第45話『突入』

東京ドーム周辺には、建設用仮説足場が何段も積まれ、外側には細かい網目状のシートがかけられている。

足場の向こう側はまったく見えないわね。


ドームのメイン入り口だけ門が設置され、そこから食料や水の他、生活必需品を搬入しているようね。

能力粒子アビリティ・パーティクルを散布しながら探ってみると、足場には多数の能力者が監視カメラの如く警戒しているのが分かる。


危惧していたように、足場を囲うシートにはトラップが仕掛けられていた。

場所によって様々なのは、能力者がエリアごとに配置され、交代制で罠を張っているのでしょうね。

トラップ自体は単純な物が多いわ。


芽愛の調査によると、触ったらくっついて離れないだとか、強烈な吐き気をもよおしたり、酷いのは麻痺や毒なんてのもあったわね。

まるでゲームの世界よ。

監視員が攻撃的な能力者の場合もあったわ。

こうなってくると何でもアリだと思っていないと、手痛いダメージをもらうことになるわね。


そういった情報は課長へ連絡し、トップダウンで現場に連絡が入る。

だけれど情報源は明かされていないわね。

まぁ、仲間の能力者が調査したとか、口が裂けても言えないからね。

私達はSATでも最優秀の部隊に合流し、行動を共にしている。

他との接触はない。

恐らく他の部隊や関係者含め、シークレット的な扱いなのだと思う。


『少佐。テレビ放送の件、対処が遅れてしまい申し訳ない。』

私達とSAT部隊の隊長だけが指令車両内の会議室に詰めて、テレビ会議を使って作戦の立案を行っているわ。

ちなみに衛星通信らしい。


「仕方ないわね。報道の自由だとか、メディア封じなんて論点をすり替えられて攻撃されてはたまらないでしょうしね。」

『相変わらず鋭いな。それで慎重になったのは事実だ。』

課長は渋い顔をして答えているわ。


「まぁ、いいわ。外壁については先程伝えた通り。一般人が近寄っては駄目よ。」

『そこは徹底するよう指示を出している。』

隣の屈強な隊長が静かに頷く。


「了解。私達は次回食料搬入車両にまぎれて壁の中に突入するわ。」

『うむ。こちらでも監視画像を見ているが、今だぞくぞくと人が集まりつつある。これ以上被害が大きくならないうちに…。』

「分かっているわ。まぁ、一人でも数千人でも状況は変わらないでしょ。いつ作戦を実行しても、もう同じよ。」


まさか、テレビ用電波をジャックしてくるとは、想定外だったわ。

どうせやるなら、テレビ局ごと占拠すると思っていたからね。

能力者の中に、電波に詳しい人物やハッキングの得意な人物もいたのでしょう。

今考えると、局内に仲間がいても不思議ではない状況よ。


そう考えると、ありとあらゆる専門家がいて、何かをやろうと計画さえ立ててしまえば、後はその道のプロが処理をしていく。

運ばれた食材だって、プロの料理人が調理しているでしょう。

催眠術の恐ろしいところはそこよ。

異能の力が人智を超えていたとしても、催眠術を仕えば人の手でやれることは全て実行可能ということ。


前に私が孤独な皇帝ロンリー・エンペラーでどこかの大統領を暗殺することなんて簡単に出来ると言ったわね。

催眠術なら、それを同時多発的に出来てしまうのよ。

つまり、催眠術者は独裁的な国王みたいな存在ね。


これはもう、エデンの園は1つの国家とも言えた。

アダムは、テレビを通じて動画の映像を流した。

影響力は大きかったようね。

行方不明者が更に増えたから。

いえ、倍増したわ。


だけれど、やっぱり東京外の行方不明者は出ていない。

恐らくアダムも、その部分だけは読みきれてなかったはず。

いくら東京ドームが大きいと言っても、現状の行方不明者数である5千人は逆に少なく感じるわ。

内野部分まで入れれば、5万人規模を想定していたでしょう。

こうなれば怖いものはないはず。


こうなるとアスリートや格闘家なんて人も多数含まれる。

そうなると、能力以外の通常戦闘でも強さを発揮していくことになるわ。

警察や自衛隊や特殊部隊と言えども、一般人を相手に銃を使う訳にはいかないだろうから、数で押されると辛かったでしょうね。


そういう意味では、その道のプロを利用するのならば、数は多いほうが良い。

選ばれる人部は能力者という条件がつくけれど、ランダムで選ばれたエデンの園の国民には、その道のプロが多数含まれる。

ランダムならば数が多いほうが有利に働くはず。

だからテレビを利用したんだと思うわ。


政府は、動画を繰り返し流させてしまうという失態を晒したものの、数十分で電波を強制停止した。

そして、臨時放送を流し、破防法指定宗教団体が、催眠術を使い人々を集め人質にし、何かを企んでいると官房長官が発表。

これにより各メディアは大騒ぎ。


各メディアへは、予定通り地下鉄毒薬事件などを例に持ち出させ印象操作を行い、取り敢えずは超能力などという途方もない事実からは、注意を逸らす事には成功していた。

だけど長くは持たないと思う。

色んな指摘や考察が全国規模、又は世界規模で行われていった場合、異能の力という結論に辿り着く可能性は少なからずあるわ。

だってそうでしょう。

これだけの規模の催眠術?

普通に考えたらおかしいでしょ。


既にネットでは、これだけ大量の人を催眠術にかけることが可能なのか?などと、疑問視する声が多数上がっているわ。

そこへ、テロリストが薬を使っただとか、反政府組織的な思想団体の抵抗だとか、平時なら笑い飛ばされるようなデマを流させた。

これらは情報を撹乱し、「実は超能力者が…」という非現実的な正解論を消していく。


どちらにせよ、国民は揺れていた。

パニックになるのも時間の問題とも見えた。

アダムの発言1つで、日本中を大混乱に陥れる下地が、着実に作られつつあると警告したわ。

こうなってしまっては、何をやっても遅延作戦程度しか効果がないと思う。

急がなきゃ…。


次の食料搬入は、夜20時頃となっている。

本来ならば18時頃だったのだが、アダム側から衣服なども要求されたため、準備に手間取っていると理由をつけわざと遅らせた。

勿論理由わけがあるわ。

闇夜の方が、異能バトルを目撃される可能性が減るからね。

現に、東京ドーム周辺は封鎖されているものの、隠れて侵入しネットに盗撮動画をアップロードするバカどもが少なからずいるから。


突入作戦自体は単純明快な為、打ち合わせ自体は直ぐに終わったわ。

その後はSAT隊長にも離席してもらい、課長と最終会議を行う。

『ここからは、もう君達を信じて待つことしか出来ない…。すまない…。』

「課長はよくやってくれたわ。感謝するわ。」

『そう言ってもらえると…、少し気が楽になる。』

「次に会う時は、この事件が解決した時よ。特別ボーナスぐらい考えておきなさい。」

『………。そうだな。盛大な…、打ち上げをしないとな。』


課長は総理大臣の顔をしていた。

だけど、とても辛そうだった。

『日本の未来は君達にかかっている。全ての責任を…、君らのような若者に押し付けているようで…。』

苦しそうな表情だった。

「何を言っているの?最高のメンバーでしょ!だから、時時雨財閥が誇る、世界一の豪華客船に乗ったつもりでふんぞり返ってなさい!」


「フフフ…。心優ちゃんらしい。」

夕美が笑う。

「お姉ちゃん!その船、今度見たい!」

烈生も無邪気に笑う。

「下半期にも神アニメが待っているしね。」

力音も笑う。

「まっ、俺にもやりたい事は増えたしな。」

護も笑顔だった。

「また友達だちと遊びてーしな。」

疾斗はニヤけた。

「ご主人様と旅行に行きたいです。」

芽愛が静かに微笑む。

「谷垣。何かあった時は、両親や仲間の家族への連絡、よろしく。」

「ハッ。しかし、その御命令は実行する必要はございませぬ。」

ニヤッと笑う谷垣。

「総理大臣直属公安九課、通称『黙示録アポカリプス』の最初で最後の出陣よ!」


『そろそろ時間です!』

外部より無線通信が入る。

緊張感が一気に高まっていく。


「いくぞぉ!」

「オオオオォォォォォォォォオオオ!!!」

私の掛け声に、全員が奇声を上げた。

その瞬間孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動。

指令車両から降りて、荷物搬入用車両へと移動し能力を解除する。

待っていたSAT隊員が驚きの表情を見せていた。

「いつの間に…。」

「悪いけど、あなた達特殊部隊を欺く事は簡単に出来るわ。」

「………。」

隊員の表情が強張る。

「バカにしているわけではないの。そういった事が簡単に出来る敵相手と、私達は戦うってこと。」

「………。」

今度は悔しそうな顔をしている。

「私達に任せなさい。あなた達の無念は晴らしておくわ。」

「お願いします…。」


運転席の隊員は、気持ちを切り替え、時計を睨みながら無線連絡を待っていた。

20時丁度。

発車の指令を受けたのだろう。

車はエンジンをかけると振り返り、私達に視線を移すと静かに頷いた。

私も小さく頷く。

車はゆっくりと走り出し、数回の右左折をし、東京ドームへと侵入していく。


車内では芽愛だけが、窓から外を覗いて状況を把握しているわ。

「エデンの園へのゲートが開いていきます。」

向こうも受け入れ準備に入ったようね。

既に何回かの搬入があった為か、敵側も慣れた感じで搬入車両を受け入れていく。

予想通り油断していた。


油断していたのならば、少しだけ希望も見えるわ。

だってそうでしょう。

私なら能力粒子アビリティ・パーティクルを散布出来る程度の能力者をゲートに配置する。

でもそれをしないということは、そこまでのレベルの能力者の数が揃っていないことを意味するわ。


バックでゲートを半分程度潜ったところで、車が停車した。

そこで再び孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動よ。

自分達で車後部の扉を開け、ゲートの中へと入っていく。

そこからドームに対して右回りで正面ゲートへと向かう。


「おいおい。正面突破かよ。」

護が半ば呆れているようね。

「籠城する時、わざわざ正面だけ警戒強くする?」

「まぁ…、そうだけどな…。」

「とはいえ、正面の警戒度を見れば、相手のレベルも分かるってもんよ。」

「なるほどな。」

彼は私の意図を理解してくれたみたい。


「えー。矛盾してるじゃんかよ。どこも同じなら、どこから侵入したって同じじゃねーか?」

案の定、疾斗は納得出来ないといった顔をしていたわ。

「疾斗お兄ちゃん。こういう時はどの入口も同じように警戒するはずだよ。敢えて1箇所だけ弱くしておいて相手を引き込むって作戦もあるけれど、今回敵は絶対に侵入させたくないはず。だって僕らは前回の戦いで全勝しているから。」

「そうだな。」


「だけど正面突破をさせたくないのが、プライドというか意地というか、そういう心理が働くと思うよ。だから正面は他より少しだけ強固なはずで、それを見れば全体的な警戒度が分かると思うよ。」

「流石烈生だな!お前は将来出世するぜぇ!」

小学生に論される高校生って、どういうことなの…。

まぁ、いいわ。


正面ゲートには、老人が一人で立っていた。

おかしいわね。あからさまに誘っているように見えるわ。

私は構わず、彼の隣の誰も立っていない無警戒の扉から中に入ろうとした。

「ご主人様!待ってください!」

芽愛が直ぐに警告する。


トラップ?」

「そうです…、あっ…、ちょっと待って下さい…。あっ…。」

芽愛が混乱している。

その時だった。


老人の異変に気付く。

彼は孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの中で泣いていた。

大量の涙を零していた。

………。

可怪しいわね。

どうして彼はときと共に止まっていないの?


「ご老人は『能力解除』の能力者です!発動条件は『泣く』です!」

「チッ!」

護は直ぐに絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールを展開したわ。

バリンッ…

まるで私達を包んでいたガラスが砕けたような感触。

風を感じ、孤独な皇帝ロンリー・エンペラーが解除された事を把握する。


「時時雨 心優!」

それと同時に野太い声で私を呼ぶ奴がいた。

声の主を探す。

「「「お前は後1回しか能力を発動出来ない!」」」

まるでエコーのように響く声。

突如、何とも言い難い気持ち悪い感触が体を蝕む。

これは…。


そう、アダムが拡散した動画を観た時と同じ感触…。

まさか…!

メイン入り口の左右には、上層階からの入場用階段があるわ。

そこから一人の中年が姿を現す。

直感した。

あいつがアダムだと!


「総員総攻撃っ!!!」

夕美の情熱的な突撃パッション・ラッシュ、烈生の純真な世界イノセント・ワールドが炸裂する。

疾斗はアダムの動きを見定めているように見えた。

恐らく彼の行動次第で孤高の流星アルーフ・メテオを発動させるはず。

護は絶対防御壁アンコンディショナル・ウォールを引き続き拡大させ強固な防御網を作り上げていく。

力音は至高の破滅モエ・スプレマシーを発動させ、私達の前面で仁王立ちすると、その影で芽愛の視えない能力アビリティ・インビシブルによる解析を行っている。

ここまでは完璧な連携ね。


残念なのは、本来ならば私の孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの中で行われる事により、アダムが姿を現したこの瞬間に勝ちが確定していたことよ。

さっきのアダムのエコー付きの発言は、間違いなく能力によるもの。

ということは、私は後1回しか孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動出来ない。

あいつを倒すまでは…。


これは…、催眠術というよりは心理操作ね。

つまり、聞いた言葉が現実と認識してしまう。

そう思った瞬間。


ガガガがガガガッ!!!

夕美の矢も烈生の爆弾も、何かの防御壁によって防がれていった。

爆風は完全に封じられ、矢は敵が作った球状の防御壁を削りながら軌道が逸れていく。

削られた破片がキラキラと光る。

氷?のように見えたわ。

ということは…。


「心優!久しぶりね。」

吹雪がいつもの厚着で登場する。

フード付きパーカーのポケットに手を入れたまま姿を現したわ。

「アダムに属さなかったこと、後悔することになったわね。」

「それはどうかしら?」


突入に成功した私達は、早速敵からの手痛い歓迎を受けることになった。

そして戦いは、熾烈を極めていくのであった。


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