第58話『真実』

プシャァァッァァァ…

吹き出る鮮血で我に返り、そして再び叫んだ!


最後の孤独な皇帝ラスト・ロンリー・エンペラー!!!」


コマ送りの状態の中でも、時間が止まっているタイミングで孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動させた。

言の葉の力マインドコントロールの唯一の弱点、それは相手が言葉通りに行動しなかった時に制限が賭けられないこと。

孤独な皇帝ロンリー・エンペラー」と「栄光なる・孤独な皇帝ロンリー・エンペラー・レボリューション」が認識出来なかった時点で、私は攻略のヒントをいくつか得ていた。


孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの利点としては、時間が止まっている間ならば、能動的な攻撃、今回で言えば言の葉の力マインドコントロールは影響を受けない。

もしくは、私の放った能力粒子アビリティ・パーティクル自体が、アダムの言の葉の力マインドコントロールを破ってしまったのかも知れない。

アダムが孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを破ってきたように…


そんな事は今はどうでも良いの。

今、この止まった時間の中では、私と母親の二人だけが動くことを許されている。

急いで能力粒子アビリティ・パーティクルで止血する。

ぐったりする母親は、だけれど満足気な表情をしていた。


「間に合って良かったわ…」

「ば…、バカじゃないの?」

「そうね…、親バカかも知れないわね…」

「そういう意味じゃ…」

「分かっているわ…」

「ならどうして…?」


「私が…、イブなの…。」

「はぁ~?」

「能力は未来予知…、発動条件は睡眠よ…」

「………」

私はこの時点で、何故母親がここにいるのかを把握してしまった。


「こうなる未来を…、20年前から夢で見ていた…」

私は静かに彼女の話を聞く。

「夢の中で見知らぬ少女が誰かを殺そうとしていた。その行為に対して、私はずっと悲しんできた。」

小さく頷く。

「だってその少女は、殺人という行為をその後一生後悔し続けていたから…」

そう…、そうかも知れないわね…


「ある時、今度はパパと結婚式を上げている夢を見た。元気な女の赤ちゃんを産む夢を見たわ。どれもこれも後から思えば正夢かと思っていた。」

再び小さく頷く。


「でも心優がまだ生まれる前に、小学生ぐらいの心優が何通りもの結果を示す夢を見るようになった。中にはグレて引きこもるもののあった。そこでパパに相談したの。よく正夢を見るって。」

「………」

「そしたらパパがね…。俺は時間を止められるようだってカミングアウトしたの…」

「ちょって待って…」


「冷静に聞いて。あなたの能力は時間を止めるじゃない。「能力を奪う」なのよ。」

「なんですって…」

「あなたはパパから時間を止める能力を奪ったの…」

「………」


私は混乱していた。

「パパと話し合っているうちに、私の見ている夢は未来予知なんじゃないかと疑い始めた。試しにパパは、心優のボディーガードに谷垣さんを執事として付ける交渉に成功した。その途端、あなたがグレて引きこもる夢は見なくなったわ…。それで確信したの。私の未来予知を。狐様は嘘を言っていなかったって…」


未だ混乱から戻れない私は、懸命に母親の話を理解しようとしている。

「その夢で、時時雨財閥の未来も、心優の未来も、何もかも予知することが出来たわ。その中で不都合があれば、どうすれば回避すれば良いか検討し眠る。そうしてここまで辿り着いたの。」

「ちょっと待って…。ならばあなたは私の仲間が死ぬ運命も…」


母親は涙を零した。

「ごめんなさい…。そうじゃなければ、心優は能力を進化出来なかった。アダムに殺されてしまっていたの…。ごめんなさい…」

「………」

「もしもアダムだけが生き残ってしまった場合…。世界大戦を超える恐怖が、全世界に起こってしまう…。だから…」

「わかったわ…」

「だけれど、仲間を失ったあなたを立ち直らせる必要もあったし、それと同時に犯罪者にもしたくなかった。」


私は彼女の何かに気付いてしまった。

「だから、あなたが好きな小説もマンガもアニメ予知し見聞きし、あんな言葉をかけたの。」

「私にとっては、本当にダメな母親ね…」

「ごめんね…」


二人は泣いていた。

私が気付いた感情、それは母親から溢れ出す優しさだった。

彼女は私が生まれる前から私を危惧し、何とかしようと戦ってくれていた。

その為には眠る必要があった。

だから家事もしなかった…、いえ、出来なかったし、私と会う時間もパパより少なかったんだ…。


そんな事すら気付かず、彼女を増悪の対象にしていた私は…


本当に大馬鹿者の大うつけ者じゃない…


「私こそ…、ごめんなさい…」

「どうして心優が謝るの…?」

「こんな事に気がつけなくって…、その…、お…、お母さんのこと、酷いこと言ったから…」

「何を言っているの…?こんな姿になっても…」

お母さんは優しく私の銀髪を撫でてくれた。

「最後まで戦ってくれたじゃない。心優は自慢の娘よ…」

「お母さん…」


私はお母さんの胸の中で泣いた―


私は守られていた―


ずっと助けられてきていた―


それが分かっただけでも、私の心の中が晴れていく―


涙の心が再び鼓動を激しくしていく―


私の能力は、更に高まっていく―


「私にはまだやれることがある。全員を根本から救ってみせる!!!」


お母さんをそっと寝かせる。

「心優…、あなた何を…」

ここから先は予知出来なかったのね。

そうかもね。

だって、本当ならば、ここでお母さんは死んじゃっていたから。




だけどそんな事はさせない!



私は皇帝!!



運命すら変えてみせる!!!



未来予知を超える進化を、今ここで発揮すれば未来を変える事が出来る!!!



破壊された精神エンブレイス・スピリット!!!」



右手に能力粒子アビリティ・パーティクルが集まってくる。



その右手を振り上げ、コツンッとアダムを殴る。



バリンッ………



能力が崩れ落ちる、あの嫌な感触が右手を通じて伝わってきた。



そう、私の能力が、能力を奪うならば、ミカエルが使っていた能力を消す能力、あれは間違いなく私が奪ったが為に、私には発動しなかったということになるわ。

それに気づけさえ出来れば、この場を解決する方法が視えてくる。


そして叫んだ。


「出てこい!狐野郎!!!」


私とお母さんだけが動けるはずの最後の孤独な皇帝ラスト・ロンリー・エンペラーの空間の中に、一匹の狐がポワンと出現した。


「おみごと。」


狐はそう言いながら、空中をゆっくりと歩く。


「ご褒美は何かしら?」


「そんなものは無い。だが、褒めてつかわそう。アダムと名乗る突然変異を、見事、必要最小限の被害で浄化することに成功したからな。」


必要最小限…?


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………


時間が止まっているはずの空間が揺れる。


「おい…、今なんつった…?」


「………」


狐は突然の事に身構えていた。


「なんて言ったのか聞いてるんだ!このクソ狐!!!」


「口の利き方に気を付けろ、心優とやら。」


「『さん』を付けろよ!このデコ助野郎が!」


私と狐の間に緊張が走る。


「神に抗おうとするのか!この人間風情が!!」


「やってみなくちゃ分からないこともあるでしょ!!」


「心優…」

お母さんが心配そうな眼差しで見つめていた。

大丈夫、心配しないで。

だって私は…


!!!


一瞬で時空を超えて狐の背後に移動する。

今までに無い、更に信じられないほどの能力粒子アビリティ・パーティクルが空間を歪めるほど濃度を上げている。

この中では、普通の人間なら息を吸うことすら出来ない。

狐は…


案の定身動きが取れないでいる。

右手で狐の首を掴む。

そして握力ではなく、能力で締め上げていく。

実際に握っているのは、私の手じゃなくて能力で作り上げた手。

握られている部分は、明らかに空間がよじれていた。

背後の風景が歪んで見えていたから。

その力は、この場に集約しきった能力粒子アビリティ・パーティクルによるもの。


聞いたことのない、何かが潰れる音がギリギリと伝わってくる。

この状態でも狐が語りかけてくる。

そもそも口から声に出しているわけではないようね。


「このまま能力を発動し続ければ、時空ごと消し飛ぶぞ!」

「バカね。そんなことになるわけないじゃない。」

「これだから下等な人間どもは…」

「聞こえなかった?なるわけないのよ。」

「貴様…」


狐も気が付いたようね。

時空が吹っ飛ばないよう、反対側の手で空間を調整しているからよ。

消し飛ぶとすれば狐の首だけ。

そんな状況を作り上げているの。


「仲間を失った恨み、そして、あなた達の茶番に付き合わされた恨み、そして、お母さんを傷つけるよう仕向けた恨み、全てあなたの命で償ってもらうわ。」

「そんな事をしても…」

「無駄?本当に無駄かしら?」

「………」

「あなたには、相当の力があることを、私の瞳には視えているの。」

「………」

「私の口から言わせたいの?」

「………、分かった、交渉しようぞ。」


だけれど手の力は緩めることはない。

「やっと素直になったわね。ご褒美をあげようとでも言っていれば格好良く去れたのに。」

「3つだ。3つの願いを叶えてやろう。」

「一々偉そうで癇に障るけれど、少々の無礼は許してあげるわ。」

「早く言え。」


私は一瞬で3つの願いの内容を決める。

大丈夫、これで大丈夫。

「1つ。今回の騒動で能力者が現れて今現在に至るまで、傷ついた人の怪我及び死の復元。」

「き…、貴様…」

そう、人の生死を操作する行為。

これはきっと、いくら神でも許されていないわよね。

でも可能。

そう睨んだの。


暫く無言だった狐ではあったけれど…

「承知した…」

「2つ目。全能力の完全封印。」

「良かろう…」

「3つ目…。あなたは二度とその姿を私達に見せないで!」

「………」

「聞こえなかった?」

グッと右手に力が入る。

「………。承知した…」


「3つの願いは、私が時間を止めている間に済ませて頂戴。」

「生き返らせる為の復元には多少の時間が…」

「何か言ったかしら?」

再び右手に力が入る。

「承知した。」

「あなたが消えるのは最後よ。逃さないから。」

更に濃度を高め、狐自体の身動きを完全に封じ込めた。


「お主は、あの突然変異を消した功労者でもある。そこまで無碍にはしない。」

「どうかしら?必死に願っても叶えてくれない神とかいう奴の言うことなんか、信用出来ないわ。」

「罰当たりめ…」

「何とでも言いなさい。今の願いが叶うなら、私は悪の皇帝にもなる!」

真剣な眼差しを受け取った狐は、意外にも抵抗なく言う通りにしてくれた。


まずはお母さんの傷口が塞がっていく。

「良かった…」

「心優…」

お母さんは心配そうな眼差しを向けていた。

「大丈夫よ。あなたの娘として恥じない行動は取るわ。こいつが約束を守ってくれる限りね。」


表に出る。

ゲートキーパーは既に生き返って、寝ていた。

むしろ死んでいた事に驚いたほど。

そして、疾斗が起き上がる。

「アレ?俺…」

「バカ疾斗!」


私は能力で狐を縛り上げつつ、疾斗に抱きついた。

「心優…、俺は…。」

「あとで詳しく話すわ。けれど、これだけは覚悟して。」

「ん?何だ?」

「もう能力は使えないの。」

彼はキョトンとした。

「そうか、終わったんだな。」

「そういう事。」

ニシシーと笑う私につられて疾斗も笑った。

「さっ、皆を起こしにいくよ!」

吹雪を起こし、着いてくるようにジェスチャーする。

彼女はキョロキョロした後自分の手の平を見つめ、そしてその全てを悟ったみたい。


そして各所を回っていく。

行く先々は狐から指示があった。


「力音!」

不動と取っ組み合いながら復活した二人は、直ぐに顔を見合わせ、そして私を見てきた。

彼にも抱きついた。

「良かった…。全て上手くいったんだね。流石我らが信じた皇帝だお…。」

「大袈裟なんだからっ!」


「護!」

「ん?」

ムクッと起きて周囲を見渡した彼は、頭を掻くと、何となく状況を察したみたい。

「また心優のお陰で人生やりなおせそうだ。」

「何度だってやりなおせるんだから!」


「夕美!」

ハッと起き上がった彼女は胸元を擦る。

貫通したはずの銃弾の跡は、何事もなかったかのように復元されたいた。

「ウェェェェェェーーーーン!心優ちゃーーーーーん!」

「もう…、ほら、泣かないの。」


「烈生!谷垣!」

谷垣に抱っこされながら目覚めた烈生。

二人は視線を交わすと、優しく微笑み合い、そして強く強く抱きしめあった。

「お嬢様!」

「お姉ちゃん!」

「エヘヘー!」


「芽愛!」

ゆっくり頭を振りながら起き上がる彼女は、ぼんやり周囲を眺め、そして全員の姿を確認すると、グズグズと泣き出してしまった。

「良かった…、本当に…、良かった…」

「芽愛が頑張ってくれたからじゃない。」

「そんなことないよ!全員で…」

「そうね、全員で勝ち取った勝利だわ!」

「はいっ!」

私は思いっきり彼女に抱きついた。


芽愛の感触、匂い、優しさ…

その全ての感触を貪った。

生きている!

今ここに、仲間の全員が生きている!

敵も味方も関係ない!




生きているって、もうそれだけで素敵なことなんだから!




アダム側の人達も生き返り、全員を前に何が起きたのか、そして、何の為に戦っていたのかを説明する。

「待って心優…。じゃぁ、アダムは突然変異で生まれた能力者だったの?」

「そういう事になるわ。狐!説明しなさい。」

締め上げられた狐が、能力で音声を伝えてくる。

「こうした突然変異は、過去にも数人存在している。例えば…、お前達でも知っていそうな人物だと、織田信長とかな。」

「えー…?じゃぁ、明智光秀の謀反は…」

烈生が驚いていた。

彼は歴史好きだから余計かもね。


「その度に、討伐隊を我らで組織してきた。選抜はエリア限定で無差別。その為、名前に由来し能力を付与する幾多の事務的作業が発生する。その辺はお前達の想像通りだ。」

「他の奴らは分かるけど…、心優だけおかしくない?能力を「奪う」とか名前にないじゃない?」

吹雪の質問も当然ね。

「『心』とは、奪われるものだろ。」


狐の言葉に、全員が一瞬固まった。

「何を今更洒落たことを言っているの…」

狐を締め上げる力が強まっていく。

「さ…、さっきも言っただろう。事務的作業だと。適当に振り分けることもせんと間に合わんかっただけの話だ。」

「そう言う意味では、心優もイレギュラーだったかもしれないね。」

芽愛の言葉はとても意味ありげで、間違ってくれた狐に感謝するような素振りでもあった。


「まぁ、いいわ。宇宙規模でラッキーだったってことよ。」

「ハハハッ!ちげーねーや!」

護の豪快な笑いが飛んだ。

「あれ?アダムってニートだったんじゃ…。狐は確か、山の中でアダムとイブに救ってくれって言ったんじゃ…」

疾斗の疑問はもっともね。

私は推論を導き出しお母さんの顔を見て、そして答えを言った。


「初代アダムはパパのことね?」

「そうよ。だけど力を心優に奪われた。それを知ったアダムが名を語ったのね。」

その回答に全員が納得した。

これで、今回の事件の真相は、ほぼ全て納得することが出来た。


「さて…。そろそろけじめをつけましょ。」


私の言葉と同時に、ゆっくりと時間が動き出そうとしていく。


さようなら、異能の世界…


さようなら、能力達…


さようなら、孤独な皇帝ロンリー・エンペラー











そして、ありがとう…

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