ。」

「任せて頂戴。佐藤さん、話が終わったらこっちに来てね。」

「うす。」

美幸は加工場へ行きまんじゅうの仕上げを始めた。


「という訳で、彼が佐藤 護。私達の立ち位置を説明して、それでも一緒にやろうという話に至ったわ。」

「よろしく。つか、皆若いんだな。」

「そうよ。こればっかりは偶然ね。あなたが一番年上になるわ。まぁ、能力ちからは年齢と関係ないし。」

「そうだな。」

芽愛と疾斗を紹介し、今晩は就職祝いを兼ねて全員で食事会をすることになったわ。


アジト調教部屋に全員が集まったのは、夜の8時頃。

「これ、何かわからんけど、すんげーウメーーー!」

疾斗は相変わらずね。

「へー。疾斗はかたつむりが好きなんだ。」

私は食材のネタバレをする。

「なん…だと…?」

「馬鹿ね。出汁取るのに入れているだけだから食べる必要はないのよ。」

「えぇぇぇ…。」


クスクスと芽愛が笑っていた。

何だかちょっと楽しいと思っている自分がいる。

食事はいつも一人だったしね。まぁ、今日のところは多少の無礼は許してあげるわ。

私の寛容さに心を震わせるといいわ。


コンコン。

ドアをノックする音に、「何?」とだけ返事を返す。

「客人が到着いたしました。」

召使の谷垣ね。

「いいわ、連れてきて頂戴。」

「かしこまりました。」


5分もしないうちに勢い良く扉が開く。

そこには見たことのない細マッチョな青年が立っている。

疾斗や芽愛は初めて会ったという顔をしているけれど、それはとても失礼な態度よ。

「待ちくたびれたわ。」

「!?」


私の言葉に混乱する二人。

あら?本当にわからないのかしら?

確かに見た目は変わったけれど、漂う変態HENTAIオーラは隠しきれてないわよ。

マッチョな青年は見た目では隠し切れない筋肉を見せびらかしながら私の座る椅子の隣にひざまつく。


「心優タソのお陰で、自分を変えることが出来ました。感謝いたします。」

「えっ!?」

「おいおい!?」

二人共気付いたようね。私の名前にを付けて呼ぶ変態は一人しかいない。

「良かったわね。努力したあなたを褒めてあげるわ。」

「勿体無いお言葉です。」


その言葉が終わらないうちに、私は片足だけ靴を脱ぎ靴下越しに青年の頭を踏んづけて床に押し付けた。

ゴンッと鈍い音がしたわ。

「ご褒美よ。」

「ありがとうございます!」


「マジであの豚野郎なのか?」

疾斗が身を乗り出して聞いてきた。

「そうよ。」

「随分筋肉質な体型になりましたね。」

「見た目から変えたのよ。厳しい食事制限に短期間で効率的に贅肉を落とす為の激しいトレーニング。むしろトレーナーが音を上げるほどの内容だったわ。」

「す…、凄いですね…。」

「だからご褒美。」


今度は床に擦り付けられている頭を蹴る。

ビシッ

意外といい音がしたわ。

「ありがとうございます!」

むしろ私の足の方が痛いわね。むかつくわ。

後でお洒落な鉄板入の靴安全靴を手に入れることにしようかしら。


「今日はスカートじゃなくて残念だったわね。」

私はカマをかけてみたわ。まだロリコンの気があるのかどうかを。

「心優タソ…。お戯れはよしてください。こう見えて同年代の女性に好意を向けられています。そのうちに幼女は守るものだという意識の方が強くなりまして…。」

「あらそう。」


「はい。相変わらずあのゲームは通って遊んでいるのですが、幼女から『お兄ちゃんすごーい!』とか言われても興奮しません。」

「興奮するって発想や感覚がキモいわね。」

「そうですね。でも私はすっかり卒業出来たようです。これもひとえに心優タソのお陰…。今なら僕が犯罪予備軍だったという皇帝のお言葉の意味が、十分理解出来るまでになりました。」

「そう。良かったとは言わないわ。それが普通だから。」

「はい。重々承知しております。」


「残念ね。豚は卒業しちゃったわ。」

私がそう言うと、芽愛が質問をしてきた。

「そう言えば、この御方の名前を聞いてません。」

「あら、そうだったかしら?」

「そう言えばそうかもな。」

疾斗も同じことを言うってことは、紹介する間もなく豚扱いしていたってことになるわね。

まぁ、いいわ。


まもるにも紹介するついでに、自己紹介しなさい。」

「転生して生まれ変わった『栗林 力音りおん』です。」

芽愛と疾斗が目を合わせた。

「そうね、以前のままだと名前負けしていたかもね。」

私が二人の気持ちを代弁してあげたわ。


ん?力音の背中に何かついているわね。

力音りおん、背中のその紙は何?」

彼はムクッと起き上がり一生懸命背中に手を伸ばすけど、なかなか取れない。

芽愛が見かねて取ってあげた。

折りたたまれた紙を広げた彼女は口元を塞ぎ、パタパタと小走りに私に近寄ってきたわ。


「食事中よ、芽愛。」

「すみません…。けど…、これ…。」

そう言い、手を震わせながら渡された紙に不穏な空気を感じ取った。

何かが始まろうとしていると直感する。


紙を広げると、ドクンッと鼓動が高鳴った。

男性陣が何があったのか興味深そうに視線を交わしていた。それに応えるように結果から答えた。

「挑戦状よ。」

ガタッ!


「本当に来やがった!やってやるぜ!」

疾斗は相変わらず馬鹿正直ね。

「心優タソは、俺が守ります!」

力音も根本は一緒。

「心優、具体的にはどんな挑戦状なんだ?」

まぁ、護の反応はギリ合格点ね。


「挑戦状を読むわ。

 『親愛なる能力者諸君へ。

  我々は能力浄化組織~Abilityアビリティ purificationピュリフィケイション organizationオーガニゼイション~と言い、

  頭文字から引用し『Apocalypseアポカリプス【黙示録】』と名乗る者である。

  我らが信仰する黙示録アポカリプスに則り、この世の能力者は全て浄化する。

  それが我々の理念であり使命であり、正義である。

  よって、お前たちを浄化すると宣言する。

  これは定めであり、運命である。

  時は、明後日20時。

  浄化の地は、Incarnation of evil屋上。

  逃げた場合は、時・場所問わず襲撃させていただく。

  大天使に使える浄化の使徒ミカエルより。』

ふふ。良いノリじゃない。嫌いじゃないわ。むしろ面白いわね。」


「笑い事じゃねーぞ。つか、こんなふざけた挑戦状があるか?」

疾斗は馬鹿にされたと思っているようね。

「心優タソ。これではまるで漫画の世界ですな。」

力音りおんらしい回答ね。でもこれは現実よ。


「落ち着きなさい。」

私の制止に皆が従う。

「どうするんだ?これ。」

護からの視線は、まるで私を試しているかのようね。

まぁ、気持ちは分かるわ。


「まず相手はこちらの情報をかなり掴んでいることが分かるわ。」

「え?なんで?」

まったく。疾斗はだから馬鹿だと言われるのよ。

「沢山ヒントがあるじゃない。挑戦状というか、自己紹介しているような内容よ、これは。」

「マジ?どこが?」


「まず決戦の場所に『Incarnation of evilインカーネイション オブ イビル』の屋上を指定してきたわね。ここは疾斗と私達が戦った場所でもあるわ。つまり、この勝負自体監視されていた可能性が高いわね。」

「偶然じゃね?」

「本当に疾斗は馬鹿ね。少しは考えなさい。この時時雨財閥のプライベートハウスに出入りする力音りおんにこっそり挑戦状を貼ってくる相手よ。このぐらいの情報を知っていても不思議じゃないでしょ。」

「あっ…。」


「はぁ…。それから相手も当然能力者ね。何せ自ら『能力浄化』なんて謳っているからね。能力者によるチームバトルになるわ。相手は最低でも5人はいる。」

「おいおい、どこから5人って分かったんだよ。」

大天使アークエンジェルというのは海外の宗教に出てくる天使を束ねる長よ。その下に特権階級の4大天使である、ミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエルがいるわ。このぐらいは聞いた事があるでしょ。そして挑戦状の書き手はミカエルと名乗った。この天使は4大天使の中でも最上位というのがよくある設定ね。つまりナンバー2というポジションだというのが推測されるわ。」


「さすが心優タソ…。完璧ですな。」

「豚…、いや、力音わかるのかよ。」

「疾斗君は知らないの?まぁ、よくある設定だしね。常識中の常識。」

「じょ…、常識?」

二人の会話はどちらも呆れるわ。


「力音。自分の知識を常識というのは押し付けがましいわね。誰だって知らないことはあるわ。」

「失礼しました…。皇帝の意のままに…。」

「まぁ、いいわ。でもこの設定だと最悪の場合、敵は14人になるわ。有名な天使は14人いるからね。だけど…。」

私は芽愛に視線を送った。

「ご主人様の危惧する通りだと思います。私達も能力者を探してみましたが、この大都会東京でも5人集めるのに長い年月を必要としました。それが14人というのは…。もしいたとしても、流石に下位の人達は力のある能力だとは思いません。」


「そうね。全国的、いや世界的な規模で探せば見つかるレベルだとは思うけど、流石にそれだけ大きな組織とも思えないのよね。」

「ほぉ?それはどうして?」

黙って聞いていた護が訪ねてきた。

「だって、圧倒的な戦力差があるなら、こんなまどろっこしいやり方じゃなくて、今直ぐにでも乗り込んできてさっさと潰すでしょ。奇襲でね。私ならそうするわ。」

「なるほどな。それは言える。」

私は小さく頷いた。

そして自分の考えを皆に伝えると共に、長い夜が始まろうとしていた。

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