第9話『皇帝の経済学』

「例えばどんな疑問があるんだ?」

うさぎ小屋程度の部屋に、今回のターゲットである佐藤 まもる孤独な皇帝ロンリー・エンペラーである私がテーブルを挟んで座っているわ。

私は彼を仲間に誘っているのだけれど、思慮深いこのオッサンに質問攻めにあっているわね。

「根本的には、この能力についてね。力が無限なのか有限なのかさえ分かっていないわ。」

「そっからか。」


「そうよ。それが現実。一番問題なのは…。」

彼の瞳を覗き込んだ。

「この事実がどこまで知れ渡っているかってことね。」

「つまり…?」

「国がひた隠しにしているならば、最悪消されることも想定しているわ。」

「なっ…!?」

「だってそうでしょう。一般人からすれば、私達は危険人物よ。違う?」


彼は一瞬考えたが、直ぐに結論に達した。

「そうだな。確かにそうだ。」

「その場合、知らぬ存ぜぬは通用しないでしょうね。」

「問答無用だろうな。」

「そうね。話が早くて助かるわ。だから私達は犯罪者ではなく、能力者としての地位を確立させたいの。」

「逆に言うと、生き残る道はそれしかないようにも思える。」


「私もそう思っているわ。だけど、だからこそ私達の有用性も出てくる。」

「………。そうか、能力を犯罪に使おうと考えた輩が現れたら…。」

「そう。あなたが想像した、側になろうと思っているわ。どうかしら?勿論、うまくいく保証は出来ない。」

彼は顎に手を当てて考えているわ。

まぁ、選択肢なんてほとんど無いのだけれど。


「うだつの上がらない人生だったが…。」

彼はテーブルの上に置いてあったタバコに手を伸ばした。

「私の前ではタバコは辞めて頂戴。」

能力を発動させ、タバコを先に取り上げると私の背後の棚の上に移動させてから能力を解除した。

「あぁ、すまんかった。」

彼はタバコが消えた事に一瞬驚いたけれど、直ぐに私の能力によって消えたのだと理解したようね。そして言葉を続けた。

「まぁ、いいだろう。協力しよう。だけどさっきお前は俺を買うと言った。それは具体的にはどういうことなんだ?」


これは重要な問題よね。特に社会人であれば。

「そうね。秘密の企業がバックについて、怪しいけど何でも知っている教授でも出てくるのが理想の展開だけれど、残念ながらそんな都合良くいかないわ。」

「だな。」

「だけど、私はある財閥の一人娘なの。あなたの就職先ぐらいなら提案出来るわ。」

「まっ、楽に金が貰えるとは思ってないさ。」


良かった。常識がある人で。

「そうね。失礼ながら色々と調べさせてもらっているわ。あなた派遣社員で、ぶっちゃけいつ切られてもおかしくない状況ね。」

「おいおい。どこまで知っているんだよ。」

「不安定な収入で彼女さんに逃げられたところまでね。」

「そんな事まで知っているのかよ…。」


うちの専属探偵は優秀だからね。

「個人情報は私しか知らないわ。安心しなさい。」

「というか、お前は組織の中でどんなポジションなんだ?」

流石に私の事が気になったようね。

「皇帝よ。」

「はぁ~?」

間抜け面で驚かないで。


「私の能力はチート級なの。だから皇帝よ。」

「………。ほぉ?というか俺自信の能力も良く分かってないが…。」

「あぁ、そうだったわね。あなたの能力は『絶対防御壁アンコンディショナル・ウォール』よ。」

「なんだそれ?能力に名前ついてんの?」

「私がつけたわ。」

彼は口を半開きにして情けないツラをしているわ。

「どうして?」

「皇帝だからよ。」

「………。」


「発動条件は拳を握ること。それによって目には見えない物理防御壁を展開出来るわ。」

間抜け面から徐々に真剣な表情に変わっていく。

「どのぐらいまで防げるんだ?というか壁だったのかよ…。拳で殴ると、想像以上の破壊力があったから封印していたんだ。だからてっきり攻撃系の何かかと思っていたが…。」

「今は能力を封印してきたことで小さな壁しか展開出来ないわ。だけど訓練次第でもっと大きな壁を作れるようになる。」

「えっ?能力って鍛えられるの?」


そうね、そこは不思議だよね。

「メンバーの中には能力の力が強まっている人もいるわ。」

「ほぉ。興味深いね。」

「というか、そんな悠長な考え方では困るわ。」

「随分急いでいるな。」

「そりゃそうよ。生き残る為、そして国に認めさせる為には、最低でも日本で一番の実力集団じゃないと駄目でしょ。」

「あぁ、確かにそうだな…。」


彼はちょっとうんざりした顔をする。日本一と言われただけで気が遠くなるのは確かね。

「大丈夫よ。私が導いてあげる。」

「………。」

今度は複雑そうな表情をしたわね。

「この際だからハッキリ言っておくけど、私のことを年齢や性別で判断しない方がいいわ。」

「ん…、そうだな。能力者の世界では実力が一番だろう。なら、組織を束ねるというお前の言う事も一理ある。」

「実力も、財力も、美貌も一番よ。これ以上の逸材は日本にはいないわ。」

「自分で言うか?」

「あら?言えないような人を信用出来るの?」


「んー、あー、そうとも言えるな。ま、しっかり見定めさせてもらうわ。」

「残念ね。あなたに主導権は無いの。組織を抜ける時は、既に日本にはいられないわ。」

「なんだよそれ…。」

私はスマホを取り出し、一本の動画を見せた。

映像の中ではボロボロの服で真っ黒になりながら鉱山で働く初老の男が写っていた。

監視役の現地人に、時に蹴られ、時に殴られ、文字通り歯を食いしばって働いているわね。

まぁ、どちらかというと逆らえば殺されるような雰囲気があるわ。


「なんだよ…、コレ…。」

「年明け早々私に楯突いた奴の末路よ。彼は二度と日本の地を踏むことはないわ。」

「おいおい…。」

「命までは取らないわ。それに満面退団という形なら、監視こそすれど手を出すことはないと誓うわ。ただし、逆らうなら命がけできなさい。」

年齢にそぐわない、圧倒的威圧感を彼は感じ取ったみたい。


「お前の覚悟、しっかり聞かせてもらった。」

彼は私の中の恐怖を感じながらも、そういう解釈をしたみたい。

そう、私だって生半端な覚悟で彼を誘っていないってことよ。

私達の未来は、決して明るくないわ。


望んで手に入れた能力ちからではないけれど、これが周囲にバレれば大変な事になるし、もしも国程度の組織が能力の存在を知っていれば消される可能性すらある。

この状況の中では、仲良しごっこでは到底切り抜けられない。

どうすれば上手く立ち回れるか、私にはそのビジョンが見えている。


「ところで、どんな仕事が希望かしら?」

佐藤 護は先行きの見えない未知の部分から、現実的な部分へと思考を切り替えたようね。

「そうだな。この際だから我儘言わせてもらう。」

「どうぞ。」

「俺は物造りが好きなんだ。昔はプラモにハマったもんだ。」

「なるほど。」


「まぁ、そんな安易な考え方から工場勤務でも良いかと選んだのだけれど、俺達派遣では仕上げや重要な部分には触らせてもらえない。」

「まぁ、そうでしょうね。商品の核心部分は、社員の目によって作らなければ誰が責任をとるのか曖昧になるわ。」

「そうだな。良く知っているな。で、結局のところ作っている実感も売っている実感も得られなかった。コツコツ同じ作業を繰り返すのも嫌いじゃない。だけど、やっぱり完成品を手にしたいよな。」


なるほど。

彼の言葉から、いくつか就職先の宛が浮かんでは消えた。

最後に辿り着いたところは、ちょっと時間がかかるかもね。それに遠い。

「言いたいことは理解したつもり。だけれど直ぐに紹介出来る状況では無いわね。それに、あなたの適正も見てからじゃないと安易に勧められないのもあるわ。」


私の煮え切れない返事だったけれど、彼は案外素直に聞き入れてくれたわ。

「まぁ、最初に言った通り、俺の我儘だ。今の時代、働けるだけでもマシってもんさ。」

ふーん。冷静ね。感情や欲望にも流されていないし。そういうの嫌いじゃないわ。

「取り敢えず、あなたの適性を見る場所を紹介するわ。その前に、工場の方の契約を切らないとね。」


そう言うと彼は携帯電話を取り出した。

「あなたから連絡してくれるのは嬉しいのだけれど、それだと時間がかかるわ。私、のんびり仕事するの嫌いなの。」

「ん?だけど俺が連絡しなきゃ…。」

私は彼の言葉を遮る仕草をし、スマホを取り出した。

直ぐに電話をする。彼にも伝わるように外部すピーカをONにする。


ガチャ

受話器を上げる音が聞こえると、女性の声が聞こえてきた。

間違いなく彼が務めている会社、それも本社の方につながっている。

「おいおい、いきなり本社かよ…。」

彼の言葉を無視して話を続けた。


「時時雨 心優よ。人事部の木村に代わりなさい。」

「あっ、えっと…。」

どこの会社か名乗っていない私を怪しんだようね。

「さっさと代わって。あなたに用はないわ。」

「しょ…、少々お待ちください。」

どこかで聞いたことのあるメロディーが聞こえたが、数秒で消えた。


『あぁ、どうも、木村でございます。いつもお世話になっております。』

受話器の向こうでペコペコしてるのが分かるほど低姿勢ぶりが分かる口調にイラッときた。

「要件を言います。事情があって、おたくの派遣社員を一人いただくわ。時間がないから今日付けで退社したことにして頂戴。名前は製造課、第3組立ラインの佐藤 護よ。いいわね。」

『は、はい。構いません。サインや捺印の必要な書類は郵送させますので…。』

「よろしく。」

ブチッ


「あっ…。後どうすれば良いのか、よく分からなかったぞ?」

「何だか話の途中だったようだけれど、私の要件は済んだわ。後は向こうが丁寧に対応してくれるわ。心配しないで。」

「電話して聞いたりするの面倒だぞ。」

「何を言っているの。私の名前を出したのだから、完璧な書類が届くはずよ。もしも適当なのが届いたら言って頂戴。さっきのオッサンの首を飛ばすわ。」

「いや、そこまでは…。」


「まぁ、いいわ。ということで、私の名前は時時雨 心優よ。これからお世話するわ。そして導いてあげる。」

「俺は…、あぁ、知っているんだっけな。世話になる。その代わり、能力については最大限努力することを誓おう。」

「助かるわ。さっそく付いてきて頂戴。」

私は立ち上がり、付いてくるようジェスチャーした。


待たせておいた召使の谷垣の車に乗り込み、私達はあのデパート『Incarnation of evilインカーネイション オブ イビル』へと向かったわ。

有無を言わさず、所謂いわゆるデパ地下へと連れていった。

相変わらず活気があって良いわね、ここは。


「おいおい、デパ地下かよ。」

一見、彼の希望とはかけ離れた場所なのは理解している。

彼は不満そうな表情をしているわね。これだから下民共は困るのよ。

「バカにしないで頂戴。見ていれば直ぐにわかるわ。」

ここは戦場よ。その事を直ぐに理解することになるわよ。

そして中央付近の人が一番多いエリアへと向かい、その一角の和菓子店「餡処あんどころ 美幸みゆき」に到着する。


「渡辺いる?」

忙しそうに接客する店員に尋ねたわ。私が誰だかわかると直ぐに返事がくる。

「店長!心優ちゃん来ましたよ!」

その言葉にまもるは驚いているようね。

「随分気安く呼ばれるんだな。」

そう言ってきたわ。本当に馬鹿ばっか。

「当たり前でしょ。『様』付けで呼んだりしたら客がビックリするじゃない。」


そうこうしていると、奥の小屋から初老の女性がやってきたわ。

「あらあら。」

「やっと来たわね。渡辺が欲しがっていた男よ。こき使っていいわ。」

こんなデタラメな紹介だったけれど、護はゆっくりと頭を深く下げた。

「よろしくお願いします。」

そうね。もう工場を辞めた以上、私に従うしかない状況よね。よく分かっているじゃない。


「あら。丁度良かったわ。直ぐに手伝って頂戴。あんを練って欲しいの。」

「あ、はい。」

「力仕事よ。」

「任せてください。」

彼は素直に従って小屋の中へと消えていった。

今のうちに仲間を呼んで紹介しておくことにする。

何事も効率良くやらないとね。

あぁ、豚だけはもう少し後になるわね。


それとメンバー全員の能力向上を、どうやって目指していくかも考えないと。

そして個々の底力を上げつつ連携も必要ね。

あぁ、もう、やらなければいけないことが山積みだわ。

「心優ちゃん!新作の味見してもらえないかな?」

少し離れたケーキ屋の店長の白田から声がかかった。


さっそく試食する。

「味は悪くないけど、こんなパサパサなケーキを、こんなに沢山食わせる気?1個が大きすぎるわ。」

「だ、駄目かな…?あまり小さくするとボロボロになっちゃうんだよ。」

「素材は良いと思うわ…。そうね、村田!」

向かいのコーヒーショップの店長に声をかける。


「はい!」

「アイスカフェラテ作りなさい。」

「メニューにないよ?」

「私が作れと言ったら作るの!」

「あ…、はい!」

そしてケーキ屋の白田に告げる。

「村田の作ったアイスカフェラテとコラボしなさい。明日からね。味の調整やら準備しておくように。」

「は、はい!」


こうして私の庭が手入れされ洗練されていく。

そう、ここは既に私のコーディネイトで成り立っているの。

パパも知っているけれど特に何も言ってこないわ。

一応数字も上げているからね。

ちなみに元の売上の何倍かって?

一年前と比較して27.346倍よ。大したことは無いわ。

私が動けばこれぐらいは可能なの。わかった?

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