第33話『芽愛のツンデレ』

「なぁ、力音。ちょっと教えて欲しいことがあるんだ。」

トレーニングルームでの、疾斗さんと力音さんの会話です。

男子達はいったいどんな話をしているのでしょうか?

興味がある、というよりはちょっとした好奇心です。

「なんだい?僕で分かることなら教えるお。」

ムフーと重そうなバーベルを持ち上げます。

どうやらリアル筋肉を鍛えているようです。


「何というか、普段はキリッとしていて、強い口調だし、厳しい事もガンガン言ってくるのだけれど、二人だけの時に突然甘えてきて…。それってさ、どういう心境でそうなるのかなって思ってさ。」

んん?

何故か身近に感じる話しです。

これは気になります。


「あぁ、それが『ツンデレ』ってやつさ。」

「ツンデレ?」

「簡単に説明すると、普段はツンツン尖っているのだけれど、二人の時はデレデレするってことさ。」

「よくわかんねーな。」

「別の言葉で言えば、『ギャップ萌え』ってやつだよ。これなら分かる?」

「あー、聞いたことはあるな。」

「今回の場合は、『ツン』と『デレ』のギャップってことになるね。」

「なるほど。ちょっと分かった。で、その『デレ』の時はどういう心境なんだ?」

「その人は女の子なのかい?」

「そ、そうだな。」

「ふーん。それなら簡単だよ。デレているんだから、疾斗君に好意があるってことだね。」

「こ、好意?」

「だって、嫌いな人にデレたりしないでしょ。」

「ま、まぁ、そういうことになるよな。」


あれれ?

嫌な予感がしますし、胸騒ぎがします。

「ツンデレ彼女なんて最高じゃないか。」

「さっきの話しだと、デレっぱなしの方が良さそうだが?」

「わかってないなー、疾斗君は。時々デレてくれるから、同じデレでも何倍も強く感じることが出来るのさ。いつもデレてたら、それが普通になっちゃうの。ただ、ツンの部分が受け入れられない人だと、そう思うかもね。」

「まぁ、嫌いではないというか、気にならないけどな。」

「ならいいじゃんか。付き合っちゃいなよ。普段ツンなのに、デレを見せてくれたって事は、かなり脈ありだと思うお。いいなー、ツンデレ彼女。」

「うーん。でも今ってさ、そういう時でもないしな。」

「勿体無い…。まっ、二人のことだから、僕は静観させてもらうお。」

「ありがと。勉強になったよ。」

「ツンデレ彼女に、どう対応して良いか分からなかったら、参考書があるから貸してあげるよ。」

「そんなのあるのかよ?」

「アニメのBDだけどね。」

「アニメかぁ。最近見てないな。」

「ツンデレがどういうものなのか、ぐらいはわかると思うお。」

「そっか。ありがと。その時は借りるよ。」

「というか、心優タソと見れば、色々と考察もしてくれて分かり易いと思うよ。」

「えっ?心優と?い、いや、え、遠慮しとく。」

「?」


あまりの慌てっぷりに力音さんも私もちょっと気になりました。

「まっ、こういうことなら、いつでも相談しなよ。」

「お、おう。」

私は胸騒ぎの正体に気付いてしまいました。

けれど、疾斗さんに突撃するよりも本人から直に聞きたくなりました。

トレーニングルームを後にし、シャワーを浴び汗を流すと、真っ直ぐご主人様の部屋に向かいます。

ノックをして入室する。


「あら、芽愛。どうしたの?怖い顔して。」

どうやら私は怖い顔をしているようです。

「ご主人様!」

「な、なによ。」

「疾斗さんと何かありましたか?」

するとご主人様は、クスクスと笑い出しました。


「もう気付いたの?流石に早いわね。」

「それはどうでも良いです!」

「もう、泣くんじゃないの。こっちへ来なさい。」

どうやら私はボロボロと泣いていたようです。

ご主人様も年頃の女子です。

男子に興味があっても不思議じゃありません。

でも…。

でも、その時は一言欲しいです…。


ご主人様に呼ばれ、ベッドの直ぐ脇まで近づきます。

寂しさで視界はぐちゃぐちゃです。

「ほら。」

両手を差し出すご主人様に向かって、体を預けました。

優しく抱きしめてくれます。

暖かくて、良い匂いがして、柔らかくて、優しくて、いつもドキドキします。

そして、頭をゆっくりと撫でてくれました。


「バカね。勘違いしないでほしいわ。前に助けてもらったし、ちょっとしたお礼を兼ねた遊び心よ。」

「ほ…、本当ですか…?」

ようやく絞り出した声は、消え入りそうでした。

「当たり前じゃない。私が選ぶ男は、時時雨財閥を仕切れる人。あいつにその才能はないわ。」

確かにそうです。

ご主人様が付き合う男性は、残念ながら誰でも良いって訳にはいかないのです。

それは私にも言えます。

父は、そこを重点的にみるでしょうし、だからご主人様の言うことに嘘はないと思っています。


「だけど、寂しかったです。」

「ごめんね。」

ドキッとしました。

ご主人様は滅多にミスをしませんし、だから謝ることもありません。

突然謝れると、調子が狂ってしまいます。

これもギャップ萌えなのでしょうか?


「い、いえ…。出過ぎた事を言いました。」

「そんなことはないわ。もっと遠慮なく何でも言って頂戴。どうやら私は、周囲の人に気を使わせ過ぎていたのかもしれないと気付いたの。」

「そんなことはないと思います。ご主人様は、色んな方の意見を聞いて、自分の主張もどんどん良い方向へと変えていかれる柔軟さがあると思います。」

「褒めても何も出ないわよ。」

「そういうつもりで言ったのではありません。」

「ふふっ。分かっているわ。」

「でも、疾斗さんの話を聞いているのが、凄く辛かったです…。寂しくて寂しくて…。」


ご主人様はビックリしていました。

「ちょっと待って。あのバカどこまで話したのよ?」

「ツンデレとギャップ萌えについて話していましたよ?」

「そ…、そう。それならいいわ。」

何でしょう?かなり気になります。ご主人様の慌てっぷりがです。


「いったいどんな『デレ』をみせたのですか?」

「はぁ…。しくじったわね。芽愛に隠し事はしたくないから話すけど…。」

それから聞いた二人の状況に、私はいてもたってもいられないほど慌てました。

それこそ恋人寸前の行為じゃないですか…。


「グスッ…、グスッ…。」

「も、もう。最初にも言ったけど、誂ったのよ。何というか、童貞がどんな反応するか見てみたいってのもあったの。」

「それってやっぱり男子に興味があるってことでは…。」

「まったく無いと言ったら嘘になるでしょ。芽愛も同じでしょ?」

「私は男子に興味なんてありません。」

「それはそれで問題よ。」

「私の話は後でで良いです。それよりも…。」

「アニメであんなシチュエーションがあったのよ。それで気になっただけ。まぁ、ご褒美という意味もあったけれど、もしも襲ってきても私はいつでも逃げられるし、そんな噂話の一つでも出たら、それこそ谷垣が消しにくるわ。」

「ん~~~!」


私は頭で理解しても、体が理解してくれませんでした。

「今日は朝まで可愛がってもらいます!」

「もう、仕方ないわね。でも、一つ条件があるわ。」

「ん?なんでしょうか?」

「その…。」

あれ?どうしてご主人様は照れていらっしゃるのでしょうか?


「コホン。その…、二人でいる時ぐらいは名前で呼んで頂戴。」

私はカーッと顔が熱くなるのがわかりました。

自分が赤面しているのが分かります。

だって、これは私を本当の友人だと思ってくれているからに他ならないですし、もっと上の関係も示唆している可能性があります。

私は嬉しくて、嬉しくて名前を呼ぼうとしました。


「………。」

口を開けたまま、言葉が出ません。

「どうしたの?やっぱり呼ぶの嫌?」

「そ、そうじゃありません。その…。」

「ハッキリ言いなさい。」

「流石に呼び捨てはまずいですし…、『ちゃん』付けが良いのか、『さん』付けが良いのか…。」

「呼び捨てがいいわ。」

「でも、でも…。」

「だって、護も疾斗も呼び捨てよ。私は気にしないわ。」

「あっ…。」


そう言われればそうでした。

「もう『ご主人様』という呼び名は、芽愛にとってあだ名みたいになっているでしょ。だから他の人がいる時はそれでもいいわ。最初に言ったように、二人っきりの時の話をしているの。だから呼び捨てがいいわ。」

「でも…。」

流石にちょっと抵抗がありました。

「私達、親友じゃない?違ったかしら?」

「も、勿論親友です!」


私は俯いていた顔を上げました。

「心優…。」

「芽愛…。」

ご主人様は私の名を呼び、再び抱きしめてくれます。

「心優にお願いがあります。」

「何かしら?」

「疾斗さんと同じ状況を経験させてください。」

「ふふふっ。じゃぁ、私が疾斗の役をやるわ。私の役を芽愛がしなさい。」

「はい!」


するとご主人様は起き上がり、私にベッドに寝るように指示しました。

横になり、心優を見上げます。

あぁ…。

これからご主人様に好きなようにされてしまう…。

そう思うと頭がクラクラしてきます。

待ちきれないです。


!?


突然下半身がスースーしました。

ハァ…、ハァ…

興奮しているのが分かります。

見られています…。

「あっ…。」

気が付くと、上衣のボタンが、下から一個ずつ、前触れもなく外れていきます。

「恥ずかしい…。」

小声で伝えました。

けれど、止まることなくボタンが外れていき、ブラが丸見えです。


!?!?


ブラのホックも、迷うことなく外されました。


!?!?!?


さっきと話が違います。

気が付いた時には、ブラ自体なくなっていました。

上から覗き込むようにガン見されています。

吐息が熱くなっていました。

だって、下も…。


私は深夜までたっぷり可愛がってもらいました。

意識が飛びそうになるほど激しく、時には甘く優しく…。

私達は手を握ったまま眠りに落ち、その手は朝まで離れませんでした。


翌朝、心優より先に起きてシャワーを浴びます。

今日は休日なので、メイド服を着込んでおきます。

そろそろ本物のメイドさんが来ますね。

起こしておきましょう。

「心優…。心優…。朝ですよ。」

「んん…。」

何も身に付けていない格好で、私ににじり寄ってきました。

「今日は芽愛とイチャイチャして過ごす。」

「はい!」


すると心優はPHSを取り出し連絡をしました。

「朝食はドアの前に置いておいて頂戴。」

『かしこまりました。』

どうやら召使さんに指示したようです。

彼女がシャワーを浴びている時に、ドアをノックする音が聞こえました。

どうやら朝食のようです。

少ししてから見に行くと、食事専用台車に二人分の朝食が乗っています。

それを部屋の中に入れて待っていると、心優がシャワーから出てきました。

部屋着に着込んだ時には、イギリスより直輸入の茶葉で淹れた紅茶も出来上がりました。


「ありがと。ふふっ。」

何だか心優は楽しそうです。

私も一緒になって朝食をいただくことにしました。

「そう言えば、心優のことをツンデレだと言っていました。」

「誰が?」

「力音さんです。」

「ふーん。まぁ、あの状況ならそうかもね。」

「私は勉強不足でして…、あまり分かっていません。」

「現実には中々いないタイプだからね。」

「力音さんは、ツンデレについて勉強するなら良いアニメがあると言ってました。」

「そうね。アニメだと定番の設定というか、人気もあるわね。」

「私、見てみたいです。」

「あら、珍しいわね。いいわよ。一緒に見ようか。」

「はい!」


食後は100インチモニターで一緒にアニメを見ました。

心優は私の膝枕でくつろぎながら観ています。

「重くなったら遠慮なく言って頂戴。」

「大丈夫です!」

「芽愛に我慢とか、させたくないからね。」

「は…、はい!」

「そうだ、重く感じたら交代しましょ。それなら良いでしょ。」

「なら、BD1枚観たら交代というのはどうです?」

「いいわ。」


そうして始まった上映会ですが…。

「芽愛!ヨダレ!ヨダレ!」

心優がこんなにデレてくれたらという妄想が爆発し、興奮して観てしまいました。

「こ…、これは、最高ですぅ~!」

私はキャーキャー言いながら大騒ぎです。


「もう、本来は男の子がドキドキしながら観るアニメよ。」

「だってぇ…、だってぇ…。あんな言葉、言われてみたいですぅ!」

「あ、あんたのためじゃ、ないんだからね!勘違いしないで頂戴!」

「はぁ~うぅ~!」

「こら、芽愛!襲うんじゃない!」


今私は、とても楽しいです。


幸せです。


でも、この楽しい時間が奪われようとしていると感じています。


その為にはどうすれば良いか、いっぱい考えて、尚且つ実行していかなくてはなりません。


心優ほどではないけれど、私も本当の友達っていなかったんだと気付きました。


だから…、一生の友達を手放さないよう、これから待ち受ける困難を、どんな手段を使ってでも乗り越えたいです。


不安の元凶は…、もう目の前まで来ているのですから。

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