第34話『アダムからの挑戦状』


私は少し浮足立っていたと思う。


正直、今がずっと続けば良いとさえ思っていた。


気の許せる仲間や友達といった関係は初めての経験で、とても甘くて切なくて、酔いしれていた。


だけどというか、やはりというか、長続きはしなかった。


平日の夕方。

それは前触れもなく、突然やってきた。

私の大切なモノを全て破壊するかの如く。


「お嬢様へのお手紙ですが、宛名が無いものが1通あります。処分いたしますか?」

谷垣からの言葉に、緊張が走る。

だって…、それは…。


「いえ、見るわ。」

受け取った小洒落た封筒に、不審なところはないわね。

谷垣が退室していくのを見送る。

まぁ、不審かどうかは事前に入念なチェックが入っている。

ペーパーナイフで封を切る。


中身を見た途端、私は覚悟を決めた。

チラリと『挑戦状』と見えたから。

相手は、未知なる勢力じゃないかぎり『アダム』ね。

そっと手紙を取り出し、中身を読むことにするわ。


『~挑戦状~


 まずは、新生黙示録アポカリプス誕生を祝す


 今後の活躍を期待すると共に、親愛なる諸君らに告げる


 我々は君達に挑戦させてもらう


 今こそどちらが日本の頂点たるか、雌雄を決する時だろう


 時時雨 心優、お前の首を必ずいただく


 お互いの健闘を祈り、挨拶とする


 追って、我らが同士が改めてご挨拶に伺う


 アダム』


ふぅ…。

ついにきてしまったわね。

ノータイムでSNSにて連絡をするわ。


皇帝『緊急招集よ。アダムからの挑戦状が届いたわ』

力音『ま、まじで?』

皇帝『各自、移動時にも十分注意するように』

夕美『了解ですっ!』

皇帝『課長、アダムについて新しい情報が入ったら逐一伝えるようにオペ子に言っておいて頂戴。こちらは臨戦態勢に入るわ。そして、アダムの目的を探る。』

課長『承知した。目的が分かれば対処もしやすい。君に限って油断はないだろうが、十分気を付けるように。形成が不利な場合は直ぐに連絡すること。相手の規模すら把握出来ていない。』

皇帝『了解したわ。』


その会話の途中だった。

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

不愉快な警報音がスマホより鳴り響く。

挑戦状を読んだ直後とあって、直ぐにピンッときた。

というか相手の行動が早すぎる。

こちらの対応が追い付いていないわ。


画面を見ると芽愛の顔が確認出来た。

「谷垣!直ぐに出るわよ!」

『ハッ!準備いたします!』

ドアの向こうから声が聞こえたのと同時に気配が消える。

スマホの音声を外部スピーカーに切り替えて、私も急ぎ支度する。


画面には学校から帰ろうとしていたであろう制服姿の芽愛の姿が映っている。

『ご主人様、聞こえますか?』

小声で喋る芽愛。

「聞こえているわ。今すぐに救出にいく。」

『画面を見てください。』

着替えていたけれど、直ぐに画面を覗き込む。

そこには紅月中学には不釣り合いな、茶髪でチャラい私服姿の若い男が映っていた。

どうやら門の近くのようね。


『あの男性、能力者です。能力は『圧縮』、発動条件は『握る』です!』

「タイミングといい、明らかに芽愛を狙っているわ。校内から出ないように。近くのメンバーは急行して頂戴。それと、戦う場所には注意して。」

『僕は今から芽愛ちゃん救出に向かうお。』

『私も芽愛ちゃんの所に向かう!』

力音と夕美から返事が帰ってきた。

反応が無いところを見ると、どうやら護と疾斗は、まだ仕事と学校のようね。


アダムの狙いは、私達の中でも弱そうなメンバーを狙ってきたようね。

少ない情報からも相手の動向を見据えないと、今後の方針も決められない。

着替えを済ませ、装備を整える。

部屋を出ると、婦長がかしこまっていた。

「留守を頼んだわよ。決して無理はしないように。」

「心得ております。いざとなったら籠城いたします。」

「ろ、籠城?」

「はい!変質者襲撃の報を受けた旦那様より、緊急に予算をつけていただき、屋敷を強固に改造中でございます。」

「そ、そう。兎に角、人命優先に。」

「承知しております。」

そう言って、優しい笑顔で深々とお辞儀をする婦長を後に、屋敷を出たわ。


玄関先のキャノピーには、谷垣が待つ車が到着していた。

「さぁ…。」

出発よ!と言おうとして、違和感に気付いたわ。

少しの間。谷垣が不審がる。

「谷垣!何かいるわ!」

「………。」

彼は腰を落とし、周囲を警戒する。


ん?

「まだ視界には入ってないようね…。」

その言葉に彼は、ゆっくりと私の前に移動する。

「また、見えない敵でございますか?」

「いいえ…。」


どうやら私は、無意識に能力を散布していたみたい。

その警戒網に、私以外の能力者が触れた、そんな感じね。

そう短く説明し、静かに頷きながら周囲を見渡す彼の眼光は鋭い。

私はスマホの緊急アラームアプリを起動する。


「どうやらこっちにも敵が来たわ。まだ視認は出来ていない。」

『ぼ、僕の方が近いと思う。夕美ちゃんは芽愛ちゃんの方へ行って。』

『分かった。私はもう直ぐ紅月中学に到着するよ。』

「夕美、遠距離で確実に仕留めなさい。力音、あなたが近くに来た時点で、余裕があれば孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動するわ。そのままぶっ飛ばしちゃいなさい。」

『分かった!』

『了解だお!』

「芽愛!絶対に見つからないようにしなさい。夕美と連絡を密にして。」

『分かっています!』


打ち合わせを済ませると、警戒する谷垣に告げる。

「力音が来るまで、時間稼ぎをするわ。あなたも無理をしないように。駄目だと思ったら即、逃げなさい。」

「分かっております。お嬢様含め、能力というのは人智を超えているのは委細承知。しかし…。」

ポケットから重そうな手袋を取り出した谷垣。

直ぐに装着し、左右の握り拳を軽くぶつける。


ガキンッッッ!

甲高い、金属同士を叩きあったような音が響く。

「もちろん要所にも仕込んでありまする。多少でも時間を稼いでみせます。」

「谷垣…。」

「ただ、これは相手が物理系じゃない場合のみ有効でございます。」

「そこまで分かっているなら、何も言わないわ。さすがね。」

「ホッホッホッ、血が騒ぎますわい。さっ、来ましたぞ。」


門より人影が現れる。

「一人のようね…。」

「はい…。」

小声で意思疎通を測る。

単独で正面から乗り込んでくるなんて、よほど自信があるか、無謀かのどちらかよ。

それは、私も彼も分かっている。


相手は青年男性。年の頃は30前後と言ったところかしら。

短髪で、体系は力音並み。筋肉マシマシね。

あからさまにパワー系だと感じるわ。

見た目はもちろん、私の能力散布からも、そう感じている。

「谷垣、これは分が悪いわ。」

「そのようですな…。しかし、見掛け倒しって事も考えられまする。一撃離脱で様子をみます。」

「分かった。」


相手が玄関先の広いスペースで止まる。

彼も周囲を警戒している。

そうね、遠距離系が潜んでいる可能性もあるからね。

ということは、彼はこちらの陣営を把握していながら、一人で来たってことになるわ。

これは無謀な行動ではないと見るべきね。


「我は『山の不動』。いざ尋常に勝負せよ!」

山野さんちの不動君かと思ったけれど、『山』の不動さんってことね。

山が引っかかるけれど、こればかりはやってみなくちゃわからないわ。

直ぐに谷垣が仕掛ける。


!!


彼の動き自体、何か能力を使っているのではないかと疑いたくなるほど素早い。

不動は視線だけで谷垣を追ってはいるけれど防御姿勢すらとらない。

二人の距離がある程度近づいたところで、孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動させた。

「谷垣!時間を止めたわ!思いっきりやっちゃいなさい!」

「ハァァァァァァアァアアアアア!!!」

右足の飛び蹴りが、不動の首を捉える。

ガキンッ!!


!?


さっき谷垣が左右の拳をぶつけた時のような音が響く。

しかし彼は怯まず、着地と同時に左の回し蹴りを顔面に入れる。

ガキンッ!!

構わず左右の正拳突きを腹部へ繰り出した。

ガッガキンッ!!

そして私の所まで下がってきた。


「どう?」

「手応えはありませぬ。まるで鋼鉄を殴っているようでございます。」

息一つ乱さず、冷静に分析する谷垣。

「本来あれだけの攻撃をしかければ、時間が止まっていてもダメージを受けた方は力が加わり凹んだり首が吹っ飛んだりするのだけれど、それすら無いわね。」

「………。」


そう、ビンタの一つもカマせば顔が動く程度には変化があるはず。

だけどソレすら無いって事は、そもそも動かせるほどの力が加わっていないことを意味する。

「谷垣…。これは流石に相手が悪いわね。」

「そのようですな。ただ、時間稼ぎは出来るはずです。」

「相手は『硬い』という能力のようね。」

「動きは鈍いと思われまする。」

「そこが欠点であったとしても、向こうがゆっくり殴ってきても防ぎきれるかどうかはわからないわ。」

「当たらなければ、どうということはありませぬ。」

「油断は大敵よ。」

「勿論でございます!」


孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを解除する。

ガガガガガガッ!!!

連続的な金属音が響く。

時間を止めている間は、私の能力散布によって音が響くけれど、能力解除後はリアルな空気の振動による音が聞こえてくる。


不動は何事も無かったかのように、首を二、三度左右に振り異常がないことを確認する。

「その程度か?」

「様子見に決まってるじゃない。あなたこそ、こちらの陣営を知っていながら一人で来るなんて、とんだお笑い草ね。」

「我らが同士は多い。俺はお前の首を持ってこいと命じられた。その指令に準ずるまでよ。」


なるほど。

やはり向こうはこっちの陣営を把握している。

単純に私だけを狙ってきたという命令ならば、他がどうなっていようが関係ない素振りを見せるはずだけれど、彼は、彼の仲間が何とかするだろうという見解だった。

だから命令に集中出来る、そんな内容が読み取れるわね。

ということは、時間を止められようが負ける要素が無いと踏んでいるようね。

でも引っかかるわ。


再び孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動する。

「谷垣。どうやら向こうにも仲間がいるようね。」

「同感です。彼は防御特化に見えまする。」

「そうね。アタッカーがいるはずよ。まずはそいつを見つける。見つけ次第、最優先で攻撃よ。」

「かしこまりました。フフッ…。」

「ん?何かおかしな事を言ったかしら?」

「いえ、我らが皇帝殿は頼もしいと思ったまでです。」

「こんな時に何よ。」

「私が感じた事を、お嬢様も直ぐに感じ取ってくれていました。戦場においてこんな感覚は、若い時以来でございます。」


若い頃の谷垣は、海外の軍隊の中の外人傭兵部隊に所属し、当時の紛争地域で「東洋の悪魔」と恐れられたと聞く。

ターゲットを殺す為の、最善で最短の作戦を確実に実行していく。

どんなに無茶な内容でも…。

私は知っている。


私を狙ったパパラッチが数人行方不明になっていることを。

今の時代を考えると、殺してはいないでしょうね。

まぁ、今の時代だからこそ、殺された方がマシな場合もあるかもしれないわ。

どちらにせよ、喧嘩を売るなら相手を見てからにしなさい。

アダムも然りよ。


さて…。

分が悪い事には代わりはないわ。

「まずは、あの男に仕掛けつつ様子を見ます。お嬢様は周囲の探索をお願いします。」

「形成が不利になったら、直ぐに時を止めるわ。ヤバイと思ったら直ぐに声をかけるように。」

「承知いたしました。」

能力を解除する。


「どうした?もう終わりか?」

不動の言葉に、谷垣が直ぐに反応する。

老体とは思えない速度で近づき、足払いをしかける。

ガキンッ!

激しく捌いたはずだけれど、敵の足は地面とくっついているかのように動かすことすら出来ない。


直ぐにその場を移動する谷垣。

ドンッ!!!

小さな地響きと共に、地面に拳がめり込む。

なんてパワーなの…。

いや、硬さから得られる力かも知れない。

ここに芽愛がいないのが残念ね。

情報の有り難みが身に染みるわ。


谷垣にもソレは理解出来たみたい。

地面に突き刺した腕を鉄板入りの靴で蹴り飛ばす。

ガキンッ!!

再び受け止められる。

これでは攻撃した方がダメージを負ってしまうわ。

当然本人が一番理解している。


谷垣は地面の砂を不動に向けて投げつけ、その場を離れる。

しかし、不動はその砂を避けようともしなかった。

そうか!

「そいつは見えないプロテクターを装備しているわ!」

そう告げる。

敢えて相手にも聞こえるように。


「ほぉ…。我の能力を見極めたか…。」

男ってほんとバカ。

格好付けるあまり、自分の能力を確定させちゃっているじゃない。

一応ブラフの可能性も考えておく。


「なるほど…。」

谷垣の表情が一瞬怖いくらい真剣になったかと思うと、右手より何かを発射した。

!?

不動の表情が曇る。

「オッ…、オェェェェェェエエエ…。」

彼は突然苦しみだし、吐き出した。


カランッ…

て、鉄球!?

そう思った時には、谷垣の鉄板入りグローブからの拳が、不動の口元を捉え、激しく殴り飛ばしていた。

グシャ…

鈍い音が静かな庭に響く。


そういうことね。

プロテクターと言っても、口を塞ぐ訳にはいかないわ。

呼吸、会話、その瞬間に口を開く必要があり、口の中まではプロテクターが無いと読んだ谷垣は、鉄球を口の中に発射し、大きく口を開けさせた瞬間に殴り飛ばしたって訳ね…。

さすが現代のアサシン…。


しかし、次の瞬間。


バンッ!!


銃声!?


直ぐに時を止める。

「た、谷垣!?」

「大丈夫であります。何かが頬を掠っただけでございます。」

彼の右頬には、彼の言う通り一筋の傷がついていた。


谷垣は右手親指で血を拭き取り、ペロッと舐める。

「お嬢様。どうやら封印を解く必要がありそうです。どうか…、嫌いにならないでください。」

「谷垣…。」

彼の瞳は…、死神のように冷徹で無機質だった…。

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