第26話『バイオテロ』

「お姉ちゃん、コレあげる!」

烈生は朝から元気ね。

「何かしら?」

そう言って手を出すと、ピンクの包装紙で包まれた飴のよう。

「飴だよ!昨日学校で友達から貰ったの!沢山貰ったから、お姉ちゃんにもあげるね!」

あらそう。まぁ、いいわ。

烈生に友達が増えているみたいで何よりね。

「ありがとね。後でいただくわ。」

「うん!」

彼は元気よくランドセルを揺らしながら走り出し、学校へ向かっていった。

私は貰った飴をポケットに入れると、谷垣の待つ車へと向かう。


軽快に走る車中。

「谷垣。一つ言っておくことがあるわ。」

「ハッ。なんでございましょう?」

「今、私が置かれている立場よ。」

「と、申しますと?」

「私には不思議な力がある。それは薄々気付いているのでしょう?」

「不可解な出来事が、最近頻発しているのは承知しております。」

「そうね。その力を、能力と呼んで、その力を使う人達を能力者と呼んでいるわ。」

「はい。」


「どうやら能力者は多数いて、私達以外のグループの一つは何か善からぬことをを企んでいるらしいの。」

狐様とかいうお告げについては触れないでおく。

「なるほど。」

「少し前に起きた毒薬のテロ。あれもその関連で起きているわ。詳しくは割愛するけれど、谷垣も気を付けて頂戴。」

「ハッ。」

「異能バトルに巻き込まれそうになったら、躊躇なく逃げなさい。ナイフだろうが銃だろうが、そんなの関係がなくなるほどの力がそこには存在するわ。」

「………。」

「それと、このミッションには日本政府が絡んでいるわ。まぁ、首相官邸に連れて行ってもらっているから分かってはいると思うけれど、どのみち政府に警戒される立場になった以上、自分達の居場所を作らないといけないわ。そうじゃないと普通の生活すら出来なくなるわ。」


「僭越ながら、お嬢様には最終的なビジョンが見えていらっしゃると?」

「そうね。」

その言葉を聞いた谷垣が、ニヤリと笑ったような気がした。

「可笑しいかしら?」

「いえ、この様な事態におかれてなお、冷静なお嬢様が頼もしく思えただけでございます。」

「あら、そう。残念ながら命も賭けるしかない状況よ。あなたも十分気を付けなさい。」

「かしこまりました。」


そんなやり取りがあった日の5時間目開始前。

「ご主人様。次は選択科目なので、私は家庭科室へ行きます。」

「わかったわ。」

「むぅ。」

「何かしら?」

「私も美術にすれば良かったですぅ。」

「まぁ仕方ないわね。決めた時はお互い知らなかったしね。来年は同じのにするといいわ。」

「勿論です!でも折角なので、しっかり勉強してご主人様が喜ばれるような料理を学んできます。」

「ふふ。ありがと。」

「ん~~~!その微笑み!元気出ました!行ってきます!」

エプロンと教科書を抱えて、トトトッと家庭科室へ向かっていったわ。


さて、私も美術室へ行きましょうか。

そう言えば、烈生から貰った飴があったわね。

それほど大きくないし、いただきながら向かうことにした。

あまり見たことが無いほど小さいの。直ぐに無くなるでしょ。

包装紙を取ると、甘い香りが漂う。

口に含む。イチゴ味のようね。何だか小学生の頃を思い出すわ。

教室を出て廊下を歩む。

少し進むと

…。


!?


急速に視界が歪んでいく。

足がもつれる。

体の感覚が狂っていく。


ヤバイッ!


体調が悪い訳ではないわ。

直ぐに私は原因を探る。

能力による攻撃を疑ったけど、今は誰も居ない。

しかし、あることに気が付き飴を吐き出した。


コロン…。


私は膝を付いた体勢でスマホを取り出す。

そして直ぐに谷垣に連絡をした。

「た…、谷垣…。直ぐに迎えに来て…、頂戴…。」

『お嬢様!?直ぐに向かいます!』

彼は何かを察してくれたようね。

私はふらつきながら壁に手を付き、少しずつ玄関へ向かっていった。


超お嬢様学校である紅月中学は、玄関先にキャノピーがあり、送迎がスムーズに出来るよう作られている。

私は上履きのまま下駄箱を通り過ぎ、そこで体力を使い果たした。

ペタンを座り込んだまま動けない。

「ハァ…、ハァ…。」

呼吸が荒くなる。


キィィィ…、ガチャッ…。

「お嬢様!」

た…、助かった…。谷垣ね…。

有無を言わさずお姫様抱っこされて車へと運ばれる。

気が付くと車は走り出していて、後部座席に寝かされているのがわかったわ。

そびえ立つビルが次々と流れていく。


「お嬢様。大丈夫ですか?」

「ハァ…、ハァ…。突然調子が…、悪くなったの…。」

「何か、お口になりましたか?」

「朝、烈生に貰った…、飴を舐めたわ…。」

「言いにくいのですが、何か薬が混入されていた可能性があります。」

「烈生が…、友達から…、貰ったって…。」

「彼からお嬢様へ渡る可能性は高いと、第三者が予想したと思いまする。それ故、手当たり次第に配った…、もしくは烈生様に渡すよう友達に言いつけた第三者がいるかもしれません。」


谷垣の推論は、かなりいい線いっていると感じたわ。

そういう筋書きならば…、第三者とはアークエンジェルね。

まったく…、姑息な手段を使ってくる。

久々に頭にきたわ。


「症状を教えてください。医者の手配をいたします。」

「呼吸が…、呼吸が辛いわ。めまいと…、体の感覚が鈍って…。」

「承知しました。神経科の医者を手配します。」

彼はハンズフリーで電話をかける。

何を言っていたのかは、ぼんやりしていて分からなかったけれど、医者の手配を済ませたみたい。

「お嬢様。家に到着次第、お部屋までお連れします。その後私は医者を迎えに行ってまいります。往復、早くて30分程度で連れてこられるよう手配いたしましたが、それでよろしいでしょうか?」


さすが谷垣ね。私に不安を与えないよう、どう動くのか知らせてくれる。

「そ…、それで、いいわ…。」

その後プライベートハウスに到着し、私は私室のベッドに横にされる。谷垣が一礼し医者を迎えに行くと、直ぐに召使が入ってきて上衣を脱がせてくれた。

「このままで…。」

着替えさせようとした召使達を止める。

あまり動くと、そうでなくても辛い呼吸が、更に辛くなりそうだったから。


「何かお飲みになりますか?」

心配そうに尋ねる召使。

「いらないわ…。ちょっと休む…。」

「わかりました。何かご所望でしたら、直ぐに呼んでくださいませ。」

「ありがと…。」

召使は一礼して部屋を出る。


静かな空間。

だけれど、体の感覚はグルングルン回っているようで、とても気持ち悪い。

「ハァ…、ハァ…。」

私の荒い呼吸だけが響く。

少しだけ空いた窓からは、優しい風が流れ込んできていた。

それがとても心地よい。


そんな時だった。


「キャーーーーーーーーーッ!!!」

窓の外から女性の悲鳴が聞こえた。


私は…。

最悪のシナリオを覚悟した。

重い体をゆっくりと持ち上げる。







「行かなくちゃ…。」






バタンッ…。

ベッドから転がり落ちる。どこが痛いのかすら分からないほど感覚が狂っていることに気付く。

壁まで這いずり何とか立ち上がる。

「ハァ…、ハァ…。」

ドアを開け、廊下へ。

召使達が慌てて走っている。

そのうちの一人に見つかったわ。

「お嬢様!」

直ぐに私を連れて行こうとするけど、その手を制止した。


「何が…、何が起きている?」

「見知らぬ男が…、突然乱入してきて…。お嬢様を連れて来いと玄関ホールにて暴れております。」

「そう…。」

私は召使の手を振り払い、玄関へ向かおうとした。

「駄目です!あいつは明らかに異常者です!そんな奴の所にお嬢様を…。」

「そいつの…、目当ては…、私…。あなた達は…、逃げなさい…。」

「絶対に逃げません!」

「………。婦長を…、呼びなさい…。」


言われた召使はPHSにて婦長を呼び出した。ここで言う婦長とは、家政婦長のことよ。つまり召使達の責任者。

「心優様。」

婦長は直ぐにやってきた。

「使用人全員を…、避難させなさい…。これは命令よ…。」

「………、お断りします!」

「駄目よ…。あいつは…、テロリストなのよ…。」

「ならば、尚更お嬢様をお守りするのが、私達の役目。」

彼女はPHSを取り出した。何か操作をしたけれど、私には分かる。全PHSへ一斉通話の機能を使ったようね。

「全使用人に告ぐ。非常事態により、緊急事態警報を発動します。客員要領書に基づき行動しなさい!」


ジリリリリリリリッ…。

火災検知器が発動したような緊急用ベルが鳴り響く。

「婦長…。なんて馬鹿な事を…。」

「私達はお嬢様の面倒を見るためだけに居る訳ではありません。誇りと使命をもって勤めているのでございます!」

「私は…、あなた達を…、失いたくないの…。だから…。」

「お嬢様…。」

言ってから、しまった、と思った。火に油を注いでしまった。


PHSが鳴る。

『玄関ホール封鎖完了です!こにより不審者を閉じ込めました。』

『火元消化確認完了です!』

『避難口確保完了です!』

『谷垣様お帰りになりました!』

次々と婦長に情報が集まる。

「緊急事態が起きた時のために、常に訓練を行ってまいりました。それに、谷垣様がお戻りになられたのであれば、鬼に金棒でございます。」

「ハァ…。ハァ…。」

「さぁ、お嬢様はお部屋に…。」

「お嬢様!」

婦長の言葉を遮るように、谷垣がやってきた。


「婦長殿、これは何事か?」

谷垣は警報音を聞き異常事態を察すると、医者は家の中に入れずに車に待たせているようね。

彼女は谷垣に状況を説明する。彼は頷くと直ぐに指示を出していく。

「谷垣…。」

「ハァッ!」

「全員を連れて…、逃げなさい…。私は…、誰も失いたく…、ないの…。」

「そのご命令は…、きけませぬ!」

「駄目よ!仲間を…呼ぶわ…。」


だけれど私は迷っていた。

スマホの緊急用アプリを作動させるかどうかを…。

このアイコンを押せば、仲間達に私がピンチだと伝わるわ。

だけど…。










本当に誰か来てくれるの?








もしも誰も来てくれなかったらと思うと…、恐怖が心を支配する。

その場合、私の敗北は、ほぼ確定してしまう。

それにより、使用人達も危険に晒すことになる。

でも…。誰か来てくれたら…。

誰が来てもこの状況を打破出来る。

芽愛だと直ぐに解決という訳にはいかないかもしれないけれど、でも、透視による相手の武器を見破り策を練る事は可能となる。


私は迷った。

心の奥では、彼らは私の看板に期待して一緒にいると思っている。

けれど彼らを責めるつもりはない。

だって、私に寄ってくる人は、もれなく全員がそうだったから。

だからこれが通常状態。


もちろん、能力に関することで活躍すれば、後々自分の利益にもなる可能性が高い。

だから私を利用し、自分の活躍の場を作らせる…、そのぐらいの事をされても、怒りを感じる事はないわ。

むしろ私を騙して能力者の頂点に立ってやろうって思う人がいても、なんにも不思議じゃない。

世の中そんなもんよ。


だけど今回はケースが違う。

いくら能力で活躍しても、得られる成果は私を助けただけ。

私に対して、恩を着せる事は出来るかも知れない。

ただ、リスクが大きいと感じるはず。

だって、今回に関しては作戦もなければ失敗した時の被害も大きい。

しかも相手が能力者ではないため、周囲から得られる成果が少ないと思われるかもしれない。

つまり、大きなリスクをおかしてまで助けに来る利益は少ない。


でも…。


なんでもいい…。


誰か…。


助けて…。







私は、緊急連絡用アプリのアイコンを、力一杯押し続けた。

「私が…、行く。谷垣、全員を…、避難口より誘導…。全員待機…。いいわね…。」

「なりませぬ!」

「だ…、大丈夫。仲間能力者を…、呼んだわ…。」

「………。」

「私が…、時間稼ぎを…、する。だから、退避…。早く!」

「………。かしこまりました。婦長殿、全員退避してください。私が誘導いたします。」

「ありがと…、谷垣…。」

「ですが、全員の避難が完了したら、私めはお嬢様を助けに参ります。」

「わかったわ…。」


二人は全員を避難させる為、この場を離れていく。

私は階段を降り、扉のロックを解除すると、ゆっくりと玄関ホールへと入っていった。

そこにはリュックサックを持った、サラリーマン風の男が一人立っていた。

「やっとおお出ましかぁ?時時雨 心優!」

「薬を盛ったのは…、あなたね…。アークエンジェル…。」

「そうだぁ!可愛い子分から貰った飴は、上手かったかぁ?ギャハハハハハハハハッ!!」


「発想が…、下品で…、貧相で…、本当に下衆な…、男ね…。」

「何とでも言え!もう直ぐ死ぬ奴の言葉なんか、何とも思わんわ!」

「あなたの…、狙いは…、政府との…、交渉ね…。」

「そぉだぁ!奴らが一番恐れるお前の首を持っていけば、あいつらだって俺の話を聞く気になるだろう?」

「そうは…、思わないけど…?」

「フハハハハハハハッ!所詮ガキはガキだな!政府は能力者を恐れている!だから俺が始末出来ると証明すればいいのさ!簡単だろうぉ?能力を知り尽くしている、俺様がやるのだからなぁ!!」


馬鹿ね…。

もう手遅れなのに…。

もしも私を殺したならば、日本に居場所はなくなるわ。

そんな単純な事も理解出来ないほど狂ってしまったのね。

それに、能力を知り尽くす?

それこそ虚言よ。あんたなんかに理解出来る訳がない。


「さぁ、お喋りはここまでだぁ。」

そう言うと、持っていたリュックから透明の液体の入った小さなビンを取り出す。

「俺は用心深いんだ。お前が苦しんでいる振りをして油断させている可能性もあるからなぁ。更に劇薬を撒いて徹底的に弱らせてからとどめを刺してやる。」

彼はガスマスクをリュックから取り出しかぶると、ビンの蓋を開けて勢い良く周囲にばら撒いた。


ヤバイ…。

これは究極にヤバイわ…。

これ以上感覚が麻痺したら、平衡感覚すら無くなりそう…。


アークエンジェルの作戦は、今のところは完璧よ。

一番油断する仲間から毒薬を飲ませ、学生が多いこちらの陣営を利用し、応援が来づらい状況を選んで攻撃してきた。

しかもピンポイントで私を狙っている。


だって、この毒薬の症状だと…、私は…。









息を止められない…。










孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動出来ないから…。

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