第25話『お金で買えないもの』
SNSには
課長『緊急事態により、旧黙示録壊滅指示は取り下げることとする。』
皇帝『どういうこと?』
課長『大天使アークエンジェルが無差別テロを行ったことを、こちらでも確認した。よって、これは対テロとの闘いに切り替わった。』
なるほど、能力者とは関係がなくなったってことね。
皇帝『了解したわ。課長、私達に何か出来ることがあったら指示を頂戴。』
課長『心強い。だが、能力と関係がなくなった今、君達も保護対象となる。十分に気を付けるように。』
皇帝『こちらでも、標的にされている可能性の話を仲間としているわ。安心して。』
課長『わかった。何か掴めたら連絡をするように。くれぐれも単独行動は禁止だぞ、少佐。』
皇帝『承知したわ、課長。』
スマホをテーブルに置く。
「見ての通りよ。」
「何があったの?」
烈生が真っ直ぐな眼差しで直視してくる。
「烈生。あなたもスマホを持ち歩くようにしなさい。」
「だって…。こうして直接お話ししたいもん。」
何かしら。心の奥がくすぐったいわ。
「でもね、情報を同時に取得出来るメリットはあるわ。」
「うーん…。わかった。でも、難しいお話しばかりだから…。」
「理解しようとする努力は必要よ。何事でもね。それで分からなかったら教えてあげるわ。」
「うん、分かった!」
屈託のない笑顔が眩しいわね。
「改めて説明すると、旧黙示録は完全解体をきっかけに、テロを仕掛けてきたわ。これはさっき話していたように、自分が生き延びる為の交渉の場を作りたいのでしょうね。」
そこへ芽愛が質問してきた。
「交渉の場を設けられたとして、上手くいくのでしょうか?」
「無理ね。」
私は即答した。
「アークエンジェルは引いてはいけない引き金を引いてしまったわ。世界の軍事バランスと一緒で、チラつかせるだけで十分効力があったのよ。それを使ってしまった。それは相手に大義名分を持たせてしまい、問答無用で豚箱行きね。」
「まっ、俺らも気を付けないと、奴と同じ運命を辿るって訳だ。」
「護の言うことは重要よ。さっき課長は私達も保護対象だと、『一般市民と同じだ』みたいな言い方をしたけれど、何か問題を起こせば確実に消されるわよ。」
「それは怖いぉ。」
「力音。それは一方的な意見ね。彼らからしたら、私達は常に怖い存在なのよ。」
「あっ…、あぁ…。」
「その能力を使われ事件が起きたり、能力自体の存在が広く世間にバレてしまったりした時の混乱は酷い事になるでしょうね。」
全員に暗い雰囲気が漂う。無理はないわね。
私達は、こういった状況を理解し乗り越えなくてはならないから。
「み、心優ちゃん。私、何だか怖くなっちゃった。」
「あなたには覚悟が足りないわ。望んで得た力ではないけれど、最初にも言った通り、だからこそ私達の居場所も確保出来る。そこを安全地帯とするにはどうすれば良いか、一緒に考えていくしかないのよ。」
「わかった。でも、やっぱり怖いから、今日は一緒に寝ようね♡」
「ん~~。ご主人様は誰にも渡しません!」
また夕美と芽愛のバトルが始まってしまう。ここは先手を打つわ。
「まって頂戴。こうしましょう。夕飯とお風呂を済ませたら、まずは烈生に本を読んであげる。その後に力音と深夜アニメの討論会をしましょ。後は夕美も芽愛もまとめて面倒見てあげるから。」
「おぉー。じゃぁ、俺と護さんは?」
「あんた達二人は、能力向上に努めなさい。力音もよ。」
「げっ。」
「『げっ』じゃないわよ。私達のチームは、3人の攻撃力にかかっているのだから。そこをよーーーーーーく理解しておきなさい。」
「そうだな。大天使とやらの討伐もお預けなら、今のうちに訓練しておいて損はない。よし、疾斗、力音、行くぞ。」
「ディナーは全員分用意してあるから、適当な時間に戻ってきなさい。」
「おっ、悪いな。」
守るは右手を軽く上げて答えたわ。
男達3人が部屋から出ていく。
「ご主人様。今のところ私達は普段の生活をしていて良いのでしょうか?」
芽愛からの質問ね。
「そうね。本来ならばアークエンジェルからの襲撃を警戒する場面ではあるけれど、彼がいつ捕まるか分からない事を考えると不便過ぎるわね。」
「そもそも、私達を襲うかな?だって、能力者相手に闘うってことでしょ?」
「夕美の言う事も一理あるわ。情報を持っているが故に、こちらの強さも把握しているでしょうね。でも、油断は禁物よ。」
こういう時の為に、全員のスマホには緊急を知らせるアプリを入れてもらっているわ。
ロック解除画面にも表示され、1秒長押しすれば全員に緊急事態を知らせると同時に、その人の場所が分かり、カメラで映された動画も届くようになっているわ。
烈生は学校にスマホを持っていく事が出来ないから、同じ機能を持たせた防犯ブザーを持たせている。勿論カメラも搭載。
まぁ、使わないで済む事を祈るばかりね。
結局ディナーまでは全員でトレーニングに励んだわ。ちなみに烈生は宿題やっている。
「ほら、夕美。もうバテたの?そんなんじゃ駄目よ。」
「だってぇ~。弓道に体力必要ないもーん。」
「あなたは弓道中心の考え方を改めなさい。これからは異能バトルが控えているのよ。」
「あぁ~ん。」
「可愛い声を出しても駄目よ。」
「可愛い?ねぇ、私、可愛い?」
「ジィ~………。」
「ジト目の心優ちゃんも最高~♡」
はぁ…。
疾斗とは別の意味で疲れるわね。
「夕美さん、ぶりっ子しても駄目ですよ。ご主人様はドSですから、ドMの人が好きなのです。」
「じゃぁ芽愛ちゃん、どちらが真のドMか勝負しましょうか?」
「ご遠慮します。だいたい、夕美さんはMっ気ないじゃないですか。」
「まぁ、確かにMっ気はないかな?ネコではあるけれど…。」
「あんた達、いい加減にしなさい。あっちの
広いトレーニングルームの遠くで「萌える!」とか叫びながら、怪力を披露する力音と、それを笑う疾斗と護の姿が確認出来るわね。
こんな日常に、私は本当に戸惑っているの。
今の状況は色んなアニメや小説、そして漫画でしか味わえないと思っていたから。
空想上の生活が、リアルに展開している感じ。
『楽しい』なんて思う日常が、自分に訪れるとは思ってもみなかった。
時時雨財閥の一人娘
この重圧は、寝ていても襲い掛かってくるわ。
だけど仲間と一緒にいると、そんな自分を少しだけ忘れさせてくれる。
誰も欠けて欲しくないし、欠けさせない。
仲間の安否は私の判断力が握っている。
財閥の重圧以上にプレッシャーを感じているのも事実よ。
命という、お金では買えないものがかかっていることを、私は十分に理解している。
それがどれだけ貴重で尊いものかを。
『お金で買えないもの』なんて言うと、逆に安っぽく感じてしまうかもしれないけれど、お金で何でも買える私が言うのだから、その辺をよーく理解して頂戴。
でも…。
こう思っているのは、きっと私だけ。
以前、疾斗との闘いの前に友達とお金、どっちを選ぶか?なんて下衆な例え話をしたけれど、もしかしたらその例えが今の仲間達に当てはまるかも知れないと考える時があるの。
私の背後には、常に財閥という名前がついてまわってくる。
1億円と私、仲間達がどっちを選ぶかを想像するだけで怖くなる…。
はぁ…。
私がこんなんじゃ駄目よね。
今の実力では、私に価値があると思ってもらうのが精一杯。
まがい物の友達でも構わない。少しでも良いから、仲間という初めての関係を少しでも長く続けたいと思っているの。
今までこんな関係はなかったから。
あるのは主従関係だけだったわ。
物心付いた頃は、財閥の一人娘ってことでもてはやされていた。
私自身にはちっとも興味が無くて、背後に高々と掲げられた財閥の名前に引き付けられていただけ。
私は財閥への入り口。扉。いいえ、ドアノブか鍵穴ぐらいのちっぽけな存在。
それが悔しくて、インカネの地下フロアの開拓なんてやったりして自分アピール。
たまたま上手くいったから、ちょっとだけ存在感を示すことは出来たかもしれない。
でも財閥全体から見れば1%にも満たない売上と成果。
消費者のリサーチして、フロア関係者全員を説得して、改革して、改造して、自ら試食販売員もして、ここまでに数ヶ月かけて、それでもなお、この程度の成果しか出せなかった。
悔しかった。
凄く悔しかった。
あの程度の成果しか出せなくて、産まれて初めて本気で泣いた。
財閥の一人娘という肩書がないと、何も出来ない自分。
だけど諦めないわ。
やっと1歩、階段を上がっただけなのは理解している。
この先、何百、何千という階段が存在しているのも理解している。
登りきってみせる。
泣いた日に、そう誓ったの。
でも、次の階段を登る為の糸口さえ見つからなかった。
私は絶望していた。
何をやっても楽しいと感じなかった。
学校がつまらないとか、同級生を見下したりして誤魔化していた。
そんな時、芽愛に出会ったわ。
それからの日々は、本当に充実している。
そして気が付いたの。
自分に何が足りなかったのか。
それは仲間という存在。
一人では出来なかった事も、仲間となら乗り越えられる。
青春もののアニメや漫画では定番のセリフだけれど、私にも実感する事が出来た。
凄く嬉しかった。
物凄く心強かった。
でも、仲間とは呼んでいるけれど、それはとても繊細で儚いつながりなのだと思っているわ。
どんなに隠しても、財閥の看板は見えてしまう。
「なんで力音がモテるのかわからん。」
「直球勝負の疾斗にはわからないかもな。これは所謂ギャップ萌えってやつだ。」
「ギャップ?」
「こんなマッチョなのにオタクってところがな。」
「どこがいいのかわからん。」
「まぁ、疾斗君には理解出来ないね。ギャップ萌えはトレンドの一つだお。」
「『だお』とか初めて聞いた…。そうか!俺はテレポーターの疾斗だお。よろしくだお。」
「あははははははっ!語尾だけ真似したって駄目さ。ギャップというのはそういう事じゃないからな。」
「えー。ますますわからないっすよー。」
「なんだ?疾斗、モテたいのか?誰にモテたいんだ?ん?」
「勘弁してくださいよ、護さーん。」
男性陣の何気ない会話が気になる。勿論女性陣も。
「夕美さん。この勝負絶対に負けませんからね。今晩もご主人様に一番可愛がってもらうのは私ですから。」
「じゃぁさ、こういうのはどう?私達で楽しんでみるの!」
「無理です!だいたいお互いネコじゃないですか!」
「私、頑張る!」
「私の身も心も、ご主人様にしか捧げません!」
「芽愛ちゃんも可愛いじゃない。勿体無いよー。」
「ほ、褒めても何も出ません!」
「お茶ぐらい出してよ~。芽愛ちゃんの淹れた紅茶。とても美味しいよ。」
「お褒めに預かり、ありがとうございます。でも、ご主人様の為に勉強したのですからね。」
「わかってるよぉ。それと、褒めても本当に何も出ないか確かめなくっちゃ。」
「どういう意味です?」
「色んなところから色んなものが出てきそうじゃない?」
「な、何を言っているのですか!」
「うふふ。試してみようかな?」
「キャッ!?ちょ、ちょっと変なところ触らないでください!」
「あれれ?あれれー?顔が真っ赤だよー?どうしたのかなー?お姉さんに言ってごらん?さーて、何が出てくるかなー?」
「助けてください、ご主人様~。」
赤面した芽愛が小走りに寄ってきて抱きついた。
思わずギュッと抱きしめる。
「ご主人様?」
意外な行動に芽愛が不思議がっているわね。
だって、この今までに経験したことのない、楽しくて仕方がない空間に、置いていかれそうな気がしたから。
「何でもないわよ。さっ、そろそろディナーにしましょうか。」
そう言って微笑んだ私を、芽愛は少しニヤけた上目遣いで見上げていた。
「な、何よ。」
「いーえ。何でもありません。」
ニコッと笑う芽愛は、振り返ると仲間達にディナーの時間を伝えた。
烈生も合流したディナーは、色んな話題で盛り上がり、あちらこちらで笑顔が絶えないものとなった。
その後シャワーを浴びて、烈生に本を読んであげた。
彼の知的好奇心は旺盛ね。将来が楽しみだわ。
いつの間にか寝てしまった彼を谷垣に頼んで部屋に連れていってもらう。
ふと何だか寂しさが襲う。
その後、力音と深夜アニメの話題で盛り上がっていた頃、疾斗と護が帰路に着く前に私の部屋に顔を出してきた。
「俺らは帰るわ。」
疾斗の言葉で、またもや寂しさを感じた。
「と、泊まっていけば良いのに。部屋はあるんだから。」
全員分の客室以上に空室はあるわ。
「俺は仕事だしな。明日は日曜日だ、忙しくなる。体を休めるのも仕事のうちだ。」
護の言葉に、自分で紹介しておきながら、彼の仕事環境を忘れていたことに気が付いた。
「まっ、俺も今日のトレーニングでちょっとヒントみてーなのを見つけたんだ。だから復習したいんだよな。」
疾斗はテレポーターとして成長しようとしている。
二人共、例えば飽きたから帰るとか、そんな寂しい理由ではないことは分かっている。
でも、寂しかった。
こんな気持は初めてで、戸惑っている自分がいる。
何かに気付いた護が声をかけてきた。
「早く慣れろ、心優。それはお前のカリスマが産んだ副産物だぞ。孤独な皇帝さん。」
彼の言葉が胸に刺さる。
「ふふ…、そうね。護の言う通りなのかもね。わかったわ。アークエンジェルの襲撃には常に気を付けるのよ。それと疾斗。」
「な、なんだよ。」
「頑張りなさい。あなたの新しい武器は、私達のとっておきの武器にもなりえるわ。」
「お、おう。なんだよ、改まってさ。言われなくてもやってやるぜ。」
「うん。じゃぁ、二人共またね。」
二人は不思議そうな顔で見合わせた。
戸惑う私は、きっと二人にはいつもと違うように見えたかも。
「おう、またな。」
「じゃぁな。」
孤独な皇帝…。
格好良いからと思って名付けた能力の名前だけれど、今の私を凄く表していると思ったわ。
滑稽ね。
でも、もう孤独じゃない。
私には守りたいと思う仲間がいる。
頼りになる仲間がいる。
一緒にいて楽しいと共感しあえる仲間がいる。
さぁ、アニメ討論の続きをしましょうか!
夜はまだまだ長いわよ!
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